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第94話




 少女を運んだ冒険者の目の前で、重症だった筈の少女がシーラに飛び掛かった。

 その動きは、どう見ても死に掛けていた少女ではなく、一撃で相手を殺傷する為の動きだった。

 慌ててシーラを守る為に動くが、どうやっても間に合わない。

 そして、少女の短剣がシーラに届く瞬間、シーラが弾き飛ばされた。

 壁際まで弾き飛ばされたシーラの目の前に、シーラを弾き飛ばした犯人がいた。


「ね、ネズミ……?」


 そこにいたのは、何処にでもいるような小さなネズミだが、その体毛は白く瞳は赤い。

 だが、確かにその小さなネズミに、シーラは弾き飛ばされ、命を救われたのだ。

 そこで、シーラは襲ってきた少女の事を思い出し、視線を向けた。



 その少女は、高速で動く黒いナニカに襲われ、防戦一方となっていた。

 治療の為に用意した部屋はそれなりの大きさだが、棚や椅子、そして(はり)等があり、それを足場にしてその黒いナニカは高速で動き回り、少女に対して攻撃をしている。

 少女が手に持っている短剣を振るが、黒いナニカには当たらず、逆に小さい傷が増えていく。

 そして、目の前にいたネズミがシーラに向けて一礼し、少女の方へと駆けて行く。

 少女が白いネズミに気が付き、新たに短剣を取り出してネズミに向けて投擲する。

 その短剣を回避し、白いネズミが一気に加速して少女に飛び掛かると、黒いナニカと同じように高速で跳ね回り、少女を攻撃していく。

 それを見て、シーラは跳ね回っていた黒いナニカが、黒いネズミであることに気が付いた。


「大丈夫ですか!?」


 唖然としていた冒険者達が、やっと再起動してシーラの元へ駆けて来ると、少女との間に立って盾を構える。

 シーラが立ち上がり、自身の手を見る。


「一旦、この場を離れましょう」


「……あの冷たさは……」


 盾を構えた冒険者がシーラを守りながら、入り口の方へと向かう。

 そんな冒険者に守られながら、シーラは少女に触れた際、感じた違和感を呟いていた。

 まるで、氷の様に冷たく、異常な冷たさ。

 人は生きていれば、必ず温もりがある。

 それが無いという事は、あの少女は死んでいるはずだが、今でも機敏に動いてネズミ達と戦っている。

 一瞬、アンデッドかと思ったが、アンデッド特有の穢れ(・・)は感じ取れなかった。

 そう不思議に感じた瞬間、その少女は窓の鎧戸を破壊して外へと飛び出した。

 冒険者の一人が慌てて窓に駆け寄り、逃げた少女を確認しようとしたが、そこに少女の姿は何処にも見当たらなかった。




 教会から逃げ出した少女は、路地裏で壁に寄り掛かった。

 本当なら教会でシーラを殺害し、余裕で逃げ切れる筈だったのに、いきなり現れたネズミによって妨害された挙句、そのネズミによって命辛々逃げるしかなかった。

 自身の身体を再確認すると、服はズタズタになり、無数の傷が出来ていた。


「クソッ……ここまで予定外が続くなんて……」


 怪我をした事が問題では無い。

 依頼を失敗し続けている事が問題なのだ。

 目立つ格好で領主暗殺をし、即座に地味な姿に変える事でターゲットを油断させる。

 しかし、今回の失敗でシーラの周辺は確実に強固になる。

 自身の被害を考えなければ殺害は可能だろうが、確実に逃げ切れなくなる。

 隠していた道具袋に短剣を放りこむ。

 こうなってしまっては最早、任務遂行は不可能だ。

 速やかにサガナから脱出し、次の機会を伺うのが最善策だ。

 そう考えながら、路地から出た瞬間、目の前をナニカ(・・・)が通過した。

 ソレは、横手にあった積まれた木箱を吹き飛ばし、中に入っていた道具が文字通りゴミになる。

 慌てて身を翻し路地裏に戻ると、先程まで自身がいた場所が爆発して土煙が上がる。

 土煙が収まると、そこには一本の槍が突き刺さっていた。

 それは、黒い柄の石突に赤い宝玉が填められており、それが鈍い輝きを放ち、どう見ても明らかに普通の槍では無い。


「何処に行こうというのですか?」


「ば、馬鹿な……」


 思わず声が漏れる。

 先程まで、この路地裏には誰もいなかった。

 だが、今、自分の目の前には、一番会いたくない相手がいた。


「な、何故……ここが……」


「領主の暗殺が失敗、続けて聖女の暗殺が失敗したとなれば、次の行動等、予想するまでもありません」


 そう言って、その相手が地面に突き刺さった槍を引き抜いた。

 そして、ゆっくりと槍の切っ先が向けられる。


「何より、自分がずっと監視されていたのに気が付かないのでは、程度も知れます」


「監視されていただと?」


 言われて周囲の気配を探るが、何処にもそれらしき気配は感じ取れない。

 そうしていると、向かいの屋根の上で一匹のネズミが走り抜けていく。


「では、今度こそ終わりに致しましょう」


 槍を構えた神楽が一歩前に踏み出した。

 無意識にそれに合わせて、道具袋から短剣を引き抜いて投擲した。

 投擲した短剣は最低限の動作で回避されるが、その僅かな隙に道具袋からいつもの短剣を取り出した。

 そして、無言でその短剣を増やす。


「またその児戯ですか……」


 神楽が若干呆れた様に呟くと、持っていた槍が一気に増えた。

 此処までは、あの時と同じ。


「舐めるな!」


 道具袋から複数の短剣が飛び出し、それもまた増えていく。

 短剣一本に使えるスキル(・・・)には限界があるが、それなら増やせば良い。

 あの方から教わった事であり、今までコレを使って倒せなかった相手はいない。


「コレで貴様も終わりだっ!」


 増やした数は最早4桁は超えただろう。

 ただ、増やしただけ精神力を消耗する事になるが、神楽を倒すのに四の五の言っている暇は無い。


「『虚空の影斬りブランヴォイド・スラッシャー』!」


 自身が放てる正しく必殺の一撃。

 領主邸で見せた数を超える短剣の波が、神楽に向けて射出された。


「ただの『ダブル』『コピー』『ドッペル』を使用しただけで、何が変わると言うのですか?」


 神楽がそう言って増やした槍を放った。

 放たれた槍の数は、明らかに短剣より少ない。

 槍が短剣に直撃した瞬間、全ての槍が大爆発を起こした。

 その爆炎は周囲の短剣を巻き込み、倍以上あった短剣が全て消滅していた。

 そして、その爆炎を貫いて飛来した槍が少女の腹部に突き刺さり、地面に縫い留めた。


「そ、そんな馬鹿……な……」


 少女が爆炎を貫き、突き刺さった槍を握り締めて呟く。

 爆炎が収まった後を、神楽はゆっくりと歩いていた。


「まず自身のスキル『ダブルウェポン』で武器を増やし、付与した『コピー』で倍にし、再び自身のスキル『ドッペルスキル』で増やし、再び『コピー』で増やし、また『ダブルウェポン』で……と、繰り返す」


 神楽が少女の短剣を増やした手順を明かしていく。


 スキル『ダブルウェポン』は単純に手持ちの武器を増やすスキルだ。

 単純に一本を二本にするだけのスキルだが、使い慣れた武器を一時的に増やす事が出来る為、重宝されていた。

 そこに、『コピー』を使う事で、疑似的に『ダブルウェポン』を連続使用したように出来る。

 そして、『ドッペルスキル』は指定したスキルを意図的に複製(・・)して使用出来る。


 通常『ダブルウェポン』にしろ『コピー』にしろ、同じスキルは連続して使用は出来ない。

 だが、『ドッペルスキル』を間に挟む事で、同じ効果を連続して使い続ける事が出来るようになるのだ。

 そうして、再び『ダブルウェポン』からの、増殖コンボを繰り返す。


「それが、貴方の使用した『夢幻の影斬りインヴォイド・スラッシャー』と『虚空の影斬りブランヴォイド・スラッシャー』の正体ですね?」


 その言葉を受け、少女は絶句していた。

 今まで、あの方以外にこの戦術が見破られた事は無かった。

 大体は、隠し持っている道具袋から増やしたと思われたり、幻術の類だと言われ、あっさりと貫かれていく相手ばかりだった。


「な、何なのだ……貴様は……」


「多少、戦闘が熟せるだけの、ただのメイドです」


 神楽が再び槍を構える。

 少女は地面に突き刺さっている槍を引き抜こうとしているが、ガッチリと地面に突き刺さっている槍は抜けそうにも無い。


「貴方を捕縛したとしても、その身体では意味はないでしょうし、ここで終わりにしましょう」


 構えた槍先に青白い炎が灯る。

 それが、徐々に槍先から柄に向かい、やがて石突まで伸びる。

 それを見て、少女は確信した。

 アレ(・・)を絶対に受けてはならない。


「こうなったら……仕方無い!」


 神楽が踏み込むと同時に、少女が道具袋から何かを取り出して地面に叩き付けた。

 その瞬間、地面から一気に黒い煙が噴き出し、少女の姿を隠した。

 噴き上がる黒い煙を警戒し、神楽が一気にその場から飛び退き、槍を構えて待つ。

 見る限り、毒ではなさそうだが、煙の正体は判らない。

 徐々に煙が収まっていくと、そこにいた筈の少女の姿は無くなっていた。


 だが、その代わりにその地面が隆起し、まるで洞窟の様に変化していた。


「これは……」


 神楽がその洞窟へと進み、入り口から中を見る。

 何処までも続くような錯覚を覚える洞窟。

 それは正しく……


迷宮(ダンジョン)……でしょうか」


 神楽が呟き、周囲を見回す。

 あの少女が黒い煙に紛れ、別方向へと逃げている可能性も考えられたが、それは確認出来なかった。

 見上げた屋根の上から、小さな黒い塊が落ちて来る。

 それが神楽の前まで来ると、スックと立ち上がった。

 それは、赤い瞳を持った一匹のネズミ。


「引き続き、街の監視を」


 神楽の指示を受け、そのネズミが街中に消えていく。

 あのネズミこそ、神楽が使用している特殊ゴーレムの一体。

 主である王牙が自重せずに機能を詰め込み、神楽がサガナに隠れる不届き者や、護衛対象を守る為にサガナ中に放っている。

 神楽によって複製され続けている為、正確な数は王牙も把握していない。


「……報告はどうしましょうか……」


 神楽が若干困ったように呟いたが、それに答えられる相手はいなかった。




 薄暗い洞窟の中、自身の腹部からやっと槍を引き抜いた少女は溜息を吐いた。

 本来であれば、コレ(・・)は使うつもりはなかった。

 止むを得なかったとはいえ大損失であり、報告するのも憂鬱になる。

 だが、報告しなければ、この場から逃げる事も出来ない。

 道具袋から台座と水晶を取り出し、二つを組み合わせて固定する。

 そして、台座に複数の魔石を嵌め込むと、ゆっくりと魔力を流す。


『……ら……ザザッ……った……ザッ……絡は……早い…………』


「緊急事態に付き御容赦を……領主と聖女の暗殺に失敗、即席迷宮インスタントダンジョンを使用していますので、直ぐに部隊を送ってください……繰り返します」


 洞窟型迷宮の中である為、受信はかなり弱く、相手側の言葉はかなり不鮮明。

 ただ送信には魔石を使って増幅させている為、問題無いだろう。

 少女が何度か同じ言葉を送り、相手の返答を待つ。


『……部……ザッ……送る………ザザッ……か?』


「それと、メイド姿の化物がいますので、注意してください」


『……ザザッ……兵器が……ザッ……無い……上……ザザッ……』


 途切れ途切れで詳しくは確認出来ないが、迎えが来てくれるのを待つしかない。

 水晶から光が消え、嵌め込んだ魔石が色を失って砂になり消えていく。

 まさか、ここで見捨てられる事は無いだろうと、少女は溜息を吐きつつ、その場に座り込んだ。




面白いなーとか続きを読みたいなーと思ったら、ブックマーク・評価してくれると、作者がすごく嬉しくなります


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