第八話:暗殺者は密命を帯びる
首席入学を果たしたことで、時の人となった。
一応、当初の予定どおり、規格外の魔力、オリジナルの魔法、暗殺術。
そのすべてを隠したまま受験を終えた。
この程度であれば、優秀で収まる範囲であり規格外とは言えない。ちょうどノイシュという目くらましまでいたのは幸運だった。
「いきなり、学園長から呼び出しなんて、僕たちはかなり期待されているようだね」
「そうだろうな。なにせ、Sクラス全員じゃなく、俺たち四人だけが呼ばれたんだから」
他のクラスメイトたちはさっそくホームルームへ向かったのに対して、ノイシュ、俺、ディア、タルトの四人だけは学園長室に向かうように言われている。
おそらく、成績上位者に対しては何かあるのだろう。
筆記試験が極端に低くなければ、勇者エポナもここにいただろう。
「ルーグくん、君の妹も使用人も優秀だ。僕のもとへ来るとき、当然彼女たちも力を貸してくれるのだろう?」
「そもそも、俺はノイシュの力になるとは言っていないんだが」
「ははは、安心してくれ。僕がその気にさせるから」
笑っているが、かなり怖いことを言っている。
実際、公爵家であればできなくはない。
公爵家に意見ができるのは王族か、大公ぐらいなのだから。
問題があるとすれば、トウアハーデには繋がりが深い公爵家が存在すること。
王家の他に唯一、裏の顔を知っている家だ。
そして、その家に連なるものが学園にも通っている。もっとも一つ上の世代だが。
父が言った、この学園で注意するべき三人とは勇者とノイシュとそいつのことだ。
公爵同士はあまり仲がよくない。そして、ノイシュの家であるゲフィスと、その家はいがみ合っている。
立場上、トウアハーデはノイシュに力を貸すわけにはいかない。
「その顔、家のことを考えているな。大丈夫、そっちも僕がなんとかするから」
「わかっていて言っているのか」
「もちろんだ。……それぐらいできずして、この国を変えられるわけがないだろ。それより、着いたようだね。学園長室だ」
彼の言う通り、目的地についていた。
使用人に挨拶すると、彼が扉を叩く。
「入りたまえ」
重厚な声が帰ってくる。
扉が開き、俺たちは中に入る。
学園長は、白髪で壮齢の男性だ。
だが、肉体的な衰えは見せず、鍛え抜かれた体は健在。
白い髪は獅子の鬣のようで、全身から特別なオーラのようなものを放っている。
学園長は強い。五年前まで、騎士団長だった男で実力、指導力ともに歴代最高と言われていた。引退した今でも、現役騎士団長より強いと言われているぐらいだ。
そんな彼が口を開く。
「ノイシュ、ルーグ、ディア、タルト。君たちが我が学園の門を叩いたことに感謝する。それも、この時期にな」
この時期か……。
間違いなく、勇者が誕生した時期のことを言っているのだろうが、確認してみよう。
「それは勇者のことを言っているのでしょうか?」
「そうだ。勇者として選ばれたエポナは強い。だが、未熟だ。エポナを支える者が必要だ。学友かつ、優秀な君たちであれば、勇者の仲間として最適だ。近いうちに勇者と共に各地に旅立ってもらう」
そういうわけか。
勇者の活躍次第で、この国の命運は決まる。
この学園すら、勇者のために全力で支援を行うのは当然。
そして、たまたま同世代にこれだけ優秀な駒が揃ったのだ。
なら、その偶然を活かさないわけがない。
ノイシュが、一瞬だけ不機嫌そうな雰囲気を出し、消した。
「学園長、お言葉ですが僕たちはまだ未熟です。本職の騎士や魔術士たちに劣ります。たとえ、能力で優れてると判断されたのだとしても、実戦経験がない故に現場では不測の事態に対応できずに失敗するでしょう。勇者のお供なんて大仕事は我々の手に余ります。どうか再考を」
意外だ。出世欲、自己顕示欲が強い彼が断わるとは思わなかった。
勇者と同行するのは考えうる最高の栄誉だ。
なにせ、すべてがうまくいけば文字通り世界を救ったという名誉と実績が手に入る。
そうなれば、すべてが思いのままになると言うのに。
「謙遜はよしたまえ。入学試験でノイシュとルーグは、現時点ですら副騎士団長を上回っていることを証明したではないか……あれより強い者はそうはおらんよ」
「ですから、さきほども申したとおり、経験が足りぬ我々では、不測の事態に対応できません」
「ならば、より強くなればいい。この学園はそのためにある」
この国の騎士団は強い。
騎士団は、一般家庭に生まれた魔力持ち、家督を継げない貴族の次男、三男たちにとってのあこがれの的であり、厳しい競争をかいくぐるか、この学園を優秀な成績で卒業しない限り入団を許されない。
そして、その騎士団の中で昇格していけば、いずれは本物の貴族となれる可能性が生まれてくるからこそ、入団後もけっして研鑽を怠らない。
それ故に、騎士団には優秀な人材しかいない。
加えて、国が唯一自由に使える、魔力持ちだけの戦闘集団であり、出動も多く、実戦経験が多く、現場で鍛えられる。
ノイシュは強い血を積み重ね続けたサラブレッドの中でも、例外的な才能を持ち、最高の環境で育った努力家。
俺の場合は、学生だからと相手が油断していたのをいいことに、不意打ちで流れを掴み、そのまま押し切ったことで辛うじて勝てただけ。
俺たちが異常なだけで学生が勝てる存在ではないのだ。
「ですが、僕はそんな重責に耐えらえません」
「ふう、まだごねるか。猿芝居はよせ、ノイシュ・ゲフィス。わしが保証しよう。勇者の仲間になることは、けっして、お主が成し遂げたいことの遠回りにはならん。もし、ここまで言ってもダメなら、わかるな」
「……そこまで見抜かれていましたか。かしこまりました。僕の力を勇者のために捧げます」
ノイシュが貴族式の礼をする。
これ以上の口論は無駄だと悟ったのだろう。
そのあたりの見極めの早さ、それも彼の美徳だ。
状況はわかった。なら、気になることが一つある。
大よそ見当はつくが聞いておこう。
「学園長、なぜ、肝心の勇者をここに呼ばなかったのでしょうか? ……私たちに何をさせるつもりですか? ただ、勇者の仲間になるだけなら、この場に勇者を呼んだほうが良かったはずです」
「気が付いているのであろう。ルーグ・トウアハーデ、君は強い。だが、それ以上にその頭脳を我々は評価している」
それは試験だけのことを言っているのではないのだろう。
勇者の仲間にしたいと言っているので、きっとありとあらゆる手段で、候補生たちの素性は調べている。
……下手をすれば、イルグ・バロールとしてやってきたこと、ディアの正体、そのあたりまでばれているかもしれない。
なら、ここでとぼけたことを言うべきじゃない。
「私たちに期待している役割は、勇者エポナ・リアンノンの鎖でしょう。任務ではなく、親友、あるいは真の仲間として振舞えと。さきほど、学園長はノイシュが言った『我々より優秀な人材がいる』という言葉を否定しましたが、それは間違いです。実際、我々より優秀な人物なら、私ですら何人か思い浮かぶ。……しかし、エポナの親友になりうる優秀な駒は我々しか存在しない。それが勇者の仲間に選ばれた理由。正直、あまり気乗りしません」
「カカカ、正解だ。さすがはトウアハーデと言ったところか。あやつもいい息子を持った」
さすがトウアハーデか……。
本当にどこまで知っているのやら。あるいは王家が、勇者という国の一大事で情報を提供しているのかもしれない。
だとしたら面倒だ。
「あの、ルーグ。私には意味がよくわからないよ。もっと詳しく教えて」
「勇者は世界最強の生物だ。その力は入学試験でも見せてもらったとおり常軌を逸している。誰も勇者を縛ることができない。勇者がアルヴァン王国を滅ぼそうと思えば、それでこの国は終わりだ。そこまではいいな」
「うん、それはわかる。あの強さだもん」
「なら、次だ。はっきり言って、鎖がついていない化け物なんて、これから大量発生するであろう魔物や、魔族、魔王なんてものより怖い。だから、心を縛る。ようするに、仲のいいお友達がいるから、この国を守りたいと思わせる。あるいはそのお友達が、この国の都合がいいように勇者の思考を誘導する。勇者に本来、サポートなんていらない。他の者と力が違いすぎるんだから足手まといにしかならない。俺たちに期待されている役割は監視役であり、心を縛る鎖だ」
冷たい理論。
もし、勇者がまだ本当の子供なら、洗脳でどうにでもできただろう。
だが、十四歳にまで成長し、そこから突如力を手に入れた。
もはや、勇者本人を弄るのは不可能。
だから、友達を使い、その情に訴えかける。
冷酷に思えるが、国を守るためなら理にかなっている。
「ふむ、わしが言うことはない。すべて、ルーグ・トウアハーデが言った通りだ。できるかとは聞かない。やってもらう。ある意味、勇者以上にこの国へ貢献してもらうことになる。その報酬は期待してもらっていい」
タルトの肩が震えている。
そして、何かを言おうとして、それを引っ込めている。
目線を送り、発言するように促すと、おずおずと手を上げた。
「そっ、その、もし、今この場での会話が外に漏れたら、どうなりますか」
「アルヴァン王国への反逆とみなす。それも最上級のな。失敗してもそうなる」
それの意味するところは、本人だけでなく関わるものすべての極刑。
仮にタルトがそうすれば、俺も両親も死刑となる。
ノイシュと目があった。お互いに苦笑する。
まったく、十四の子供になんてことをさせるつもりだ。
「わかりました。エポナの心を開き、親友となりましょう」
「私も、そうして見せます」
「そうするしかないんだもんね。私もやるよ」
「はい、がんばります! その、ルーグ様と一緒なら!」
そうして、俺たちには勇者の友達になることが義務付けられた。
学園は、そのサポートまでやってくれるらしい。
勇者の友達になるのは規定路線とはいえ、この流れは予想外だ。
学園は俺を利用し、俺も学園を利用する。ある意味、最高の協力体制と言える。いろいろと手間は減ったが、逆に変な手間も増えている。
学園長室を出ると、教官の一人がやってきた。
面倒見が良さそうな、大男でにこにことしていた。
「おっ、ようやく学園長のお話が終わったようだな。寮の食堂に来なさい。今日は君たちの歓迎会だ。たくさんご馳走があるぞ! それから、ノイシュとルーグには新入生代表挨拶をしてもらう。考えておけよ」
さきほどまでの昏い雰囲気が取り払われる。
「そういうのは得意じゃないんだけどね」
「嘘をつけ、ノイシュのような奴が苦手なはずあるか」
「バレたか……さっきのことだが、君と僕ならどうにでもできる。他人が怖くて、自信がない、その癖にかまってもらいたがりの甘えん坊一人を篭絡するぐらい、どうとでもね」
「確かにな。あれを見る限り、そう難しくない」
「ふふふ、いきなり君との共同作業か。そう思うと、これも悪くないか。いろいろと見させてもらうよ」
「こっちも値踏みさせてもらおう」
お互い、それ以上は言わず歓迎会の会場に向かう。
ただ、どうしても気になることがある。
女神が言っていたことだ。
『勇者は魔王を倒したあと、必ず狂って世界を滅ぼそうとする』
……その未来というのは、どういう前提で起こる未来なのだろう。
もし、俺やノイシュがエポナの親友となった未来でも、そうなるのであれば、エポナが狂うきっかけは俺たちなのかもしれない。
俺たちに裏切られたことで、勇者は狂い世界に牙を剥く。
考えすぎか。
ただまあ、俺たちが裏切り者なのは間違いないか、ノイシュは仕事と割り切っているし、俺に至っては殺すために近づいているのだから。
少し、エポナに同情する。
せめて、偽りでも友人である間はエポナを支えて、笑わせてやろう。
今の俺にはそれぐらいの思いやりはあるし、そうすることでエポナが狂わない未来に近づく。俺だって殺さないで済むならそっちのほうがいいし、そもそもあんな化け物を暗殺するのはリスクが高すぎる。
……とはいえ、ダメだったときに殺す準備を怠るつもりは一切ないが。
会場に行くと、人の輪に囲まれているのに孤独なエポナの姿があった。
挨拶に行くとしよう。まずは、覚えてもらうところから始めるのだ。




