第1話
結論から言おう。
ここはほぼ間違いなく異世界。
その結論に至った経緯なのだが……
まず、食欲。
ゲーム中に食事をする事はあっても、それは『食べている行為』であって、実際に食べている訳ではないのだ。
これは、アバターで食べても、実際の肉体は何の栄養も摂っていないのだから意味が無い。
次に、食べりゃ当然出る。
つまり、トイレ。
ゲーム中でもトイレは存在したが、それはただ単にイベントやクエストで使う小さな閉鎖空間として存在しているだけで、本来のトイレとして使っている訳ではない。
それが、ここでは普通のトイレだ。
トイレットペーパーみたいなのがあり、『鑑定眼』で鑑定すると、『ペーパーウッド』という植物らしい。
年輪の部分が全部一枚に繋がっており、1年で数十周するほど成長が早い。
ちなみに、手触りは普通にトイレットペーパー。
そして、トイレの方は洋式で下に深い穴が開いており、その底には処理用のスライムがいるとのこと。
最後に、グロ。
ゲーム的に無理に血やら内蔵やらを表現する事はない。
戦闘中に殴ったり斬ったりすれば血飛沫は出るが、ゲーム中では別にそこまで派手ではない。
そして、倒した敵は力尽きると光の粒子となって消えていき、たまに素材に変化する。
ただし、倒したユーザーが解体スキルを所有していれば、その光は高確率で直ぐに素材に変わる。
何故、それが判明したのか。
目の前に転がっている巨大な亀。
うん、襲われたら倒すよね。
そもそもは数日前、少女エミリに助けられた恩を返そうと思い立ったのが切っ掛けだ。
だが、気の利いたアイテムを持っている訳でもない。
確かにインベントリとストレージには、ゲーム世界で手に入れた多くのアイテムが鍵付きマークで保管されている。
この鍵付きマークは、インベントリ内に入ってはいるが、一度取り出すと再度入れる場合、枠を別に消費してしまう。
例えば、鍵付きマークの初級ポーションが100本あり、そこから1本だけ取り出した場合、再度インベントリに収納すると、99本と1本で枠が2枠埋まってしまう。
ちなみに、インベントリは腰に取り付けたポーチ、ストレージは家のような拠点にある専用ボックス。
ただし、インベントリからストレージのアイテムを直接取り出す事は出来るが、逆にインベントリからストレージに直接アイテムを収納する事は出来ない。
インベントリの枠は全部合わせて1500枠あるが、そんな風にしていてはあっという間に枠が埋まってしまうだろう。
そして、インベントリ内にあるアイテムは、ほぼ全てが『終焉の底』に向けて揃えてあったので、バリバリの戦闘向けのアイテムだらけだ。
普通の少女に、そんなバリバリ戦闘向けアイテムを渡してどうするというのだ。
なので、手っ取り早く金を稼いで渡してしまおうと思い立つ。
この世界で金を稼ぐにはいくつかの方法があるが、俺にはそもそも選択肢が無いんだよね。
冒険者一択。
だって、この世界での身分証みたいなもん持ってないんだよ。
商人をやるにはどこかで開業する為にしっかりした身分が必要になる。
農業でも最終的には商人に売りに行くし、自分で露店をするにしても結局しっかりした身分が必要だ。
なので、冒険者として活動する為に、冒険者ギルドにやってきた。
サガナ冒険者ギルド支部。
入り口に脇に立て掛けられていた看板に書かれているのだからここがそうなのだろう。
外見は3階建ての巨大な宿屋。
赤い屋根、茶褐色の壁、両開きの扉。
そして中から聞こえる野郎共の笑い声と怒声。
あんまし入りたくねぇなぁ……
そう思いながらも扉を開ける。
目の前に受付のカウンターが並び、右側に食事処があり、そこでは野郎共が酒やら食事やらを前に群れている。
左側には巨大な看板があり、いくつもの紙が貼り付けられている。
恐らく、この看板は依頼ボードだろう。
ゲーム中でも依頼を受ける場合、同じような依頼ボードから受注していた。
取り敢えず、受付で登録を済ませてしまおう。
「すまない、ちょっと良いかな?」
「えっと……再発行ですか?」
受付の向こうに座っていた女性に声を掛けると、此方を見上げて女性がそう言った。
天井から吊り下がっている看板には、『冒険者カード発行所』と書いてあるので、ここで間違いないと思うのだが……
「いや、登録したいんだが……」
「冒険者登録の方でしたか…失礼しました。それでは、こちらの用紙に必要事項を記入してください」
女性がそう言いながら、一枚の紙を取り出し手渡される。
その紙には名前やら出身地やらの項目が並んでおり、書くには問題無いようだ。
「文字が書けないのであれば、代筆しますが……」
「名前はフルネームで書いたほうが良いのか?」
「出来ればその方がよろしいですね」
女性に説明してもらいながら記入していく。
最低、名前と出身地さえ書いてあれば良いらしい。
取り敢えず、記入すべき所を埋めて用紙を女性に返した。
「確認しますね。『狼=王牙』さんですね」
本当は、タダの王牙なんだけどな……
何故、狼にしたのかと言えば、好きな動物という事もあるが、ゲーム中に製作したエンブレムに使っていたのだ。
なので、付けてみた。
取り敢えず問題は無かった様で、女性が机の下から水晶を取り出す。
「それでは、発行致しますのでこの水晶に触れてください」
言われた通りに水晶に手を乗せる。
すると、水晶が薄く発光を始めた。
「はい、カードの魔力登録も終わりました」
そう言って出されたのは、白いカード。
表に名前とランクが書かれ、裏面に冒険者ギルドの紋章が描かれている。
「初登録になりますので、ランクは最低ランクのノービスからスタートになります」
「ノービス?」
「はい、冒険者ギルドでは最低ランクをノービス、そこから順番に上がって行きまして、銅級、銀級、金級、白金級となります」
ふむ?
ゲーム中では普通に数字だったが……
「ノービスでも受けられるような依頼には何があるんだ?」
「ノービスですと、街の雑用のような仕事がいくらでもありますよ?」
うん、これは俺の質問の仕方が悪かったな。
「すまん、言い換える。比較的金払いが良い依頼はあるか?」
「えーっと……ノービスですと、そこまで高い報酬は無いと言うのが現状でして……」
女性が言い難そうに答えてくれる。
まぁ当然と言えば当然である。
「ランクの説明をしますと、ノービスは冒険者になる為の準備期間と思ってください。そして、依頼の達成率で昇級していきまして、高いランクになると危険度は上がりますが、報酬もそれに見合った金額になります。それ以外にもギルドからの緊急依頼を受け、高い評価を得られた場合でも、昇級される事があります」
つまり、現状で稼ぎの良い依頼は無い……と。
「それじゃ例えばだが、俺が何か適当なモンスターを討伐した場合は、素材を買い取ってはくれるのか?」
「買い取りはしますが……それで怪我をしてもギルドでは何の保証も出来ませんよ?」
「それが確認できただけでもありがたい、えっと…」
礼を言おうとしたが、この女性の名前を聞いていない事に気が付く。
机の上に置いてあるプレートには、『アイナ・フォン・ヒルデベルク』と書かれている。
「アイナさんで良いのかな?カードありがとうな」
そう言ってカードを腰にあるポーチにしまう。
そして、壁際に置いてある依頼ボードから適当な依頼を探すと『薬草採取』と言う依頼がある。
文字通り、薬草を指定数集める依頼で、今回は5個より集める事となっている。
ただ、依頼元が冒険者ギルドなんだが……
「これは?」
「薬草や解毒草は年中需要がありますので、ギルドから依頼が出ているんですよ」
アイナがそう言って依頼を受諾してくれる。
採取場所は俺が倒れていたと思われる近くの森。
初心者には危険なモンスターもいるらしいが、道具屋で売っている回復ポーションを使えば、多少の怪我でも安心という話だ。
スマン、ありがたい助言なんだが、それを買う金すらないんだ。
取り敢えず、彼女にもう一度礼を言って、ギルドの建物から出る。
そして、街の門から森に向かい、『鑑定眼』で雑草と薬草、解毒草を見分けて探しまくる。
鑑定眼、便利。
このスキルは、その名の通り『見て認識した物の本質を知る事が出来る』というスキルだ。
ただの雑草に見えても、それが薬草だったり、解毒草だったりする。
逆に、薬草や解毒草に擬態している毒草があったりして、初心者は良く引っ掛かるらしい。
そうやって集めた薬草と解毒草を5個ずつにまとめてからインベントリに放り込んでおく。
30くらいは集まったかな?
そうしていると、レーダーに赤い点がいくつも接近してくるのが見えた。
どうやら、何かモンスターが接近してきたようだ。
少し待っていると、やってきたのは野良狼の群れ。
狼、好きなんだけどなぁ……
そう思いながら、メイン武器の棍を呼び出す。
全体を赤く塗装され、両端に金の装飾が施されている無骨な棍。
『武神棍』という最強武具である『武神シリーズ』の一つだ。
と言うより、俺の装備はこの『武神シリーズ』で揃えてある。
メインに『武神棍』、サブに日本刀の『武神刀』、防具に両手両脛に『武神装具』。
『原初の塔』と『終焉の底』をクリアするに当たり、最終的に選んだのがこのシリーズ。
このシリーズの固有能力がえげつないほど優秀なのだ。
まぁそれはさておき。
目の前では牙を剥いた野良狼が8匹。
色は濃い灰色と言った感じ。
鑑定眼で調べた所、『フォレストウルフ』と言うモンスター。
……うん、説明見る限り普通の狼と変わらんな、コレ。
取り敢えず、自身の戦闘スキルがどんな状態なのか確認する為に手伝ってもらうとしよう。
比較的密集している場所に狙いを定めて一気に接近し、構えた棍で薙ぎ払う。
瞬間的な速度で接近したので、反応が遅れた狼が数匹、攻撃を回避出来ずに棍の餌食となる。
そして、回避した狼に追従して反転、再度攻撃を行って空中に2匹打ち上げる。
これで残りは3匹。
うん、余裕だな。
そう考えていると、ズシンという地鳴りが響く。
レーダーには狼の接近時と比べると、かなり大きな赤い点がこっちに向かってきている。
生き残った狼達は、その地鳴りを聞いた瞬間、一目散に逃げて行った。
どうやら、相当ヤバイ相手のようだ。
そしてやってきたのは巨大な陸亀。
甲羅には苔が生え、短い首を振って目の前の木を押し退け、前足で薙ぎ倒してくる。
首から尻尾まで大体15メートルくらいの大きさか。
だが、鑑定眼は騙せない。
このモンスターの名前はビッグタートル。
見た目は強固な防御力を誇り、攻撃はその体躯を活かした耐久パワー型。
だが、実際には短く見える首は倍以上長く、ただ甲羅の中に縮めて隠し、接近してきた相手目掛けて一気に首を伸ばして噛み付く。
雑食性。
ちなみに、肉はマズイが甲羅や爪が高価。
よし、狩ろう。
棍を構え、ビッグタートルに向かい合った。
そうして、やってきたビックタートル。
首を伸ばして攻撃してきた瞬間、伸びきった所を棍で打ち下ろしてあっさりと頸椎を圧し折って終わった。
南無。
以上、回想終わり。
目の前のビッグタートルを前にして、現実逃避中。
倒したは良いが、コレをどうすれば良いのか……
持ち帰るにははっきり言って重過ぎる。
かと言って、持ち帰る為に分割するのは勿体無い。
かなりの時間悩み、周囲が薄暗くなってくる頃、インベントリに収納できる事が発覚。
ビッグタートルと狼を収納して街に帰還する。
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