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第90話




 今、目の前で起きた事が信じられなかった。

 仮面を付けた襲撃者にも驚かされたが、その襲撃者をあっさりと倒したこのメイド、少なくとも屋敷の中で見た記憶はない。

 新人であっても、領主の屋敷で働く以上、面通しは当然の如く、その家族構成から紹介した人物の背後関係等もきっちり調べられる。

 もしも、領主へと危害を加えるような考えを持っている相手であれば、採用される事はないし、実力者だった場合は、しばらくは監視を付けられ、その行動を随時チェックされる。

 だが、このメイドは違う。

 強いとか弱いとかの次元ではない。


 強過ぎる(・・・・)


 サガナにいる冒険者を含め、戦力という戦力を考えても、太刀打ち出来る者は少ない。

 そんな事を考えていると、そのメイドが此方の方を向いた。

 無駄だと思うが、盾を構えて領主との間に立つ。

 もし、このメイドも襲撃者であれば、自身の実力でも数秒持てば良い方だが、領主を守る以上、立たない訳にもいかない。


「お、終わったのか?」


 ゲオルグ様の呟きに、メイドが首を横に振った。


「申し訳ありませんが、逃げられました」


 メイドの言葉に、その場にいた全員が言葉を失う。

 屋敷に大穴を開けた攻撃を受けたにも関わらず、あの襲撃者は生きているらしい。

 自分達の理解を越えている事態だが、何とか生き残っている事を喜ぶべきか……


「と、とにかく、助かった、礼を言う」


「いえ、ついででしたので」


 ゲオルグ様と貴族達が礼を言うが、メイドは事も無げにそう返してきた。

 ……ついで?

 ゲオルグ様を助けたのがついで?


「本来は手を出すべきではなかったのでしょうが、少々分が悪いようでしたので」


「……それでは、本当は何しに此処へ……」


「尖塔へ入る許可をいただきに参りました」


 その言葉にその場にいた貴族達が騒めき出す。

 尖塔というのはこの領主邸にある塔の一つであり、サガナのシンボルの様な物。

 嘗て、帝国がサガナに侵攻してきた際、尖塔から戦場を見渡し、見事撃退したという。

 そんな尖塔は、普段は立ち入りを禁止しており、現在も兵士数名によって現れている魔獣の確認をしている。


「何故、尖塔に……」


「サガナを一望出来る場所であり、一番高い建造物だからです」


「……何の為に尖塔に入るのか、聞いても良いかね?」


 ゲオルグ様がそうメイドに聞くと、メイドは堂々と言い放った。


「サガナにいる害獣を殲滅する為に」




 魔術師ギルドでは、現れた魔獣への対策はしていない。

 というより、する必要が無かった。


「次ぃっ!」


「魔導倉庫からの補充でーすっ!」


「5番効果無しっ! 続けて6番試しますっ!」


 白衣を着た一人がそう言いながら、小瓶をぶん投げた。

 その小瓶が集まっていたオークに当たると、割れて白煙を吹き上げた。

 噴き出した白煙を浴びたオーク達が痙攣し、バタバタと倒れていく。

 そして、じわじわとその姿が溶けて消えていく。


「6番効果有りっ!」


「よっしゃぁっボーナスいただきぃっ!」


「糞っ天然物じゃないのかよっ!?」


 白衣を着た職員達が喚起を上げたり、悲鳴を上げたりしている。

 彼等にとって、オークやゴブリンと言った魔獣は脅威である以上に、実験対象である。

 作り出した魔術や魔道具を、無暗矢鱈に実験は出来ない。

 普段は冒険者の護衛を募集し、遠くまで遠征して実験をする為、一回の実験で出来る作業量には限りがある。

 だが、現在のサガナには魔獣が溢れ、実験をするには最適。

 実験出来ずに溜まっていた魔道具を、ここぞとばかりに放出していく。


 彼等は魔術師ギルドの職員では無く、実は隣にある錬金術師ギルドの職員達だ。

 魔術師ギルドの職員達は、現在魔術師ギルドに避難している住民達を守っているのだ。


「そういや、ギルマス達は何処行った?」


「あー……多分あそこだな」


 職員の一人が指差した場所では、いくつもの巨大な爆炎と、雷が荒れ狂っていた。

 あの場所は、確かサガナでもいくつかある広場だったはずだ。


「うわぁ……荒れてるなぁ……」


「そりゃ荒れるだろうよ、大枚叩いて買った素材が駄目になるんだし」


「確か、自費も出したんだっけバンシーの涙……」


「一応、時間停滞の魔道具は使ってるけど、多分、終息するまでには劣化しちまうだろうからなぁ」


 職員達が呟きながら、荒れ狂う爆炎と雷を見ていた。

 その背後では、倉庫から小瓶が次々と運び出されていた。




「ウチの連中から連絡だよ、コイツ等全部、養殖モンだってさ」


「そんな事知った事かっ!」


 フォンの言葉に、フィーテルが荒々しく返事をする。

 そして、街角から現れたオーガに対し、持っていた杖を振るった。

 瞬間、そのオーガに巨大な雷が落ち、黒焦げにする。


「相変わらず出鱈目な威力だねぇ」


 フォンが言いながら、腰の試験管の一つを別の場所に投げる。

 それが地面に落ちた瞬間、巨大な爆炎を上げ、ゴブリン達を消し飛ばした。


「貴様等のせいで大事な素材が台無しになるんだぞ! どうしてくれる!」


 フィーテルが杖を振るう度に、雷が魔獣達に落ちていく。

 それを見つつ、フォンが周囲を見回した。

 地面にある焦げた跡を見つつ、考えを纏める。


「養殖モノって事は、どっかに発生源があるはずなんだけどねぇ……」


 彼女の言う養殖モノというのは、自然界で産まれる魔獣達ではなく、迷宮で生まれた魔獣の事だ。

 普通、倒せば素材を残す魔獣だが、今回の魔獣は倒しても素材を残さない。

 倒せば消えるというプロセスは迷宮と同じだが、素材を全く残さないというのは変だ。

 そんな事を考えていると、横道から追加のオーガが現れた。

 咄嗟に試験管を放り投げたが、なんと、そのオーガは足元で吹き飛ばされ、消え切れていなかったゴブリンの死体を掴んで放り投げ、試験管を撃墜した。

 フィーテルがそれに気が付いて杖を向けた瞬間、オーガは家の壁を殴り付け、その破片が二人に降り注いだ。

 慌てて破片を回避すると、オーガは再び壁を破壊し、新たな破片が飛び散る。

 このオーガは戦い慣れている(・・・・・・・)


「今までの養殖モノとは違うね」


 そう言ったフォンが、そのオーガを観察する。

 通常のオーガと見た目は似ているが、その額にある角が若干大きい。 


「オーガソルジャーか」


 ソルジャーは等級で言えば、通常種の一つ上。

 ただ、通常種よりも戦い方が上手く、戦闘時には武器以外にも周囲にある物を利用してくる場合がある。

 そして何より、見た目が通常種とほぼ変わらないので、倒してからソルジャーと気が付く事も多い。

 その為、通常種と思って挑み、返り討ちに合う冒険者も多い。


 フォンが白衣の下から、小さな赤い石が嵌め込まれた小箱を取り出すと、その石を押し込む。

 瞬間、青白い膜が広がってフォンとフィーテルを包み込んだ。


「障壁の魔道具か」


「使い捨てだけど、この破片くらいならね」


「じゅうぶ……」


 フィーテルの声を遮り、家の上から別のオーガが飛び降りて、持っていた棍棒を青白い膜に叩き付けた。

 その衝撃に耐えられる筈も無く、ガラスが砕けるような音と共に、障壁が砕け散った。

 慌ててフォンとフィーテルがその場から飛び退き、棍棒の攻撃を回避したが、明らかに状況は拙い。

 周囲の物陰から続々とオーガソルジャーが現れ、その数は最初にいた2体と合わせて7体まで増えた。

 こうなると、フォンの魔道具とフィーテルの魔法を使っても対処は難しい。

 ここが平原でフィーテル一人であれば、詠唱が短く、広範囲に効果を発揮する魔法を使えば良い。

 だが、周囲に家屋が存在し、フォンもいる今の状態では使えない。

 そして、フォンの持っている魔道具だが、そもそも大規模破壊には向かない。

 周囲を見回し、撤退出来る場所を確認するが、既に囲まれてしまっている。

 このままでは、二人共やられるのは時間の問題だ。


 そんな事を考えながら、フィーテルが一矢報いようと杖を構えた瞬間、目の前のオーガソルジャーが巨大な白い塊に吹き飛ばされた。

 一瞬、何が起きたのかオーガソルジャー達も唖然としていると、今度は横にいたオーガソルジャーが吹き飛ばされた。


「はい、ドーン!」


 そんな掛け声と共に、別のオーガソルジャーが空高く打ち上げられた。

 そこにいたのは、赤い棍を振り上げていた神威だった。


「リル、殲滅!」


 その指示を受けて、リルが別のオーガソルジャーに飛び掛かる。

 オーガソルジャーが慌てて棍棒を振り回すが、リルには掠りもせず、易々とオーガソルジャーの頭部が消し飛び、前足を振るう度に、オーガソルジャーが狩られていく。

 そして、数分もせずにその場にいたオーガソルジャーは全滅した。


「街から煙が出てたから急いできたけど、どんな状況なの?」


 神威がそう言いながら、フォンとフィーテルの方へと向き直る。

 実は遠くから煙を確認した後、リルに乗って一気に駆け抜けてきたので、詳しい話を聞いていないのだ。

 ちなみに、マドゥーラは門で降りて、壱式を使って安全を確保している。


「サガナ中に魔獣が大発生、どうやら迷宮産?って状態かな」


 フォンがそう言いながら、リルによって倒されたオーガソルジャーを見る。

 そのオーガソルジャーは、溶けながら消えていった。


「迷宮産って、迷宮が溢れたの?」


「そう言った報告は受けていないし、迷宮が溢れた場合は一方向から押し寄せて来る筈だが、コレは急にサガナ中に現れたという話だ」


 フィーテルが周囲を確認しながら答える。

 既に安全ではあるのだが、先程の様に予想外の所から増援が来る可能性はあるのだ。

 そうしていると、遠くの方で爆発音がして、上空に複数の巨大なナニカが飛び上がって行くのが見えた。


「アレは……」


「ワイバーンと……ガーゴイルか?」


「……フォン、そっちでガーゴイルを落とせるような魔道具は……」


「ないない、そんな高威力の魔道具なんて、危なくて街に持ち込めないよ」


 フォンが言う様に、極端に威力のある魔道具や武器は、サガナに持ち込むのに面倒な手続きを踏む必要がある。

 その為、魔道具ギルドでは郊外に厳重な倉庫を申請し、許可を得てそこに強力な魔道具類を置いている。


「では、どうする?」


「どうするも……」


 そうして話していると、上空に巨大な魔法陣が現れた。

 その魔法陣はゆっくりと回転しており、それをフォンとフィーテルが唖然と見上げていた。


「解放したのか……」


 神威が呟くと、魔法陣から無数の光が現れる。

 その光が徐々に伸び、やがて無数の輝く槍となった。



 そして、光の槍がサガナ中に降り注いだ。




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