第二話:暗殺者は買い物を楽しむ
馬車で商業都市ムルテウに向かう。
トウアハーデからは馬車で丸一日かかる距離だ。
ただ、それでは時間がかかりすぎるのでちょっとした無茶をしている。
二頭立ての馬車かつ、イルグの資金をフル活用して揃えた良馬を使うし、中継の街で馬を交換している。
加えて、魔力を流すことで自己治癒力を強化させる医療魔術を使い馬の体力を強化する。
ここまですれば半日で着く。
「ルーグ、馬車に乗るより走ったほうが速くない?」
「私たちだけじゃ無理ですけど、ルーグ様が引っ張ってくれるならなんとかなる気はします」
タルトの言う通り、やってやれなくはない。
この前、ディアの元へ向かう際にタルトが風よけになってくれたが、俺が【超回復】で追いつく範囲の負荷でずっと風よけになれば、馬車より速くたどり着けるだろう。
「できなくはないが、目だちすぎる。帰りの荷物も多くなるだろうから馬車のほうがいい」
「なら仕方ないか。向こうに着いたら、デートしようね」
ディアが甘えてもたれかかってくる。
ディア曰く、妹が兄に甘えるのは自然でこういうスキンシップは当然らしい。
それをタルトが羨ましそうに見ている。
ちなみに、俺がディアと呼び続けているのは、新たな戸籍の名前がクローディアだからだ。
クローディアを略すとディア。すごい偶然だが呼びやすくて助かる。
「買い物をしながらでもいいなら、デートをしようか。騎士学校指定の物を買わないといけない。手紙は読んだだろう?」
「うん、読んだけど。わりと何に使うかわからないものも多いよね」
ディアがそう言いながらリストを取り出す。
すべての魔力持ちで十四歳の貴族のもとに手紙が届いている。
騎士学園の入学許可証と、入学までに持ち込まないといけないものだ。
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衣服
・制服は学園側で支給する。下記のものを各々で用意すること
一、黒の外套
二、肘まで覆える手袋
三、運動着(実技の訓練・試験で使用します。各々の実力を発揮できる服装を)
教科書
・すべて学園側で準備する。
自身の学識を広めるために必要なものがあれば持ってくるように。
その他学用品
・剣(片手剣推奨、各々が振るいやすいものを用意すること)
・錬金用具一式(別紙に記載されている店で、騎士学園推奨品一式である旨を告げてください。また、これらの店で購入が難しい場合、別紙にあるものを購入願います
注意事項
・購入資金がない場合は、マレイユ銀行にて入学許可証を提示することで融資を受けることが可能です。
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「ずいぶんと親切だよね」
「まあな。一応、強制で貴族たちを呼びよせるんだし、これぐらいの配慮をするだろう。ただ、武器が剣一択っていうのはな」
「そう言えば、ルーグが剣を振ってるのって見たことないかも」
「ナイフと銃が得意分野だからな。そして、タルトの場合は槍だな」
「剣は苦手です」
こうは言ったが、教えるものを剣で統一したい気持ちもわからなくはない。
生徒たちに個別で別の武器を教えるのは手間だろう。
なら、扱いやすく、ありとあらゆる状況で振るうことができる剣がいい。
「あの、ルーグ様。私も学園に通わせてもらって良かったのでしょうか」
「もちろんだ。タルトには傍に居てほしい。俺にはタルトが必要だ」
「……嬉しいです。すごく。私、がんばりますね!」
騎士学園には、一般市民も魔力を持ってさえいれば、申請することで通うことができる。
加えて、貴族たちは一名だけ使用人を連れていくこともできるし、使用人も主に従って共に授業を受けることも許可されていた。
タルトの場合、一般人申請でも使用人申請でも学園に通えるが、使用人申請をしておくと色々と融通が利くのでそっちにした。
「うわぁ、ルーグってこうやって女の子を落とすんだね」
「……別にそういうつもりで言ったわけじゃない」
「責めてるわけじゃないよ。ルーグがもてたほうが私も鼻が高いしね」
そうして、すごい勢いで馬車を走らせていく。
ムルテウではトラブルがないことを祈っておこう。
◇
街に着いた。
この街にルーグとして来たのは初めてだ。
いつもなら、イルグ・バロールとして黒髪に染めて眼鏡をかけ、顔の印象を変える変装を施し、声まで変えるが、今日は素顔だ。
だから、イルグとしては有名人だというのに俺に気付く者はいない。
何人か知りあいとすれ違ったが、向こうが俺に気付かないのはなかなか面白い。
「まずは運動着を見ようか。裾直しで時間がかかるだろうし」
振り向いて、告げたらディアがいなかった。
タルトは苦笑しつつ、あっちですと言って案内してくれる。
「ルーグ、これは何かな?」
ディアは夢中になって、屋台で売っているお菓子を見ていた。
口元によだれが垂れていて可愛らしい。
生地にたっぷりハチミツを含ませてから焼き上げたパンにフルーツジャムを挟んでいる。
蜂蜜を混ぜて焼くからとても甘くていい匂いがした。
「ムルテウの人気お菓子で、バルッタって呼ばれてるんだ。好みのジャムを選べて、なかなか美味しいよ」
「そう、なら食べないとだね。……迷っちゃう。よし、決めた。ロークォットジャムにしよ」
「タルトはどのジャムが好きだ?」
「えっと、私はアプリコットが好きです」
「おじさん、ブルーベリー、ロークォット、アプリコットを頼む」
「あいよ。兄さんやるね。そんなすっごい美人を二人も連れてデートなんて」
「羨ましいだろう?」
「おうよ。羨ましすぎて、こうしてやる!」
冗談めかして笑いかけると、屋台のおじさんが豪快に笑いながら、焼きあがったバルッタにジャムを山盛りにした。
彼なりのサービスだろう。代金とチップを払い、ディアとタルトに渡す。
「ありがと、ルーグ」
「ごめんなさい、催促したみたいで」
「いや、いい。安い物だし、俺も腹が減っていたところだ」
バルッタにかぶりつく。
蜂蜜が入った生地は甘いだけじゃなく、保湿性があるのでしっとりとした焼き上がりになり、ぱさぱさしない。
生地が甘い分、ジャムは砂糖を減らしているようで心地よい酸味が感じられる。それがくどさを感じさせない。
ジャムにはこの他にも特別な工夫をしているようだ。
じゃないと、ここまでくっきりとブルーベリーの個性がでない。
バルッタの屋台は多く見るが、これほどの店はなかなかない。覚えておこう。
この店主に屋台じゃなくて店舗を任せてみたい。今度、バロールに提案してみよう。
「美味しいね! これ、けっこう量があるって思ったけどペロリと食べちゃいそう」
「はい、びっくりです。このジャムの作り方が知りたいですね。私が作るのよりずっと美味しくて、ちょっと悔しいです」
「俺も驚いた。ムルテウで一番のバルッタかもな」
「ねえ、ルーグ、ブルーベリージャムを一口頂戴、そっちも美味しそう」
「ロークォットを一口もらえるならな」
「あっ、交換するなら私も混ぜてください」
それぞれのバルッタを一口ずつ交換する。ロークォットもアプリコットも悪くない。
……それに、ディアやタルトと回し食いをするというのが、味以上の幸福感をくれる。
気が付いたら周りの視線が集まっていた。
二人の美少女とこんなことをすれば嫌でも目立つ。
そろそろ視線がいたくなってきた、次に行くとしよう。
◇
食事を終えた俺たちは、露店を覗きながら買い物を続けた。
この街で二年もバロール商会で働いたこともあり、主要な店はある程度抑えている。
最高品質の物を買い集めた。
道具をケチってはいけない。道具をケチると技術の習得が遅れ、金よりも大事な物を失うことになる。
「服、裾直しが終わるの夕方らしいです」
「だが、いい物が買えた」
「いい物とは思うのですが、動きやすさならやっぱり、いつもの服のほうがいいですね」
いつものと言っているのはトウアハーデの暗殺装束だ。
あれは、トウアハーデの秘術がてんこ盛りで人前に晒せない。
「性能には不満がないけど、ううう、あれやっぱりちょっと恥ずかしいよ。体のラインがすごくでちゃうし」
「恥ずかしがることはないんじゃないか? ディアの体は妖精のように可憐で魅力的だ」
お世辞ではない。胸が小さいし背もあまり高いほうではないが、それはお子様体型ということではない。
スラっとしたモデル体型であり、多くの女性がうらやむだろう。
「ありがと。でも、体に自信がないわけじゃなくて、見られるのが恥ずかしいんだよ」
「そこは仕方ない。動きやすさを要求するとどうしてもそうなる」
動きやすいというのは体にフィットするということ。
ラインが出るのはどうしようもない。
特に今回購入したのは、ようやく出回り始めた伸縮性のある素材なのでディアは恥ずかしがっているのだろう。
「あの、ルーグ様、あとで少し私用で時間をもらっていいですか? 買いたいものがあるんです」
「それはいいが、何を?」
「そ、その下着です。大きくなっちゃって、トウアハーデだと、なかなか、こういうの手に入らないし、こっちのほうが質がよくて……」
……まだ成長しているのか。
ディアの眼が冷たくなったのはきっと気のせいだ。
そして、今日最後の店にやってくる。
剣を買いに来た。
剣をわざわざ買うのは無駄以外の何物でもないが、チタン合金の剣なんてものを使うわけにはいかない。
ただの鉄の剣も造れるが、そっちはそっちで完全不純物なしというおかしなものになる。
なら、適度に不純物を混ぜればいいが、自然な感じに不純物が混じった剣なんてものに時間を割くぐらいなら買ったほうが早いのだ。
というわけで、バロール商会の情報網を使い、腕のいい職人が作った剣を並べている店に入る。
入ったとたん、視線を感じた。
こちらを値踏みするような眼だ。
「ここはガキのおもちゃを売る店じゃない。帰ってくれ……いや、ただのガキじゃないのか。売ってやる。そこの二人、その年齢でそれだけの使い手とは恐ろしいな」
がっしりとして鋭い目をした三十半ばの男がにやりと笑う。
客を選ぶとは聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。
「ありがとう。ディア……この子にも売ってもらって構わないか。これから俺が鍛える子だ」
「構わんよ。その子も二流と一流の間ぐらいには鍛えてある。あんたが鍛えるなら、俺の剣を振るっていい」
……言えない、このおじさんには言えない。
あくまで、学園の授業用で実戦ではもっと性能がいい剣を振るなんて。
これだけかっこつけて、そんな扱いを受けるとしれば拗ねて剣を売ってくれなくなる。
「ありがとう、選ばせてもらおう」
俺が三人分の剣を選ぶ。
体型や腕の長さにあった剣というのがある。
性能より、むしろそちらのほうがよほど重要だ。条件にあったものを何本かとり、剣の出来を精査する。
三人分の剣を決めて、ディアとタルトには軽く振るってもらう。
「あっ、これ振りやすいよ」
「私もしっくりきます」
「……いや、グリップがあってないな。グリップの素材を柔らかいものに変えて、薄く巻きなおしてもらったほうがいい。注文を受けてもらえるか?」
「おうよ、俺も同じことを提案しようとしてたところだ。うれしいね。ここまでわかってもらえると」
武器屋の店主は鼻歌まじりに、柄に巻いていたグリップを解き、より柔らかい素材を手早く丁寧に巻いていく。
「これで完成だ。値段は……」
普通の剣の二倍と少しほどの値段を告げてくる。
この剣であれば妥当だ。
懐から財布を取り出して支払う。
「ありがとう。いい買い物が出来た」
「おうよ、こっちこそいい客に出会えた。また来てくれよ。わかってる客は大歓迎だ」
頷いて外に出る。
ムルテウのことは知り尽くしたつもりだったが、昼の屋台といい、この店といい、まだまだ面白い店と店主はいるようだ。
自分の足で歩くのは大事だ。
こちらに、三人組の若い男たちが歩いてくる。
そのうち一人は見るからに金持ちだ。……そして自分が特別な存在であると全身でアピールしていた。
でかい声で、自らに相応しい剣を買うと残り二人に言っている。なるほど、だから名工がいるこの店に来たのか。
たぶん、身分が高い金持ちと護衛二人という組み合わせ。
あまり関わりたくない。こういうのは貴族のぼんぼんによくいるタイプでたいてい面倒なことを引き起こす。
そのぼんぼんがタルトとディアを見て目の色を変えて鼻息を荒くする。しかも、股間を大きくしていた。
次の展開なんて誰にでもわかる。
俺がトウアハーデだと言っても、所詮男爵家だと言って無理にディアとタルトを連れ去ろうとするだろう。
……裏の顔は王族と、とある公爵家しか知らず脅しには使えないし、表の顔である医者としての立場とコネを説明しても理解する頭がないだろう。
口論では立場の違いから勝てず、手を出せば後々問題になる。
ならどうすればいい?
トラブルが起こる前に、トラブルの芽を摘み取ればいい。
股間を膨らませたボンボンが前のめりに倒れる。
空気の弾丸を放ち顎を打ち抜いて脳を揺らした。
少しの工夫とコツで発動する瞬間まで魔力の高まりを隠し、死角から意識を刈り取れる。
もし、奴が二人を連れ去ろうとしてから、こんなことをすれば状況証拠だけで疑われるが、その前に意識を刈り取ればなんの問題もない。
「あの人、急に倒れましたね。なんだったんでしょう?」
「最近暑いし、日射病じゃないか?」
二人に危険が迫ったことも、それを救ったことも言う必要はない。
それは、この街を楽しむのに邪魔なものだ。
「これで買い物は終わりだね。これからどうするの?」
「宿を用意してある。今日はゆっくり休んで明日の朝はタルトと二人で観光してくれ。俺はやらないといけないことがある。昼過ぎになったら帰ろう」
「ああ、もしかして現地妻に会うのかな?」
「……そういうわけじゃない」
マーハと会うので否定しきれないのだが、別にそれだけが目的じゃない。
「ふうーん。わかった。タルトもルーグと一緒にこの街に居たんだよね」
「はい、いいお店をたっぷり知ってますから期待してください」
「うん、楽しみにしてる」
すっかりタルトとディアが打ち解けているようで何よりだ。
ちなみに俺がマーハと会うのはついに神器の一つが手に入ったと聞いたからだ。
……強力な武器を手に入れられたのは純粋に嬉しい。
だが、それ以上に神器を調べて手に入る情報こそに興味があった。なにせ、解析できれば神器を自らの手で作りだせる可能性すらあるのだから。