第7話
探知レーダーでリッチを倒したのを確認し、その場に座り込んだ。
そして、武神スキルを解除した瞬間、全身に激痛が走る。
これが武神スキルの弊害である。
肉体の限界を超える能力を引き出す代わりに、スキルが終了した瞬間から反動が来る。
言うなれば、酷い筋肉痛。
まったく動け無い訳ではないが、動く度に激痛が全身に走る。
「取り敢えず、終わったか……」
そう言って、陥没した床に転がっている黒水晶のような魔石を手に取る。
鑑定眼で確認と…
『黒魔石』
-ランク/R-
魔力を多量に含んでいる黒い魔石。
需要は高いが滅多に見付かる事が無い。
高級品。
ふむ、魔石は色で名称が変わるのか。
他にもランクがあると……
この場合は、Rだから『レア』かな…
「君らは無事か?」
振り返ると、彼女達はリョウの盾をこちらに向け、魔法で補強して防御態勢を取っていた。
どうやら、俺が戦っている間、邪魔にならない様に完全防御に徹していたようだ。
「あ、あぁ…アタシ等は無事だけど…」
「…今のは一体?」
リョウが呟きながら盾を下ろし、シシーとマキーシャは武器を背に戻す。
さて、どうやって説明したもんか…
「今のは…まぁ俺の切り札みたいなもんだ…あんまし使いたくは無いんだがな…」
そう言って背を伸ばしてから立ち上がる。
おぉ…全身の骨と筋肉が軋む軋む。
「コレ使うと数日は全身筋肉痛になるのが難点でな……」
「ソレでも…リッチを一人で倒すなんて…」
「とんでもないね…」
シシーとマキーシャが呟く。
「運が良かっただけだよ…」
この言葉は本心だ。
もし、あのリッチがこの屋敷に執着せず、広範囲に死をバラ撒くような攻撃を繰り出して来ていたら、勝ち目は無かっただろう。
逆に、屋敷に執着して、対単体魔法しか使わなかったから、どうにか勝利する事が出来たのだ。
「さて、はいよ」
そう言って黒魔石をマキーシャに手渡す。
今回、彼女達は儲けがほとんど無い。
「こんなの貰えないよ!?」
「良いんだよ、コイツは俺には不要だし、それに討伐報酬の方を貰えりゃ良い」
討伐報酬だけでも相当な屋敷の修繕費の足しになるだろう。
それに、ノービスが売るには少々問題があるアイテムだ。
だが、彼女達なら問題無く売れるだろう。
「まぁ…そういう事なら良いんだけどさ…」
「さて、それじゃ行くとするか」
「ギルドに戻って報告ですね」
シシーがそう言うが、俺は首を横に振る。
いや、まだやる事があるんだね。
「あのリッチの言葉が気にならないか?」
「…確か、錬金術の悲願とか…」
リョウがリッチの言葉を思い出しながらそう呟く。
錬金術の悲願って言うと……やっぱりアレしかないよなぁ…
「それじゃ、奴が出て来た場所を調べてみるかい?」
「まぁあそこが研究室だろうしな」
マキーシャの言葉に頷く。
しかし、その地下室はかなり暗いので、灯りが他に必要になりそうだ。
魔法で灯りを作ったとしても、自由度が低い。
「あ、そうか」
考えてみれば、灯りの魔法は空中に漂っている訳ではなく、基本的に何かに貼り付いて光っている。
そう考えれば、何かの先に付ければ松明の代わりになるんじゃないだろうか。
物は試しと、刀の柄に灯り魔法を使ってみる。
予想通り、松明の様になった。
振り返るとマキーシャ達は普通にランタンの中に灯り魔法を点けていた。
うん、そりゃそっちの方が良いよな…
そう思いながらも、俺の一撃で砕けて残っていた扉を壊して階段を下りて行く。
階段を降り切ると、通路が左右に伸び、その両側に部屋があるという簡単な造りになっていた。
リッチがいたと思われる部屋に向かう前に、他の部屋を確認する。
「こっちはゴミばかりだな…」
俺の目の前には朽ち果てた本棚や机、棚が転がっている。
本棚に残っている本も、触れるだけでボロボロと崩れ落ちる程、劣化している。
「アタシの方は…生活雑貨だった物かね…」
「こっちは酷い状況かな…」
「…酷い臭い…」
マキーシャ達の方もどうやら死体は無かったようだ。
まぁ無い事は予想はしていたが…
リョウとシシーが調べていた部屋はどうやら食料庫だったようだ。
ただし、中は朽ちて腐り酷い悪臭を放っている。
「さて、それじゃ本命の部屋を見るか…」
そう言って最後の部屋の前に立つ。
ゆっくりと扉を開くと、錬金術師特有の部屋が目の前に広がっていた。
机に並べられたビーカーやフラスコ、試験管やら坩堝等がそこら中に広がっていた。
壁の棚には金属のインゴッドや小さい宝石が置かれているが、どれも価値は低い。
恐らく、錬金術を使用した結果、生み出した物だろう。
「これ、売ったらどのくらいになるんかね?」
マキーシャが棚に置いてあった宝石の一つを手に取る。
色合い的にルビーかな?
「あー残念だが二束三文にもならんよ」
サイズ的にも色的にも微妙な物だ。
マキーシャが残念そうに手に取った宝石を棚に戻す。
手分けして部屋を調べて行くが、見た限りではどこにも重要そうな物は無い。
「これなんだろう?」
シシーが部屋の奥で何かを見付けたようだ。
声がした方に向かう。
そこにあったのは巨大なビーカー。
そのビーカーに満たされた液体の中に、赤黒い結晶が浮かんでいる。
そして、結晶自体も薄く発光している。
「魔石…じゃないね…」
「…もしかして、賢者の石?」
「これが…?」
賢者の石。
これほど有名な物質は早々無いだろう。
魔法を増幅し、絶大な力を齎すと言われている錬金術の到達点。
手にした者は伝説として名を残し、数多の錬金術師はこの物質を錬成する事を夢にしている。
だが、コレは……
「残念だが、コレは賢者の石じゃないな…」
その言葉で三人が振り返る。
「それじゃ…一体なんなんだい?」
「これは…賢者の石を錬成しようとすると出来る『愚者の石』って呪物だな」
マキーシャの言葉に鑑定眼で改めて確認するが、何度鑑定しても、『愚者の石』と出る。
「愚者の石ってなんですか?」
「人が賢者の石を錬成しようとすると、必ずこの愚者の石になっちまうんだ。そもそも、賢者の石は人じゃ錬成出来ないんだよ」
シシーに聞かれたので愚者の石の説明をする。
ゲームでも賢者の石は入手するのに超苦労したアイテムだ。
特にその入手条件が凄まじく厳しいのだ。
「そして、この屋敷に死体が無いのも、この愚者の石のせいだ」
「どういう事だい?」
「恐らく、あのリッチは人間の肉体を材料にして、この愚者の石に捧げてたんだ。そして、愚者の石は内部に高密度のエネルギーを内包しているから、ゴーストが溢れる限界まで引き付けられていたんだよ」
「…と言うか、それ程詳しく知ってるという事は、王牙さんは賢者の石の作り方を知ってるんですか?」
リョウの言葉に少々返答に困る。
ぶっちゃけると、知っている。
だが、何処で知ったとか聞かれそうだな…
「話しても良いが条件がある」
「条件って?」
そう言うマキーシャ達を見る。
これから話す事は、知ってる分には問題無いが、それを広められると非常に困る内容だからだ。
「これから話す内容は、魔法で記憶の一部を封印させてもらう。この話が広まるとロクな事が無いからな」
「…そんなにヤバイ内容なのかい?」
「確実に大量の死人が出る」
「…大量殺人に関わるのは遠慮したいね…アタシは封印してくれて構わないよ」
マキーシャがそう言うと、後ろにいる二人も頷いた。
この記憶封印の魔法はゲーム中ではハズレ魔法として扱われていた。
入手方法は、各地で暴れていた大盗賊を捕縛し、逮捕するか解放するかの二択で解放を選ぶと、協力者という人物から教えて貰える。
なお、逮捕を選ぶと入手できなくなる代わりに、謝礼金を入手出来る。
ただし、数ヶ月すると必ず脱獄してしまうので、何度でも入手するチャンスはある。
そして何故ハズレかと言うと、単純な理由。
記憶を封印する際、自身と相手の両者が同意している事が前提となり、他にも同時に掛けられるのは数人まで、更に時間は最大5分程度しか設定出来ない。
なので、入手しても同時に多数には掛けられず、時間が短過ぎて入手しても使い所が無い。
さて、それじゃやるか。
「記憶封印スタート」
そう言うと、三人の身体が光る。
これでコレから話す内容を記憶出来なくなるが、本人はそれを不自然とは認識できなくなる。
「昔、文献やら資料やらを読み漁ってな、賢者の石は元々『神の石の欠片』と言う物を幼竜が呑み込み、摂取した幼竜の力を延々と奪い取るんだが、それに耐えて長い時を経た『古代竜』になった時、その心臓部に初めて生み出される。」
「それじゃ…古代竜を倒せれば…賢者の石が手に入るって事ですか?」
リョウの質問に首を横に振る。
「残念だが、全ての古代竜が賢者の石を持っている訳じゃないんだ。幼竜の頃から力を奪われているのに、それに耐えて古代竜に至った個体だけが、賢者の石を内包しているんだよ」
世界中にいる古代竜の中で、特に力を持っている古代竜が賢者の石を持っている。
しかし、この世界ではどうなっているのか判らないが…
「つまりだ、賢者の石を手に入れるには、最強の古代竜に喧嘩を売って勝たなきゃならないって事だ」
「なるほど、権力者が知ったら、手に入れる為に人が沢山死ぬって訳だ……」
納得したようにマキーシャが言う。
権力者が知れば、必ず大量の軍人や冒険者を投入して手に入れようとするだろう。
その結果、大量の人が死ぬだろう。
しかも、現状までに出会った冒険者達の装備から想定すると、この世界の人々では古代竜は倒せないだろう。
ゲームでも入手する際、古代竜討伐作戦として複数の大規模チームが協力した上で、多くの被害を出したが討伐に成功した。
その際、貢献度によって『賢者の石』の『大』『中』『小』のどれかが手に入るのだが、俺が貰えたのは『中』だった。
賢者の石は、最上級の完全回復ポーションである『エリクサー』の材料になり、俺はその『エリクサー』を数本製作して使い切ってしまったのだが、問題がその後起きた。
その討伐作戦に参加した一部ユーザーが、運営に『アレだけ苦労したのに小しか貰えないのは不公平だ』等の苦情を送りまくり、大炎上。
普通なら運営が対応するはずもないのだが、連日連日送り続けた上、ゲーム中でも無理な署名運動を起こし、他のユーザーから『ゆっくり遊べない』『狩場に急に乱入されて困る』『街に入るとずっと付いてきて邪魔』という弊害を起こした。
しかし、古代竜討伐作戦に参加したユーザーから、後に検証用に撮影されていた当時の映像が公開され、その苦情を送ったユーザー達は殆ど後方からちまちまと魔法しか使っていなかった事が暴露された。
結果、逆恨みと言う事でユーザーから白い眼で見られる事になったという。
「取り敢えず、この愚者の石に関しては俺が預かってギルドマスターと相談する事にする」
容器の中に浮いている愚者の石を、机の上に置いてあったトングのようなもので掴み取る。
それをインベントリから取り出した手頃な瓶に入れると、その中に別の容器に入っていた聖水を流し込む。
そして、完全に満たし終えると蓋を閉めて完全に密閉し、インベントリに収納する。
これで完全に外界と遮断された状態になった。
「さて、コイツはコレでよしと…それじゃ封印するぞ?」
「やってくれて構わないよ」
「記憶封印エンド」
そう言って指を弾く。
瞬間、彼女達を包んでいた光が弾け、しばらくボーッとしていたが辺りを見回し始める。
「それじゃ、冒険者ギルドに報告に戻るか」
「あ、あぁ、そうだね」
マキーシャが頭を掻きながら同意する。
他の二人も同じ感じだが、どうやら同意見のようだ。
そして、そのまま屋敷を出ると、その足で冒険者ギルドに向かう事にした。
これで一応屋敷は俺の所有物となった訳だ。
さぁこれから整備やら準備やらで大変だ。
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