第十八話:暗殺者はオークと戦う
外に出ると、日が沈みかけていた。
すでに全員配置についている。
前衛を担うのは、ノイシュ、タルト、エポナの三人。
俺は中衛で、基本は魔法で殲滅、前衛が崩れればそちらのフォロー。ディアは後衛で魔法に集中。
そのさらに後ろには、騎士であるレイチェルと教官が控えている。
彼らの役割は、俺たちが危機に陥ったときに助けることと、撃ち漏らしを防ぐこと。
また、誰かが戦闘不能なれば代わりに入る。
「オークどもが来たか」
俺とディアが作った壁の隙間から見える景色がオークの濃緑一色に染まる。
視界が制限される分は、崖の上にいる一般兵たちが逐一報告することになっている。
渓谷にそって、三メートルの濃緑巨人たちが進軍する。
崖の上にいる一般兵たちが弓を射るが、その部厚い皮と脂肪に阻まれて、矢はまったく効果を為さない。
……即座に爆発寸前のファール石を投げ込みたい気持ちを堪えつつ、詠唱を始める。ファール石の爆発なら一気に数を削れるが、あれを見せるわけにはいかない。
オークたちは、俺たちの目論見通り、俺とディアが作った壁によって動きを制限され、狭い出口を目指す。
それを見届けて、俺とディアは詠唱を開始する。
オークの先頭が、出口にたどり着く頃、俺たちの魔法が完成する。
「「【紅蓮爆裂】」」
火の魔法を使い続けて、二十番目ぐらいに天啓が降りる魔法であり、並の魔力持ちなら、死ぬまで覚えることがない魔法だ。
それだけあって、威力はかなり高い。
バスケットボール大の火球が放物線を描いて飛び、壁をこえて、オークの群れに着弾、爆発が起こり、紅蓮の炎が壁の隙間から見える。
監視している兵士が声を張り上げる。
「着弾! 敵、八体撃破!」
やはり、堅いか。俺とディア、超一流の魔力を持つ二人の上位魔法で、一人四体ずつしか倒せていない。
しかし、腐っている暇はない。
魔法組の役割はひたすら、壁を盾にして魔法を打ち込むことであり、俺たちが削れば削るほど前衛組が楽になる。
そして、前衛組の役割は当然、出口を抜けたオークたちの駆除。
すでに最初に壁を抜けた二体を迎撃態勢に入っている。
エポナが突っ込む。
「死んじゃえ」
ただ無造作に距離を詰め、裏拳を振るう。オークの腹が波打ったかと思えば、破裂し、上半身と下半身が分かれ、土壁にめり込んだ。
エポナは武器を使わない。エポナの力で振るえば、武器が耐えきれずに砕けるからだ。
それに、武器等使う必要がない。
……ああいうのを模擬戦で毎回さばいていると思うと、背筋が凍りそうだ。
「行くよ、タルトくん」
「はい!」
もう片方のオークは、タルトとノイシュが連携して戦っている。
即席だがうまく左右から挟み込むようにして、オークをかく乱し、タルトの槍が目を抉り、ノイシュの鋭い刃が手首をかき切った。
うまい。
オークは固い皮膚と脂肪の分厚い鎧をまとっており、並の攻撃ではダメージを与えられない。
しかし、眼は簡単に抉れるし、手首は脂肪が薄く、動脈が通っており浅くても血が噴き出る。
事実、二人の攻撃を受けたオークは、血を流しながら暴れ、しばらくすると倒れて、冷たくなった。
これなら、体力を消費せずにオークを始末できる。
俺たちが作った道を通る限り、一度に出てこれるオークは二体か、三体がせいぜい。
エポナとノイシュ、タルトだけで十分に処理が追いつく。
その間に、俺とディアがひたすら渋滞待ちのオークを焼き払う。
この調子なら、エポナが暴走することもないし、トウアハーデの秘儀を見せる必要もない。
厳しい戦いだが、危なげはない。
ただ、今のパターンを繰り返せばいいだけだ。
問題はこちらの体力が尽きるのが先か、オークが全滅するのが先か、どちらが早いか。
さあ、根競べの始まりだ。
◇
……戦いが始まって、三十分が経った。
おかしい。
戦いが終わらない。
すでに百体以上のオークを始末したはずだ。なのに、敵の勢いは衰えない。
壁越しで敵の全体像から見えない俺たちは、崖の上にいる兵士たちからの報告を頼りにしている。
常に余裕を見せているノイシュが珍しく苛立ちを込めて叫ぶ。
「いったい、どれだけ数がいるんだ!」
「推定で、百二十!」
「どういうわけだ。僕たちは少なくとも百体以上倒しているのに!」
「それが、次々にどこからか増援が」
戦闘開始前から、敵の数が五割増しな時点でまずいと思っていたが、ここまで増援が増え続けるとは。
すでに、増援を合わせれば二百二十体。
それだけでなく、これ以上増援が増えない保証もない。
そもそも、隠れていたにしては数が多すぎる。……嫌な予感がする。たとえば、魔物を生み出す能力を持つ魔族が潜んでいる可能性すら考慮するべきだ。
魔族なんてものが出っ張ってきたら、それこそ力を隠すなんて悠長なことは言ってられなくなる。
「ごめん、もう、ダメかも」
ディアが青い顔で膝をついた。魔力欠乏症。
無理もない、三十分も上位魔法である【紅蓮爆裂】を使い続けたのだ。
そして、タルトもまずい。
動きに精彩を欠き始めた。
オークのこん棒の一撃を躱し損ねる。
「きゃああああああああああ」
ぎりぎり左腕でガードしたが、骨が砕けた音がして吹き飛ばされて、倒れる、立ち上がろうとするも、着地を失敗して足を捻ってしまっているようで動けない。
そんなタルトに向かい、オークが獣欲をむき出しにして、手を伸ばす。タルトを連れ去るつもりだ。
「この豚がぁ!」
【紅蓮爆裂】の詠唱を中断して疾走、その疾走の勢いすべてを乗せた踏み込みから、全身をねじり力を収束する掌底、オークを弾き飛ばす。
そして、この一連の行動の中で詠唱を続けていた風の魔術【風刃】が発動し、オークの頸動脈を切り裂いた。
攻撃力が低くても急所を狙えば、オークでも倒せる。
「ルーグ様!」
「タルト、後ろに下がれ、前衛は俺が引き受ける」
「私はまだ、戦え」
「限界だ! 立てるようになれば、歩いて下がれ」
タルトはもう反論しなかった。
これ以上は足を引っ張るとわかっているからだろう。
たかが三十分の戦闘でばてるほど、柔な鍛え方はしていない。だが、見えすぎるトウアハーデの眼で神経をすり減らしているのだ。
まだ、トウアハーデの眼を手に入れて日が浅いタルトにとって、想像以上の負担になっている。
せめて、あと一週間ならす時間があれば、タルトはもっと戦えたのに。
タルトの代わりに前衛に出る。背中にタルトを庇いながらオークと向き合う。
……この重圧の中で、タルトはずっと戦っていたのか、あとで褒めてやらないと。
「君がこっちに来たら、誰が後ろのあいつらを倒すんだい」
「俺がこっちにこなければ、崩れるだろ。それに、あの騎士様か教官が前に出るはずだ」
「そうだね、僕たちがこれだけやってるんだから、そろそろ代わってほしいもんだよ」
ノイシュは軽口を言っているが、彼も相当辛そうだ。もって、あと半時と言ったところか。
そんな状況で、さらにまずい事態が起こり始めた。
青い顔で膝をついているディアが絶叫する。
「ルーグ、私たちが作った壁が!」
「まあ、そうなるよな」
オークたちは渋滞待ちしている間、ぼうっとしているだけでなく、いまいましい壁を崩そうと暴れていた。
……それだけならまだなんとかなるのだが、エポナが力任せに叩きつけたオークの残骸などで、かなりダメージを負っていた。
それでも、当初の数なら崩れる前に終わっていた。
すべては見通しの甘さが招いた。
壁のうしろから、オークが雪崩んでくる。
壁が崩れて、見えるのは戦闘開始前と変わらない数のオーク。 今までとは違い、五体も六体も、横に並んで走り込んでくる。
……覚悟はしていていたが、気持ちが折れそうになるな。
あんな物量、支え切れるわけがない。そして、俺の後ろには負傷したタルトと魔力切れのディア。
もはや、出し惜しみをしている場合じゃない。
全力を尽くさねば俺だけじゃなく、みんな死んでしまう
ファール石に手をかけたときだった。
「やっと暴れられる。一体一体、ちまちまちまちまちまちまちま、めんどくさかったんだよぉぉぉぉぉぉぉ。僕が皆殺しにしてやる!!」
エポナが突っ込む。
ブチ切れていた。
そんなことをすれば、すぐに囲まれ、袋叩きになる。
だが、エポナを囲んだオークがまとめてばらばらになった。エポナが笑っている。
それは、模擬戦で熱くなったときの笑み、エポナはかつて、俺と戦って笑ったのは、ようやく自分が強くなるために必要な訓練相手が見つかったからと言っていた。
だけど、今のエポナは血に飢えた獣のようだ。
あれが勇者か。
ノイシュの顔が引きつり、タルト、ディアは怯えている。
そんな視線に気づくことなく、狂暴な獣が獲物を食い散らかし始めた。