第80話
広い王城の中を、共も連れずに一人の男が歩いて行く。
白髪に近い銀髪を後ろで纏め、顎にも短く整えた髭があり、そこだけを見るなら確かに老人だ。
だが、その両目は力強く、深い蒼色の瞳は真っ直ぐと先を見据え、その体躯もがっしりとしている。
「これはベルガー様、こんな時間にどうされました?」
「うむ? 確か………宮廷魔導師のモナーク殿だったか?」
ベルガーに声を掛けたのは、宮廷魔導師の一人であるモナーク。
歳はベルガーより若いのだが、見た目は遥かにベルガーより年上だと誤解される。
皺の刻まれた表情と、枯れ枝の如き腕、だが、行使する魔術は随一であり、宮廷魔導師になる前は、腕試しで一人で聖王国の龍山に登ろうとし、何度となく拘束された過去がある。
ちなみに、今は太陽が沈み始め、周囲が薄暗くなり始めている。
「なに、少々弟子に話があってな」
そう言いながら、酒瓶を見せる。
知り合いの酒屋に寄ってから来た為、多少時間が掛かっていた。
「陛下は現在、会議の真っ最中ですが……」
モナークがそう言うと、終わるまで待つと言ってベルガーが客間の一つで寛ぎ始めた。
それを見て、モナークが溜息を吐くが、今の会議はそれ程時間が掛かる訳でも無いはずだ。
宮廷魔導師は現在3人おり、モナークは今回は休みだったので、運動の為に城内を散歩していただけなのだ。
最近、かなり体力が落ちており、そろそろ引退も考えているのだが、後進が育っていない為、引退が出来ない。
同僚の二人も同じような状況であり、後進育成の為に休暇を利用し、見所のある魔術師を鍛えている。
「そう言えば、ジャシム大臣はどうしたのだ?」
「それはどういう?」
「いや、この酒を買っていた時、大臣達が何処かに行ったと言う話がな……」
その言葉でモナークが思案顔になる。
少なくとも、何処かに行くとは報告されていない。
「そう言った話は聞いておりませんが……」
「………実はの、儂の孫娘から聞いた話なのだが……」
そう言ってベルガーが掻い摘んで話す。
内容的には大臣が何やら不穏な事をしているらしい、と言うモノで、もし誰かに聞かれても問題は無い。
ただ、それを聞いたモナークの表情が渋くなる。
恐らく、モナークには心当たりがあるのだろう。
となれば、コレから何が起こるかも大体予想が付く。
「直ぐに陛下をお呼びしましょう。 下手をすると一大事です」
モナークが立ち上がって、そそくさと部屋から出て行く。
それを見ながら、ベルガーが溜息を吐きながら窓の外を見る。
そろそろ、太陽が完全に沈み、王都に夜が訪れる。
ジャシム大臣は兵士達に護衛されながら、王都から離れた森の中を馬車に乗って進んでいた。
その護衛の兵士達も、近衛には及ばないが選りすぐりの私兵であり、魔獣でも問題無く対処出来る。
ジャシムが馬車の中で、手持ちの情報を整理している。
ストランドの阿呆が戻って来た際、手紙の事を報告し忘れていたと言った時には、駄目かと思ったが、内容を聞いて安心した。
村長は既に始末してある。
そして、手紙の効力は二人が揃わなければ発揮しないし、大臣である自分の言葉と、一冒険者の言葉であれば、自分の方が優位に立てる。
ストランドを自室に返した後、直ぐに始末する様に部下に指示を出し、始末が完了した事は報告を受けた。
麻薬常習犯の集団に襲わせ、その隙を突いて殺害。
騎士団長の一人が殺害されると言う大事件ではあるが、実行犯は麻薬常習犯達である為、此方が疑われる事も無い。
こういう時、国や盗賊ギルドに属さない暗部を持っていると色々と便利だ。
これで、例の手紙は効力を発揮しない上に、確実に手に入れる為に考えている事もある。
更に、部下達に王都で噂を流させ、世論すら味方に付いている。
馬鹿な愚民は調べもせずに、噂を事実だと吹聴してくれている。
もし、これで負けるような事になれば、別の方法も準備してある。
部下の一人が馬車の外から声を掛けてくる。
どうやら、目的の場所に到着したようだ。
「お待ちしておりました。 ジャシム様」
「うむ、そう畏まらずとも良い、森の賢人よ」
そう言って頭を下げたのは白銀の青年。
ただ、その耳は尖っており、肌も恐ろしく白い。
森の賢人、エルフ。
魔法と弓の腕は随一であり、恐ろしい程長い寿命を持つ。
目の前にいるエルフの青年も、見た目通りの年齢では無いだろう。
「して、急遽に呼ばれたのだが、どうかしたのか?」
「うむ、占いに王国に不穏な影が見えたのだ。 それは小さな影と巨大な騎士の如き影だった……」
「なんと!」
青年がそう言いながら、机に置いてある水晶玉に手を乗せる。
それを聞いたジャシムが驚いた様に水晶を見る。
この青年の占いは、恐ろしい程良く当たる。
ジャシムと青年が、初めて出会ったのは数年前。
偶然、森の近くで倒れていたのを部下の一人が発見し、気紛れに助けたのだ。
その際、感謝として占った所、ジャシムの身に危険が迫っていると告げられ、その日から数日後、暗殺者集団に襲われた。
用心して部下を複数連れていたので無事だったが、それ以来、青年を自身の持つ森で保護している。
そして、定期的に占いの結果を報告して貰っていた。
今回は、緊急用に渡していた鳥型の魔鳥で連絡が来たのだ。
「もしも、それを放置した場合、王国はどうなるのだ?」
「…………」
ジャシムが恐る恐る青年に聞くと、青年が両手を水晶玉に向けた。
ブツブツと小さく何か呟くと、水晶が一瞬光を放ち何かが映りだす。
それは、荒れ果てた王都であり、そこかしこに住民と思わしき骸が転がっていた。
そして、ボロボロになった王城の前に、巨大な剣を持った黒い騎士が立っている。
その騎士の前に、黒い影が立ち、王に向けて何かを振り上げている所で、水晶から色が消えて行った。
映像が完全に消えた所で、青年が額に浮いた汗を拭った。
時間にして30秒程も無いが、この短時間でも青年には相当な負担が掛かっている。
「………王国の崩壊……ですね」
青年の言葉で、ジャシムが言葉を失う。
もし脅威を放置すれば、王国が滅びる一大事だ。
そして、ジャシムにはこの影と騎士に心当たりがある。
「どうすれば……」
「影を排除すれば良いだけの事でしょう」
「それは……」
ジャシムの目的は、あの黒い騎士の入手だ。
もし、ここで破壊してしまったら、意味が無い。
「御安心を、どちらか一方を排除すれば、未来も変わるでしょう」
その言葉で、ジャシムの目に力が戻ってくる。
この占いでは、影と騎士が揃っているが、どちらかが欠ければ未来は変わる。
ならば、コレからジャシムがやる事は一つだ。
「うむ、このような最悪な未来は回避せねばな。 感謝する」
「私は王国に助けられた身、助けるのは当然の事ですよ」
ジャシムは青年に感謝し、いつもの様に食料や衣服などを渡す。
そして、足早にそこから馬車に乗り込むとサガナに向けて出発した。
それを青年が見送り、馬車が見えなくなると家の中に戻っていった。
「……そろそろ出てきたらどうですかね?」
家の中で青年がそう言うと、壁の一部が変化して人の形になっていく。
そして、現れたのは、青いドレスを着た銀髪の女性。
「此方からの連絡はまだのハズですが?」
「……いい加減、その口調を止めなさい。 キモイですわよ」
女性がそう言って眉を顰めると、青年が苦笑しながら頭を掻いた。
「失礼失礼、顔を変えるとどうしてもね」
青年が打って変って軽い口調になる。
それを見て女性が溜息を吐いた。
しばらくして、青年の瞳が金色に変わる。
「それで、色々と予定通りにしたけど、問題無かったよね?」
「えぇ、コレで聖王国に潜ませている部隊も動かせるわ」
「で、オレっちはどうすりゃ?」
「アナタは予定通り、サガナの要注意人物を始末なさい」
それを聞いて青年が頭を掻いた。
すると、銀髪がバラバラと抜け落ち、下から金色の髪が現れ、尖っていた耳がどんどん短くなっていく。
首をゴキゴキ鳴らし、青年が家の外を見る。
「………それってやっぱりあのバケモノも?」
「当然でしょう? それにアナタの能力なら、相手の不意を突くのも簡単でしょう?」
それを言われて、青年が額に手を当てた。
確かに、青年のこの能力は暗殺向けだ。
この能力を詳しく知っているのは、青年自身以外では世界中でも数人しかいない。
ただ、初見でなら対処がし辛いと言うだけで、腕の良い相手なら、二度目からはきっちり対処されてしまう。
「……取り敢えず、そのリストは?」
「サガナで調査の為に忍ばせている部下が持ってるわ。 アナタは合流した後、騒ぎに乗じて始末なさい」
「……騒ぎって………もしかしてアレ?」
青年の言葉に女性が頷く。
アレは随分前から準備していたが、その仕組みの関係上、どうしても使い捨てにするしかない。
それを使って混乱している間に、要注意人物を始末すると言う事は、どうやら本気でサガナを落すつもりのようだ。
女性を見て、青年が瞬時に思考を纏める。
「騒ぎが起こる予定は一ヶ月後くらいになるわ。 それまでサガナで準備しておきなさい」
そこまで言って女性が扉に向かう。
それを見て、青年が女性に向けて軽く頭を下げた。
「では、私は報告の為に戻りますので、成功報告を待っていますよ」
「へいへい」
女性が去った後、青年が女性が消えた扉を見つつ、椅子に腰掛けた。
その頭の中では、暗殺対象になるであろうある男の姿が浮かんでおり、何度も何度もピッタリな暗殺方法が試されている。
だが、何度思考し直しても失敗してしまう。
なので、他にも条件を加えた上で模索を繰り返す。
「んー……まぁコレで良いか……俺に被害出ないし」
辺りが随分と暗くなってから、青年が椅子から立ち上がった。
その頭の中では、あの男を確実とは言えずとも、かなりの高確率で暗殺する方法が構築されていた。
後は、実際にサガナに赴いてから準備を開始する。
「まずは合流して、んで必要な奴等を集めて……」
青年がブツブツと呟きながら家から出て行く。
そうして、青年の姿が森の闇の中に消え、後に残された家だけが、不気味に静まり返っていた。
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