第57話
気が付いた時、周囲は石造りの薄暗い部屋だった。
壁には光を放つ石が付けられ、床には黒い線が引かれ、それが魔方陣を作り出しているが今は起動していない。
周囲を見回すと、同じように倒れ伏している仲間達の姿が見えたが、同じように頭を振りながら起き始めた。
「一体何が……」
「確か教会に入って……出ようとしたら足元が……」
そして、周囲を見回して絶句する。
「罠だったんだろうけど……ここは一体……」
リョウが自身の剣と盾を確認しつつ、部屋の壁を軽く叩いた。
幻影とかでは無く、確かに壁が存在する。
「どうする?」
「選択肢としては二通りある」
周囲の安全を確認しながらブラウが選択肢を話す。
まず、基本的には二通り。
救援を待つか、このまま迷宮を攻略するかだ。
この場で救援が来るまで待機するのは、安全ではあるが救援が来なかった場合、食料が尽きれば待っているのは死だ。
逆に攻略する場合は、従来通りの危険があるが実力的には十分あるので可能だろう、と言うのがブラウの予想だった。
「多分だけど、救援は望み薄だと思うよ?」
神威がそう言って足元の魔方陣を見ている。
魔方陣に掛かれている文字は、現在使用されているどの文字とも通じていない『古代魔法文字』と呼ばれている。
何が書かれているのか、今でも魔法学者達が意見を交わし、時には殴り合いになる程、研究されている。
「この魔法陣、この部屋に誰かいると起動しない様になってる」
「……魔法文字が読めるのか?」
「一部だけ」
「それで、救援が来ない理由は?」
「部屋から出ると、休憩無しで只管に戦い続ける事になるってアレに書いてある」
そう言って指差したのは壁の一部。
そこは大きな額の様になっており、いくつかの文字が書かれていた。
一つ、この部屋は安全ではあるが、誰かがいる間は誰も来ない。
二つ、この部屋から出るのは自由だが、戻る事は出来ない。
三つ、部屋を出たら安全な部屋は存在し無い。
四つ、敵を只管に倒し、全て踏破するまで外に出る事は出来ない。
「つまり、ここに残れば餓死か枯死、進めば踏破するまで休憩するのはほぼ不可能と……」
リョウがその内容を見ながら呟いて考えている。
この内容が本当なら、待っていても救助は永久に来ない。
しかし、部屋から出たとしても踏破出来るかも判らない。
「……ふむ……」
ブラウは目を閉じて思案する。
現在のパーティーメンバーで、未確認の迷宮を果たして踏破出来るのか。
マキーシャ達の能力は良く知っているし、その強さも十分だろう。
だが、不透明なのが神威の実力だ。
父親である王牙の強さはライカンスロープ戦で知っているが、その娘である神威の強さはこの数日見ただけだ。
それを踏まえた上ではっきり言うと、底が見えない。
強いのは間違いないのだが、何処か不自然さを感じる。
「よし、進もう」
ブラウがそう言うと、全員が頷いた。
どの道、ここにいても何もならないのだ。
それなら、全力で踏破に集中するべきだろう。
「全員、準備は良いか?」
ブラウが盾を構えて扉の前に立ち、全員に声を掛ける。
それを聞き、全員が改めて身構える。
そして、ブラウが扉をゆっくりと押し開けた。
扉を潜ると、そこはかなり広い部屋だった。
その部屋の壁には、いくつもの光源となる松明の様な灯りがあり、多少薄暗いが部屋を照らしている。
そして、部屋の奥に蠢く何かがいた。
最初に感じたのは、何かが腐る様な腐敗臭。
ズルリズルリと音を響かせ、ソレが全員の目の前にやって来た。
「……迷い込んだ冒険者の慣れの果てか……」
嘗ては革鎧を着込み、剣を持っていたであろう冒険者の男。
だが、今やその皮膚や肉は腐り落ち、その両目は濁っている。
呻き声を上げながらソレが少しずつ近付いてきた。
「ゾンビね」
「浄化魔法で一掃しましょうか?」
リョウの呟きにシシーが提案する。
実体のあるアンデットモンスターは、通常の武器でも倒す事は出来る。
ただし、その方法はかなり面倒だ。
ぶっちゃければ、完全に叩き潰すか切り刻めば、維持出来なくなって消滅する。
「この先の事も考えると温存した方が……」
「そうも言ってられないみたいだよ」
ブラウが盾を構えつつ、シシーの提案を却下しようとしたのをマキーシャが遮った。
マキーシャの方を見た瞬間、ブラウの表情が凍り付いた。
「一体ならともかく、この数は流石に無理だね」
そこには、まるで蠢く肉塊の如く、ゾンビとなった冒険者達が犇めいていた。
少なくとも、この状態は10人20人と言うレベルでは無い。
それ程の数の冒険者がいなくなっていれば、多少なりとも噂か騒ぎになっているハズだ。
「この迷宮は出来たばかりのハズ……何故こんなにゾンビが……」
「迷宮自体の魔獣なのかね」
「……仕方ない、浄化魔法で一掃し、奥に進む」
ブラウの言葉に頷き、シシーが準備を始める。
シシーを守る様に、ゾンビの前にマキーシャとリョウが立ち塞がる。
そこでブラウは神威の姿が見えない事に気が付いた。
周囲を見回しても、何処にも姿が見えない。
「……神威は何処に……」
「『ホーリーサークル』!」
シシーが発動させた浄化魔法の白い波動が周囲に広がり、それに触れたゾンビが一瞬で塵に変わっていく。
肉塊の如きゾンビも塵に変わり、ゾンビは全て倒し切ったようだ。
「神威なら一足先に進んでるよ」
マキーシャがそう言いながら部屋の奥を指差した。
そこには神威と何かが激しい戦闘を繰り広げていた。
そこにいたのは、剣と盾を構えた漆黒の全身鎧の騎士。
ただし、明らかに此方に対して殺意を発し、その切っ先を向けている。
それに対して、神威は赤い棍を構えた状態で向かい合っている。
漆黒の騎士が一気に神威に向かって跳び、剣を振り下ろす。
それを神威が半身ずらす様にして回避すると、振り下ろしの途中から剣先の軌道が変化し、斬り上がる。
棍を盾にして受け止めるが、パワーに押し負けたのか、神威が後ろに飛ばされる。
神威が床に着地した時には、騎士は追撃の為に目の前に迫っていたが、神威は慌てずに再び棍を構える。
そして今度は神威が棍を突き出し、騎士の動きに合わせて攻撃を仕掛ける。
それを盾と剣で捌き、騎士が体勢を整える。
そうして、再び両者は向かい合った。
「……アレは……」
「……死霊騎士……かね?」
死霊騎士と言うのは、騎士でありながら深い恨みを持ったまま死んだ際、生まれる事がある上位のアンデットナイトだ。
その強さは通常のアンデットナイトに比べ遥かに強く、生きていた時の経験を本能として覚えている。
遥か過去には、一体の死霊騎士が大国を滅ぼしたと言う記録も残っている。
ただし、それほど強い死霊騎士は早々いない。
神威が対峙している死霊騎士も強いのだろうが、どちらかと言えば神威に動きを読まれ、完全に攻めあぐねていると言った状態だ。
剣を振れば避けられるか、上手く受け流される。
逆に、神威の攻撃は地味にだが死霊騎士の装備を削り、盾はそろそろ限界に近い。
「下手に手を出すのもアレですね」
「はい、このまま任せた方が良いと思います」
「まぁアタシ等も休んでる暇は無さそうだけどね」
マキーシャがそう言いながら斧を構える。
その視線の先にあった壁からゆっくりと、何かが現れる。
それは、見た限りでは銀色の全身鎧の兵士。
「リビングメイル……」
ブラウが呟き、盾を構えた。
リビングメイルとは、言葉通り動く鎧のモンスターだ。
見た目は普通の鎧なのだが、中身は無く、集まっても組織立った動きもしない。
ただし、非常に倒しにくく、鎧の何処かに存在する『核』を破壊しない限りいくらでも再生する。
そんなリビングメイルが、壁から次から次へと現れる。
そして、その手には剣や盾、メイスや斧等の様々な武器を構えていた。
死霊騎士に比べればかなり弱いのだが、数は力だ。
「とにかく、こっちはこっちでどうにかするよ!」
マキーシャが近くにいたリビングメイルに斧を振り下ろし、構えていた盾毎両断し、更に別のリビングメイルに追撃を加える。
その隣ではリョウがリビングメイルの四肢を狙って剣を振り、反撃として繰り出される剣やメイスの攻撃を盾で受け流して更に攻撃を加える。
マキーシャは一撃でリビングメイルを倒せるが、リョウの攻撃はそこまでの威力は無い。
なので、リョウは無理に倒す事はせず、リビングメイルの四肢を破壊する事で弱体化させる事にしていた。
そして、四肢を斬り飛ばされたリビングメイルは、再生する前にブラウの攻撃とシシーの魔法でトドメを刺される。
しかし、リビングメイルは減るどころか、更に増えている。
壁から新しいリビングメイルが現れる速度に対して、殲滅力が追い付いていないのだ。
このままでは、何れ物量で押し潰されるだろう。
最も、このままであれば、だが。
当然、神威もそれを察知したのか、死霊騎士に対して攻撃のスピードを上げていく。
それは、死霊騎士の反撃さえも許さぬスピードになり、死霊騎士は反応すら追い付かず、防戦一方になる所か滅多打ちになっていた。
猛攻を受けて死霊騎士が打ち倒された瞬間、神威はドロップ品を確認する事無く、溢れ返っているリビングメイル達に向かって飛び掛って行った。
神威が合流してからは、リビングメイルの追加速度より殲滅速度の方が勝った。
その結果、僅か十数分と言う速度でリビングメイルの大群は全てスクラップとなり、地面に溶ける様に消えて行った。
「やっと倒し切ったかい……」
マキーシャが疲れた様にリビングメイルが現れ続けた壁を眺める。
今でこそただの壁になっているが、先程までその壁からリビングメイルが出続けていたのだ。
どういう仕組みでリビングメイルが出現していたのかは不明だが、リョウが叩いている限りではただの壁だ。
「さて、結果的に助かったが、指示を聞かずにいなくなるのは止めてくれ」
「申し訳無い、ただ……」
ブラウの言葉に神威が謝罪している。
本来なら、リーダーであるブラウに言ってから行動すべきだった。
それを無視すれば、臨時とは言えパーティーメンバーに迷惑が掛かる。
「ただ?」
「あの敵、凄く嫌な感じがしたんだ……」
神威がそう言うが、ブラウ達には判らない。
迷宮に現れる魔獣は総じて倒すべき害悪だ。
故に、魔獣を見れば誰もが良い感情は抱かない。
だが、それとは違う何かを神威は感じ取っていた。
それが何なのか、この時点では誰も理解する事は出来なかった。
これが後に全世界を巻き込む大事件の発端であるなど、この時は誰も予想など出来るはずも無かった。
面白いなーとか続きを読みたいなーと思ったら、ブックマーク・評価してくれると、作者がすごく嬉しくなります




