第四話:暗殺者は騎士学園にやってくる
ムルテウで買い物をして一か月。
ディアやタルトと一緒に王都に来ていた。
すでに荷物のほとんどは学園寮に送り込んでおり、俺たちは身軽な格好だ。
「マーハちゃんも一緒なら良かったんですけどね」
「あの子は、ムルテウにいることが一番俺の力になれるって言ってくれたんだ。その意思を尊重したい」
マーハがいてくれると心強いのは間違いないし、彼女にも騎士学園に通う資格はあった。
しかし、マーハの力が一番生かせるのはムルテウであり、今もある依頼をしている。
タルトはもう一度残念ですと繰り返し、ディアとともに王都の風景を眺める。
「ふうん。アルヴァン王国の王都って派手なわけじゃないけど、整然として綺麗なんだね」
「まあな。景気の良さや賑わいじゃムルテウのほうがずっと上なんだが、品の良さでは王都が勝る」
王都が整然としているのは、多くの規則によって住民が縛られているからだ。
例えば、人の流れが淀まないように建築可能な土地は予め決められており、綺麗な碁盤目になっていて通路も広くなっている。
さらに、景観を損なわないように建物に使う材質や、色まで制限がある。
しかも、定期的に調査員が建物をチェックしており、汚れた、あるいは劣化していると判断すれば一月以内の修繕が義務付けられ、それを無視すれば王都の居住資格を失う。
王都に住むのは、それなりに金もいるし窮屈だ。
だが、王都に住むということが一種のステータスであり、ここの治安は非常によく、街を守る外壁も分厚く安全。
故に人気があり、人口は多い。
「私はムルテウやトウアハーデのほうが好きかも。なんか、ここは息苦しいよ」
「俺もだな。たとえ、見た目が悪かろうと自由で、熱いムルテウ。豊かな自然と一体になるトウアハーデのほうがいい」
「私もそう思います!」
三人全員が、王都をあまり気に入ってないのは、どうかとは思うが、本音だから仕方ない。
住みながら慣れていくしかないだろう。
◇
騎士学園では昼過ぎに試験があり、まだ時間があるので適当な店に入り、昼飯を食べることにした。
全員、勧められた日替わりパスタを頼んでいる。今回は海老とイカのシーフードパスタだ。
タルトが食事をしながら難しい顔をしている。
「美味しいことは美味しいですが値段が気になります。ムルテウなら半額で大盛が食べれます」
「そうね。でも、味はともかく器は素敵なものを使っているわ」
「そう言う土地柄だ。寮の食事には期待したいところだな」
適当に入った店ではあるが、客足もそれなりにあり、地元民が多く、外れを選んだわけではない。
王都の店は美味しいことは美味しいのだが、割高だ。
王都は物価が高い。
まあ、港街であるムルテウや食料を自給自足で補えるトウアハーデと比べるのは酷ともいえる。
内陸部にある都市だと、食糧がたどり着くまでにいくつも関所を通ってそのたびに税金を徴収されるし、そもそも運搬に金がかかる。
内陸部でも自給率が高いと、そこまで物価は高くならないが、王都はそういう街じゃない。
しかも、富裕層が多いこともあり品質のいい食材を仕入れるから余計に金がかかる。こういう大衆店でも器に気を遣うのも王都故であり、値段に反映されている。
「ルーグ様、食事は私に任せてください! 自炊すればもう少し安く美味しくできるはずです。調理道具もばっちり持って来ましたから。寮のお庭が使えるなら野菜も育てますよ!」
「ありがたいな。王都での生活は金がかかる。少しでも節約しないとな」
……ぶっちゃけた話、ムルテウで嫌というほど稼いでいるので多少物価が高くても、よほど羽目を外さない限りはどうにでもなる。
ただ、あくまでトウアハーデは男爵家だ。
一応、医者稼業で稼いでいるとは知られているが、男爵家程度で派手に散財すれば、必ず噂になり、それは疑念を生む。
騎士学園では授業料と寮費は無料なのだが、それ以外の生活費は自費であり、高位の貴族でもなければそれなりに大きな負担となっている。
貧乏貴族は慎ましく暮らすしかなく、裕福な貴族は家の力を見せびらかそうとする。そのせいか、みんなそれなりに他人の財布には関心があるのだ。
「節約もいいけど、お金を稼ぐのもいいかもね。だって、節約って結局我慢だし」
「そういう学生も多いと聞くな。親からの仕送りだけじゃ生活できないなら稼ぐしかない。……幸い、王都には仕事が多いし、魔力持ちであることを活かす仕事もあって、そういうのは割がいい」
「へえ、面白そうだね。学生生活が落ち着いてきたら、みんなでやろうよ」
「まあ、それもいいな。男爵家の一般的な仕送りで出来る王都の生活なんて、窮屈すぎる。ただ、それは先の話だ。今は昼からの入学試験が目先の問題だ」
目立たないためとはいえ、極貧生活なんて送りたくない。
その点、学生らしい方法で稼いだ金なら堂々と使えるのだ。
「それです。さっき、いきなり言われてびっくりしました。ルーグ様、試験って何をするんでしょうか? 入学は決まっているのに、入学試験なんて」
「クラス分けのための試験だ。持って生まれた素質の差があるし、育った環境の差もある。能力ごとに適切なクラスに振り分けられるんだ。これに命を懸けている奴もいる」
魔力を持った貴族にとって騎士学園は強制ではあるが、優秀な成績で卒業するといろいろと美味しい思いができる。
加えて、強い血を残すことこそが存在意義と考えている貴族にとって、これ以上ない血筋の優秀さを見せつける場だ。
こういう、飴があるから貴族たちは従っているのだ。
あくまで優秀な成績で卒業することが重要ではあるが、上位のクラスになるほど高度な教育を受けられるし、いい待遇を受けられる。
クラス替えは半年に一度あるが、最初に上位クラスに入っておかなければ、半年後にはさらに差が開き、後から上位クラスに入るのは難しい。
スタートダッシュは重要だ。
「ルーグ様、ひどいです。どうしてそれを言ってくれなかったんですか! ルーグ様なら絶対一番上だって決まってます。でも、私はいっぱい勉強しないと、そんなクラスに行けないのに……。別のクラスなんて嫌です」
タルトが落ち込んでいる。
そうか、あのことはまだ言ってなかったか。
「タルトの場合、俺の使用人枠で入学だから入学試験の結果に関わらず、主人である俺と同じクラスなんだ」
「ふう、ほっとしました」
「ということは、私は自力で頑張らないといけないわけなんだね」
「そっちも心配ない、この一か月は試験に出されるところを重点的に教えていたんだ。実技のほうも、ディアならまったく問題ないさ」
バロール商会の情報網を使えば、こういう情報も手に入る。
半ばカンニングに近いが、とある事情から三人で上位クラスに入る必要があった。
「なら、安心だね。あとは、しっかりと力を出せるようにするだけかな」
そう言いつつ、パスタを口に運ぶ。
ディアはわりと度胸がある。
「ディア、これを使ってくれないか?」
「可愛い髪留めだね」
「ディアの顔を知っている奴がいるかもしれないからな。髪型を変えて印象を変えておこう」
アルヴァン王国とスオンゲル王国の交流は少ない。
まず、ディアと面識があるものは非常に少ないし、面識があるものも化粧などをして着飾った姿しか見たことない。
化粧を落として、髪型を変えるだけでも別人に見える。
「どうかな?」
「そういう髪型も似合うな」
ディアはいわゆるポニーテールにした。
うなじが眩しい。
「私から見ても可愛いです。それに涼しくて動きやすそう」
「うん、私も気に入ったよ。ありがと、ルーグ」
気に入ってもらえてよかった。
……これは変装のためでもあるが、同時にディアを守るための魔道具でもあり、とある機能がついている。
とはいえ、身を守るためというよりは、純粋に装飾品として気にいってもらえる方が俺としてはうれしい。
◇
そして、いよいよ学園にやってくる。
あまり早く着きすぎると緊張でまいってしまうからこそぎりぎりにしてきた。
「うわ、お客さんがいっぱいだ」
「子供の晴れ舞台だ。見届けたい親もいるだろうさ」
客と言っているのは、親やその付き人たち。
生徒以上に見届けにきた人のほうがずっと多い。
子供の心配もあるが、同時に見栄の張り合いでもある。
貴族はより強い子供を作ることに血道をあげている。
大貴族ともなれば、より強い血を持つ伴侶を得て品種改良じみたことをするし、教育にも金を注ぎ込む。
子供の強さが、その家の価値となる。
……そんな親からの期待や想いが重圧になっているのが見てとれる。入学試験によるクラス分けの結果が、そのまま血筋の優秀さの評価になってしまうのだから。
自尊心の強い貴族は子供に優秀な成績を取らせたいだろう。
それはわかるがあそこまでプレッシャーをかけるのは可哀そうだ。あれじゃ、子供たちは実力の半分も出せないだろうに。
ざわめきが大きくなる。
とんでもない奴が現れて、タルトとディアが呆然としている。
「うわぁ、あれ、やりすぎ」
「ちょっと、引きますね」
白馬に乗った少年が現れた。
白馬に合わせたのか、服装まで純白に金糸をあしらった洒落たもの。
何から何までド派手だ。
ただ、その派手さに見合う魔力は持っているようだし、顔立ちも煌びやかかつ整っており、こんなふざけた格好が良く似合っている。
……異常な魔力を持っていることを隠している俺とは対照的に、意図的に見せびらかしている。
馬具の紋章を見てわかった、あれはゲフィス家の嫡子だ。
父から、学園内で気を付けなればならないと言われた三人の一人。
公爵家の一つ、王家に次ぐ地位の家。
俺たちにすれ違いざま、ウインクをしてきた。
いつものように、タルトとディア、二人の美少女に向けてかと思ったが、どう見ても俺に向けてだ。
鳥肌が立つ。
いったい、ゲフィス公爵家の嫡男は何を考えている?
そんな白馬の王子様があらわれたざわめきすらも超える大きなざわめきが巻き起こった。
公爵家以上の大物となればたった一人しか存在しない。
その俺の予想を裏付けるような噂話が聞こえてくる。
『あれが勇者か』
『気に入られれば、勇者の仲間になれる』
『世界を救う名誉を手に入れられれば……』
現れたのは勇者だ。
自己紹介があったわけじゃない。だが、その圧倒的な魔力を見れば、それ以外はありえないと確信できる。
なにせ、トウアハーデの眼を持っていない貴族たちですら気付くレベルだ。
背は低く、中性的で男か女かもわからない奴で、おろおろとしている。……ディアを救うために戦ったセタンタとは似ても似つかない。なのに、なぜだろう? 同じ匂いを感じる。
勇者らしき人物に人が群がっていく。
今回の入学試験では将来のため、家の威信のため、そして勇者に取り入るため、さまざまな想いが絡み合う。勇者に取り入ろうという者は当然いるし、俺もその一人だ。
勇者なら、間違いなく最上位クラスであるSクラスに振り分けられるだろう。
必ず、最上位クラスにならなければならない。
そして、勇者に近づき、弱点を探る。
……最上級クラスであるSクラスは、ここに集まった七十人のうち、たった八人。勇者に枠を一つ持って行かれるため、七つの枠を取り合う。
名家のサラブレッド相手にそれを勝ち取るのは並大抵ではない。
しかも、俺にはハンデがある。
勇者に手の内を見せるわけにはいかない。
そのために、俺はもちろん、ディアにもオリジナル魔術は絶対に使うなと言っているし、常識的な範囲の魔力量しか見せず、トウアハーデの暗殺術も振るわないつもりだ。
「なかなか、ハードルが高いな」
実力を隠しながら、最高ランクの成績を取る。多少面倒だが、俺ならできるはずだ。
前世の知識と経験に加え、こちらで積み重ねてきたものがあるのだから。
特別な力を使わなくても、俺は十分に強い。