第十七話:暗殺者は魔力を供給する
準備を手早く終えて、集合するとすでに全員集まっていた。
見た目は全員制服だが、エポナ以外は実戦ということであり若干装いが違う。
たとえば、ノイシュは剣を二本腰にぶら下げているし、胸の内側に短刀を隠してある。
一本は日頃から使っている剣、二本目は一目見て魔剣とわかる代物で、とっておきのものだろう。
戦場で武器を失うことが死につながってしまう。
普段使わない強力な魔剣をメインにして、日ごろ使い慣れしている剣を予備、最悪のケースに備えて短刀まで用意してある。
評価点は、一本目と二本目、重量も重心がほぼ同じということ。
腕のいい剣士ほど、些細な重量、重心の変化が気になってしまう。
持ち替えたときに、違和感がないように工夫している。
実戦は知らないだろうと思っていたが、その装いは実戦を知るもののそれだ。
「本格的だな。戦場に出た経験があるのか?」
「まあね、実戦こそが最高の修業場所だ。経験しないはずがない。そういうルーグたちもやる気まんまんだね」
「わかるか」
「もちろん。それさ、お金払えば売ってもらえるのかな? ちょっとうらやましいよ」
「一応、うちの秘伝だ。譲れない」
トウアハーデの三人は見た目こそいつもと変わらないもの、インナーが違う。
先々代のトウアハーデは街一つを一体で滅ぼした魔獣を、暗殺し、その体を解体して持ち帰り、それをトウアハーデは受けついでいる。
魔獣の被膜を使い、トウアハーデの秘術を駆使して作ったのがこのインナーだ。
魔法、熱、氷、斬撃、打撃、すべてにおいて防御力を発揮しつつ、伸縮性が高く動きを阻害しないという優れものだ。
トウアハーデが荒事をするときはこれを使う。
「これ、胸が苦しいです」
「……我慢してくれ」
ただ、そんなトウアハーデの秘術によって作られたインナーも、タルトの大きな胸までは考慮していなかったようだ。
伸縮する材料だが、それにも限度がある。
可哀そうだが、我慢してもらおう。多少息苦しくても、デメリットを上回るメリットがある。
「うわぁ、すごっ、あっそうだ。……ルーグ、私もちょっと苦しいかも」
「そっ、そうか」
ディアがぼそっと言ったが、確実に嘘だ。充分、生地の伸縮性で対応できる範囲だろう。
しかし、俺は紳士なので、そのことを口にはしない。
そうこうしているうちに、出発時間となり、全員で馬車に乗り込んで進む。
オークどもの群れ、普通に戦えば対応できるはずだ。軍の情報が正しいことを祈ろう。
◇
オークを待ち伏せする渓谷にたどり着く。
そこには兵士たちがいた。
ここにいるのは全員、非魔力持ちだ。
魔物との戦いで、非魔力持ちは戦力にならないが、見張りや斥候、足止め、陣地の作成、村民の避難、補給、本陣との連絡役など、そういった分野では活躍できる。
魔力持ちは圧倒的な強さがあるが、それだけでは戦えない。
彼らがいるからこそ、魔力持ちが戦いに集中できる。
斥候が戻ってきた。
斥候は、この場でもっとも権限があるレイチェルに報告をしているようだ。
レイチェルは頷き、俺たちにどう伝えるか考えているようだ。
しばらくしてから、こちらにやってくる。
「あと、四時間ほどでオークの群れがやってくるわ。どういうわけか、数が増えてる。想定数は百前後から、百五十へと引き上げられたわ」
凛とした口調で、そう告げてくる。
数が1.5倍というのが洒落になっていない。
それだけの誤差があれば、通常なら作戦を中止にして撤退するべきだ。
次の言葉を待つが、レイチェルは何も言わない。
そんななか、タルトがおずおずと手を上げた。
「あの、作戦とかはないんですか?」
「作戦はシンプルに。この渓谷でオーク共を皆殺しにする。強いて言うなら、近接格闘が得意な子は積極的に前へ、魔法が得意な子は後ろでってところね」
作戦と言うにはあまりにもお粗末だ。
とはいえ、まともに連携訓練をしていない俺たちに複雑な作戦は不可能だが。
「レイチェル殿、提案があります。この渓谷はオークの群れを迎え撃つにはうってつけではありますが、それでも道幅が広すぎる。百五十ものオークとまともに戦うのは自殺行為だ」
幅はおおよそ七、八メートルほど、オークの巨体でも五、六体は並べてしまう。
六体ものオークが押し寄せてくれば前衛は突破され、囲まれて四方八方から攻撃を受けてしまうし、後衛は魔法を詠唱する余裕を失う。
数で劣るこちらは劣勢になってしまうだろう。
「でも、ここよりマシな場所はないわ」
「地図を見る限りそうですね。なら地形を変えればいい。私とディアなら、土魔法を使って道幅を狭くできます。このようにゆるやかに先細りをするよう土壁を作れば、オークが二体ほどしか通れないようにできます」
簡単な絵を紙に記す。
言葉で言ったように土の壁を、渓谷の壁につなげるように斜めに配置していき、どんどん先細りをするような地形に作り替える。
これのメリットは一度に対応する数を減らせることだ。
しかも、土壁は守りにもなる。後衛の魔法使いは、壁の後ろから放物線を描くように魔法を使えば安全だ。
完全に壁を塞いでしまいたいが、オークが進軍を諦め迂回する可能性があるため、ぎりぎりニ、三体は通れるだけの隙間は用意した。
「面白い案ね。でも、これだけの土壁、魔力は持つの?」
「俺とディアなら、苦になりません。接敵が四時間後であれば、速やかに土壁を構築し、体を休めればかなり魔力は戻ります」
「私は賛成。そちらは」
レイチェルが見たのは、教官だ。
「許可をしよう。ルーグ、クローディア、やってみなさい」
「はいっ」
「ルーグ、がんばろ」
ディアと頷き合い、さっそく壁を作り始める。
魔力持ちもそうでないものも、それを見て度肝を抜かれていた。
「これは見事だ。いつ見ても、ルーグとディアくんの魔法は芸術的だね」
「はい、ルーグ様とディア様は魔法の天才です」
「へえ、すごいわね。学生とはとても思えないわ。今すぐにでも私の部下に欲しいぐらいよ」
俺たちのオリジナル魔法ではないが、この規模の魔法で構成がほぼ完璧なこと、しかも魔力切れする様子がないため、化け物じみて見えるのだろう。
にしても、この騎士も教官も正気なのか、もし俺が何も言い出さなかったら、それこそエポナ以外が全滅してもおかしくないほど絶望的な戦いになっていたはず。
……いや、そんな状況をわざと作るつもりだったのかもしれない。
◇
土木工事が終わったあとは、見張りを軍の人たちに任せ、俺たちは体を休めることにした。
ディアは魔力回復を高めるために、リラックス効果と体力回復促進効果があるトウアハーデ秘伝の茶を飲んで眠ってもらっている。
そういうこともあり、一つのテントを三人で使わせてもらっていた。
……土木工事も効率だけを考えれば【超回復】を持つ俺一人でやったほうがいいが、さすがにそれは目立ちすぎる。
「ルーグ様、魔物との戦いは初めてですね。緊張します」
「そうだな。……俺たちが苦手とする相手だ。暗殺術は、人間相手の技だからな。まあ、もともと人前で暗殺術を使うつもりはないが」
人間をいかに効率的に殺すかを追求したのが暗殺術、トウアハーデの技は、魔力持ちという規格外を殺すために進化している分、普通の暗殺術よりは魔物に有効な技が多いとはいえ、やはり専門外というのは否めない。
タルトの足が震えている。
「タルト、怖いか?」
「そんなことないです。ルーグ様がいますから」
「嬉しいことを言ってくれる。一つ、アドバイスだ。躊躇するな、確実にやれ」
「はいっ!」
タルトが槍を握り締める。すでに折り畳み槍は組み上げられ、ハードな戦いになることを予想し、俺が連結部を補強していた
もし、槍が折れれば即座に下がるように言い聞かせてある。
「それから、少し、いいですか。その、また足りなくなっちゃって」
「まだ、制御できないか」
「はい、ずっと魔力漏れしてます。だから、ルーグ様のをください」
ディアを横目でみる、まだ眠っているようだ。
これなら、場所を移す必要もないか。
トウアハーデの瞳のデメリット。魔力を集めることで視力を強化するトウアハーデの瞳だが、慣れないうちは無意識に魔力を注いでしまい、魔力の垂れ流し状態になり、魔力が不足する。
これから戦うのにそれは致命的だ。
慣れてくると、不要なときは魔力の供給を止めれるのだが、まだタルトはそれができない。
だからこそ、魔力を補うための秘術を使う。
タルトと唇を合わせて、そこを起点に魔力を注ぐ。粘膜接触が一番魔力を譲渡しやすい。
唇が触れた瞬間、タルトが体を預けてきて、目を閉じ強く唇を押し付ける。
魔力が流れ始めると、びくんとタルトの体が跳ね、吐息が熱くなる
これは俺のオリジナルだ。魔力の波長を合わせるのは、超高等技術であり、おそらく、そんなことをやろうとしたものは、ほとんどいないだろう。
……この手はあまり使いたくないが、この前深刻な魔力欠乏症になったタルトを助けるために使い、体調が悪くなったときの緊急用だと告げたのだが、その後ちょくちょくねだられている。
実のところ、タルトはとっくに瞳を制御できると疑っているが、それを口実に甘えるタルトが可愛いので、好きにさせている。
それに、悪くない。
タルトをこう抱きしめて、唇を合わすのは。
「これで十分か?」
唇を離す。
いつも、思うのだが、このときのタルトはいつもの彼女からは想像できないほど色っぽい。
「はい、ルーグ様のがいっぱい流れ込んで、魔力と勇気がたくさんです!」
うっとりとした顔で、タルトが唇を撫でる。
……この治療法はディアには秘密だ。話すといろいろと厄介なことになりかねない。
急に周囲がざわつき出す。
敵のお出ましだ。
「そろそろか、ディア起きろ」
ディアを揺する。
「ううーん、おはよう。ルーグ」
「眠れとは言ったが、この状況で熟睡とは、けっこう図太いな」
「そうかも。でも、おかげで魔力はだいぶ戻ったよ」
いつも通りのディアだ。
さっきのは見られていないようだ。
「なら、いくぞ。ディア、お守りはもったな」
「ばっちりだよ」
ディアのポシェットには、俺が臨界寸前まで魔力を込めたファール石が五つ入っている。
最後の保険だ。魔力切れした際の最終手段。
隠すべき手札であるが、ディアの命には代えられない。
「タルト、覚悟はいいな」
「はいっ、負ける気がしません」
兵士たちが呼びにきた。
いよいよ、俺たちの出番だ。