第3話
そうして始まった冒険者生活。
と言ってもやる事はあまり変わっていない。
朝に依頼を確認し、夕方までに終わらせて、夜は宿に戻って寝る。
そんな生活をして一ヶ月。
初日にかなり悪目立ちはしたが、それからは地味に活動する事にした。
それ以外にも、簡単な依頼をこなしながら、自身の能力についても色々調査する。
まず、装備。
これは完全にゲーム中の能力がそのままだ。
武器は破損しても時間経過で自動修復される。
これは俺が使用している装備に、全て標準スキルとして組み込んでいる『自動修復スキル』の効果だ。
武具にはそれぞれ耐久値が存在し、それが0になると『完全破壊状態』となり、消滅する。
そうならない様に、定期的にNPC等に修復を依頼するのだが、極稀に修復に失敗して耐久値の上限が減ってしまう事がある。
せっかく苦労して作った武具が使えなくなるのは嫌なので、この修復スキルが重宝される。
元々は『原初の塔』の麓の街に存在する修復NPCからの依頼を受けると、このスキルの情報を教えてもらう事が出来る。
そして、必要素材を集めると、スキルを追加する特殊アイテムに交換出来る。
もうね、それが判明した後は毎日長蛇の列。
並んでるだけで、接続時間上限を迎えるなんて事もあった。
そのあまりの人気に、その街の修復NPCだけでは追い付かないと言う事で、付近の街にいる修復NPCも技術が伝わったと言う設定にして運営が入手経路を増やした。
お陰で数を揃えるのは難しくなかった。
そして、それ以外に確認する事がある。
「メインメニュー」
そう言うと、目の前に薄いボードが現れる。
そこには、『ステータス』『インベントリ』『アームズ』『ショップ』『システム』と項目が並んでいる。
システムをタップし、そこの項目を見るが、『ログアウト』の項目部分が灰色になっていて選択できない。
溜息を吐きながら他の所をタップする。
気になったのは『ショップ』の所だ。
売っているのはゲーム中で利用可能なアイテム。
経験値倍加、獲得資金増加、攻撃力アップや防御力アップ等、色々売っている。
だが、一番気になるのはアイテムではない。
アイテム購入には当然、金が必要になる。
ショップでの俺の資金。
カンスト。
原因は分かっている。
異世界だからとかではなく、単純にゲームをしていた際、現実での貯金と共通にしていたからだ。
慰謝料と退職金を全部ブチ込んだ株での超爆上げ。
数年後、ゲーム中で友人にその話したら『アホか』と言われた…酷くね?
そして、次に気になったのがルームアイテムと言う項目。
これは単純に、拠点となる場所を華やかにする為のアイテム群であり、普段のゲーム中であれば別に必要はない。
だが、この異世界ではかなり重要になるだろう。
簡単に言えば、この世界の寝具や布地はかなり質が悪い。
色々不満があるが、一番は日本人である自分には風呂が無いだけでもかなり厳しい。
この異世界では、浴槽でお湯に浸かるという文化はそれほど普及している訳ではないようで、大半は濡れタオルで身体を擦るだけだ。
大衆浴場が無い訳じゃないのだが、そう言う場所は大型の街に限られている。
ここ、サガナにもあるにはあるが、昼間しか営業していない。
だが、ルームアイテムの中には、その風呂アイテムがあるのだ。
これは、買って拠点に置くしかないだろう。
まぁそれはともかく。
いくら買おうが資金がコレだけあると、しばらくはいくら買っても問題ないだろう。
再び、システムをタップする。
そして、そこにある別の項目に注目する。
それは、『サポートNPC』の項目。
ゲームでは、ユーザーには時間制限があるので、時間の掛かる作業は専用のNPCを配置させる事が出来る。
他にも、取得スキルを選択して戦闘サポートをさせたりする等、幅が広い。
思考パターンも人工AI技術の発展とマザーシステムの管理で、かなり人に近い思考を行い、共に行動する事で成長していく。
無料で一人製作でき、追加枠で二人追加出来る。
そして、俺のサポートは三人いるが、今は誰も呼び出せない。
理由は簡単。
サポートNPCを呼び出す為に必要な条件があるのだが、今はそれが満たされていないからだ。
その条件が、『拠点を製作する』と言う事。
今は宿で活動しているが、それでは拠点として認められないようだ。
これで最優先とする目標が決まった。
第一目標、家(拠点)を手に入れる。
これを目指して資金稼ぎをするとしよう。
だが、この街の家の相場っていくらくらいなんだ?
困った時は決まっている。
知ってそうな人に聞くとしよう。
「と、いう訳で家が欲しいんだがオススメの物件て無いかね?」
「…何故それを冒険者ギルドで聞くんですか?」
俺の質問に困り顔のアイナが答える。
だって詳しそうな知り合いなんて、アイナくらいしかいないからな。
「何か知っているかなと?」
「そう言うのはココじゃなくて、不動産屋に聞きに行くのでは?」
……そりゃそうだ。
言われて納得するが、ちゃんとした理由もある。
「ぁー…実は相場とかそう言うのが全くわからんのでな…吹っ掛けられたとしてもわからん」
そう、コレが怖い。
例えば、元々銀貨10枚で買える品を、銀貨11枚とかなら問題はない。
だが、コレが銀貨30枚とか50枚とかにされても、相場を知らない俺は『そう言うモノか』と納得してしまうだろう。
そして、購入した後に文句を言うのは御門違い。
コレは騙された方が悪いのだ。
「なるほど…つまり、信用出来る不動産屋を紹介して欲しいと?」
アイナの言葉に頷く。
つまり、アイナが信用していて、その紹介となれば騙されにくいだろう。
少しアイナが考え込む。
「幾つか確認したいのですけど、どういう物件が欲しいんですか?」
「ん?不動産屋を紹介してくれるんじゃないのか?」
アイナの言葉だと、家そのものを紹介してくれるようにも取れる。
だが、その質問にアイナが首を横に振る。
「いえ、王牙さんが欲しがる物件によっては、管理している不動産屋が別々にありますから」
なるほど。
つまり、地球でいう所の高級、普通、安いとランクによって管理している不動産屋が別に存在している訳だ。
そう言われて少し考える。
最低限でも二階建て、庭も欲しい、地下室もあればベストだ。
そもそも、拠点となればサポートNPCも住む事になる。
そうなると、部屋数も確保しておきたい。
「そうだな…まず……」
そう考え、欲しい条件をいくつか出していく。
だが、最後の方の条件になると、アイナが額に手を置いていた。
「…王牙さん、その条件ですと『家』ではなく、一般的には『屋敷』と言います」
…屋敷になるのか。
二階建てで部屋数は15くらい、地下室は3部屋の庭有り、後は色々やるつもりでもあるので周囲に民家が無い方が好ましい。
だが、出来ればこの条件はクリアして欲しいが……
「でも、その条件だとかなり難しいですよ?」
「まぁ…そうだろうなぁ…」
「いえ、そういう屋敷は大半が貴族が所有している事が多いので、手放さない事が多いんです」
アイナが説明してくれる。
屋敷を所有している貴族と言うのは、かなり面子を気にしており、住んでいなくても所有している屋敷を手放すというのは、管理する力が無いと言っているような事らしく、意地でも手放さないと言う。
逆に、手放すような状況になってる物件は、かなり訳有な物が多いと言う。
「訳有…?」
「殺人事件とか、大事故があったりとか……」
そこは地球と同じか…
「まぁ…物件があるかもわからんし、取り敢えず紹介だけしてくれれば良いさ」
そう言うと、アイナが壁に掛けられた時計を見る。
時間的には15時を少し回った所か。
「それじゃ案内しますね」
「仕事は良いのか?」
「はい、今週の定時になりましたので」
冒険者ギルドの受付は持ち回りで15時で終わりになる。
そして、次は4時に出て来て、とそんな勤務が一週間続き、一日丸々休暇があって、次の週は逆に15時から朝の4時まで勤務となるらしい。
何そのブラック勤務。
一瞬、地球での勤務を思い出したが、聞いてみれば深夜の勤務はかなり楽であり、書類整理がほとんどで殆ど何もしなくても良いらしい。
極稀に、緊急依頼等で忙しい時もあるらしいが、そうなるとほとんどのギルドメンバーが出勤する事になるから問題ないらしい。
手早く勤務を引き継いだアイナが冒険者ギルドから出てくる。
そんな彼女の後に続いて街を歩く。
そしてやってきたのは、三階建ての見た目は普通のレンガ造りの大型店。
入り口にある看板には『スクウェール商会』と書かれている。
「御希望の物件ですと、多分このスクウェールが一番だと思いますよ」
アイナがそう言って扉を開ける。
店内はゴシック調に纏められており、執事風の恰好をした男達が、豪華な格好をした客の接客をしている。
これ、俺の恰好だと浮き過ぎじゃないか?
そう思っていると、アイナは普通に店の奥に進み、執事風の男の一人に何か話をしている。
そして、執事風の男が一礼すると、店の奥に引っ込んで行った。
アイナが近くの椅子に腰掛けたので、俺自身は壁にあったボードに貼られていた建築の見取り図を見て暇を潰す。
地球での近代建築と比べると、かなり簡素に描かれているが、コレだけでも十分想像できる。
ふむ、この間取りだとここにソファ置いて、棚をこっちに置いて…あ、ベッドはこっちの部屋が静かで良さそうだな。
「王牙さん?」
そんな事を考えていたら、アイナが声を掛けてきた。
どうやら、俺達の順番になったようだ。
「あぁ、すまない」
振り返ると、アイナと太い男が立っていた。
見た目は髪の薄いトル○コかな?
「どうも、スクウェール商会の代表を務めております、テンドラム=スクウェールと申します」
このオッサン代表かよ…
アイナの伝手はかなり手広いようだ。
「今回は無理を聞いてくださり、感謝します」
「いえいえ、ヒルデベルク様の御紹介とあれば、このテンドラム、すぐに御希望を叶えましょう」
アイナの言葉にテンドラムが頭を下げる。
この対応を見る限り、アイナは随分と身分が高い…のか?
冒険者ギルドの受付嬢のはずじゃないのか?
だが、テンドラムの言葉を思い返すと、『アイナ』では無く『ヒルデベルク』と言っていた。
もしかしなくても、アイナは貴族の出身なのか?
「今回は私じゃなくて、こちらの王牙さんがちょっと物件を探していまして…」
その言葉でテンドラムが俺の方を見る。
まぁうん、怪しいよな。
「ふむ、冒険者の方ですか…取り敢えず、予算の程は?」
「物件見てから目標にしようかと思ってな…」
「そうですか…それでは、どのような物件をお探しなのでしょうか?」
テンドラムにアイナと同じ条件を伝える。
更に言えば、安ければ尚良し。
それを聞いたテンドラムは少し考え込み、持っていた紙束を捲る。
そして、その紙束から数枚の紙を引き抜いて机に置いた。
「一応、その条件ですと三件ありますが…」
あの条件であるんか…
そうして、テンドラムが紹介してくれた物件の説明を聞く事になった。
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