第二十四話:暗殺者は神槍を放つ
俺を心配そうに見つめるディアの視線を振り切って、ヴィコーネ伯爵と共に中庭に出る。
「わかった。決闘を受けよう」
あの赤髪の大男に決闘を受けると伝えると、奴は心底嬉しそうに笑う。
奴のもとへと向かいながら、カウントをしていた。
あと、443秒。
すでに今までの激戦が嘘のように、両陣営が戦いを止めていた。
あの男が一喝しただけでそれだ。どれだけ規格外で恐れられているか良くわかる。
城から数百メートルの距離を歩き終えて、見晴らしのいい平地で奴と向き合う。
奴は赤い髪を逆立てて、身長以上の両手槍を手にして俺を待っていた。
ただでさえ、筋骨隆々とした体がSランクスキル【ベルセルク】で異様なまでに膨らみ、目はうっすら光を放ち、角が生え、まるで鬼だ。
身にまとう闘気は具現化し、炎を纏っているよう。
……おかしいことが一つある。
【ベルセルク】発動時は圧倒的な力を手に入れる代わりに、副作用で理性を無くすはずなのに、好戦的ではあるが理性は残っている。
【ベルセルク】のデメリットを打ち消すスキルに思い当たりはあるが……都合よく【ベルセルク】と同時に引き当てられるのか?
それこそ、俺のように女神から選ばせてもらったわけでもあるまいし。
あと、221秒。
「あんた、名前は」
「フェリ・マルコーニ。ヴィコーネとは遠縁にあたる」
本名を名乗るわけにはいかないので偽名を名乗る。
「フェリ、覚えたぜ。あんたのおかげで初めて自分の血の味が知れた」
男はそう言いながら、額から垂れてきた血を拭い舐めとった。
すでに傷口は塞がっている。それなりに深い傷だったはずだ。魔力持ちとはいえ、数分で治るようなものではない。
再生スキルまで持っているようだ。
堅牢な体を、【ベルセルク】で強化しており絶対防御。何かしらのスキルで【ベルセルク】の欠点を打ち消し、戦士の技が失われないため、直撃を与えるのは難しい。さらに生半可なダメージなら即座に再生するおまけつき。
どうやったら、こんな化け物を殺せるのだろう。
思わず、チートもいい加減にしろと言いたくなる。
「それは良かった。俺だけ名乗るは不公平だろ。そっちの名前も教えてくれ。これから決闘をするんだ。名乗りがなければ味気がないだろう。騎士の礼儀だ」
俺自身はどうでもいいと思っていることだが、いかんせんこの男が騎士ごっこを所望している。
ならば、それに付き合ってやる。
騎士ごっこにのめり込んでくれるほど、こいつの行動を操りやすい。
「そいつはすまんな。忘れてたぜ。セタンタだ。セタンタ・マックネースだ。いいね、こういうの、戦場だからこそ粋がいる」
マックネースという名前に聞き覚えがあった。
たしか、こちらの国の王族に連なる一族。なぜ、そんな彼が貴族派についたのだろう。
そして、セタンタという名も知っている。
……そうか、彼があの【クランの猟犬】か。
バロールの情報網に引っかかった、もっとも勇者である可能性が高い男であると確定した。
いや、あの槍をゲイ・ボルグと呼んだ時点でそれはわかっていたことか。
「セタンタ。確認したいことがある。この決闘、俺が勝てば兵を引いてくれるんだな」
「そう言っただろ。兵を引くし、二度と手を出させねえ、手を出すやつは俺がぶっ殺すと誓おう。なんなら誓約でもやろうか?」
呆れたようにセタンタは肩を竦める。
誓約とは、この世界の神へ捧げる誓い。魔力持ちが行えば、実際にその行動を縛られる。
「いや、その言葉を信じよう。ただ、俺は決闘で勝ち、お前を殺してしまう。その約束が果たされるか不安だ」
意図的に挑発的な言葉を放つ。
もっと熱くさせるために。
「言うねえ……俺にそんな口を利く奴は初めてだぜ。おいっ、ディルムラ! もし、俺が死んだら、俺の代わりに誓いを果たせ! これで満足か?」
「ありがたい。そして、最後の質問だ。俺が負ければどうなる」
「そうなりゃ、ディア姫を攫ってあとは皆殺しにする。いい気はしねえが、そういうことになってる。そっちのほうがあんたも燃えんだろ?」
「ああ、燃える。負けるわけにはいかなくなった」
「なら、とっと始めようぜ。もう、腹ペコで俺は死にそうだ。飢えてんだよ。強者って奴に」
正直、こういうノリに合わせるのはかなり疲れる。
キャラじゃないとでも言えばいいのだろうか。
「その前に、周囲の兵を互いに引かせないか? セタンタとの戦いで周囲を巻き込まない自信がない。おまえに勝つだけで戦争は終わるんだ。なら、無駄に殺す必要もないだろう」
「お優しいねえ。育ちがいいのかい?」
「ああ、厳しくしつけられてるんだ。正々堂々というのがポリシーだ」
俺たちの言葉を受けて両陣営の兵たちが引いていった。
ディアを救うために必要な殺しをすると覚悟を決めていたが、無駄な殺しをしようとは思えない。
……それに、時間稼ぎと位置取りに、この口実は都合がいい。
少しずつ屋敷から離れる。戦いやすい場所がいいだろうと彼に問いかけながら。
そうすることで彼を目的地まで誘導し、微調整。
魔術でチタン合金のナイフを四つ生み出し、二つは腰に、二つは両手に構えた。
あと44秒。
「悪いな、準備を待ってもらって」
「いいぜ、万全の状態でやってもらわなきゃ面白くねえ。ほう、あんた二刀流か。かっ、ちっちぇえナイフだ。そんなちゃちなナイフで俺の槍が受けられるとは思えねえけどな」
「戦ってみればわかるさ。いや、わからないかもな」
この二刀流は、言わばただの目くらまし。そちらに注意を向けて本命から意識を逸らす。
「どういう意味だ」
「この決闘、槍を受ける必要すらなく終わるってことだ」
あと19秒。
「つくづく、言うねえ。いい加減、面白すぎて殺したくなってきた。合図はどうする?」
「このコインが落ちたらでどうだ」
「いいぜ」
指でコインを弾く。
くるくるとコインが宙を舞う。
セタンタの意識がそこに集中した。
決闘において、何よりも大事なのは初動。だからこそ、コインが落ちる瞬間を見逃すまいと全神経を集中させる。
他に目が向かないほどに。
あと8秒。
彼は気付いていない。自分が暗殺されようとしていることを。
暗殺とは突き詰めていけば、意識の外からの殺害。
別にこうして目の前に居ようと、会話をしながらでも、まったくの意識の外から殺すことはできる。
そう、今のように。
「俺は騎士じゃない。華も粋もくれてやれない。ただ……死ね」
カウントゼロ。
コインが落ちた瞬間。奴の闘気と魔力が爆発し、目の前のセタンタが消えた。
彼が超速で移動したわけじゃない。そうしようとしていたが、その刹那前に暗殺した。トウアハーデの眼ですら、追い切れない一撃を以て。
次にセタンタがいた大地が数キロもの深さで抉れ、揺れて地割れが広がる。
俺は全魔力を両足に回して後ろに跳んでいた。跳んだ直後にすべての魔力を防御に回す。
下手をすると、余波だけで死ぬかもしれない魔術を使って殺した。全力で身を守らねばならない。
そして、それが来た。
大地が爆発する。
衝撃波と土砂の津波が、セタンタがいた場所を中心に放射状に広がっていく。
一瞬で呑まれる。前後左右、わけがわからないまま吹き飛ばされ、生き埋めになり、その土ごと流されていく。
風のバリアで酸素を確保。
死ぬ気で魔力を放出し体を守り続ける。でないと、本当に死ぬ。
どれぐらい叩きつけられ、吹き飛ばされたかもわからない。
ようやく揺れが止まった。
自己チェック、両足の骨が折れている。これは限界を超えた速度で後ろに跳んだ反動だ。それ以外に肋骨にひび、左腕は折れてる。
両足と肋骨は、魔力を回して自己治癒力を高めよう。綺麗な折れ方をしているのでこのまま繋げて構わない。
ただ、左腕は複雑骨折している。処置をせずに自己治癒力を高めると変なくっつき方をするかもしれない。応急処置に留めよう。
土魔術を使って、土砂の山から抜け出る。
呆れた。あの位置から城壁まで叩きつけられたらしい。
「対勇者用に開発した術式、【グングニル】。セタンタ、それがお前を殺した魔術だ」
凄惨な光景が広がっていた。
セタンタがいた位置を中心にして、少なくとも数キロは大地が錐状に抉れ底が見えない、巻き上げられた土砂が城の屋根まで降りかかっている。
余波でここまでの破壊。直撃を受けたセタンタは無事では済まない。
存在の痕跡すら残っていない。
周囲の多くの兵士たちが生き埋めになり、ヴィコーネの兵は救助活動をしていたし、逆に貴族派の兵は怯えて戸惑い敗走していった。
やはり最初に避難させていて良かった。
もし、半径二百メートル以内にいれば殺してしまっていただろう。
対勇者用の暗殺魔術、【グングニル】。
実のところ、窓からタングステンの槍を投げたとき、すでに暗殺は八割方終わっていた。
土魔術の中に、触れた対象の重力を二倍にする魔術がある。
それを調べてみると、重力の強さを指定の倍数増やす術式であり、カスタムすることでマイナスにすることも出来た。
タングステンにかかる重力をマイナス二倍にした。
つまり、毎秒約19.8m/sずつ加速して天に向かう。
俺の魔力では維持限界は約三分。それだけの時間加速しながら上昇し、重力逆転がなくなってもその運動エネルギーが消失するまで登り続け、高度1023.5キロメートルで制止する。
当然、制止したらあとは落ちるだけだ。
高度1023.5キロメートルから自由落下すれば、秒速4480m/sまで加速する。
100kgの物質が、マッハ14で降り注ぐ。その威力は凡そ3.6×10^9ジュール。
戦車砲の運動エネルギーが戦車砲 9×10^6ジュールであり、それを基準とすると戦車砲400発分の威力となる。重量を増せば増すほど威力をさらに向上させられるが、質量を増やせばその分、重力反転術式の消費魔力も増えて維持時間が短くなる。
現状では、この威力が限界だ。
……この【グングニル】の原型は、アメリカが開発していたと噂されていた兵器、神の杖。
軌道衛星から金属を投下することで実現する、核に匹敵する威力の質量兵器。
もっとも、実現するにはそもそも衛星にそれだけの質量を運ぶのにひどくコストが嵩むこと、仮に出来たとしても地表に届くまでに空気抵抗による摩擦で燃え尽きるなどの問題があった。
しかし、この世界の魔術ならたやすくハードルを超えられる。
高度1000キロまで運ぶのは重力を反転させればいいし、空気抵抗による摩擦も【風よけ】という物体を風が避けてくれる便利な魔術がある。
現状、【グングニル】こそが俺の最大火力だ。
「わかっていたことだが、威力はともかく欠点が多いな」
一つは何を置いても到達するまでの時間だ。
約1000キロ上空まで上昇し、その後落下するという性質上、着弾まで十分ほどかかってしまう。
そして、あくまで槍によるピンポイント攻撃であること。
普通の魔力持ち程度なら、余波で殺せるため半径百メートル以内はキリングゾーンだが、勇者クラスを想定するなら槍本体をぶつける必要がある。
魔術のおかげで空気抵抗は無視できるとはいえ、自転を含め、さまざまな計算が必要だ。
計算ができたとしても、槍を天に放つときほんのわずかな角度のずれで致命的に逸れる。
そもそもが目測で狙いをつけるから、距離を測り間違えることも多い。
無人島で、何度も練習していて良かった。
そうでなければ、外していただろう。あの島を見つけてくれたマーハには感謝だ。
今回は計算通りに落とせたが、まだまだ改善が必要な術式だと言える。
「とりあえず、死体の確認だな」
風の魔術を使い索敵を行う。
間違いなく仕留めたとは思うが、確実とは言えない。マッハ14の速度で降り注いだ【グングニル】はトウアハーデの眼ですら捉えられていない。
直撃したかわからない。直撃でなければ、あの男なら万が一がある。
隈なく、風を行き渡らせても男の姿は見当たらない。土魔術で地中を探っても反応はない。
ただ、気になることがある。
あの男の持っていた神器ゲイ・ボルグ。
あれも見当たらないことだ。神器は不滅だと聞いている。だから、あの衝撃ですら消えるはずがない。
それがないということは、まさか、あの男が持って消えたのか?
「それはあり得ないか」
槍をもって逃げるほどの余裕があるのなら、きっと奴は決闘の続きをしようとするだろう。
こちらに向かって、ディアが走って来る。
すでに、貴族派連中の兵が撤退……いや、逃走しており安全だ。
こんな災害を引き起こし、セタンタを殺してしまうような化け物とは戦いたくないのだろう。
「ルーグ! 良かった。無事で」
ディアが飛びついてきたので、受け止める。
ディアには抱き着き癖があるらしい。
そして、ディアは頬にキスをして、よほど恥ずかしいのか耳まで真っ赤にして顔を背ける。
そんなディアが愛おしくて仕方なくなって、顔をこちらに向けさせ、今度は俺から唇にキスをした。
ディアはそれを受け入れた。身長が逆転したせいか、必死に爪先立ちになっているところが愛らしい。
ただ、触れ合うだけの子供のキス。
なのに、どうしてもこんなに幸せで、胸があったかくなるんだろう。
「いきなりすぎてびっくりしたよ……でも、うれしい」
ディアはいちいち仕草が可愛い。
……さて、これからどうしよう。
こうやって、貴族派の連中が残らず逃走したら、ディアの死を偽装なんてできない。
人生で初めての暗殺失敗だ。
だが、悪くない。
暗殺率100%なのは自慢ではあるが、そんなことよりもディアが助かったことのほうがずっと喜ばしい。
そんな風に考えるのも、以前の俺ならあり得なかったことだ。




