第二十話:暗殺者は決断する
ルーグとしての初めての暗殺は完璧だ。
まず、王族の要望通り、”誰がどう見ても殺害された”とわかるように殺した。
いわゆる見せしめだ。王族は好き勝手やっていればこうなると示したかったそうだ。
王族が手を下した証拠があれば大問題になるが、その証拠がなければ疚しいことがある貴族たちも王族を責めることはできない。
王族は自分たちが引き起こしたものだと匂わせて他の貴族を牽制できる。そうすれば、次は自分の番だと怯え、多少は貴族たちも自重する。
やり過ぎれば、逆に反乱へと踏み切らせてしまうだろうが、王族たちはその動きをした瞬間、首謀者にトウアハーデを差し向ければいいと考えている節がある。
……もっとも、犯行がトウアハーデによるものだと露見すれば、彼らはなんの躊躇もなくトウアハーデの独断と言い切り、貴族たちに怪しまれないように極めて厳重な処罰を下すだろう。
そうならないよう、証拠を何一つ残していない。
魔術で生み出した物質はデフォルトでは残り続けるが、術式を弄ることで消滅させることができる。壁にめり込んだ弾丸は、十秒後には消えてなくなっている。
加えて、どうやって殺害したかすら特定されることはない。
魔力持ちの頭を派手に吹き飛ばしているのを見て、近距離から高位魔術を叩き込まれたと予想するはずだ。
なにせ、銃という概念自体がない。
この世界では魔法があるおかげで兵器が発達していない。
というよりも、支配者層がわざと兵器の発展を妨げているふしがある。
貴族社会は魔力を持つがゆえに圧倒的な力を持つ貴族が、その力で魔物や侵略者から市民を守っているからこそ成り立つ。
保護されているからこそ、領民たちは税を納め、命令をされることにも抵抗感がない。
しかし、十分な火力を持つ銃があれば、一般人でも魔物や貴族を殺せる。自分の身を守れるようになる。
そうなれば、貴族社会そのものが崩壊しかねない。
なにせ、貴族に頼る必要がなくなる。領民は搾取から逃れようとするだろう。
そういった理由で科学技術が発達していないからこそ、俺の兵器の知識を利用した魔術は強力な武器になりえる。
銃の他にも強力な武器もいくつか用意してある。
これらは素晴らしい威力だが、何より相手にとって未知であるというのがいい。
「勇者もこうやってあっさり殺せればいいんだがな」
山道を駆け抜けながら独り言をつぶやく。
そして、そんなわけないかと付け加えた。
その程度で死ぬなら、女神だってわざわざ俺をここに呼ばなかっただろう。
三日後、マーハに見つけてもらった無人島で対勇者用の術式を実験する。
全力で放てば半径数百メートルが吹き飛ぶような魔術。無人島でなければ実験できないのだ。
◇
思考を纏めるために、見晴らしがいい丘で寝そべる。ここは俺のお気に入りの場所だ。
初めての暗殺からすでに三か月が経っていた。
その間も鍛錬や、魔術開発、イルグ・バロールとしての資金調達、情報網の強化など忙しくやっていたし、暗殺も二件行った。
三か月で三回もと言うのは異常だ。
この国は思った以上に内側から腐っている。
基本的に貴族は一定の税を納めさえすればあとは好きにしていい。領地内の法なども決めていい。
それ以外の義務と言えば、戦争などが起これば、徴兵や、資金、食糧を納めるぐらいだ。
だからこそ、金と時間が余り野心を持ってしまう。
貴族の多くはアルヴァン王国に仕えているという感覚はなく、それぞれが領地を小国に見立てた王だと思っているぐらいだ。
……何か抜本的な解決をしない限り、同じことが繰り返されるだろう。トウアハーデの暗殺に頼り切りというのはどうかと思う。実際のところ、この国に仕えることそのものがトウアハーデにとって有益なのか? なんてことが頭の隅に浮かんでしまっているぐらいだ。
「ルーグ様、今日はロナハさんに勝ちました! これで二勝一敗の勝ち越しです」
機嫌良さそうにタルトが草原に寝そべっている俺に話しかけてくる。
その手には、俺が誕生日にプレゼントした折り畳み式の槍があった。
「そうか、ロナハに勝てるなら騎士団連中にも負けないだろうな。ロナハは拗ねてなかったか」
「……ちょっとだけ。それから、ルーグ様に伝言です。稽古をつけてほしいと。その、私みたいな女の子でもここまで強くなれるルーグ様の訓練に興味があるって言ってました」
「プライドが高いロナハが、俺に教えを乞うなんてよっぽどショックだったんだろうな。だが、よくやった」
俺の従兄であるロナハは、分家とはいえトウアハーデの名を持つ魔力持ちで高度な訓練を受けている。
二年前ですら、若手騎士たちと遜色ない実力を持っていたが、この二年でさらに腕を上げていた。
その彼とタルトは近い実力を持っていると思ったので、模擬戦を挑むように命じていた。
俺とタルトでは実力差がありすぎて、どうしても真剣勝負にはならないのだ。
一戦目は敗北、二戦目は辛勝、三戦目は今のタルトを見る限りかなり余裕をもって勝った。
タルトは確実に成長している。
「私はルーグ様の専属使用人兼助手です。これぐらいできないといけません! ……あれ、マイヤさんだ」
マイヤというのは使用人だ。
その使用人が走ってこちらまで来ていた。
◇
マイヤは、父親に俺を呼ぶように言われたらしい。
あの慌てよう、ただ事じゃない。
屋敷に入るときに血の匂いがした。ふき取られていたようだが、痕跡は残っている。
争った形跡はないところをみると、重傷を負った来客がいたことになる。
どう考えても、ろくなことにはならさそうだ。
いつものように書斎に入る。仕事モードのときは無表情な父だが、今日は輪をかけて表情が硬い。
「ルーグ、ついさっき仕事の依頼を受けた」
「それは裏の?」
「もちろんだ。この依頼は断っていい。受けないほうがいい依頼だ。だが、あえて私はこう言おう。受けるかどうかは、ルーグが決めろ。……依頼内容は、隣国スオイゲルの伯爵令嬢、ディア・ヴィコーネの暗殺だ」
頭を鈍器で殴られたような、衝撃が走る。
ディア、俺の魔術の師匠にして、友人。そして、俺が好意を持っている相手。
それを俺に殺せと?
まさか、父はいつかディアを殺すために、俺と彼女を引き合わせたのか?
「父上、疑問点が二つございます。一つ、隣国に干渉するのはまずいのでは? 二つ、我らトウアハーデは国益のためのみ暗殺を行うのが信念。ディアを殺すことが国益につながるとは思えません」
「今回の暗殺は、トウアハーデとして正道ではない。私情によるものだ。だからこそ、受けるかどうかはルーグが決めていい。これはアルヴァン王国の国益にはならないどころか、万が一我らの関与がばれれば国際問題になる」
その通りだ。他国の貴族を殺害したことが公になれば、戦争にすら発展しうる。
「……事情を話してください。なぜ、ディアを殺さないといけないのか。おそらくは、スオイゲルの内乱によるものと想像はつきます。ディアの父、ヴィコーネ伯爵は王族側に付き、負けた。ただ、ヴィコーネ一家は賠償金の支払いを含めた、戦後処理をつつがなく終えたはずです」
スオイゲルで内乱が起こっているのは知っている。
バロール商会の情報網を持っているのだ。俺がそんな大事件を知らないはずはない。
スオイゲルもアルヴァン王国と同じ問題を抱え、貴族が野心と力を持ち続けている。
そして、スオイゲルにはトウアハーデがいない。
その結果、貴族は増長を続け、王家を無能で怠慢だと主張し、我らこそがスオイゲルの支配者に相応しいと、いくつかの貴族が組んで反乱を起こし……勝利してしまった。
内乱が起き、ヴィコーネ伯爵家が王族側に着き敗北としたと聞いてすぐに、ディアのもとまで走って行って無事を確かめ、イルグ・バロールとしての力を使い、家族ごと亡命させる準備があると伝えた。
そのときディアは大丈夫。そして、騒ぎが落ち着くまでこないでくれと言っていた。
「ほう、そこまで知っているのか。なら、続きのみを話せばいいか。ヴィコーネ伯爵は敗北し、言われるがままに財産と領地の大半を手放した。……だが、それでは終わらなかった。ディアが目をつけられた。美しい娘だ。それも強力な魔力を持ち、後継ぎが優秀な魔力を持って生まれてくると期待できる。……欲深い貴族なら手に入れたくなるだろう?」
賠償金の支払いを終えれば、安全などではなかった。人間の欲を甘く見過ぎていた。
あのときのディアはどこかおかしかった。
まさか、あのときにはこうなることを知っていたのか?
だとするなら、俺は……。
「ヴィコーネ伯爵はただ大人しく従うつもりだったよ。ディアも余計な血を流さないためにそれを望んだ。だが、家臣たちはそれを許せなかったのだ。よりにもよってディアを迎えに来た使者を斬り殺してしまった。それと同時に家臣全員が辞表を突き付けて、自分の意思で動くと宣言し、さらには領民から義勇兵が集まってしまい軍を形成、城に立てこもり、主であるヴィコーネ伯爵とディアを幽閉した。表向きはヴィコーネ伯爵家は内乱を起こしたことになっている。すでに軍が差し向けられ、戦いは始まっている」
言葉を失う。
ヴィコーネ伯爵とディアはよほど人望が厚いらしい。
従来、領民というのは自分たちを統治する貴族が誰であろうと気にしない。支配者が誰であろうと自分たちの暮らしには関係ないと思っている。
事実、俺が暗殺した貴族たちの領地には、殺した貴族の代わりに王族の傀儡となる貴族が派遣されており、支配者が変わっても領民たちに何の混乱も起きていない。
それなのにヴィコーネの領民たちは自分から戦いを挑んだ。ディアを守るために。
「だから、その内乱を早期鎮圧するためにディアとその父親の首を晒して、ヴィコーネ領民たちの戦意を無くさせろ……とでも言うつもりですか? いったい、それは誰の依頼ですか? 到底、我ら、トウアハーデの受けるべき依頼とは思えない」
「依頼主はヴィコーネ伯爵自身だ。彼の忠臣が命からがら敵も味方も振り切ってここまできて、その言葉を伝えた」
「なぜ?」
「最後まで話を聞け、依頼の内容はディアの暗殺を偽装した上で、攫ってくれというものだ。仮に、今の戦いに勝ったところですぐに増援が送られてくるだけだ。目先の戦いに勝ったところで意味がなく、ディアを救うにはこの手しかない。そして、それができるのはトウアハーデだけだ」
ようやく納得がいった。
もはや、反乱をおこした者達の死は免れず、どうあがこうとヴィコーネ伯爵もディアも助からない。
なら、殺したことにしてどこか別の場所に逃がすしかないのだ。
「事情はわかりました。ただ、わからないのがどうして父さんは、その任務を受けたのかです。父さんがトウアハーデの信念を曲げるとは思えない」
「それは買いかぶり過ぎだ。私は一度信念を曲げたことがある。今回の件については、ヴィコーネ伯爵には恩があるのだ。……うすうす勘づいていると思うが、エスリはヴィコーネの令嬢だ。そして、ディアはおまえにとって従姉にあたる。私は、ヴィコーネ伯爵に借りを返さねばならない。彼がディアだけでも救ってほしいというなら、そうしたい。それだけの借りがある」
「もし、俺が断ったら」
「どうにもできない。私が自ら向かうが私の足では間に合わないであろう。たどり着くまでに全てが終わっている。ルーグでなければならないのだ。これはトウアハーデの信念から逸脱した私情であり、頼みにすぎない。だから、断っていいと言った」
話を伝えに来た家臣が重傷を負ったということはすでに戦いは始まっている。
隣国ではあるが、ヴィコーネ領まではおおよそ三百二十キロある上に、二つ大きな山を越えないといけない。
魔力持ちは魔力で強化することで馬より速く走れるとはいえ、普通の魔力であればたどり着くまでに魔力が尽きる。
父なら、おそらく休憩をはさみながら二日。
だが、俺ならば半日で済む。ヴィコーネの家臣がここにたどり着くまで三日はかけているはず。
半日でたどり着ければ、まだ間に合う。
……この依頼を受けるべきではないだろう。
大義名分はなく、アルヴァン王国の刃でありながら、アルヴァン王国の国益を損ねるリスクを背負う。
俺は笑う。
決めたではないか、一度目の失敗を繰り返さないと。
俺はただの道具じゃない、一人の人間として、自ら選択すると。
なら、俺の心に問えばいい。
「父さん、……この暗殺、引き受ける」
「理由を聞こう。私と違い、ヴィコーネ伯爵に対して借りがないルーグがこの依頼を受ける理由を」
「三つ理由があります。一つ、ディアには魔術を教わった恩がある。二つ、俺はディアに惚れている。三つ、俺自身がディアに約束した。彼女が救いを求めた時に駆け付けると。きっとディアは俺を呼んでいる」
ディアがトウアハーデから去っていくときに渡してくれたファール石の首飾りを握りしめる。
これをもらったとき、ディアは言ったんだ。
『それから、あの時のなんでも言うことを聞いてくれるって約束、今お願いするね。もし、私がルーグにどうしてもどうしても会いたいって思ったとき、絶対に駆け付けて!』
きっと、ディアは俺を呼んでいる。約束を果たすのは今だ。
俺は俺のため、俺の心に従い、死地へ向かう。
「そうか。……私は生涯で一度だけ。アルヴァン王国のためだけにトウアハーデの刃を振るうという信念を曲げたことがある。それがなんのためだったかわかるか?」
「いいえ。父上がそんなことをするなんて想像もできない」
「エスリのためだ。まさか、息子も同じ選択をするとはな。私には似ずに育ったと思っていたが、変なところばかり似てしまったようだ……がんばれ」
頷く。そして、心が熱くなった。
そうか、父も母のために信念を曲げたのか。本当に似ている。それが家族の絆を感じさせた。
そして、俺は部屋を出て、隣室で治療を受けている男から話を聞き、出発した。
これからは一分一秒を争う。
ディアを生かすための暗殺。必ず、やり遂げる。