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第15話




 いくつもの魔法で作られた光の玉が森の中を照らす。

 月光シリーズに着替えたシシーが深く深呼吸する。

 その姿は、見た目は何処かの教会にいるシスターにも見える。


「それじゃ始めます」


 シシーがそう言うと、月光の杖を両手で持つ。

 この月光シリーズで使える最上級浄化魔法は、固有の物であり、発動条件を満たしていれば詠唱と使い方は術者の思考に流れ込んでくる。

 肉塊の速度は相変わらず遅いが、確実に街に向かっている。


「我願う、我思う、月の光に導かれ、数多の御霊、導きの光…」


 シシーが杖を構えて詠唱を開始する。

 瞬間、全員の足元に複雑な魔法陣が現れ、身体から何かが抜けて行く感じが起こる。

 そして、全員の身体から青い光の粒子がシシーに向かって流れ出始める。

 この粒子が各個人が持っている精神力が魔法力に変換された物だ。

 その光の粒子が詠唱を続けるシシーの周囲を回る。


「結構…キツイね…」


 マキーシャが流れ出て行く粒子を見ながら呟く。

 確かに、ただ立っているだけだが地味に精神力を削られていく。

 そうしていると、ゆっくりと肉塊が姿を見せる。

 どうやら、トライホーンボアを吸収した後、他のモンスターとは出会わなかったようで、その姿に変化は無い。

 だが、シシーの詠唱速度から考えると、このままだと有効範囲から出てしまう可能性が有る。

 そもそも、慣れていない上に、無理に最上級浄化魔法を行使しようとしているのだ。

 その詠唱速度はかなり遅い。


 こうなりゃ危険だが…


 インベントリから、ジャロイ(馬鹿)が持っていた袋を取り出す。

 そう、あの愚者の石が入った袋だ。


 意識を刈り取った後、危険なので袋ごとインベントリに回収して置いたのだ。

 あの肉塊はエネルギーに反応して移動している。

 愚者の石は呪物だが、それを考えなければ相当量のエネルギーを内包している。

 更に、肉塊になる原因となった物も愚者の石、ならば反応して向かってくるだろう。


 予想通り、袋を取り出した瞬間から、肉塊の進行方向がこちらに変更される。

 シシーの詠唱速度と、肉塊の移動スピードを考えれば、ギリギリ発動は間に合うだろう。

 だが、もしもの時の為に、武神棍は構えておく。

 いざとなれば、禁じ手と決めた『最後の切り札』を使う。

 しかし、ここはゲームでは無く『現実』だ。

 存在の限界をも無視するこの『最後の切り札』を使用した場合、恐らく、武神スキルを使用した以上の反動があるだろう。

 それは恐らく……

 そこまで考えた後、後ろに立つ神威の方を見る。

 神威も鬼神棍を構えた状態で待機している。


 俺はまだ、終われない。


「さぁお前が欲しいのはコイツだろう!?」


 そう叫んで瓶を空高く放り投げる。

 肉塊の濁った瞳がその瓶を追い掛ける様にして動く。

 そして、その瓶を捉えようと表面から無数の触手が伸びる。

 空高く投げた瓶が落下を始めた時、遂に詠唱が終了した。


「蒼き光は全てを癒す!月光(ムーンライト)!」


 肉塊を囲むように複数の蒼き魔方陣が出現し、それぞれが虹色の光で輝く。

 そして、一際大きな魔方陣が出現し、肉塊を蒼白い光が包み込む。


 無音。


 すべての音が光に呑まれたかのように何も聞こえない。

 だが、肉塊が何かを叫び、呻き、逃れようと足掻いているのがわかる。

 しかし、光の檻はそれを許さず、逃がさず、その身が消え去るまで浄化を続ける。


 そして、シシーの周囲を巡っていた光の粒子が杖の先端に集約され、巨大な剣の刃を作り上げて行く。

 それは、見ただけなら蒼白く輝く巨剣。

 シシーが杖を両手で持つと、それを振りかぶった。


(ソード)!」


 シシーが叫び、その巨剣を振り下ろす。

 狙い違わず、その巨大な刃が肉塊を両断し、光が爆発する。

 その輝きは、夜の闇を消し飛ばし、直視できない程だ。



 その光が消え、周辺に再び夜の闇が戻ってくる。

 そこには、魔方陣も無く、肉塊がいたと言う証拠は黒ずんだ地面と、転がっている瓶だけが残っていた。

 どうやら、肉塊は完全に消滅したようだ。

 探知レーダーにも、肉塊がいた地点には何も表示されていない。

 と、ドサリと背後で音がする。


「シシー!」


 マキーシャがふら付きながら、倒れたシシーに歩み寄り抱え上げる。

 見れば、シシーの顔色は悪い上に、その両手からは血が滴り落ちている。

 予想通り、無理な発動をした為、かなりのダメージを受けてしまったようだ。


「神威、シシーにコイツを…」


「了解」


 インベントリから小さな青い瓶を神威に手渡す。

 それを受け取った神威は、マキーシャ達の方に駆けて行く。

 神威に渡したのは最上級回復ポーション。

 ただし、これは肉体の損傷を治すだけの物だ。

 それ以上の効果を持ったポーションは、『エリクサー』しかない。

 エリクサーも持ってはいるが、エリクサーは肉体の欠損等に効果はあるが、魔法回路は修復する事は出来ない。

 なので、今回の場合はこれ以上は何も出来ない。


 シシーの手当はマキーシャ達に任せ、俺自身は肉塊のいた地点に転がっている瓶を拾い上げる。

 中にあった愚者の石は完全に白くなり、軽く振って瓶に当たると、その部分が簡単に砕けてしまう。

 一緒に浄化され、何の効果も無い物質になってしまったようだ。

 瓶をインベントリに収納し、マキーシャ達の方に戻る。


「どうだ?」


「ポーションで傷は治ったけど、歩くのは無理かな」


 リョウの言葉に、マキーシャと神威が頷く。

 取り敢えず、マキーシャがシシーを背負い、リョウと神威が手分けして荷物を持つ。

 そして俺は木に吊るしてあった馬鹿(ジャロイ)を引き摺って街に戻る。


 自然とそういう事になった。



 そして、サガナ街に帰ってきた。

 マキーシャはシシーを背負い、門番にあれこれ説明している。

 まぁその説明の大半は、棍の先端にぶら下がってる馬鹿(ジャロイ)の事だろうが。

 見た目は頭に袋を被せられた神官戦士の服を着た人物。


 流石にそのまま引き摺って入れば教会側に警戒されると考え、こうして誰かわからないようにしたのだ。

 もちろん、猿轡も噛ませてあるので声など上げられない。

 更に、リョウが調合した麻痺毒で全身麻痺しているので暴れる事も無い。

 そうしていると、門番への説明が終わったのか、マキーシャが門を潜る。

 それに続いて全員が門を通過し、そのまま冒険者ギルドへと向かう。



 冒険者ギルドで報告をした後、関係各所は大騒ぎになった。


 まず、ギルドマスターであるクックは大激怒。

 馬鹿(ジャロイ)をギルドナイトに突き出し、地下にある懲罰室に連行させ、部屋の外に見張り2名、部屋の中に6名と厳重に監視体制を敷いた。

 更に、それまでの仕事を放棄し、教会に抗議をしに行ってしまった。

 そして、錬金術ギルドも、禁庫に保管してあったはずの愚者の石が盗まれていた事で大騒ぎになっている。

 錬金術ギルドのギルドマスターや、禁庫の管理者等が慌ただしく冒険者ギルドにやってきて、封印した品とリストをチェックしている。

 結果から言えば、盗まれたのは愚者の石だけではなかった。

 他にも、麻薬の材料になる毒草や、強力な呪いを内包していた短剣等がいくつも無くなっていた。

 しかし、どうやって盗んだのか、手口は不明。

 禁庫の封印は完全な物である為、マスターキーを持っているクックと錬金術ギルドのギルドマスター、そしてサガナ街の領主以外で扉を開ける事が出来る者はいない。


 そして、シシーは重症と言う事で、冒険者ギルドの中にある看護室の様な部屋で療養する事になった。

 マキーシャとリョウもそれに付き添う。

 コレは、帰ってきたクックが決定した事であり、ギルドマスター権限で強引に決定させた。

 ちなみに、教会側の返答だが、クックが怒鳴り込んだ所、教主が『ジャロイは素行に問題があった為、数日前に破門している。それを逆恨みしたのでは?』と言われたそうだ。

 簡単に言えばトカゲの尻尾切りに使われた訳だ。

 それに、生還したのは俺達を除けば馬鹿(ジャロイ)のみで、他の神官戦士は全員死亡し、死体も残っていない。

 そして、今回の依頼を出したあの貴族の男は、既に街を去った後だった。

 この調子だと、王都にいるはずのあの少女も、既にいなくなっているだろう。

 こうして、証拠となり得るのはジャロイの証言のみとなった訳だ。



「スマンな…」


 クックがそう言って頭を下げる。

 今この場にいるのは、俺と神威だけだ。


「いや、俺もまさかこんな強硬手段に出て来るとは思わなかった」


 これは本心だ。

 今回の件は完全に予想外だった。

 その為、予定外の方法を使った結果、シシーは下手すれば魔法が使えなくなってしまう状態になっている。


「取り敢えず、ふざけるなって事で教会から毟り取ってきた」


 クックが取り出したのはかなりの重量がある革袋。

 それを机に置いた瞬間、ジャラリと音が響く。


「お前さん達全員分で、一人頭金貨50枚ある」


 そう言いながらどんどん革袋を取り出して机に置いて行く。

 今回の護衛依頼に付いた7人分の金貨を、迷惑料として教会からぶんどってきたらしい。

 なんという無茶をするのか、このギルマスは…


「俺達はともかく、ガリーノ達は王都にいるんだが…」


「うむ、そこはギルド経由でちゃんと渡すように伝えてある」


 抜かりはないようだ。

 その後はコレからの細かい話をする。


 まず、これ以上は教会側としても強行するのは不可能だろう。

 何かを実行するにせよ、人手が足りない。

 なので、破門された逆恨みで馬鹿(ジャロイ)が勝手にやった事、として教会は静観する。

 後は俺達が騒がなければ、このままこの件は終わる。

 それを含めて、金貨50枚をクックに渡したのだろう。

 つまり、この迷惑料には口止め料も含んでいるのだ。

 まぁ俺はそれでも構わないが…

 後はシシーの回復だが、ギルドが総力を挙げてバックアップすると言う。

 もし、魔法が使えなくなった場合も、彼女の身柄はそのままギルド預かりとなり、ギルド職員として採用すると約束してくれた。

 これは口約束では無く、ちゃんと書面でマキーシャ達にも手渡しており、クックが責任を持つと言う。


 とこれで話が終わって、解放されるかと思ったのだが、神威の事を聞かれたので、普通に娘と説明した。

 後はマキーシャ達と同じ流れで、年齢でも驚かれる。

 聞けば、クックは今年で65歳だと言う。

 ちなみに、引退したのは52歳。


 そのまま、神威も冒険者として登録する事になり、アイナに神威の登録を頼んだ。

 何故か、ここでも年齢を聞かれ、正直に42と答えると、アイナが停止していた。

 そう言えば、登録用紙には年齢の項目が無かったな。


 その後、クックに頭を叩かれたアイナが再起動して神威の登録が終わり、ノービスの冒険者カードを神威に手渡していた。

 俺にしたのと同じ説明を神威にしていたが、最後の方に『無茶してランク以上の魔獣は狩らないでください』と付け加えられていた。

 そして、それを説明している時に何故か俺の方を見ていた。

 何故だ。




また3日後にお逢いしましょう


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