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第89話




 サガナの上空にワイバーンが飛び上がった頃、屋根の上を神楽が飛び越えていた。

 現在、彼女が目指しているのはサガナを一望出来る場所。

 そこは領主邸の尖塔。

 王牙から、緊急時には本気で対処することを許可されている為、あの場所を目指しているのだ。

 サガナの現状を考えるに、本気を出しても問題無いだろう。

 神楽としては、サガナにいる戦力だけで対処出来れば良かったのだが、あまりにも練度が低い。

 そういう意味では、長年攻めて来られなかった事での怠慢だったのだろう。

 だが、今回の件で引き締まるだろう。


 生き残れれば、だが……


 そんな事を考えていた神楽の目の前に、家の壁を乗り越えてきた巨大なトカゲのようなフォレストリザードが現れた。

 そして、その大きな口を広げ、神楽を一飲みにしようと襲い掛かってきたが、神楽は速度を緩める事無く、フォレストリザードに向かって跳ぶと、その両腕が一瞬霞む。

 そして、そのまま神楽はフォレストリザード横を通過。

 そんな神楽を追って、フォレストリザードが振り向こうとした瞬間、頭部がズレた。

 そのズレはどんどん広がって、やがて顎から順々に細かくなっていき、フォレストリザードは屋根の上から落ちていった。

 何が起こったのか理解する事なく、フォレストリザードは溶けて消えていった。



 神楽が両手に握っていた細身のレイピアのような剣を、袖口に隠している細い収納ポーチにしまう。

 この収納ポーチは、神楽が王牙に頼んで作って貰った特別な物だ。

 袖口に隠す事が出来るサイズで、神楽以外には使用出来ず、検査にも引っ掛からない。

 そんなポーチの中は、神楽が扱う武器が詰め込まれている。

 当然、袖口のポーチ以外にも武器は隠し持っているが、中型魔獣以上にもなると流石に威力が足らない。

 そして、尖塔に到着するまでに遭遇するであろう魔獣は、その大半が中型以上だ。

 最も、貴族街に入ってしまえば、騎士団によって殲滅されている為、襲撃を受ける事は減るだろうと予想はしている。

 目下の問題は、市民街と貴族街を隔てている壁を越える事だ。


 前にサガナの外壁を越えた事があるので、越えること自体は問題は無い。

 だが、現在貴族街と市民街を隔てている壁の近くに騎士団が展開している。

 もし、発見されれば、後々問題となって王牙に迷惑が掛かってしまう。

 目撃者も出さず、安全に壁を越えるには、全員の視線をなるべく別の場所に向けさせたい。


 そうして、隔てている壁に到着したが、やはり、壁の上には騎士らしき兵士の姿が見える。

 物陰で少々神楽が考え込んでいると、何やら壁の上が騒がしくなった。

 向こうでも何かあったようだが、これは神楽にとっては好機だった。




 領主邸では、今回の魔獣対策に追われていた。

 当初は、何処から入り込んだのかが問題だったが、とある情報が入ってきて混乱具合が加速していた。


 それはとある貴族の次男が、冒険者として登録したその日に露天商で見つけた剣を、数日後に当主である父に見せていた時に、貴族街に魔獣が出現。

 そして、それに対処する為に当主と長男が準備をしていた際、次男が持っていた剣に装着されていた宝玉が弾け飛び、全員が唖然としている中、その場にオーガが出現した。

 慌てて三人で対処し、被害という被害が出る前に倒す事に成功したが、先程の光景を考えると、この魔獣達の急な出現にも納得が出来るという事で、当主と長男、次男の三人で領主邸に報告へとやってきたのだそうだ。

 当然、最初は誰も信じてはいなかったのだが、別の貴族出の冒険者達が『自分の装備から魔獣が出現した』と領主邸にやってきた事で、本当の事なのだとなった。


「それで、その魔獣を召還したという宝石は何なのか判明したのか?」


 そう言ったのは、現サガナ領主であるゲオルグ=ケールズ=サガナ。

 それを受けて、ローブを着ていた魔術師の男が手元の紙を手の取る。


「聞き取り調査をしましたが、全員購入した商人は別々でした。 気になる所は、購入した店舗のいくつかは少々後ろ暗い所がある店舗でした」


 この男の言う『後ろ暗い店舗』とは、裏で盗品を売り捌いている疑いがある店舗だ。

 確固たる証拠がない場合、踏み入っての捜査も出来ない為、調査をしていたばかりなのだ。


「だが、この規模、どう考えても多過ぎではないか?」


 ゲオルグの言葉に全員が黙る。

 これが全て盗品や略奪品であるなら、これほどの数を用意する事は出来ない。

 もしも、そうだったとしたならば、どれだけ準備に時間を掛けたのか……


「そうなりますと、短期で準備をするには……流石に……」


「………帝国だな……」


 ゲオルグが天井を見上げて呟く。

 もしも、帝国がこの宝石を略奪されているのならば、短期間で広まる事は考えられる。

 だが、もしも、これが略奪された物では無かったら(・・・・・・・)


「帝国が……」


「帝国が用意し、盗賊が運び、店舗が売り広める……どうやってほぼ同時に出現させているかは判らんが、これが自由に行えるのであれば、中々に脅威だ」


 ゲオルグの言葉に全員が声を失う。

 もし、それが本当ならば、一大事なんて話ではない。

 帝国は秘密裏に魔獣を放てる宝石を使う事で、敵対している国や地域は大打撃を受けるのだ。

 しかも、見た目は完全に宝石である為、これを完全に防ぐ手立ては存在しない。


「どういたしますか?」


「これ程の規模だ。 恐らく限度はあると思うが、一刻も早く終結させねばなるまい」


 そう言いながら椅子の肘掛けに手を置いた。

 現在、外ではオーガクラスの魔獣がポンポン沸き、上空にはワイバーンが飛んでいる。

 しかも、別の場所からワイバーンに次いで、ガーゴイルと思わしき魔獣が現れたとの報告も受けている。

 周囲にいる臣下達は、どうすれば事態の収束が早まるかの試案を出し合い始めた。

 簡単なのは、騎士団を市民街に送り、魔術師隊を総動員して対空防衛を固めて援軍を待つ、という方法だ。

 だが、もしこれに帝国が係わっているなら、この方法は取れない。

 召喚出来るという事は、宝石に戻す事も出来るのだろう。

 対空防衛で援軍を待っている最中に、ワイバーン達を宝石に戻し、援軍を空振りに終わらせる。

 援軍に被害は出ないだろうが、その分の費用はサガナ持ちだ。

 ここを耐え抜いたとしても、復興やら修復やらで費用はいくらあっても足りない所に、援軍で来た兵達の費用が重なれば、サガナの財政が破綻してしまう。


「とりあえず、騎士団は市民街に進ませ、ワイバーンは……放置するしかあるまい……」


 ワイバーンを放置するのは、どうやっても、現在のサガナの戦力では倒す事は出来ないからだ。

 魔術師ギルドのギルドマスタークラスならもしかしたら対処も出来るだろうが、現在の状況では頼む事も出来ない。


「全員、速やかに行動せよ!」


 ゲオルグの掛け声を受けて、その場にいた全員が返事をして立ち上がろうとした瞬間、入り口の方から乾いた拍手の音が響いた。


 そこにいたのは、白い仮面に黒い外套を身に着けた人物。

 見た目からどう考えても不審者である。


「いやぁ、流石は帝国の侵攻を何度も防ぎ切った明君。 素早い判断ですねぇ」


「貴様、何者だ!」


 そう言いながらも、護衛の騎士達が斬り掛かる。

 だが、振り抜かれた剣を軽く躱し、白仮面は拍手を止めない。

 完全に遊ばれている。


「何者と聞かれてもねぇ……これから死ぬ相手に言っても仕方ないよねぇ?」


 白仮面が懐から飾り気の無い短剣を取り出し、それを両手でクルクルと回しながら遊んでいる。

 護衛の騎士の腕は確かにそこまで高くはないが、それでも領主を護衛する騎士なのだ。

 その実力は、サガナの騎士の中では上位に位置する。

 その騎士が、完全に遊ばれているのだ。


「さて、それじゃそろそろ終わりにしますかねぇ」


 そう言って白仮面が初めて短剣を構えた。

 その動きに騎士達が警戒して一旦下がり、剣を構える。

 しかし、白仮面が無造作に短剣を横薙ぎに振った瞬間、騎士達がその場に崩れ落ちた。

 一体何が起きたのか判らないが、倒れた騎士達の床に赤黒い染みが広がっていく。


「さぁて領主陛下、次があるのでさっさと死んで頂きましょうか?」


 白仮面が短剣でジャグリングを始めた。


「ほら、一本が二本、二本が四本、四本が八本、八本が十六本、十六本が三十二本……」


 空中に投げられた短剣が、白仮面の言葉でどんどん増えていく。

 どう考えても普通ではない。


「魔道具か!」


「それに答える義理は無いね、では『夢幻の影斬りインヴォイド・スラッシャー』」


 白仮面が放った短剣がゲオルグと、ゲオルグを守る為に盾を構えた騎士達に襲い掛かる。

 周囲にいた官僚達は既に壁際に離れていたり、その場で倒れていたりと、期待は出来ない。

 騎士は盾を構えて身を縮め、襲い来る短剣を防ぎ、ゲオルグはそんな騎士の背後に隠れる。

 やがて、短剣が盾に当たる音が止み、ゲオルグが周囲を見れば、周囲にはいくつもの短剣が床に刺さっている。

 何とか凌いだようだ。


「……一本が二本、二本が四本、四本が八本、八本が十六本、十六本が三十二本……」


 だが、白仮面は再び、あの短剣を増やし始めていた。

 騎士の盾にはいくつもの短剣が刺さり、次の攻撃は防げそうにもない。


「今度こそサヨウナラ、『夢幻の影斬りインヴォイド・スラッシャー』」


 白仮面が短剣を放ってきた。

 最早、回避する余裕も、防ぐ事も出来ない。


「ここまで……か……」


「勝手に終わってもらっては困ります」


 ゲオルグが呟いた瞬間、女性の声が聞こえた。

 そして、ゲオルグ達に短剣が襲い掛かった。

 凄まじい金属音が響き、周囲の床に短剣が散らばっていく。

 すべての短剣が床に落ちた時、騎士達の前には一人のメイドが立っていた。


「……あらら……」


 白仮面が呟きながら、警戒している。

 だが、会議中もメイドはいなかったはずだ。

 ゲオルグがそのメイドを見ていると、そのメイドがゲオルグの方を向いた。


「初めまして、『神楽』と申します」


 綺麗な一礼をしながら神楽が名乗り、再び白仮面の方に向き直る。


「詳しいお話は、あの雑魚を退治した後に」


「……雑魚……だと?」


 今まで飄々としていた白仮面の空気が変わる。

 しかし、神楽は怯んだ様子も見せず、堂々と立っている。


「そんな児戯で喜んでいるようでは雑魚ですね」


 神楽の言葉を受け、白仮面が手元の短剣でジャグリングを始めた。

 そして、先程までと同じように短剣が増えていく。


「それじゃ、ちょっと本気でやってあげようか」


 先程までの短剣の数より、今回の方が遥かに多い。

 ゲオルグの前に立つ騎士達が、盾を持つ手に力を籠める。

 神楽という女性には悪いが、あの数を捌き切れるとは思えない。


「これが僕の本気さ!」


「雑ですね」


 バッサリと神楽が言い放つ。

 傍目で見ているゲオルグ達からすれば、これ程の数を操作している白仮面の技量は凄まじい。

 そして、神楽が袖口から何かを取り出した。

 それは、一本の短剣。

 ただ、白仮面が持っているような物ではなく、何処にでも売っているような普通の短剣。


「一本が二本、二本が四本、四本が八本、八本が十六本……」


 そう言うと、神楽の持っていた短剣が増えていく。

 それは、白仮面がやっていたのとまったく同じ。 

 だが、(おもむろ)にその数が一気に増えた。


「んな!?」


「面倒なので」


 そう言って神楽が増えた短剣を放つと、白仮面が慌てて短剣を迎撃に撃ち込んだ。

 けたたましい音を響かせ、短剣同士がぶつかり合って砕け散っていく。

 そして、最後の短剣が砕け、破片が床に散らばった。


「へぇ、やるねぇ」


 白仮面が呟いて短剣を増やしていくのを見て、神楽が溜息を吐いた。

 そして、その袖口から白い槍が現れる。


「やはり、短剣でしか出来ないのですか……」


「何?」


 神楽の言葉で、白仮面が短剣を増やすのを止める。

 そして、白仮面の目の前で、神楽の持っていた槍が両手に現れる。


「一本が二本、二本が四本、四本が八本、八本が十六本……面倒ですね、1024本」


 そう言った神楽の周囲に、白い槍が大量に浮かんでいた。

 それを見た白仮面が愕然としているのが、ゲオルグ達には判った。


「さようなら」


 そして、白き絶望が、白仮面に降り注いだ。




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