第七話:暗殺者は試験を終える
「行ってくる」
そう告げて、俺は観客席から舞台へ降りていく。
俺が出る試合は、今日最後のグループだ。
生徒たちの注目度は高い。
その理由は単純、最後の二人は今までの成績の上位二名。
言ってしまえばこれは首席争いとなる。
ディアは魔法でポイントを稼いだが、体術では並よりも上程度。
タルトはその逆であり、勇者は筆記で足を引っ張りすぎ、総合点では、俺とノイシュが頭一つ抜けている。
俺とノイシュが並んで、それぞれのリングに向かう。
「ルーグ、さっきも言ったけど、首席を譲ろうなんて考えないでくれたまえ……僕は実力で勝ちたい」
「誓おう、全力で挑む」
ノイシュの眼はまっすぐに俺を見ていた。
こちらのすべてを見透かすように。
下手に手を抜けば、ばれてしまうだろう。
公爵家の不興を買うわけにはいかない。
俺たちは、そのあとは無言でそれぞれのリングにたどり着いた。
すでにリングには俺たちが挑む相手がいる。
まさか、二人の副団長が相手だとは。
特別サービスのようだ。
「ルーグ様、がんばってください!」
「負けたら、明日の朝ご飯、クロパッラを山盛りにするよ!」
タルトとディアの声援が届く。
気持ちはうれしいが、少し恥ずかしい。
目の前の副団長が笑う。
「君、もてるんだな。羨ましいよ」
「身内が恥ずかしいところをお見せしました」
「いいよいいよ。モチベあがったし。絶対に、あんな可愛い子たちにいいとこなんて見せてやらない。ハーレム野郎は死ね」
とんでもない殺気。
……この人、もう生徒相手の試験なんてことを忘れているようだ。
「大人げなくはないですか」
「ははは。そうかもね。でも、君なら本気を出しても問題ないだろ」
驚きはしない。
ある程度の達人になれば相手の呼吸、歩き方だけで技量を見抜く。
目の前の相手もそういう相手だというだけだ。
お互い、剣の柄に手をかける。
あえて剣を使う。
ナイフや体術、銃を得意としているが剣も使えなくはないし、剣なら暗殺術を使う余地はないため、トウアハーデの暗殺術が隠せる。
審判が準備が出来たかを確認してきたので頷く。
「はじめ!」
試合開始。
その瞬間だった、俺たちの動きが止まる。
隣のリングから、凄まじい魔力を感じたからだ。
ノイシュだ。
ノイシュは剣を正眼に構え、全力の魔力放出を行い、体を強化する。
気と魔力を融合して全身を強化する身体強化の中でもさらに高等技術。
力強く、流麗。それ以上に気合が満ちている。
小細工はしない、全力で打ち合おう。
放たれる魔力から、そんな意思が込められていて、気持ちいい。
……まったく、そんな気合の入った魔力をぶつけられたら、柄にもなく熱くなるじゃないか。
始めはペースを抑えて様子見しようと思ったがやめだ。
「はああああああああああああ!」
俺もノイシュに倣い、最初から全力で行く。
ここで、乗らなければ興ざめだ。
暗殺者としてなら、こんな間抜けなことはしない。だが、今は剣士としてここにいる。
すでにトウアハーデの眼で、目の前の副団長の魔力量は見えている。
その全力とまったく同じ量。常人よりは遥かに高い魔力を放って纏う。
……魔力量は同じ。ならば、剣術と身体能力強化技術、読み合い、そう言った技術と精神力で勝負が決まる。
副団長がにやりとする。
「面白い。今年の新人たちは生きがいいね。なら、こちらも遠慮はしない」
「だな。おもしれえよ。だが、負けてやるわけにはいかねえな。俺らも騎士団の看板しょってんだ」
目の前の副団長、そしてノイシュと対峙する副団長も全力の魔力を纏った。
四人全員が、膨大な魔力を放出する。
その壮麗な光景に観客たちが息を呑んだ。
そして、四人全員が動きだす。
◇
意識すべてを、目の前の男に向ける。
……俺は前世でも、今でも暗殺者。正面から打ち合うための訓練をしているが、それは暗殺を失敗したときの保険でしかなく、本業ではない。
そして、トウアハーデの暗殺術。敵の不意を打つための技は封印している。
正統派の剣術でどこまでやれるか……。
敵と同時に剣を振る。だが、わずかだが相手のほうが剣速が速く、重い。鋭さでも負けている。
魔力による強化量は互角になるようにした。身体能力強化技術は若干俺が上。
だが、素の身体能力が劣っている。
【超回復】を使い、効率的に体を鍛えているとはいえ、まだ十四歳で未完成な体だ。
加えて、向こうは剣術の専門家のようだ。明らかに分が悪い。
まともにぶつかりあえば、押し負ける。
だから、剣をわずかに寝かし、力を抜く。
インパクトの瞬間、引きながら、滑らせて流す。超人的な動体視力を誇るトウアハーデの眼があるからこそ、可能な技。
流されても、相手は素早く現状把握をして、素早く追撃の剣を振るおうとしている。体の使い方がうまい。
次の一撃は流せない、受ければ体勢が崩れてじり貧、剣での攻撃は間に合わない。
このまま、正統派剣術で戦えば、七手か八手後には詰むだろう。
どうやっても、正統派剣術では勝てないという疑念は確信へと変わる。
だから、そのまま後ろ回し蹴りに移行する。足なら、相手の剣より先に届く。
相手も蹴りを予測していなかったようで、腹を蹴り抜くことに成功。
魔力で強化した蹴りだ。一撃必殺の威力がある。
「ちっ」
手ごたえが軽い。自分で後ろに跳んで流された。
あの一瞬で反応したのか。
追撃だ。後ろに吹き飛ばした故に、近接攻撃は届かない。
だから、剣を投げる。
「……学生くん、それは騎士らしくないな。だが、わるくない」
投げた剣を弾かれる。
それは想定内。
投げた剣に注意を向けつつ、相手がそうしたことによってできた死角から近づき、刺突。
当然、剣は投げて存在しない。だから、鞘を使った。
鞘の先端は金属。これでこめかみを打ち抜けば一発で意識を刈り取れる。
「あぶな」
「これも決まらないか」
死角から、それも受けにくい刺突を利き腕とは反対側から放ったのに籠手で受けられるとは。
さすがに副団長は伊達ではないらしい。
二発目の突きを、相手が剣で打ち払ってくる。
鞘がくるくると宙を舞う。
それもまた、当然。鞘は剣と違い、持ちにくい。同等の筋力で振り払われればこうなる。
武器を失い、不利。だからこそ、さらに前へ。
剣を振るえない至近距離まで近づくことで、相手が追撃で放った斬撃を防ぐ。
……そして、この回避のための踏み込みは攻撃のためでもある。
踏み込みの運動エネルギーを乗せつつ、体をらせん状に捻りながら、全身の力を集約し掌底を放つ。
ゼロ距離でも、これならば威力ある攻撃ができる。
「はっ!」
爆発音。
ただの掌底じゃない。
練りに練った魔力と気を相手の内側で爆発させる一撃。
副団長の体が宙に舞い、リングの外で五回転してから止まった。
審判が駆け寄る。
そして……。
「勝者、新入生。ルーグ・トウアハーデ」
勝者を言い渡した。
「なんとか勝てたな」
一方的な試合に見えるが、常に先手を打ち続けなければ負けたからそうしただけだ。
事実、二度必殺のつもりで放った技に対応され、三度目でようやく決まった。
観客席の反応は三つにわかれた。
「やった、やりました。ルーグ様すごい! 副団長に勝っちゃいましたよ」
「ふふん、私は最初から信じてたよ。だって、ルーグだもん。帰ってきたら、キスしてあげる!」
ディアとタルトのように盛大な拍手と熱狂を向けてくる者と、副団長が新入生に負けたことが信じられずに呆然としている者、そして男爵の子供ごときが活躍しているのを忌々しく思っている者。
倒れている副団長に数人が駆け寄ってきて治療を始める。
すると、一分程度で副団長が目を覚ました。
インパクトの瞬間、副団長は全身の魔力を腹に集中させていた。意識をとばすことに成功したが、そこまで深刻なダメージは与えられなかった。本当に紙一重の戦いだった。
「悔しいな。ハーレム野郎の引き立て役になってしまったよ。ったく、上品な貴族剣術じゃなくて、がっちがちの実戦剣術で来るなんてな。そうわかってれば、やりようはあったのに」
「正統派剣術で戦おうと思ったのですが、はじめの一振りを見て諦めました。まともに打ち合えば勝てないと思い知らされて、勝ったのに敗北感があります」
お互いに苦笑しながら、握手をして、それから彼を助け起こす。
そう、試合が始まるまではあくまで正統派剣士として勝とうと思っていた。
だが、相手の実力を見て、それでは負けると確信した。
身体能力の差、それ以上に剣術では圧倒的な差がある。
だからこそ、トウアハーデの暗殺術を使わない限りの邪道な手で、不意を突き続け、主導権を離さなかった。
彼の言う通り、学生が騎士の誇りたる剣を放り投げたり、蹴り、鞘で殴り掛かる、あげくの果てに素手でゼロ距離攻撃をしかけるなどは想定していなかったというのも勝因だ。
「とりあえず、完敗だ。君の将来が楽しみだよ。是非、うちの騎士団に来てくれ」
「考えておきます」
俺はそう言って、礼をする。
さて、とりあえず勝ちはした。
ただ、こういう勝ち方は採点が辛いだろうとは思う。
採点者好みは純粋な剣において圧倒することだろうから。
隣を見る。
そちらは熱戦が続いてた。
こちらと違って、まっとうな剣の打ち合い。
ノイシュの振るう剣術は、王宮剣術だ。
この国でもっとも正当な剣術であり、歴代の指南役によって磨かれ続けた集合知。
綺麗過ぎるきらいはあるが、強力な剣術。
ノイシュには隙がない。
十四で、ここまで完成している剣士はそういないだろう。
ほぼ、戦況は互角。
いや、どんどんノイシュに傾いてきている。
それは、魔力量の違いだ。相手のほうは、最大出力の維持が難しくなっている。だが、ノイシュにはまだ余裕があるようだ。
そして、決着の時が来た。
副団長の魔力強化が乱れ、それはそのまま剣の乱れになる。
それを見逃すほどノイシュは甘くない。
くるくると、弾かれた剣が舞い、ノイシュが相手の喉元に剣を寸止めする。
「僕の勝ちです」
「降参だ。やれやれ、今年の新人は可愛くない。団長だけじゃなく、俺ら副団長二人までやられたんだからな……俺らが負けたのは悔しい。がっ、この国の未来は明るい」
そして、大歓声。
俺の時とは違い、誰もがそうしている。
まあ、公爵家のサラブレッドだから、勝てても不思議じゃない。それに公爵相手なら嫉妬もくそもない。
それを悔しいとは思わない。ディアとタルトの応援があればそれでいい。
実際、ディアとタルトは誰よりも大きな声援を送ってくれたから、それが何よりうれしかった。
ノイシュが俺に笑いかける。
「これで、最終結果がわからなくなったようだね」
「あとは審査員の採点次第だからな」
とは言ったものの、十中八九ノイシュだろう。
教官はこういう正統派を好む。
それに公爵家が首席のほうが、いろいろと波風が立たない。
圧倒的な差がなく、裁量で決まるのであれば、必ずノイシュが選ばれるだろう。
◇
休憩時間を挟み、再び試験開始時に訪れていた広場へと集まる。
門が開くと、一斉に生徒たちの親類が押し寄せてきた。
我が子のランク。自分の家の優秀さを早く確認したいようだ。
まずはSランクを除いたクラスがまとめて張り出される。
怒号と悲鳴が響き渡る。
……生徒の中では泣き出す者や、失神する者、あげくの果てには親に首を絞められたり、絶縁を言い渡される者までいる。
貴族特有の見栄はどうにもならない。
そして、ここからだ。
上位八名は、個別に呼び出される。
壇上へと一人の老紳士が現れる。
彼は学園長だ。
「では、これよりSクラスに選ばれた者を紹介する。まずは、使用人枠からだ。ベリル・ハルトーマ、クランタ・セラール、タルト・トウアハーデの三人だ。とくに、タルト・トウアハーデはたとえ、一般枠であろうとSクラス入りできる好成績を残している」
拍手をする。
これで、実質的に俺のSクラス入りは確定した。
やはり、魔力持ちの使用人は少ないか。
さて、ここからが本番だ。
八名のSクラスに選ばれた学生が発表される。
「では、第八席ベルルーク・クリュタリッサ」
一人ひとり名前が呼ばれて壇上に上がっていく。
その誰もが、誇らしい顔をしている。
ここに選ばれることはそういうことだ。
すでに勇者エポナも呼ばれていた。第四席らしい。筆記試験のマイナスが大きかったようだ。
そして……。
「ここからは上位三名となり、この世代を引っ張っていく者たちだ。クローディア・トウアハーデ。第三席おめでとう」
ディアが呼ばれた。
「先に行ってくるね」
そう言って、ディアが駆け足で壇上に向かう。
生徒たち、そして、その親族の視線は俺とノイシュに集中していた。
もう、呼ばれていないのは俺たちだけであり、どちらかが首席となる。
学園長がごほんっと咳払いして、間を作る。
それからゆっくりと口を開いた。
「ルーグ・トウアハーデ」
先に呼ばれてしまった。つまりは第二席だということ。
わかっていたことだから落胆はしない。
それに、第二席のほうが目立ちすぎずに都合がいいぐらいだ。
「そして、ノイシュ・ゲフィス。二人を同率での首席入学とする」
にこやかな顔をしたノイシュが俺の肩を叩き、二人で壇上に向かう。
「引き分けとはね。勝てなかったのは残念だけど……まあ、僕のものになる男が優秀なのは大歓迎だ」
「おまえのものになるとは言っていないが」
「いや、そうなる。僕がそう決めた」
めちゃくちゃだ。
生徒たちの拍手と羨望の中、俺たちは壇上にあがる。
いったい、ノイシュは俺のどこをそこまで気に入ったのか。
だが、悪いことばかりじゃない。
彼が居ればいい風よけになる。男爵のくせに生意気だ。なんて言い出す連中が寄り付かなくなる。
さて、これで首席か。
面倒ごとが増える。
それでも、自分のように誇らしそうにしているディアやタルトを見ると悪い気はしない。
なにはともあれ、勇者と同じクラスになるという目的は達成された。
あとは友達になるだけ。
これはさほど難しくないだろう。




