第九話:暗殺者は勇者の友達になる
新入生を祝うために寮の食堂には豪華絢爛なごちそうが並んでいる。
もちろん、酒もいい物が揃っていた。
「まあ、悪くはない食事だね」
「ノイシュの基準ならそうなるだろうな」
俺にとってはご馳走でも、ゲフィス公爵家から見ればそういう感想になるのだろう。
もう、宴は先に始まっているようで場は盛り上がっていた。
動きを見るだけで、おおよそ家の格がわかってしまう。
初めてのご馳走に夢中になっている者。
気圧されて隅で小さくなっている者。
今のうちに人脈を形成しようと、積極的に他者と交流する者。
勇者のもとには大勢が押し寄せている。男か女かもよくわからない中性的で小さなエポナが、より小さく見える。
入学試験前は、いろいろと遠慮したし、あの群れに飛び込んでいれば、勇者エポナにとって俺の第一印象はその他大勢になっていただろう。
だが、今は首席という看板がある。
事実、俺が近づいていくと人だかりが割れた。
……俺はエポナを観察し続けていた。試験の間ずっと。
だからこそ、エポナに対する対処法はわかる。
さあ、ファーストコンタクトだ。
「同じクラスになったルーグ・トウアハーデだ。よろしく頼む」
そう言って、手を差し出す。
「どっ、どうも、私は、ちがって、僕はエポナだよ。エポナ・リアンノン、よろしく」
エポナが手をぎゅっと握る。
皮膚が分厚く堅い。しかし、武家の名門に生まれた者によくあるような、剣を日常的に扱っての堅さじゃない。
これは農作業によるものだ。筋肉のつき方も農民のそれであり、農業ばかりやってきていて、武術の経験はないように見える。
魔力を持たずに生まれたエポナは失敗作扱いされて、ただの一労働力ぐらいにしか見られていなかったというのは本当のようだ。
そんなエポナだからこそ、突然勇者の力を得て戸惑っているのだろう。
「学友になったんだ。お互い助け合っていこう」
「うっ、うん、でも、僕に教えられることなんて」
「謙遜は必要ないさ。エポナは体の動かし方がうまい。参考にさせてもらいたい」
「そっ、そうかな。なら、僕は勉強を教えて。ぜんぜん、試験もわからなくて」
「ああ、そっちは力になれると思う」
にこやかに話しかけて会話を盛り上げていく。
あえて、勇者相手だというのに敬語などは使っていない。
それをエポナが望んでいないとわかっているからだ。
エポナは、昔は虐げられ、周りから下に見られ続けていた。そして、勇者になったとたん、今度は持ち上げられるようになっている。
今も昔も孤独であり、人のぬくもりに飢えている。
だから、あれだけの人に囲まれていても寂しげだった。
エポナが欲しがっているのは対等な存在であり、自分自身を色眼鏡をつけずに見てくれる存在。
非常にわかりやすい。だから、その路線で攻められる。
エポナが望むように、勇者扱いせず、あくまで同じ目線の学友として振舞う。
さすがに、いきなり友人にはなれないが、いい第一印象を与えられた。
事実、さきほどから会話のキャッチボールは俺からボールを投げて、エポナが投げ返すパターンばかりだったが、向こうからボールを投げるようになってくれている。
そろそろ、引こう。
すこし名残惜しい、もう少し話していたい、そう思ってもらえている段階で引き上げるのがファーストコンタクトのコツだ。
ちょうど、教官の一人が声をかけにやってきた。
そろそろ、新入生を代表しての挨拶をするようにというお達しだ。
「悪いな、エポナ。呼ばれてしまったみたいだ」
「ううん、しょうがないよ。首席だもん。僕と同じで男爵の生まれなのに……」
どこか、羨望の眼で、エポナが俺を見る。勇者にこんな目で見られるのは驚きだ。
「生まれが関係ないとは言えないが、それがすべてじゃない。それに今回は運にも助けられたんだ。この挨拶で、化けの皮が剥がれないように頑張ってくるよ」
「ルーグって、すごいな。大人びて、堂々として、かっこいい。それに、ルーグなら……壊れなさそう」
最後の一言、囁くようなごくごく小さな囁き、俺の耳でなければ聞き落としていただろう。
『壊れなさそう』。いったい、それはどういう意味なのだろう?
◇
ノイシュと共に、寮食堂で一番目立つ位置に移動すると、新入生全員の注目が集まった。
まずはノイシュが口を開く。
「あまり長話をする気はないから、一番伝えたいことを話すよ。僕は、ここにいる皆と競い合いたい。そうでないと、ここに集まった意味がない。競い合い、成長するために僕は学園に来た。僕が成長するため、皆が僕に追いつき、首席の座が脅かされることを望む! 共に強くなろう。以上だ」
そのあまりにも男らしい言葉に、皆言葉を無くし、それから拍手が爆発する。
カッコいいじゃないか。
おかげで、少しやりにくくなった。
ノイシュが悪戯めいた目で俺を見る。
こいつ、わざとか。
だが、あの言葉は場を盛り上げるためにだけ言ったのではなく、本心からだ。それがわかるから、悪感情が持てない。
気持ちを切り替えよう。次は俺の番だ。
少し間を作ってから話し始める。
「俺たちは、それぞれの領地から離れここにいる。正直、二年は長い。その二年をここでの学びに費やすより、領地を発展させるために使いたいと思っている者も多いと思う」
俺の言葉で、何人かが笑い声を漏らす。
「それでも、アルヴァン王国に忠誠を誓う者として呼びかけに答えた。ここでの二年を寄り道にしないと、必ずこの二年で多くの物を得ると俺は誓う。そして、皆にもそうであって欲しい。この国の繁栄のためには俺たちの成長が必要だからだ。二年後に、ここへ来て良かったと言えるよう、共に頑張ろう」
ディアとタルトが最初に大きく拍手をして、それから拍手が連鎖的に広がった。
かなり臭いことを言ったが、この場ではこれぐらいがちょうどいい。
教官が〆の言葉を送り、俺とノイシュは戻っていく。
そんな俺のもとへディアとタルトがやってきた。
「ルーグ、かっこよかったよ」
「はい、ザ・首席って感じがしました! 音を保存する魔法がないのが残念です」
「ありがとう。少し照れるな」
「それから、ルーグ様はぜんぜんご飯を食べられていないようなので、好物を確保してきました! どうぞ」
タルトが綺麗に料理が盛り付けられた皿を渡してくる。
彼女の言う通り、料理のチョイスも量も俺好みだ。
「助かるよ。もうろくに料理はないからな。さすがは育ち盛りだけあってみんなよく食べる」
今日の夕食は諦めていただけあってありがたい。
「ねえ、今日はもう仕事はいいの?」
「ああ、エポナとコンタクトはとれた。それに、目星をつけていた奴らは、こっちの様子をうかがっている。会話が途切れたタイミングで向こうから来るだろう」
そう言いながら、周囲を見渡す。
早速、その内の一人がこちらに向かって歩いてきている。
そして、ノイシュがエポナと話しているのが目に入った。
俺とは別のやり方で、エポナに取り入っている。
そつがない。
上位の貴族ほど、本人の優秀さより人をうまく扱う技能が必要になり、幼いころから専門の教育を受ける。
彼なら、これ程度造作もないだろう。
ただ、見ていて気になるのが、ノイシュはエポナを女性として扱っている。戸籍上は男のはずなのに。
……これは調べ直す必要がありそうだ。公爵だけあって、俺より詳しい勇者の情報を手に入れているかもしれない。
それはそれとして、こちらに向かっている生徒の相手もしないと。
「ディア、タルト。ここでは表向き、それぞれの身分が関係ないことになっている。だが……」
「わかっているよ。建前だってことぐらい」
「ルーグ様に恥をかかせないよう頑張ります」
それだけわかっていれば大丈夫。
騎士の名門に生まれ、Sクラスをもぎ取った男がやってきた。
彼とは仲良くなっておきたいものだ。
◇
歓迎会が終わってから、それぞれの寮に案内されていた。
「百人しかいないのに、三つも寮があるなんて不思議だね」
「一つにしたほうが、絶対に手間がかからないのに」
二人が不思議そうにしていた。
「分けているのにも意味があるんだ。まあ、見ればわかる」
この一団にはSランクの生徒とその使用人しかいない。
ようやくたどり着いた寮を見て、タルトが目を見開く。
「これ、寮じゃなくてお屋敷じゃないですか」
「言っただろう。クラスごとに待遇がまるで違うって。それは授業だけの話じゃない。生活環境すら、そうなっている」
寮の中に入ると、それぞれの部屋に案内される。
ディアと別れ、俺とタルトが割り当てられた部屋に入る。
リビングとキッチン、他に三部屋を自由に使える。
一通り揃っている家具も調度品も一級品。要請すれば、家具の追加にも応えてくれるらしい。
加えて、掃除や洗濯などは依頼をすればやってくれると至れり尽くせり。
部屋の間取りは、3LDKと明らかに学生が生活するには大きすぎる。
「ここが私とルーグ様の部屋なんですね」
「使用人枠を使うと、部屋の一室を使用人に使わせることになるんだ。悪かったな」
「その、ルーグ様、ふつつか者ですが、よろしくお願いします。ルーグ様と一緒のお部屋……どうしよう、今までも同じお家に住んでたのに、どきどきしてます」
タルトの場合、実力でもSクラスだから、一般枠で入学していれば個室が使えた。
「悪いなんてとんでもないです! ルーグ様と一緒のお部屋なんて、すっごくすっごく嬉しいです!」
胸の前でこぶしを握り締めて、鼻息を荒くしている。
ちょっと怖い。
そんなタルトを見ているとノックの音が聞こえて、扉を開ける
「ルーグ、まだタルトに襲われてないよね?」
「ああ、なんてこというんですか!?」
「ふう、こんなせまい部屋に二人きりなんて、不安だね。私もこっちに住もうかな。リビング以外にもう三部屋あるから、一人一部屋使えるし」
「そしたら、ディアの部屋はどうするんだ?」
「倉庫にするよ。ちょうどいい大きさだし」
さすがは城で育った本物の金持ちだ。
いろいろとスケールが違う。
「ちなみに、どれぐらい本気だ?」
「そうだね。だいたい十割ぐらい。別にタルトとそういう関係になってもいいけど、抜け駆けされるのはなんかやだもん」
「そうか、別に俺は構わないが」
「私もいいです。そっちのほうがディア様のお世話もしやすいですし。それに正直ほっとしてます。今のままじゃ、いつ自分が……ごほんっ」
「じゃあ、あとで荷物を持ってくるね」
ディアは完全に本気のようだ。
まあ、一人一部屋使えるのだから、問題はないだろう。
……広さとは別に、このことがクラスメイトに伝わるとハーレム野郎と揶揄されそうではあるが、名目上は妹と使用人だ。
「でも、びっくりするぐらい贅沢ですね。生徒一人ひとりにこんな部屋なんて。さすがは魔力持ちのための学校です」
「まあ、ここまで滅茶苦茶するのはSクラスだけなんだけどな。Aクラスは個室を与えられるが、ベッドと机、収納棚をおけばいっぱいいっぱいの広さだし、Bから先は相部屋で家事は自分でするか使用人を使うしかない。……だから、定期試験ごとに上のクラスにいる奴を引きずり落とそうと必死だ」
それもまた、いいモチベーションになる。
とくに下のほうだと個室をなんとしても手に入れたいと思うのだ。
「ちょっと待ってください、相部屋の人たちって、使用人はどうやってお世話するんですか?」
「Sクラス以外の使用人は、Cクラス寮に使用人用の相部屋が用意されてる。そこから主人の寮に通う感じだな」
「つまり、クラスが落ちればルーグ様と離れ離れ……そんなの絶対嫌です。同棲生活のため、私、がんばります!」
今まで以上のやる気を見せるタルトをディアは横目で見ながら口を開く。
「別にタルトの場合、ルーグの成績依存だから頑張る必要がないと思うけど。私もある意味そうだね。いざとなれば物置を諦めればいいだけだし」
「二人とも、別にそういう目先のメリットがなくても、しっかりと勉強しておくと財産になるからな。手を抜くなよ」
苦笑しつつ、呟く。
「はい! でも、本当にいいお部屋。キッチンまで。これなら、ルーグ様が首席になったお祝いのケーキを焼けます」
「たしかに、タルトの菓子を食べれるのは嬉しいな。だが、祝いのケーキは訓練のあとにしよう。Sランクの寮にはトレーニングルームがある。予約制で密室だ。あそこならトウアハーデの技術だって教えられる」
「本当になにからなにまであるんだね。じゃあ、ケーキは体を動かしたあと。そっちのほうが美味しいから大歓迎」
「そうですね。今日から毎日、夜はルーグ様とお勉強して、訓練して、同じお部屋で眠れる……幸せすぎます。マーハちゃんに申し訳ないぐらい」
マーハか。
彼女は今も商店で頑張ってくれているだろう。
彼女にはエポナの追加調査依頼を出しておこう。
リアンノン家には何かある。
それがエポナの弱みに繋がるはずだ。
三人で、トレーニングルームに向かったが、そこでも充実した設備と広さに驚いた。
新生活は、なかなか快適に過ごせそうだ。




