第十一話:暗殺者は勇者に挑む
その日の授業が終わる。
一日目は座学だけで終わりだ。
「ルーグ、午後はカフェにいかないかい? 僕たちSランク全員で団結するべきだと思うんだ」
ノイシュがいつも通りに声をかけてくる。
「悪い、今日は都合がつかない。また、誘ってくれ」
クラス全体で親交を深める機会は貴重だし、こういう場に参加しないのは大きなマイナスだとわかってはいる。だが、一刻も早く手紙の内容を確認したい。
「それは残念だ」
「ルーグがいかないなら、私も帰るよ」
ディアがそんなことを言いだし、タルトが頷いている。
「いや、二人は行ってくれ。さすがに、俺たち全員が参加しないのはまずいしな。二人にはトウアハーデの代表として行ってもらいたい」
三人で孤立するのは避けたい。
最悪、トウアハーデに連なるものだけ、仲間外れにされるということも考えられる。
二人が顔を出してくれれば、つながりは作れる。
「わかったよ。ルーグの分も、みんなと仲良くしてくるね」
ディアはそういう政治の世界で生きていただけあって、そのあたりの考えを口にしなくてもわかってくれるのはありがたい。
不安そうにしているタルトに微笑みかけ、俺は一人で寮に戻った。
◇
寮の鳥かごでは、白い伝書鳩が羽を休めており、その足元には手紙が巻かれている。
「お疲れ様、ここまで大変だっただろう」
「クルック」
手紙を回収し、撫でてやる。
手紙を広げる。
「父さんのほうか。喜んでいいのか微妙だな」
手紙の差出人は父だった。
内容は、慣れない学園生活で体調を崩していないか? 栄養のあるものを食べているか? 金に困っていれば仕送りをするというもの。
もちろん、これは偽装だ。
あの父が、そんなことを言うためだけに伝書鳩を使ってメッセージを届けることなんてありえない。
伝書鳩というのは、第三者に回収されて情報が漏洩される危険性がある。
だからこそ、暗号化しており、第三者が見れば『ただ息子の心配をしている父親』に見えるようにしていた。そう読めれば、深く考えずに納得してしまうのだ。
逆に、意味が通じない文面だと何かあると疑われる。
その暗号を読み解いていく。
「……なるほど、父が俺に連絡をしてくるわけだ」
内容を見て、笑うしかなかった。
父にはどうしようもすることができない依頼だからだ。
なんでも、暗殺者が学園内に入り込んでいて勇者エポナを狙っている。
その暗殺者を見つけ出して殺せ。
暗殺者に関する情報は何一つ存在しない。なら、どうやって暗殺者がいるとわかったのかは疑問になってくるが、父が依頼してきたぐらいだ。信用できる情報だろう。
「暗殺から、エポナを守れって? なんの冗談だ。あれを殺せるものなら、殺してみろ」
俺は、エポナと会ってからどうやって殺すかを考え続けていた。
しかし、それは無理だと思い知らされている。
油断しきっている状態ですら、ほぼ失敗する。
あのエポナが懐いて来て無防備に話しかけてきたとき、脳内で殺しをシミュレートした。結果は失敗。そんな状況ですら殺せないほどの規格外。
……現状、もっとも確率の高い暗殺方法は、セタンタを倒すために使った【神槍】を使うこと。
それも一発じゃない。
エポナが眠っている間に、百発以上、【神槍】を打ち上げて絨毯爆撃を行う。
その策を実行した場合、二割ぐらいは殺せる可能性があるというのが俺の推論だ。
そんな相手を、いったい誰が殺せるというのか。
「……まあいい、探ってみるか」
俺が知らない勇者の弱点なんてものがあるのかもしれない。
それにしても、勇者を殺そうとしている俺が勇者を守ろうとするなんて、皮肉が効いている。
◇
夕方、トレーニングルームにまた来ていた。
トレーニングルームは三部屋しかなく、なかなか予約が取れないと思っていたが、どうやら鍛錬の場所としては広い庭を好むらしく、室内のここは使われることは少ないらしい。
訓練を隠れて行う俺たちにとってはありがたいことだ。
今はタルトと模擬戦をしている。
タルトが加速する。身体能力強化と風による加速の重ね掛け。
俺も、同じ手を使う。タルトにこの手を教えたのは俺だ。俺にできないわけがない。
お互いの速さはほぼ互角。
しかし、明確な差が生まれ始める。眼の差だ。自分の動きすら満足に把握できないタルトと、完全に見えている俺では勝負にならない。
三十秒ほどで、決着がつき、タルトの槍がはたき落とされた。
「やっぱり、ルーグ様にはぜんぜん勝てません……」
「いや、いい線は行っている。俺はズルしているかな」
「その瞳ですか……羨ましいです」
「タルト、この瞳が欲しいか?」
彼女に問いかける。
俺はタルトにこの瞳を与えたいと思う。
しかし、それが独りよがりになっているかもしれない。
「もちろんです。その瞳があれば、もっとルーグ様の力になれますし、何より、ルーグ様と一緒になれますから」
嬉しいことを言ってくれる。
そんなタルトだからこそ、すべてを話しておくべきだ。
「タルトが望むなら与えてもいいと思っている。だが万が一の場合は失明するリスクがある。それも踏まえて判断してくれ」
「悩む必要はありません。それでも、ほしいです。ルーグ様なら失敗なんてありえないですし、もし、失敗しても、私は後悔しません」
「……そう言ってもらえると絶対に失敗できないな。俺はタルトの信頼を裏切りたくない」
失敗しても後悔しない。
そんな彼女だからこそ、絶対に光を奪いたくない。
……そうだな。もし、エポナを狙う暗殺者を見つけたら、そいつで満足いくまで実験しよう。
勇者殺しを任されるぐらいだ。強力な魔力持ちであることは間違いない。
どうせ、殺すのだから有効利用するべきだろう。
「ねえ、ルーグ提案があるんだけど。その眼の手術、片方ずつやって様子をみればいいんじゃないかな。片側やってうまくいけば、もう片方って決めてれば、最悪の場合でも失明するの片目だけだし」
「言われてみればそうだな。施術するときはそうしよう」
失敗したときのことなど考えないが避けられるリスクは避けるべきだ。
「ルーグ様、いつ施術をしましょうか?」
俺を心のそこから信じ切ったタルトが目を輝かせて問いかけてくる。
「そう慌てないでくれ、たぶん一月は後だ。俺にも準備はある」
それだけあれば、暗殺者を捕らえ、練習ができているだろう。
「楽しみにしていますね……でも、私がその目をもらっていいのでしょうか。トウアハーデの秘中の秘ですよね」
「かまわないさ。タルトは家族だからな。父にも許可をもらっている。俺が責任を持つなら構わないと」
幼い頃から、ずっと仕えてくれている。タルトはただの使用人ではない。
……そして、責任を取るというのはタルトがトウアハーデから離れるときには、俺の手で殺すということを意味する。
そんなことはありえない。だが、それでもそうなれば俺はタルトを殺すだろう。
「家族、責任、それって、その、あの、はわわわわ」
タルトが耳を真っ赤にしてうつむき始めた。
「……一応言っておくが、そういう意味じゃないからな」
「わっ、わかってます、ちゃんとわかってますから」
この子のこういうところは本当に可愛い。
もしかしたら、本当にタルトが想像した意味で家族になる日がくるかもしれない。
タルトのような子が嫁になれば、きっと幸せな日々が過ごせるだろう。
◇
学園が始まり一週間を過ぎたころ、実戦訓練が始まった。
生徒の実力を見て組み合わせを決めて、刃引きした得物を使い、実際に剣を打ち合うし、魔法の使用まで認められている。
タルトが試合を終え、舞台から降りる。
彼女の相手は使用人枠ではなく、実力で入ってきた第五席だったが危なげなく勝利した。
その手には槍がある。
本来、この学園ではそれぞれの得意武器を鍛えるなんてことはしないが、Sクラスだけは特例で、望んだ武器に関する専門教育を受けられる。
タルトは、この学園で俺が教えられない正道の槍を学んで強くなっていた。
表と裏、両方の長所をうまく生かしている。
「どうでしたか?」
「いい槍さばきだった。ただ、いくつかミスがあったのは気になるな。まず……」
真剣な顔でタルトが聞き入っている。
こういう素直さと、それをつぎに生かす学習能力がタルトの最大の武器だ。
そうしているうちに、このクラスで正統派剣術において圧倒的な才覚を見せるノイシュと武家の名門に生まれたフィンの試合が始まった。
生徒全員が魅入られる。
この二人の剣術は正統派剣術だけあって、実に華々しい。
最終的にはノイシュが勝ったが、どちらが勝ってもおかしくなかった。
そして、いよいよ俺の番がきた。
……この組み合わせは実力順で組まれる。
すでに、ノイシュ、フィン、ディア、タルト。上位者すべての試合が終わっている。
となると、残るは当然。
「次、エポナ・リアンノン。ルーグ・トウアハーデ」
こうなってしまう。
実際に戦ってみて、勇者の力を肌で感じるのは情報収集としてこれ以上ないほど効率がいい。
もっとも、生きて戻れればの話だが。
試験で、エポナと対戦した騎士団長は未だにベッドの上らしい。
超一級の回復術士による治療を受けてそれだ。
教官が俺を選んだのも、俺以外が試合すればそうなると考えたからだ。ある意味、最大級の評価だろう。
「あの、ルーグ、よろしく。僕、がんばるから」
「そうだな、正々堂々と日頃の鍛錬による成果を出そう」
教官の顔を見る。
本当にやらせるのか? という意思を込めて。
教官はただ頷くだけだった。
一応、さきほどエポナに本気を出すなと言っていたのは知っている。
俺が考えるべきは、手加減をしてくれているうちにいかにうまく負けるかだろう。
エポナが本気になれば終わりだ。
かといって、エポナに落胆させてはならない。
うまい、負け方が必要になる。
難しいができなくはないはずだ。
「二人とも準備はいいな」
「俺は構いません」
「僕もいいよ」
刃引きしたナイフを構える。剣で戦う気などさらさらない。もっとも慣れ親しんだ動きでなければ、事故は防げない。
教官が手をあげる。
それと同時に、目に魔力を注ぐ。
トウアハーデの瞳の力を限界、いやそれ以上に高めなければ、影を追うことすらできない。
過度の強化で激痛が走るが、【超回復】で無理やり癒しながらその状態を保つ。
「はじめ!」
その瞬間、エポナが消えた。
いつか見た、騎士団長との戦いの再現。
だが、俺には限界以上に強化したトウアハーデの瞳がある。
ぎりぎり見えている。だから、横にステップしつつ、その場にナイフを残す。
空中に置いただけ。
もし、腕ごと残して迎え撃てば、俺の手が砕ける。
勇者エポナの踏み込みでリングがひび割れ、残して来たナイフが弾丸のように吹き飛び、観客席に突き刺さった。
ぎりぎりで躱すことができたが、信じられないことに風圧だけで、数十センチ吹き飛ばされる。
そして、空中に残したナイフで、わずかにほんのわずかだが、打撲のあとが勇者エポナに刻まれる。
このスピードだと、何かにぶつかっただけで大ダメージのはずだ。
「……躱された。僕の、一撃が。やっぱり、ルーグは壊れない」
笑っていた。
無邪気に、心の底から嬉しそうに。
そして、こちらを見る。
さて、一撃目は躱した。
これからどうするか。
この命がけの実戦練習、心行くまで楽しませてもらおう。