第19話
冒険者ギルドの酒場。
その一つのテーブルで男が突っ伏していた。
「えーと……どうしたんですか?」
「……全滅しちゃってね~」
アイナが困り顔で隣に座っていた少女に声を掛ける。
少女が飲み掛けのジュースを飲み干して頬を掻きながら説明する。
「全滅って……全部駄目だったんですか?」
「うん、父様が近付いただけで逃げ出す勢いだったよ」
少女がしみじみとそう答えた。
「神威さんだと平気だったんですよね?」
「私は大丈夫だったんだけどね~」
神威がそう答えながら、初日に回った魔獣商会であった事を話し出した。
サガナ街の郊外にあるテイムモンスター商会。
その小屋の周囲には見張りと言うか、逃げ出した時の為の私兵と思われるガタイの良い男達が座っている。
その全員が、剣や槍、盾を持っている。
「すまないが、ここで騎乗魔獣を買えるって聞いたんだが……」
「いらっしゃい、どのような魔獣を御希望で?」
入り口近くで声を掛けると、奥から半裸の男が出て来る。
この半裸の男は店主のようだ。
男は短い黒髪と顎鬚、そして全身が引き締まり、要所要所に薄らと脂肪が乗っている。
毎日魔獣の世話もしているのだから、鍛えられるのも無理はないか。
「出来りゃ俺を乗せて走れるのが良いんだが…後は戦闘も出来りゃ文句は無い」
「ふーむ……そうなると……大型魔獣の方が良いな……おい」
店主がそう言って店の奥に声を掛ける。
そうすると、一人の痩せた男が紙束を持ってやってくる。
それを受け取り、終わりの方から数枚捲る。
「ウチだと、裏にいるブラックベアとフレアホースくらいだな」
そう言われながら、店主に先導されて店の裏手に回る。
神威は店の中で小型の魔獣を見ている。
そこには、全身の毛皮が真っ黒の熊が檻に入り、鬣と尻尾が燃える灰色の馬が杭に手綱を縛られていた。
どちらも体格は大きく、戦闘力も十分ありそうだ。
「オススメはフレアホースだ」
「理由を聞いても?」
「まず、フレアホースは気性が穏やかで、戦闘の時もその炎で相手を攻撃出来る。そして何より足が速い……んだが、少し気難しくてな、戦闘に関しては参加してくれるかもしれないって所だ」
店主がそう言ってフレアホースの利点と難点を説明してくれた。
つまり、移動のみとして考えた方が良いって事か。
「……熊は?」
「始めに言っといてなんだが、コイツはあんましオススメは出来ねぇなぁ」
店主が頭を掻きながら言う。
「コイツはウチの商会でもかなりの暴れん坊でな、一度客に売った事があるんだが、手に負えないってんで帰ってきちまったんだ」
話によると、かなり気性が荒く、戦闘面では申し分は無いが、人を乗せて走るのは苦手。
そして何より、主人の言う事をあまり聞かないと言う。
「……アレがか?」
そう言って熊の方を指差す。
店主がそう言われて視線を二匹の方に向ける。
そこには、檻の隅で小さくなっている熊と、手綱を目一杯引っ張った状態で離れている馬がいた。
その視線は完全に俺の方を見て、怯えきっている。
「こりゃ驚いた、フレアホースはともかく、ブラックベアがこうなるのは初めてだ」
店主がそう言って檻の方に近付いて行く。
熊は相変わらず小さくなったままだ。
取り敢えず、檻の方に一歩踏み出してみる。
熊が更に檻の隅で小さくなった。
「どうやら、相当アンタの事が怖いようだな」
店主が檻の中で小さくなっている熊を見て言う。
威圧スキルは切っているが、どうやら本能的な部分で恐れられているようだ。
これだと、例え乗って移動は出来たとしても、戦闘などしたら逃げられる可能性の方が高い。
「これ以外だと何かいるか?」
額に手を当てた状態で店主に聞く。
言われた店主が数枚紙を捲る。
「後は……中型がいるが……」
なんとなく予想は出来るが、一応見せてもらう。
予想通り、全部が檻の隅に逃げたり、カッチコチに固まっていた。
取り敢えず、他の商会を見てから考えると言ってその場を離れた。
めげるな俺。
まだ店はある。
「それで、他の店も回ったけど、全滅しちゃった」
神威が追加で頼んだジュースを飲みながらアイナに説明する。
そう、その後に回ったすべての商会でも、怯えないモンスターはいなかった。
「最終的には一番気性の荒いモンスターを出せって言ってたね~」
「そ、それでどうなったんですか?」
「確か、なんとかバイパーって言う蛇が出て来たけど、父様が手を伸ばしたら店主の袖から服の中ににょろにょろ~っと」
「それ、デモンバイパーって言ってませんでした?」
「あーそんな名前だったかも」
デモンバイパー。
簡単に言えば超猛毒を持った蛇であり、分類的には小型モンスターだ。
その猛毒は一噛みで大型モンスターですら絶命させ、飼育するのにも領主からの許可がいる。
しかも、超獰猛であり、下手に近付いただけで噛み付いてくる。
「そんな危険な魔獣でも駄目だったんですか…」
「どしよか」
アイナと神威がそう話す。
王都に比べれば確かにサガナ街は小さい。
だが、帝国領が近い為に、物の質は悪くない。
それを考えるなら、恐らく王都に行っても結果は大差ないだろう。
つまり、俺が乗れるような騎乗魔獣は、現状では皆無と言う事だ。
「あ、そうだ」
アイナが何か気が付いた様に手を叩く。
それで神威と俺の視線がアイナに向く。
「王牙さん、春になったら王都に行きませんか?」
「……王都の商会でも結果は変わらんと思うが……」
「いえ、春になれば、王都では騎乗魔獣を集めた『魔獣祭』があるんです」
アイナがそう言って説明してくれる。
魔獣祭と言うのは、色々な地域から騎乗魔獣を一堂に集め、大きく売り買いすると言うお祭りだ。
元々は、小さな見世物小屋から始まったらしいが、今では全国を回って様々な騎乗魔獣を売り買いしている。
この地域では珍しい魔獣も来るらしく、冒険者達は春のこの時期になると王都にやってきて騎乗魔獣を見たり買ったりすると言う。
そして、極稀にだが、亜竜も売りに出される。
過去、実際に亜竜の一体である飛竜が売りに出た事があり、王都の貴族が挙って買いに来た。
その飛竜は最終的に王族が買い取ったらしいが……
「ですので、もしかしたら、王牙さんに怯えない魔獣が売りに出るかも?」
「魔獣祭ねぇ……」
「見るだけでも楽しそうだね~」
確かに、この地域にいないモンスターなら可能性はある。
更に、亜竜が出る可能性もある。
どの道、サガナ街では買えなかったし、これから冬になって遠出する事も少ない。
ならば、春になるまで待つのも手だろう。
これで、魔獣祭でもいなかったら、亜竜を探す旅でもするとしよう。
余談であるが、最初に見たブラックベアは、これ以降随分と大人しくなり、あっさりと売れたらしい。
その後、屋敷に戻って魔獣祭に向けて予算を考える。
まず、現在手持ちの予算は金貨40枚。
金貨10枚は生活費として残しておく。
これは神威の分は別として計算する。
娘の資金にまで手を付けるつもりは無い。
なので、神威は神威で自由にするように言ってある。
まぁ金貨40枚で亜竜が買えるとは思ってないので、もし売りに出ていたらインベントリの秘蔵品を売りに出して、金稼ぎをしよう。
もっとも、前に亜竜が出たのは五年程前らしく、それ以来売りには出ていないらしい。
淡い期待だが、売りに出ると良いな。
ここで不思議に思うだろう。
ゲームではそう言うモノは無かったのか?という疑問だ。
確かに、そう言うモノは存在した。
有名な所で『飛空艇』と言う飛行する船。
他にも、モンスターをテイムすれば移動にも使用出来た。
俺もいくつか持っていたのだ。
それらが全て使用不可じゃなければ…
ゲームでテイムしたモンスターはクリスタルになっており、テイムしてあった生産用スライムで実験したのだが、召喚出来なかった。
召喚した瞬間、クリスタルが砕け散って消滅してしまったのだ。
飛空艇も数隻持っていたが、それも全て召喚出来ない。
召喚しようとすると、システムがエラーと表示して召喚出来ないのだ。
これから推測すると、この世界ではそう言った『意思の無い存在の召喚』は出来ない。
神威達の様なサポートNPCには一応、ゲームでも自我に近い感情が存在する。
だが、テイム出来るモンスターにはそう言った感情は存在しない。
なので、ユーザーによっては『使い捨ての駒』、と割り切ってるユーザーもいた。
つまり、この世界で新たにテイムするか、入手しなくてはならないという事だ。
召喚用クリスタルは全てストレージに移動させておく。
この世界じゃ使えないが、どれも大事な思い出だからな。
その後は、神威の希望で手合せをする事になった。
条件はスキル無し、魔法無し。
そうして、庭で互いに向き合う。
「さて、それじゃいつでも良いぞ」
「それじゃ行きますっ!」
掛け声と共に神威が跳び、棍を突き出す。
それを軽く回避し、逆に掬い上げる様に棍を振り上げる。
振り上げられた棍をスライドで避けると、神威はそのまま横から棍を振る。
棍を立ててそれを受け、カウンターで蹴りを放つが、神威はコレをしゃがんで回避する。
そして、伸び上がるように逆に蹴りを出してきたが、それを片手で掴み、そのまま神威を遠くに放り投げる。
放り投げられた神威は空中で体勢を立て直し、綺麗に着地を決める。
一度棍を構え直し、神威が勢い良く突っ込んでくる。
そのまま、互いに棍を打ち合う。
そうしていると、探知レーダーでこちらに近付いてくる一団がいる事に気が付く。
ただ、神威は集中しているようで気が付いていないようだ。
まぁウチじゃなくて近所の家かも知れないけどな。
もっとも、ウチの近所の家って結構離れてるけどな。
そう考えると、やはりこの一団はウチを目指しているのだろう。
距離的に十分位で到着するかな。
そうしてやってきた一団。
全員白い神官服と、目深に被ったフードで個人は特定出来ないようになっている。
彼等の目に映ったのは、大人と子供が棒で打ち合うと言う光景。
ただし、大人の方は目隠しをし、超高速で棒同士が打ち合う度に火花を散らしている。
そして、突き出された棒が男の頬の当たりを掠める。
だが、逆に男の棒が少女の脚に引っ掛けられ、そのまま少女がその場で回転した。
体勢を立て直す少女の頭に棒が当たり、終了したようだ。
「それで御宅等はどちらさんで?」
男が目隠しを外しながら、一団の方にやってくる。
見た目は黒い髪にがっしりとした体格。
黒いジャケットと灰色のズホンを着て、黒い棒を持っている。
少女は叩かれた当たりを摩りながら、男の後ろに立っている。
少女の方は、男と同じように黒い髪に赤いジャケットと白いズボン、赤い棒を持っている。
「わ、我々は聖王国より参った一団であるが……ロウ=オウガという冒険者は此方にいるだろうか?」
それを聞いた男と少女が顔を見合わせる。
そして、視線を一団に戻す。
「狼=王牙は俺だが?」
男はそう言って腕を組んだ。
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