第一話:暗殺者はスキルを選ぶ
頭の中に浮かんだすべてのスキルを確認する作業に一日を使った。
スキルだけでなく、剣と魔法の世界そのものがどういうものかを深く理解する必要があったのも時間がかかった原因だ。
女神に与えられた常識は記憶でしかない、それを理解しなければスキルの性能を判断なんてできない。なにせ、こちらの世界とは前提が違うのだから。
それが終わったあとスキルを確認していたのだが、スキルの数がやたら多い。
123,851個。
剣と魔法の世界では、人は生まれながらにスキルという恩恵が与えられる。
その中には有用とは思えないスキルも多い、【動物の鳴き真似】【皿洗い】【早着替え】【女装】なんてものまであるぐらいだ。
S、A、B、C、Dの五ランクが存在し、それぞれ一つずつ得られる可能性がある。
S:一億分の一の確率
A:百万分の一の確率
B:一万分の一の確率
C:百分の一の確率
D:一分の一の確率
理論上は、すべてのランクのスキルが手に入る。
だが、そもそもSランクを得られるかどうかで一億分の一の確率だし、全部スキルを得られる確率となると……。
1/100,000,000,000,000,000,000となる。
女神から与えられたスキルを選ぶ権利というのは、非常にありがたい。ほとんどの人間はDランク一つなのだから。
スキルを選ぶ基本はもっとも強力なSランクスキルを選び、他のスキルはSランクスキルを輝かせるためのサポートにすることだ。
「一億分の一だけあって、Sランクは強力なスキル揃いではある」
Sランクのスキルはそれを持っているだけで英雄となる力がある。
一億分の一というのは、日本で一人なんてレベルだから当然だ。
例えば……。
【魔剣召喚】
使用者の力量に応じた魔剣を召喚し、使役できる。
……一見地味に見えるが、呼び出される魔剣というのがとんでもない性能だ。一振りするだけで山一つを切り裂くなんてものもざらだ。
【聖闘気】
黄金に輝く聖なる気を纏うことで、攻撃力・防御力・速度を大幅に上昇させる。
……上昇幅が圧倒的すぎる。このスキルさえあれば幼子が素手で戦車を破壊できてしまうだろう。汎用性が非常に高く、迷えばこれを選んでいい。
【隷属刻印】
相手の額に手を触れ印をつけることで、相手を支配する。
……絶対服従の手駒をいくらでも作れる。ただ、この刻印を刻む際に、魔力での抵抗判定があり、術者が相手より優れた魔力を持っていなければならない。
【魔物生成】
ありとあらゆる材料をもとに魔物を生み出し、使役する。
……主に死体や魔石を組み合わせて、思い通りの魔物軍団を作っていく。なかなか、夢が溢れるスキルだ。
これらは一例に過ぎない。
数十のSランクスキルが存在した。
私がスキルを選ぶ際に重視しなければならないのは火力の確保だ。なにせ勇者というのは規格外すぎて無防備な状態ですら、まともな火力では傷つけることができない。最低限、「相手が無防備な状態で急所に最大火力を叩きこめば殺せる火力」が必要。
第二は、汎用性と応用性。勇者殺しなんてすればいくらでも想定外の事態は起こりえる、汎用性と応用性がなければリカバリーできない。
それを踏まえて選んだスキルは……。
「【超回復】。これしかない」
Sランク:【超回復】
体力・魔力・自己治癒力etc、ありとあらゆる回復力が上昇する。初期倍率100倍。熟練度により回復率が上昇。
……一見大したことがないように見えるが、最後に生き残るのは走り続けれるものであり、このスキルがある限り走り続けられる。魔力という、この世界の弾丸を補充し続けることも魅力的だ。
怪我や病にも強い。
加えて、睡眠時間もごくわずかでいい。体力の回復が早ければそれだけ鍛錬もできる。
それに、この世界のルールを考えると回復力は何よりの武器となる。
女神から、この世界における情報を与えられていなければ、このスキルを選ぶことはなかっただろう。
「Aランクは、これ以外ありえない」
Aランク:【式を織るもの】
魔術を作り出すことができる
……転生先の世界では、魔術とは神により与えられたもので、神によって作られた約百の魔術を使用できるにすぎない。
だが、このスキルがあれば新たな魔術を作り出すことができる。
そのことは無限の可能性が手に入ることを意味する。
私の持つ科学が発達した世界の知識をもっとも活かせるスキルだ。
「【超回復】を選んだ時点で、Bランクスキルも自動的に決まる」
Bランク:【成長限界突破】
ありとあらゆる成長の限界がなくなる
……強力そうだが、スキル単体では何の意味もないのでBランクどまり。普通であれば限界を突破する意味はない。なにせ、剣と魔法世界では生涯をかけて鍛えたとしても限界に到達することなんてないのだから。
それでも、【超回復】があるのなら、無尽蔵の体力で修練を行えるのなら、このスキルが輝く。
Cランクは汎用性重視で【体術】を選んだ。
【体術】の才能と補正を得る。
……【剣術】や【槍術】に比べて効果は劣る。
だが、汎用性が大きく勝る。
暗殺者はありとあらゆる武器を使いこなす、上昇幅が大きくても特定武器に依存するスキルは必要ない。
「これがDランクなのは、神は見る目がないのではないかね?」
そして、Dランクは面白いものを選んだ。
けっして強くはないが使い方次第で化ける。
一見ありふれて地味な能力だが、切り札となると私は確信している。
◇
スキルの他にも決めることがある。
魔術属性だ。
この世界では、地・火・風・水の基本四属性に加えて、希少属性の光・闇の六属性のうち一つ、稀に二つの属性をもって生まれてくる。
魔術とは神によって与えられたもの。
それぞれの属性を繰り返し使うごとに、属性ごとの新たな魔術が頭に浮かぶようになり使用可能となる。
私が選んだのは、全属性。
全属性と言っても希少属性は使えずに使えるのは基本四属性だけ。
加えて、デメリットがある。
多くの属性を加える分、上達速度が半減となる。
「上達速度が半分なら、二倍練習すればいい。回復力が百倍なら苦にはならない」
上達速度が半分になるデメリットよりも四属性使えるというメリットを選び、努力で補う。
二日で、スキルと魔力属性を決めてしまったが女神を呼ぶつもりはない。
あと一日で再考察しよう。
もっといい組み合わせがあるかもしれない。
残された時間で考え抜こう。
◇
丸一日考え抜いたが、結局は昨日選んだ五つで決定だ。
【超回復】と【成長限界突破】で基本能力を上昇させ、【体術】で動きを鋭くする。
全属性の魔術を使い、【式を織るもの】の力で術を作り出すことで手札を増やし、最後のスキルを切り札とする。
暗殺者としての技と経験を持つ、私が使うのであればこれ以上の組み合わせはないと断言できる。
女神が姿を現した。
「満足のいく組み合わせは見つかったようですね」
「うむ、これ以上の組み合わせは見つからなかった」
「へえ、Sランクとしては地味な【超回復】。Aランクもぱっとしないですね。Dランクのスキルに至ってはそんなスキルがあることも忘れていましたわ……ほんと、人間って面白いです」
「嫌味かね?」
「褒めているんですよ。普通にわかりやすい強いスキルを重ねるだけじゃ、勇者みたいに三十も、制限なしにスキルを重ねた化け物には勝てないですしね」
勇者はそもそも身体能力・魔力から規格外。
加えてSランク、Aランクから三十個のスキルを持って生まれる。そのうち、最低五つはSランクとなるともらった知識にある。
Sランクスキルの異常な強さはよく知っている。
たしかに、”戦闘”ではどうあがいても勝ちようがない。
が、暗殺なら鍛錬と、入念な準備があれば可能だろう。……私はSランク、Aランクのスキル三十個が最大限のシナジーを生んだ勇者を殺すことを念頭にスキルを選んだのだから。
「さあ、転生です。今の知識と人格で赤ん坊になるのですから大変でしょうが、まあ、我慢してください。暗殺貴族トウアハーデだと、退屈はしないでしょうけど。お母さんも美人ですよ。おっぱい吸うとき、いやらしい顔とかしたらダメですからね! ドン引きされます。あと、忠告ですけど子供がそんな口調だと気持ち悪がられるので、今から直したほうがいいですよ?」
私の返事も待たず、女神が指を鳴らす。
体が光の粒子に変わっていく。
私はこれから新たに生まれる。
暗殺貴族トウアハーデでは、最低限必要な栄養素の取得と鍛錬する時間を確保できる環境であることを祈ろう。