第二十話:暗殺者は謝る
結局、エポナには謝れなかった。
翌日に教室で謝ろうとしていたのだが、別の任務に呼ばれて、彼女は学園を出た。
今度はエポナ一人でだ。
学園長から勇者の仲間、いや勇者の友達になれと命じられ、そのサポートをしろと命じられているにも関わらず、俺たちは声すらかけられていない。
……オークとの戦いで上の評価を落としたのかもしれない。
もともと戦力とは数えられていない、勇者を縛る鎖だが、邪魔になりすぎると判断されたおそれがある。
昼休憩になり、中庭で食事をしている。
お茶を淹れるタルトは鼻歌を奏でていた。
「もう体は、大丈夫なのか?」
「ばっちりです。一晩中、ルーグ様に癒してもらいましたから」
タルトが力こぶを作っている。
彼女の言う通り、一晩中俺が自己治癒力を強化したこともあり、怪我は治っている。
とはいえ、精神的なショックを受けたはずだし、疲れも残っているはずで、俺はそっちを心配していた。
しかし、タルトは朝からいつものように弁当を作っていて、元気にふるまっている。
「安心したよ。ほんとうに大丈夫なんだな?」
「はい、ばっちりです。昨日は不覚を取りました。二度とあんなことがないように、もっともっと鍛えます! ルーグ様にもらった眼を使いこなさないと」
気合と共に魔力が込められたのか、カラーコンタクトごしでもわずかに光が漏れた。
「私も、その瞳にしてもらおうかな」
ディアがタルトの眼をうらやましそうに見ていた。
「ちょっと考えないとな。トウアハーデの瞳が便利なのは間違いないが、慣れないうちは魔力が垂れ流しになる。ディアは魔力が多いほうだけど、この前みたいな戦いになれば魔力が不足する。魔力を消費する瞳は合わないかもしれない」
「うっ、たしかに眼に回す魔力はないかも。でも、鍛えたら、使いたいときだけ使えるんだからもっておきたいな。あと、魔力を込めなくても普通の眼とは比べ物にならない性能ってルーグ言ってたよね」
「それはそうだ」
「なら、やっぱほしいよ。それにどうせその目を手に入れるなら、少しでも早く慣らさないとね。……でも、不思議だよね。タルトって私よりずっと魔力が少ないのに倒れないもん。慣れないうちは魔力を垂れ流しちゃうっていうのなら、まともでいられるほうがおかしい」
さすがディア、この不自然さに気付いたか。
「ああ、それですか。ルーグ様にちょくちょく魔力の補給をしてもらっていたんです。最近になってようやく、だいぶ制御できるようになって、頻度は減ったんです」
ディアが俺の顔を見て、微笑んでいる。
どことなく怖い笑みだ。
……しまったな。タルトにはトウアハーデの秘術だからと口止めをしていたが、身内のディアに対して言うなとは言ってなかった。
「ねえ、ルーグ。魔力供給ができるなんて聞いてないけど。そんなことできるなら、なんで昨日の戦いでやってくれなかったのかな? そしたら、もっと活躍できたのに」
「トウアハーデの秘術だからな。人前ではできないさ」
嘘じゃない。
別の意味でも人前でできないのは隠しているが。
「ふうん……でもどうやったら、そんなことが可能なんだろ? 魔力の波長を合わせることは技術的に難しいけど不可能じゃない。……たぶん、ルーグの魔力制御の精度でも二割ぐらいにまで目減りしちゃう。あっ、でも無限に近いルーグの魔力なら気にならないか。問題は伝達方法だね。直接接触は必須として。……伝導効率を高くして、なおかつせっかく波長を合わせた魔力の変容を防ぐなら、ああ、するしかないよね……つまり、そういうことだね。むう、タルトばっかりずるいよ」
魔力を受け渡しをするという言葉だけで、正解にたどり着かれてしまった。
これだからディアは怖い。
「ねえ、ルーグ。魔力をたくさん使う魔法の練習をたくさんしたいんだけど、魔力がすぐなくなっちゃって、ぜんぜん練習がはかどらなくて困ってたんだ」
「わかった。好きなだけ、魔力供給してやるさ」
「やった。ふふ。楽しみだね。魔法の練習し放題だし、ルーグとキスもできるし。……まあ、ルーグがしぶるなら、別の方法の粘膜接触でもいいけど」
「それは結婚するまではダメです!」
真っ赤な顔でタルトが割り込んできた。
いろいろと、こういう話に疎いタルトも、これは伝わるらしい。
……効率だけを考えると、そういう方法のほうが上だというのは黙っていよう。
「タルトが怒るし、そっちはしないでおくね。私もちょっと怖いし、そういうのはもう少し後のお楽しみにとっておくよ。だから、ちゃんとキスの魔力供給はお願いするね」
逃げ場が防がれたか。
別にキスが嫌なわけじゃない。
ディアのことは好きで、むしろ役得だと思っている。ただ、理性のほうに不安があって避けていた。
また、キスをしたら歯止めが利かなくなりそうなのが怖かったのだ。
大好きなディアとキスをしてそれで終わりなんて、生殺しだ。
まったく若い体というのは、扱いにくい。
「ディア、話が逸れたが本当に眼が欲しいんだな」
「もちろん、魔力が見えれば魔法の制御がやりやすくなると思うんだ。絶対、魔法が上達する。実戦での後衛同士でやる魔法の打ち合いも有利になるし。タルトのように近接格闘の補助よりは、むしろそっちが私にとってメインだね」
魔術士らしい考えだ。
詠唱が聞こえない距離であろうと魔力の動きが見えれば、完成する魔法の先読みができる。
自分で魔法を使う際も、魔力の動きと完成した魔法を見比べることで、正解を探し出せる。
感覚でしかとらえられなかった情報の視覚化は非常に大きな意味を持つのだ。
超動体視力と同じぐらいに魔力が見えるということは大きな利点だ。
「じゃあ、二人分の手術の準備をしておくよ」
これでタルトのもう片方の眼、それからディアの眼の手術が決まった。
二人のさらなる成長が楽しみだ。
◇
一週間後に、エポナが戻ってきた。
それからは妙に他人行儀になった。
俺はもちろん、ディアたちとも距離を取ろうとしている。
たった一人で、任務を行っていた間に何かあったのは間違いない。
話しかけようとしても避けられる。
勉強会も不参加だった。
仕方ないので、夜にエポナの部屋を訪ねることにした。
このまま、タイミングを逃し続け、謝れないなんて事態は避けたい。
訓練を終えて、シャワーを浴びてから一人でエポナの部屋に向かう。
あと少しでエポナの部屋というときだった。
けたたましいサイレンの音がなる。
この音は、襲撃?
騎士学園が襲われたというのか。
いったいどんな連中が、ここを襲ったんだ? 正気じゃない。
いくら未熟とはいえ、この学園には魔力持ちが百人以上いるというのだ。
「……いや、魔族に率いられた魔物であれば可能性はあるか」
魔物だ。
教官たちがやってきて、すぐに講堂に集まるように告げてきた。
同時に魔物の群れがこちらに迫っているとも。
今回は前回と同じくオークに加えて、多種多様な魔物がいるらしい。
その規模は、前回とは比較にならない。
「あのオークの群れの違和感はこれか」
前回のオークが見せた動きは不自然だった
だからこそ、あれは偵察であり情報収集だと疑った。
それが半ば確信に変わる。
なら、あのときどんな情報を向こうが欲したかを推察する。
もっとも可能性が高いのは、勇者エポナの弱点。奴らの目的は勇者を潰すこと。
そして、その目的は達成できた。だからこそ、あのタイミングで撤退し、今日、学園を襲撃したのだ。
そう考えればつじつまがあう。
奴らに知られたエポナの弱点は、力の制御が未熟で味方を巻き込んでしまうこと。
それだけであれば、エポナ自身の弱点にはならないが、巻き込むのを躊躇い、傷つくこと、それが致命的だ。
この学園が魔物に埋め尽くされれば、それはエポナにとってもっとも戦いにくい状況になる。
身動きが取れなくなってしまうだろう。
「この学園襲撃は、エポナを弱体化させるためだけに行ったのだとすると。ずいぶん、舐められたものだ。勇者一人を弱体化させるためなら、魔力持ち百人以上追加で相手してもいいと思われているんだからな」
魔物は本能のままに動き回る獣に過ぎず、魔族は高度な知恵を持ち、魔物を生み出す能力と、魔物を統率すると文献に残っている。
だが、ここまで考えて動くとは。
ただ真正面から攻めてくるだけではないはずだ。いったいいくつの仕掛けをしているのだろう?
「エポナ!」
サイレンを聞いたエポナが、部屋から飛び出して来たので声をかける。
エポナは何かを言いかけて、その言葉を飲み込んで、別の言葉を探す。
「先に行くから。なるべく、遠くで戦って」
それは拒絶の言葉だ。
だから、俺は彼女に言うべき言葉を放つ。
「この前は悪かった。……また、一緒に戦おう。それができるぐらいに強くなってみせる。だから、一人で戦うな」
それは決意表明だ。
もう足手まといにならない。
エポナは振り向かず、走り去って行った。
言葉は届いた。あとはその言葉を証明するだけだ。
もしかしたら、そのチャンスが巡ってくるかもしれない。




