第88話
騎士団がゴブリン達を押し戻し、続けてやってきたオークを斬り捨てる。
街道の横から、オーガとアーマーリザードが組み合って転がり出てきた。
それを槍兵が纏めて突き倒した所に、別の方向から小型のフォレストフロッグの集団が降り注ぐ。
魔導士がそれに対して、風の防御魔法壁を張り、すでに張り付いたフォレストフロッグは近くにいた別の騎士達が引き剥がして遠くに放り投げる。
「キリが無い!」
「愚痴るな! まだ来るぞ!」
「補給部隊はまだ戻らないのか!?」
「左から魔獣の増援! ソードラッドだ!」
騎士達が口々に言いながら、やってくる魔獣達に対処するが、その数は多いというレベルではない。
周囲全方向から現れる魔獣に対処するだけで精一杯で、殲滅するに至らない。
現在、騎士団は領主邸から貴族街までは何とか進めたが、市民街まで進めていない。
侵入したと思われる魔獣の予想以上の数も問題だが、騎士団がまともに機能していない。
騎士団長の死亡は伝えられており、僅かに動揺はあったのだが、すぐさま命令系統を再構築は出来た。
だが、この命令系統の再構築に問題が起きていた。
「よし、この場で待機!」
そう言ったのは一際身体の大きな騎士。
彼が現在の騎士団を臨時で率いている、副団長の『アダムス=レイ=スペーサー』。
彼は仲間受けは良くない。
というのも、バリバリの選民意識を持ち、貴族を優先しているあまり、貴族街の魔獣は優先して倒しているが、市民街やスラムには一切手を伸ばしていない。
「副団長! ここら辺の掃討は終わりました!」
「掃討の指示を!」
騎士達が集結する。
死亡した団長であれば、領主への事後承諾となっても、このまま市民街への救助活動へと移る。
その後、サガナの城壁へと掃討作戦を進めて魔獣を押し出していくのだが、副団長はそこで少し考えるように顎に手を当てている。
「いや、まずは領主陛下に指示を仰ぐ必要があるだろう。 それまで騎士団はこの場で待機だ!」
アダムスがそう言い、近くの兵士を領主邸へと走らせる。
別段、問題がない命令に聞こえるが、この命令は貴族街を優先して守り、命令が来ない限り市民街は見捨てるという事だ。
そして、現在の状況で領主邸まで無事に到着出来る保証は無い。
「しかし、このままでは!」
「くどい! この場で待機だ!」
階級上、副団長に意見出来るのは同階級か、上位の階級でなければならない。
そして、現在の場所にいるのは全員下の階級だけであり、指示を聞かねば命令違反となる。
「クソッ……市民街を放置したら、いつまでも終わらないだろうに……」
「言うなよ、アレに聞こえたら命令違反で懲罰房行きだぞ」
「それに、今の所、飛んでる奴がいないだけマシだろ?」
騎士達がコソコソと話しながら、携帯食を齧る。
この携帯食、小麦粉といくつかの乾燥野菜や塩等を練り合わせて焼き上げた物で、はっきり言うと不味い。
だが、そこそこ腹には溜まるので、短く食事をする場合は重宝されている。
水筒になっている革袋から水を飲むと、栓をして壁に掛けた。
「市民街はどうなってるんだか……」
騎士が呟いた瞬間、遠くに見えた家屋の一つが吹き飛び、巨大な土煙を噴き上げた。
そして、その土煙を突き破り、複数の何かが空へと飛び上がって行った。
「今のはなんだ!?」
「あの辺りは確か……商人達の倉庫が集まってた筈だ」
「それより今出てきたのは……」
騎士達が空を見上げ、飛び出した存在を確認する。
その形状は、まるで前足が羽根になった緑のトカゲ。
それがサガナの上空で羽搏き、地面に向かって火の球を放っていた。
少なくとも、7体いるのが確認出来た。
「ワ、ワイバーンだ!」
「何で倉庫街から出て来たんだ!?」
「そんな事より、魔術師達に応援要請を!」
空を飛ぶ魔獣の代表格でもあるワイバーン。
色々な作品では現地人からすれば脅威だが、主人公達や強者からは基本的に雑魚敵扱い。
だが、この異世界ではそんな強者であっても、ワイバーンを相手するのは結構厳しい。
そもそも、弓矢や魔法、魔術にしても、ワイバーンが飛んでいる高度に達する頃には、その威力は蚊が刺した程度にまで落ちている。
その為、魔術師達が集団でのみ起動する事が出来るような、大規模な術式魔法と呼ばれる特殊な魔法を使用する。
この術式魔法は、威力や射程を数倍まで引き上げる事が出来るが、それに倍する形で、使用者の魔力を吸い上げる為、人間が一人で使用する事はまず出来ない。
魔族やエルフ族と言った、内包魔力が比較的多い種族であれば、一回なら使用出来る可能性はある。
なので、ワイバーンを討伐する場合、本来は巣等にいるのを狙う。
飛んでいる状態のワイバーンを倒すのは至難の業だ。
「ワイバーンに対して、魔術師隊による支援攻撃を……」
「魔術師隊は貴族街にワイバーンが近付いた際、攻撃を許可する! それまでは魔力を温存せよ!」
アダムス副団長が指示を出す。
現在の魔術師部隊の数は3部隊。
術式魔法を起動させる場合、1部隊で1回が限界となる為、全部を一度に相手をするのは不可能だ。
魔力回復用のマナポーションもある事にはあるが、一本一本がそれなりに高価なので、なるべくなら使用は控えたい。
「ワイバーンを少しでも減らさないと、被害が広がるばかりです!」
「せめて地上の掃討だけでもせねば!」
「えぇぇい五月蠅い! お前達は私の指示に従っておれば良いのだ! 騎士団はこの場で待機! ワイバーンの接近を警戒するのだ!」
そんな命令を出され、騎士団は動く事が出来なかった。
黒い外套と白い仮面を付け、崩壊しかけた貴族の邸宅の屋根の上から、そんな騎士団の様子を遠くで見ている一人の人物。
命令では、騎士団長を始末すれば騎士団は機能しなくなる、と書かれていたのだが、俄かには信じられなかったので、こうやって確認していた。
「なるほど、あんな無能に権力を与えれば、下が有能でも動かせなくなるのか」
あの無能は、目の前の敵に対して兵を動かすのは上手い。
だが、全体を考えて兵を動かすのは下手だ。
現在の最適解は、部下達が言っているように、市民街に騎士団を進め、地上にいる魔獣を掃討して、市民街で戦っている冒険者達と合流し、上空のワイバーンには、魔術師部隊をマナポーションを多用させて対処する事だ。
貴族街に引き籠って、やってくる魔獣のみに対処するのは下策だ。
「さて、領主と聖女にはどうやって近付くかねぇ……」
そんな事を呟きながら、白仮面は屋根の上から姿を消した。
騎士団が貴族街から動かないでいる時、市民街は地獄絵図と化していた。
逃げ惑う人々、それを襲う魔獣達。
冒険者達やギルドナイト達が戦っているが、それでも明らかに手が足りていない。
何より、初心者が集まる冒険者達の実力が低いのも、殲滅力が足りない原因の一つだ。
そんな中、クックが自前の剣を振り回し、一撃でオーガを斬り飛ばす。
斬り飛ばしたオーガを放置し、そのまま背後にいた別のオーガに斬り掛かる。
魔獣が暴れ出してから。クックは直ぐに緊急依頼を発行していた。
実力のある冒険者達には討伐依頼。
実力の無い冒険者達には避難護衛依頼。
そして、クック自身も古傷が疼いているが、剣を片手に現れる魔獣を討伐していた。
「まったく……キリが無いわい……」
そうボヤキながら、クックが倒したオーガ達に目を向ける。
討伐した魔獣は、既に20を超えている。
しかし、クックにも判らない事がある。
この大量の魔獣が、城壁が堅牢なサガナに入り込んだ方法だ。
城壁は何処も崩れておらず、地下を掘り進んだにしては魔獣は綺麗だ。
それに、入り込んだのであれば、必ず魔獣の位置には大いに偏りが出るはずなのに、この魔獣達はかなり広範囲に出現している。
そして何より……
「コイツもか……」
オーガがまるで溶けるように崩れ、ドロドロになって消えていく。
クックがここまでに倒した魔獣は全て、このオーガと同じように死体も残らず溶けて消えてしまうのだ。
これはクックだけでなく、他の冒険者達が倒した魔獣も同様に消えてしまっていた。
素材も望めない魔獣、これではまるで……
そんな事を考えているが、今は目の前に集中する。
現在、サガナの状況は非常に拙い事になっている。
まず、急に現れた魔獣もそうだが、住民の非難が追い付いていない。
緊急時の避難場所には、冒険者ギルドや教会、貴族街近くに専用の避難施設があるが、明らかにそう言った場所付近に魔獣が集中している。
現状、実力のある冒険者達によって、避難場所近くは少しづつではあるが、魔獣は討伐されているのだが、サガナ全体で見るとまだまだ終わりが見えない。
騎士団の応援があれば何とかなるだろうが、貴族街から動く気配がないとの報告も受けている。
街角から現れたゴブリンを倒して、更に進んでいると目の前で一人の子供が泣いている。
どうやら親と離れてしまったようだが、こんな状況下で見捨てる事は出来ない。
「不味い!」
そんな子供の泣き声を聞いたのか、反対側から複数のアーマーリザードが姿を現した。
一体だけならどうにかなるが、複数となると対処するのは難しくなる。
子供に駆け寄り、アーマーリザードに大剣を振り抜く。
アーマーリザードの一体目は、首を斬り飛ばす事に成功するが、二体目がジャンプして飛び掛かってくる。
しかも、三体目のアーマーリザードはそのまま突っ込んできており、二体目に対処すれば、三体目から攻撃を受け、三体目を攻撃すれば二体目に攻撃を受けてしまう。
とっさに子供を抱え上げ、大剣を盾にする。
盾にした大剣に凄まじい衝撃を受け、抱えた子供諸共吹っ飛ばされる。
しかも、影に隠れていた四体目が現れ、吹っ飛ばされて態勢が崩れている所に攻撃を仕掛けてきた。
子供を抱えたクックに迫るアーマーリザードが、横手から現れた影によって弾き飛ばされた。
更に、その後ろから3つの影が飛び出し、残っていたアーマーリザードを強襲して倒していく。
「大丈夫ですかな?」
そう言って、炎尚がクックに手を差し出す。
いつもの燕尾服を着こなしているが、その手には黒々とした籠手を装着している。
「炎尚様、掃討完了しました」
アーマーリザードを倒して戻ってきたのは、メイド服を着たラナ。
先程飛び出したのは、メイド服を着たままのジーナ達だった。
その手には短刀、ショートボウ、メイスがそれぞれ握られていた。
「はい、それでは周囲の安全確保をお願いします」
炎尚がそう指示を出すと、ラナが一礼してからジーナ達と共にこの場から離れていく。
「すまん、助かった」
クックが炎尚の手を取って立ち上がる。
この時、クックは知らない事だが、王牙の屋敷周囲から冒険者ギルドに来るまでの距離にいた魔獣は全て、炎尚とジーナ達によって掃討されいた。
「状況は最悪ですな」
「まさか、これ程の魔獣がサガナに入り込むのは想定外だからな……」
クックと炎尚が話しながら、避難場所である教会に向かう。
冒険者ギルドも避難場所だが、迷子の子供を連れていく訳にもいかない。
ちなみに、神楽は別行動中である。
そうして、教会に子供を預け、炎尚とクックが地図を見ながら意見を交わす。
どう考えても、今回の魔獣は異常だ。
入り込んだ方法も不明な上、倒しても素材を残さない。
「まるで、迷宮のようですな」
炎尚の言う通り、素材を残さない点以外は、正しく迷宮の魔獣と同じなのだ。
これで素材が多少でも手に入るなら、冒険者達もやる気を出すのだろうが……
そうしていると、倉庫街の方で轟音と土煙が上がった。
「ワイバーン……じゃと……」
土煙の中からワイバーンが飛び出したのを、クックと冒険者達は唖然と見ていた。
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