第92話
両目を深紅に染めたマキーシャが、オーガジェネラルと激しい攻撃の応酬を繰り広げる。
オーガジェネラルの斧と、マキーシャの片手斧がぶつかり合い火花を散らす。
弾かれた瞬間、オーガジェネラルの拳が振り上げられ、マキーシャ目掛けて振り下ろした。
「アァァァァァァァァァッ!!」
その拳目掛け、マキーシャが自身の左拳を打ち付ける。
瞬間、ズドンと凄まじい音が響き渡り、マキーシャの足元の地面に、まるで蜘蛛の巣の様な罅が走り、一気に陥没する。
だが、続いてマキーシャの左腕からメキバキと音が響き、皮膚の一部が裂けて血が噴き出している。
明らかに複雑骨折をしているはずだが、マキーシャはそれを無視し、押し留めた一瞬でオーガジェネラルの懐に飛び込むと、その胴体に向けて片手斧を振り抜いた。
白銀の刃が、オーガジェネラルの漆黒の鎧に叩き込まれるが、甲高い音を響かせて、柄の中ほどから折れ飛んだ。
普通なら手持ちの武器が破壊された場合、一旦距離を取るか、狼狽えて隙を見せる事になる。
しかし、マキーシャはそれを気にした様子も無く、更に拳を叩き付けた。
「リョウッ! マキーシャが使ったのは……」
「……ドーザードの知ってる狂暴化よ……」
リョウの答えに、ドーザードの表情が曇る。
スキル『狂暴化』。
発動させると絶大な力を得て、本人の痛覚を麻痺させる事が出来る。
その力は、一人で強固な城塞でも粉砕する事が可能とまで言われている程だが、習得している冒険者は少ないというより、皆無に等しい。
その理由は簡単であり、これだけのメリットを得るのに、受けるデメリットが大き過ぎるのだ。
発動した力に身体が耐えられず、攻撃する度に自身にダメージが入る。
しかも、痛覚が麻痺している為に、本人に自覚は無い。
そして、一番の問題は発動中、本人に意識は無く、ただ眼前の相手を攻撃し続ける。
更に、発動し続けていると、その全身にまるで唐草模様に似た黒い刺青の様な物が現れ始める。
これは『狂華紋』と呼ばれており、最初は薄く、徐々に濃くなっていく。
この刺青が完全に黒くなった時、スキルを解除出来なくなる。
解除出来なくなった時、発動者は敵味方問わず暴れ続ける『狂暴戦士』となってしまうのだ。
「……今まで何度使った?」
その問いに、リョウは答えられなかった。
マキーシャの全身にある傷跡は、敵から受けた物は少なく、そのほとんどが『狂暴化』を使用して受けた自爆ダメージによる物なのだ。
そして、リョウ達がマキーシャと初めて出会った時から、マキーシャには傷跡が既にあった。
パーティーを組んでから、マキーシャが『狂暴化』を使用した回数は3回。
だが、既に傷跡があった事を考えるなら、出会う前から何度も使っていたのだろう。
「私が知っているだけで3回」
「………不味いな……」
ドーザードが言う通り、既にマキーシャの全身に浮かんでいる狂華紋は、既にかなり濃い。
一度刻まれた狂華紋は、表面上は消えても体内にずっと残り続ける。
その為、何度か使えば確実に『狂暴戦士』となってしまう。
個人差はあるが、使用回数が5回から10回くらいになると、ほぼ間違いなく『狂暴戦士』になる。
オーガジェネラルに対処する為に仕方ないとはいえ、マキーシャが『狂暴戦士』になってしまえば、結局意味は無くなる。
それに……
「GUGAAAAAAAA!!」
オーガジェネラルの咆哮と共に、マキーシャの身体が一気に吹き飛ばされ、近くにあったボロ小屋に叩き付けられる。
その衝撃でボロ小屋は崩壊し、マキーシャはその残骸の下敷きとなってしまった。
「ジェネラル相手では、『狂暴化』でも足りんか……」
ドーザードが悔し気に呟く。
ただ単に、オーガジェネラルが強過ぎるのだ。
唯一の救いは、オーガジェネラルになる為に、周囲のオークやオーガを殲滅してくれたので、この場にいるのがオーガジェネラルだけという点だ。
オーガジェネラルさえ倒せれば、この付近は一旦安全になる。
問題は、残されているメンバーで倒せるかどうかだ。
「止むを得んか……俺がもう一度アレを使って……」
「あの動きでは、流石に当てられないでしょう」
ドーザードが覚悟を決めようとしたが、リョウの言葉で思い直す。
オーガジェネラルの動きは、あの巨体に似合わずかなり早い。
片手片足を失い、動きが格段に落ちているドーザードでは、攻撃を当てる前に迎撃されて死んでしまうだろう。
「だが、このままではどの道全員死ぬ。 ならば、賭けに出るべきだろう」
「しかし……」
ドーザードが斧を手放し、拳を固める。
オーガジェネラルが、そんなドーザード達の方を向いた瞬間、上空に巨大な魔法陣が出現した。
呆気に取られ、思わずドーザード達の視線が魔法陣に向く。
オーガジェネラルも同じように上空を見上げると、慌てた様に斧を盾の様に上空に掲げた。
その斧に、上空から凄まじい勢いで光が降り注ぎ、突き刺さった。
硬いはずの斧が、まるで豆腐の様に簡単に光が貫通していく。
そして、その光がオーガジェネラルの眼球に突き刺さった。
「RUGAAAAAAAAA!!?」
オーガジェネラルが斧を放り捨て、両手で顔面を抑える。
そんなオーガジェネラルに向かって、いくつもの光が雨の如く降り注ぎ、全身に突き刺さっていく。
リョウとドーザードは慌てて孤児院の軒下に避難すると、それとほぼ同時に大量の光の雨が周囲に降り注いだ。
「こりゃ……一体……」
ドーザードが呟くと、リョウが地面に突き刺さっていた光の雨をよく観察した。
降り注いだ光は、地面に突き刺さっても僅かな間だけ残っていたのだ。
「……小さい槍?」
その形状は、ショートジャベリンと呼ばれる小型の槍だった。
だが、一般的なショートジャベリンに比べ、明らかにサイズは小さいが、その威力は驚異的。
やがて、のた打ち回っていたオーガジェネラルが黒く溶け出し、消滅していった。
未だに光の雨は降り続いているが、瓦礫に埋まってしまったマキーシャを救助して手当をしなければ手遅れになる。
リョウが盾を傘の様に頭上に掲げ、外に飛び出した。
だが、光の雨は盾を簡単に貫通し、リョウの体に突き刺さった。
襲い来るであろう痛みに耐える為、リョウは歯を食いしばるが、一向に痛みは来ない。
それどころか、この戦闘中に負った切り傷や打ち身と言った怪我をした部分が、薄く光りながら徐々に回復していっている。
それを見てリョウが盾を下ろし、ドーザードの方を見た。
「……なんだか、判らんが……今のうちにマキーシャの救助だ!」
ドーザードの指示で、マキーシャが埋まっている瓦礫の山を、リョウが柴隊と共に掘り始める。
孤児院の中にいたシシーも外に出て、保管していたポーションを準備し始めた。
やがて、サガナ中の魔獣が消滅したと、領主邸から宣言がなされた。
時は少し戻る。
領主邸の尖塔を、根元から神楽が見上げる。
領主邸自体、貴族街から一段程高い場所に建築されており、その中で尖塔の頂上は、屋敷が3階建ての中で、5階建てとなっており更に高い。
「立ち入りの許可は出すが……入り口の鍵を今開けさせよう」
ゲオルグが部下に指示を出すが、構わず神楽が歩き出す。
それに気が付いて、ゲオルグが声を掛けようとした瞬間、神楽の姿が掻き消えた。
慌ててゲオルグが周囲を見合わすが、左右何処にも神楽の姿はない。
そんなゲオルグの視界に、唖然と見上げている兵士の姿が映った。
釣られて上に視線を向ける。
「なっ!?」
そこには、尖塔の外壁を駆け上がる神楽の姿があった。
しかも、既に頂上付近にいる。
たった一瞬で、4階に相当する高さの壁を駆け上っていたのだ。
そして、あっという間に屋根の縁に手を掛けると、身を翻して頂上に到達した。
「一体……どうするのだ……」
ゲオルグは、呟きながら屋敷の中で尖塔の頂上が見える部屋に急いだ。
そして、尖塔の頂上に立つ神楽の動きを見続けた。
「……『天装解放』……『神霊聖槍』召喚」
神楽が片手を天に上げ、力ある言葉を呟く。
それは、王牙に許可を得て、初めて使用出来る神楽の本当の姿。
神楽から眩い光が溢れ、余りの眩しさにその姿が見えなくなる。
その光が収まると、そこには、白銀の鎧を身に着け、豪奢な装飾が施された金の巨大な槍を持ち、その背に6枚の白い羽根を広げた神楽が立っていた。
「祖は光、闇を払いし金の槍、悪しき衣引き剥がし、遍く全てを塵とする」
6枚の羽根が力強く羽搏き、神楽が尖塔の上で宙に浮かび、金の槍を上空に向けた。
「天と地、光と闇、生と死、我が羽根は遍く悪を撃ち滅ぼす」
槍が向けられた上空に魔法陣が現れ、それがどんどん広がっていく。
やがて、サガナの街全てに魔法陣が到達した。
「『天使の羽根は全てを裁く槍となる』」
その言葉で、魔法陣にいくつもの小さな光が生まれ、地上に降り注いだ。
光は落ちていく間に細くなり、まるで槍の様になり、その下にいる魔獣達へと降り注いだ。
ワイバーンはそれを回避しようとしたが、その数の多さに敗北し、全身に突き刺さって地上へと落ちていく。
ガーゴイル達は光に対抗しようと、火球を生み出して撃ち出したが、光は火球を貫通し、ガーゴイル達も貫いていく。
それを見たオークマジシャンが、地面を隆起させ身を守る壁を作った。
その壁に隠れてオークマジシャンが一息吐くが、その額に光が突き刺さった。
まるで、土壁など無いかの様に、光は壁をすり抜け、オークマジシャンを絶命させた。
「『天装封印』『神霊聖槍』返還」
神楽の身を再び光が包むと、いつものメイド服へと戻っていた。
そして、神楽が尖塔の屋根にあった出入り口を叩き、中にいた兵士に開けて貰うと、そのまま尖塔の中にあった階段を下りて行った。
ゲオルグと共に神楽の行いを見ていた家臣達は、軒並み腰を抜かしてその場に座り込み、ゲオルグ自身は窓に釘付けとなっていた。
「……まさか彼女は………天使……なのか……?」
ゲオルグが呟くと、慌ててやって来た兵士から、サガナ中にいた魔獣が降り注いだ謎の光によって全滅している事を告げられ、直ぐに終息宣言を出し、騎士団に救助命令を下した。
そして、これから起こるであろう大混乱を考え、ゲオルグは頭を痛めた。
実家の稲刈りで全身筋肉痛!
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