第30話
ケインの走りは正しく風の様だ。
一足でかなりの距離を進み、街道を猛烈な勢いで突き進んで行く。
普通に考えれば、この速度に付いてこれるのは同種の魔獣か、速度に特化した魔獣だけだ。
セレンがそんな風に考えながら、ケインの背に乗りながら背後を振り返る。
そこには目を疑うような光景があった。
片手に棒を持ち、そのケインのスピードに遅れる事無く追従する男。
普通に考えれば、有り得ない光景だ。
最初、走って追い掛けると聞いた時、何かの冗談かと思ったが遅れる事無く、サガナからずっと付いて来ている。
しかも、息も乱れていない事から、まだまだ速度を上げても付いてこれるのだろう。
予定では3日程で王都に戻れるのだが、速度を上げれば2日に短縮できる。
寧ろ、2日で到着したら、あの男は人では無いと考えよう。
当初の予定通り、薄暗くなり始めた所で野営の準備を行う。
距離的には相当稼げたはずだ。
途中であの白虎がスピードを上げたが、あの位ならまだ付いて行ける。
ゲームでやった地獄の走り込みに比べれば何てことは無い。
それに、やはりと言うか、身体能力は想像以上に強化されていた。
まだ限界には程遠い。
「えーと、貴方は本当に銅級なんでしょうか?」
晩御飯のオーク肉の煮込みを食べながら、セレンにそう聞かれた。
しかし、そう言われても銅級だからなぁ……
「俺は銅級になってからしばらく経つが、神威はこの前銅級になったな」
「そもそも、数日で往復出来るケインに付いて来れるなんて、普通に考えればおかしいですからね」
「そんなモンかね……」
セレンの後ろでは、一際大きな器に乗った焙ったオーク肉に齧り付いているケインがいる。
確かに、あの速度なら数日でサガナと王都を往復出来るのも納得だ。
しかし、人間やろうと思えば出来る物だ。
なんか、人外認定されそうだけどな。
「父様、おかわり」
早々に食べ終えた神威が器を出して来たので、新しく肉と野菜を取り分ける。
最近、遠征に行く時は毎回オーク肉の煮込みを食べている気がする……
また別の料理でも用意しとくかな……
「それにしても、王牙さん達はいつもこんな食事を?」
「口に合わなかったか?」
「い、いえ、そんな訳じゃないのですが……」
セレンが空になった器に視線を落とす。
ふむ、足りなかったか?
と言っても、鍋の中身は既に空だ。
「少し見ない間に、冒険者の食事はこうも改善されていたんですね」
「こういう料理が出るのは、父様の所だけだと思う」
セレンの言葉に神威が答える。
言っては何だが、冒険者の料理と言うのは、基本的に短時間で腹に溜まる物が推奨される。
これは、食べている時に奇襲を受けて、行動しなくてはならない時があるからだ。
その為、味は二の次という物が多い。
だが、俺達には探知スキルによるレーダーがある為、奇襲されると言う事が無い。
そして、インベントリにより、事前に用意して置けばいつまでも保管する事が可能と言うのも大きい。
「まぁ、食べるなら美味い方が良いからな」
そう言って足元の石を拾い、探知レーダーで接近してきた赤い点に向かって放り投げる。
何かが潰れるような音がした後、ドサリと倒れる音がする。
確認に向かうと、頭の部分が無くなったゴブリンだった。
取り敢えず、インベントリに収納。
「何だったの?」
「ゴブリン」
神威に聞かれたので短く答えておく。
だが、それを聞いてセレンがケインの方を見る。
ケインは相変わらずオーク肉に齧り付いている。
「よく、判りましたね……」
「俺達は探知スキルを持ってるからな、奇襲される前に倒せる」
セレンはそれを聞いて納得したようだ。
取り合えず、この面子で行動する限り奇襲もされないだろう。
盗賊に関しても、ケインがいる時点で襲ってくる馬鹿はいない。
寧ろ、これで襲って来るのは余程の自信家か大馬鹿だろう。
そうして2日目の夜、王都に到着した。
当初は3日の予定だったが、ケインが途中からスピードを上げた為、予定が繰り上がった。
門の所でセレンは身分証を提示し、俺達は冒険者カードを見せる。
すんなり門を通過し、そのまま進む。
幻獣保護管理施設局がある区画はかなり奥の方であり、更に2ヵ所で身分証を提示する必要があった。
そして、到着したのは、見た目的には意外と小さい屋敷だった。
だが、その壁には『幻獣保護管理施設局』とちゃんと書いてある。
地下に施設があるにしても、明らかに規模が小さい。
セレンに案内されるまま、扉を潜る。
そして、入ってすぐのホールで、セレンがその場にいた青年に何かの指示を出すと、青年が奥の扉の横に立ち、壁を操作すると扉が開かれた。
青年はケインを連れて別の部屋に入って行く。
「このまま奥にどうぞ」
この場で止まっても仕方ないので、そのまま奥に進むと、目の前に下に降りる階段があった。
他に進める場所も無いのでそのまま階段を下りると、明らかに外と空気が違う。
これはもしかして……
「……ダンジョンか?」
「入ってそれがすぐわかった人は少ないですよ」
俺の呟きが聞こえたのか、セレンがそう答える。
幻獣保護管理施設局と言うのは、巨大なダンジョンを利用した国家施設なのだ。
セレンの説明によると、初代所長がこの場所にダンジョンコアを利用して巨大な管理施設を造り、それが今でも稼働しているのだと言う。
その初代所長が、どうやってコアを手に入れ、完全に制御出来たのかは未だに判明しておらず、今も研究されていると言う。
だが、初代所長が残した言葉によると、コアが破壊されない限り安全であり、永久に稼働し続けると言う。
それぞれの階層は、幻獣達にとって快適に調節されており、余程の事が無ければこの中で完全自給自足が可能だと言う。
そうして最初の階層に到着すると、そこはただの平原が広がっており、降りてきた階段のすぐ脇にいくつもの建物が密集していた。
どうやら、幻獣保護管理施設局の事務所的な建物以外に、宿舎や研究棟がここにあるらしい。
その隣に、こじんまりとしたログハウスが一軒建っている。
セレンと共にそのログハウスに入ると、そのまま奥の部屋に入る。
「それでは、フェンリルがいる階層まで行きます」
セレンがそう言うと、足元で青い魔方陣が光る。
一瞬、浮遊感がしたが直ぐに無くなり、魔方陣も消えた。
だが、明らかに先程いた草原とは空気が変わっていた。
「到着しましたが、離れないでくださいね」
説明を受けながらセレンの後に続く。
ログハウスから出ると、そこは一面銀世界。
吐く息は白いが、不思議とそこまで寒くは無い。
どうやら先程の魔方陣は、ダンジョン内を転移して移動する為の転移魔方陣だったようだ。
現在の階層は不明だが、今いるのは先程の階層とは明らかに別の階層だ。
セレンに案内されつつ雪原を進む。
そして、遠くに白い巨木が現れ、その麓に白い塊が蹲っている。
それに近付いていくと、それがあのフェンリルであるとわかった。
そのフェンリルだが、首輪とかはされておらず、その近くにはオーク肉らしき肉と、青い果実が置かれている。
「あの青いのは?」
「あれは『氷果』と言う特殊な実で、氷雪系の幻獣や魔獣の好物よ」
「人が食べても大丈夫?」
「味は保証出来ないし、食べ過ぎるとお腹下すわね」
それを聞いて、神威がフェンリルの方に走って行く。
まぁ、俺は近付かない方が良いだろう。
「あのフェンリル、今まで何も食べて無いのか?」
「職員がアレコレ試したんですけど、どれも効果無く……」
遠くで見ていると、フェンリルの目の前に神威が座り、置いてあった氷果を手に取って齧っていた。
神威のあの表情を見る限り、かなり不味いんだな……
そうしていると、神威は氷果を地面に置いてポーチを漁っている。
取り出したのは赤い果実。
まぁ林檎だな。
それをナイフで半分に切ると、片方は自分で齧り、もう片方をフェンリルの目の前に置いた。
フェンリルがゆっくりと神威と林檎を見てから、林檎の匂いを嗅ぐと、ゆっくりとそれを齧り始めた。
それを見て、神威が更に林檎を取り出して、半分に切ってからフェンリルの前に置いた。
「……何も食べなかったのに……」
セレンが呟きながら目の前の光景を見ている。
まぁ警戒心が極端に上がってる状態で、安心できる相手がいなければ警戒し続けるだろう。
しかし、こうなるとかなり面倒な事になる。
現状、フェンリルは神威と一緒にいるなら何かしら食べるが、恐らく神威が帰ればまた同じように何も食べなくなるだろう。
しかし、ただの冒険者である俺達が連れて帰る訳にもいかない。
かと言って、神威を置いて帰る訳にもいかない。
どうにか、フェンリルが安心して生活できるようにならなければ……
そうしていると、神威がポーチからパンを取り出した。
ただし、ただのパンでは無く、薄切りのローストオークを挟んで作った特製サンドイッチだ。
それを同じように半分に切ると、フェンリルと一緒に食べ始める。
「取り敢えず、どうすりゃいいんだ?」
「……戻って相談しましょうか……」
この場は、このまま神威に任せておけば多分大丈夫だろう。
ログハウスに戻り、隣にある部屋でセレンと話し合う。
まず、大前提として、俺達はサガナから離れるつもりは無い。
かと言って、ただの冒険者にフェンリルを任せるのは、幻獣保護管理施設局としては避けたい事だろう。
だが、神威以外にあのフェンリルが懐くとも思えない。
少なくとも、幻獣保護管理施設局の職員には懐かなかった。
「そうなると…本人次第になるのですが……」
セレンは何か案があるようだが、神威次第と言うのはどういう事だろうか。
取り敢えず、神威と話をする為、先程の場所に戻る。
まぁ神威もフェンリルもいなかった。
雪原を見ると、フェンリルの足跡が点々と遠くに続いている。
どうやら、動けるまで回復したようだな……
「……追い掛けるか……」
「お願いします」
見える範囲にいないと言う事は、相当遠くまで行ったのだろう。
そうなると、俺はともかく、セレンが追い掛けるのは不可能だ。
なので、セレンにはログハウスで待って貰い、俺が追い掛ける方が早い。
足跡を確認しつつ、雪原を駆ける。
この雪原、雪は積もっているのだが、走るのには何故か不都合が無い。
しばらく走っていると、遠くに神威とフェンリルの姿が見えてきた。
どうやら、フェンリルの背に乗って駆け回っていたようだ。
「神威、話があるからそろそろ戻りなさい」
「はーい」
神威が返事をして、フェンリルの頭を撫でると、フェンリルが一気に雪原を戻って行く。
それを確認した後、俺もそれに続いて戻る。
そして、ログハウスまで戻ると、入り口でフェンリルを待たせて中に入る。
中に入ると、セレンが紅茶を差し出してくれた。
それで多少体を温める。
「さて、見た限りでは随分回復出来たみたいですね」
「あれだけ駆け回れれば問題は無いだろうな」
椅子に座って、これからどうするのか。
そうしていると、セレンが懐から何かを取り出した。
そこには、『幻獣保護管理施設局:特別職員登録届』と書かれている。
「神威さん、ウチの職員になりませんか?」
セレンがそう切り出した。
それでは、また3日後にお逢いしましょう
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