第二十一話:暗殺者は見つける
魔物の軍勢がやってきて、学園中が大騒ぎになっている。
講堂にほとんどの生徒が集められた。
下級生と比べ、上級生たちは落ち着いている。
教官が言っていたように、有事の際には駆り出されるからだろうし、下級生でも戦いを生業にしている家のものたちも動じていない。
実戦慣れをしているのは大きい。
ここにいないのは、上級生のエリートたちとエポナ。
上級生になると五人一組でチームを組み、チーム単位で出動することが多くなり、こういう緊急事態でも即座に動ける。
すでに上級生の中でも有力なチームは魔物の迎撃に向かっている。
教官が壇上に上がり、口を開く。
「諸君、集まってもらったのは他でもない。この学園が魔物の群れに狙われている。四方から、数百体の魔物が接近中、現在も増え続けている。オークとゴブリンの混成部隊だ。今、なおその数は増え続けている。……ほぼ確実に魔族がいる」
だろうな。
魔物は瞬間移動なんてできない。
自然発生することはあるが、それは稀であり、この規模で特定の魔物だけが大量発生し、群れをなして進軍などは普通はありえない。
考えられることは一つ。
魔族がいる。
魔物を生み出し、そして統制できる魔族がいれば、突然魔物が現れた理由にも納得がいくし、これだけの数を生み出せるのなら、相当高位な魔族ということだ。
こういう魔族は非常に恐ろしい。
なにせ、単独で外壁を乗り越え、内側で魔物を大量に呼び出されれば、防衛設備のほとんどが意味をなさない。
「騎士団の出動を要請しているが、早くて到着までに半日かかる。しかし、敵はもう目の前だ。つまりは我々と君たちでどうにかしないといけないわけだ」
騎士団が半日というのは最大限の希望的観測にすぎない。
実際のところ、まる一日、いや二日はみないといけない。
「諸君、覚悟を決めろ。逃げ場はない、死力を尽くせ、これは総力戦だ。力のないものは力がないなりの戦いをしろ。ここにいるもの全員がその力を発揮せねば勝てない」
場が静まりかえる。
下級生の中には震えているものもいる。
いきなり、こんな修羅場に叩き込まれたのだから仕方ない。
教官は、説明を続ける。
上級生一人に、下級生が五人~十人ついて行動するらしい。
その指示に従い、戦う。
そして、もし魔族を見つけた場合は即座に連絡。魔族との交戦は禁止。
……魔王と魔族は勇者でないと殺せないからだ。
それは圧倒的な強さからじゃない、そういう生き物だからだ。
故に、魔王を殺すまでは勇者を殺すなと女神は言ったのだ。
各自、散開し、それぞれが上級生のもとへ集う。
そんななか、例外がいた。
「まさか、俺たちだけは上級生にお守りしてもらえないとはな」
薄く笑う。
そう、他のチームが上級生プラス下級生という編成のなか、俺たちだけはいつものメンバー。
いや、エポナを除くいつものメンバーだ。
前回の戦いで評価を落としたと思ったが、そうでもないのかもしれない。
「僕は構わないさ。できる奴に人手を割く余裕なんてないってことなんだろうし、そっちのほうがやりやすい」
ノイシュのそれは半分強がりだ。
半分は自信から来ているが、それでも不安は隠せていない。
先日の戦いでノイシュは自信を失っており、それを引きずっている。
上級生は下級生を引き連れて講堂を出ていく。
すでに上級生たちには指示が出されており、それを下級生に伝え動き出したのだ。
広い講堂には俺たちだけが取り残された。
しかし、俺たちにはなんの指示もない。
「どう動くかすら自由という意味なのか?」
「さすがにそれはないですよ」
タルトの言葉に合わせるかのように、教官がやってくる。
「諸君らには特別な任務を与えたい。一般生徒の前では言えなかったが、消耗戦になれば我らは確実に負ける。頼みの綱の勇者は一人しかいないのだから」
エポナという永久殺戮機関がいるとはいえ、エポナは一人だ。
故に一方向しか守れない。
それなのに敵は多方向からせめてくる。
増援の数も底が見えない。
エポナ以外は数時間で使い物にならなくなり、エポナがいない、どこかが崩壊するのが目に見えている。
これは偶然じゃない。そうなるように魔族が戦略を練っている。
いっそ、学園内を戦場にしてしまえばいい。
門を開け放ち、敵を引き入れるのだ。
全方位の敵が一か所に集まれば、あとはエポナに全部任せればいい。
……そんなことになれば、魔物に蹂躙されるか、エポナの放った攻撃の余波で死ぬかで生徒のほとんどは死ぬが、一番現実的な方法なのだ。
もっとも、またエポナが味方を巻き込むことを恐れて躊躇して使い物にならなくなるかもしれないが。
それもあるから、教官たちはその方法を取らないのだろう。
「ルーグ・トウアハーデ。勝利条件は一つしかない。我らが消耗してどこかが突破される前に、魔族を特定し、勇者によって倒すことだ。君たちの任務は一つ、魔族を見つけることだ」
それしかない。
魔族を倒しさえすれば、魔物は増えず、統率もとれなくなる。
そうなれば、ようやく勝ち目が見えてくる。
この場にいる面々と顔を合わせて、頷き合った。
「わかりました。教官、防衛をしながら、魔族の特定を最優先します」
「期待している」
おそらく、上級生だけで組まれているチームたちにも同じ命令がされているだろう。
ようするに、戦いながら他のことができるだけの余力があるものすべてに。
◇
戦いが始まった。
俺たちがいるのは東だ。もっとも敵の数が多い北をエポナが守り、残りの三方向に均等に戦力が割り振られている。
東には、防衛線が二つある。
一つ目の防衛線はかなり前方で、上級生だけで編成されたチームが獅子奮迅の戦いをしている。
高度かつ、有機的な動きで、今すぐ騎士団に所属しても活躍できるレベルだ。
彼らは、抜かれても気にせず、無理をしないことで体力と精神力の消耗を抑えている。
そして、抜かれた魔物たちは第二陣が対応する。
第二陣を守るのは、上級生が統率する下級生のチーム。
第二陣は前衛と後衛に別れ、前衛は第二防衛線を基準としてそこを死守するために戦い、後衛はその後方からそれぞれが得意な魔法を放つ。
それでうまく回っている。
経験不足の下級生をうまく上級生が使っている。
やることを明確にし、できることだけをさせているのがいい。
「うわぁ、やっぱり先輩たちは頼りになるね」
第二陣の後方から魔法を放ちながら、ディアが感心している。
下級生たちを監督する上級生たちは、ただ指示を出すだけじゃなく、フォローも的確だ。
危なげなく、対応できている。
俺たちは今、第二陣で戦っていた。
まずは様子見だ。
状況はなんとなくわかった。そろそろ動くべきだ。
「ノイシュ、ディア、タルト、俺たちは第一陣に行く。いいな。ここに来る前に話した方法で、魔族を見つける」
魔族を見つけるためには、前に出る必要がある。
しかし、それはリスクを負う。
その覚悟を問う。
「はい、行きましょう」
「エポナの力になってあげないと」
「やれやれ、ディアくんとタルトくんにそう言われると、カッコ悪いことは言えないね。僕も行こう」
頼もしい仲間たちだ。
これなら戦える。
そして、うまくいけば魔族を特定できるだろう。
◇
前にでて戦い続けていた。
ここは激戦だ。
……あのときのオークよりも強い。
魔力で身体能力を強化する。
その強化幅を、普段心がけている常人にしては強いものから、常人の限界ぎりぎりまで引き上げた。
「タルト、眼は使いこなしたか」
「もちろんです。前のような失態はもうしません。ディア様はどうですか」
「……私も大丈夫だよ。完全に閉じてる」
慣れたタルトと、魔力操作慣れしているディア。心配は杞憂だったらしい。
前に出て戦っても、危なげなく戦えている。
俺たちの動きは上級生と比べてもそん色がない。
いや、むしろ優れていると言っていい。
俺たちの加入で、いっきに敵の殲滅速度が上がった。
上級生の一人が俺たちに向かって笑いかけてくる。
「化け物みたいな一年がいると聞いてたがてめえらか。たいした腕だ。頼りになる!」
「ありがとうございます。先輩がこちらをフォローしてくれるおかげで、戦いやすいです」
「ははは、後輩を守るのが先輩の務めだからな。だが、おまえら、そんなぶっとばして持つのか」
先輩の言う通り、俺たちはペース配分を考えずに全力全開で戦っていた。
「持たせるつもりはありませんから。俺たちの任務は、魔族の特定、そのために必要なことをしています」
「特定ね、そういうことか。……おい、グランツ、バッハール、レイナ。十分だけ、全力で戦え、後輩の策に手を貸す! この流れと勢いだ。それで十分だろう」
「あいよ」
「僕もその手を思いつきましたが、まさか後輩が先に実行するとは」
「頼もしい後輩ね。お姉さんたちに任せなさい」
先輩たちも、リミッターを外し、凄まじい勢いで魔物を駆逐し始めた。
さすがはエリートチーム。
今の一言で俺の狙いに気付くとは。
戦いが始まってから二時間経っていた。
たった、それだけしか経っていないのに状況はどんどん悪くなっている。
負傷者が出始めた。負傷者は後ろに下がるが、人数が減った分、残されたものの負担は増して、ミスが出てさらに負傷者が増えるという悪循環。
体を休めるためのローテーションもできなくなってきている。
敵が強くて多すぎる。
やはり、魔族を特定して、勇者エポナを呼ばない限り、どうにもならない。
もはや、猶予はない。
だからこそ、賭けに出ていたのだ。
タルトとディアには、すでにペース配分を考えずに全力を出させているし、俺自身も【超回復】頼りのハイペースで、魔物を殺し続けている。
それこそが、魔族を特定するのに必要だからだ。
魔物を魔族が生み出し続けているから、殺しても殺しても敵が減らない。
しかし、冷静に考えてみればわかる。
魔物を生み出す魔族はおそらく一体であり、魔族に生み出された魔物が移動して戦場にやってきている。
増援がやってくる道筋をたどれば、その先に魔族がいるはずだ。
戦いながら、その道を探し続けた。
敵も馬鹿じゃなく、うまく隠蔽しており特定に難航した。
故に、ある程度の規模の増援が必要な状況を作る必要があると考え、そのためにペース配分を考えず、一気に魔物の数を減らした。
狙いははまった。大量の増援を手配したせいで隠ぺいが雑になり、ようやく魔族へ至る道を見つけた。
「タルト、ディア、ノイシュ。魔族の元へ行く。発見したら、信号弾を出す。おまえたちはここで前線を支えてくれ」
「そんな、一人だと危険すぎます」
「一人でないとできないこともある。……ここからは戦士じゃなく、暗殺者の領分だな」
敵の増援がやってきている。
それは防衛線の遥か先という孤立無援かつ、大軍の中を突き進むということ。
もちろん、敵を蹴散らしながら前に進むなんて芸当は不可能。
隠密性と速さが要求される。
理想は誰にも気付かれずに忍び寄ること、それは暗殺技術がものを言う。
一人のほうが好ましい。
「まだ、ルーグ様についていけないんですね。なら、私はここでルーグ様が戻ってくる場所を守ります」
「怪我して帰ってきたら、怒るからね」
「任せてくれ。それから、二人とも、こんなときで悪いが、祝福のキスをくれないか。さすがの俺も、あの軍勢に突っ込むのは怖い」
「はい、もちろんです」
「しょうがないねルーグは」
二人とキスをして、魔力を流し込む。
祝福と言うのは建前だ。二人とも、無茶をして魔力をかなり消耗している。
魔力の補給が必要で、こうすれば自然にキスによる魔力供給を行え、トウアハーデの技術を秘匿できる。
戦場のど真ん中で何をやっているのかと思わなくはないが、ガス欠のまま、二人を放置するよりずっといい。
「行ってくる」
「がんばってください!」
「ルーグ、戻ってきたら、普通のキスだからね」
二人に微笑み、深呼吸をして走り出す。
魔物の群れに突っ込みながら、すり抜けていく。
魔族というのはどういう生き物だろう
少しだけ、興味が出てきた。