第13話
状態異常『衰弱』。
この状態異常を簡単に言えば、全能力が極端に低下し身動きが出来なくなる、と言う状態異常である。
俺や神威は、装具の付与能力の一つである『状態異常無効化Lv10』と言う能力のお陰で影響はない。
だが、マキーシャ達はそう言う訳にもいかず、衰弱状態に陥っている。
ジャロイ達の行動範囲から、どのタイミングで状態異常を仕掛けられたのか考える。
まず、魔法では短時間で動けないまで衰弱させる事は不可能だ。
だが、今の今までコイツ等は周囲にはいなかった。
そうなると……
「そうか、無臭の衰弱香か…」
「へぇ…冒険者で良くソレがわかりましたねぇ…」
俺の呟きをジャロイが感心したように言う。
衰弱香は、その名の通り相手を衰弱させる為に使用するアイテムだ。
本来は、風下にいる強力なモンスターを弱らせてから討伐する時に使う物なのだが、人体にも影響がある。
基本的に無臭であり、多量に吸い込むとマキーシャ達のように完全に動けなくなる。
しかし、この衰弱香にも弱点はある。
あくまでも状態異常である為、状態異常を無効化する能力を付与していたり、回復魔法を使えば回復出来る。
「俺と神威はちょっと特殊でね、そう言ったモンは通用しないんだわ」
そう言うと、神威が棍を地面に刺す。
周囲にいる神官戦士は探知レーダーで確認しているが、じりじりとこっちに近付いてきている。
こりゃ早くしないとちょっとマズイな。
「しかし、こうも策略巡らして、失敗続きってのは上にも問題視されてるんじゃないか?」
俺の言葉でもジャロイの表情は変わらない。
恐らく、この場を切り抜ければどうとでもなると思っているのだろう。
だが、俺達相手に切り抜ける事なんて出来ると思うのは大間違いだ。
「ま、俺には関係無い事だなっ」
そう言って焚火をジャロイ目掛けて蹴り飛ばす。
当然、こんなのが攻撃になる訳が無い。
ただの嫌がらせだ。
「この程度で…」
「癒しの風!キュアサークル!」
ジャロイが言い終わるより先に、神威が状態異常を回復させる回復魔法を発動させた。
マキーシャ達を囲むように緑色のサークルが現れ、瞬時に状態異常を回復させる。
回復したマキーシャが頭を振り、その場に立ち上がって武器を構えた。
リョウとシシーも同じように立ち上がって武器を構える。
ただ、若干調子は悪そうだ。
「よくもまぁやってくれたね…」
「やれやれ…あのまま寝ていれば、余計な苦痛を感じる事もなかったんですけどねぇ…」
ジャロイが右手を上げた瞬間、周囲にいた神官戦士達が魔法の詠唱を始める。
コイツ等は無詠唱出来ないのか…
ほぼ、同時にシシーも詠唱を始める。
「魔を遮る盾となれ!マジックシールド!」
神官戦士が魔法を発動させるより先に、シシーが対魔法用のシールドを発動させる。
シシーの魔法が先に発動したのを見て、ジャロイが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
そして、遅れて発動した神官戦士達の魔法がシールドに遮られる。
この詠唱の速度差は、シシーの杖に付与してある詠唱加速の効果だ。
付与レベルは低いが、通常の詠唱に比べれば充分早い。
見た限り、周囲にいる神官戦士の使える魔法は、炎と風と土だけか…
後はジャロイ自身の魔法だが、詠唱をする暇は与えるつもりは無い。
「地爆陣!」
「見え見えですねぇ」
棍で地面を薙ぎ、振り返して地面を爆破して多量の土砂をジャロイに向けて飛ばす。
だが、ジャロイは後ろに飛び退いて、余裕そうにその土砂を回避する。
確かに、何も知らなければ当然の回避行動だ。
「砕けて穿てっ!滅岩弾!」
地爆陣で抉れた地面に棍を突き刺し、振り上げると巨大な岩が地面から垂直に出現する。
そして、その岩目掛けて全力で拳を打ち当てた瞬間、岩が粉々に砕けてジャロイに降り注ぐ。
当然、回避したばかりで体勢が崩れているジャロイが回避出来る訳もなく、その大半を受けて吹っ飛ばされる。
武神シリーズを持っている間、使用出来る通常スキルは全て制限されてしまう。
しかし、それを補うのが『コンボスキル』の存在だ。
その一つが地爆陣からの滅岩弾。
地爆陣の土砂で相手の動きを制限し、滅岩弾の岩の飛礫で追撃する。
この追撃を回避する方法は、後方ではなく側面に回避するか、最大威力を発揮する前に飛び越してしまえば良い。
まぁ知ってるはずはないか…
周囲では神官戦士相手に、マキーシャ達が押している状態だ。
それも当然といえば当然であり、マキーシャとリョウの攻撃を防げるような技量を持った神官戦士はおらず、詠唱速度もシシーに劣る。
更に、詠唱が終わって魔法を発動させようした瞬間、神威が攻撃を加えて妨害する為、ほとんど魔法も使えない。
そうしている所にマキーシャが突っ込み、蹴り飛ばして行動不能にさせる。
吹き飛ばされたジャロイが、地面を滑るように着地すると即座に魔法詠唱を始める。
詠唱内容的に炎系の魔法のようだな…
一気に接近し、ジャロイの胴目掛けて棍を突き出す。
だが、ジャロイはその攻撃を避けて細剣でずらす。
「燃え尽きなさい!フレイムジャベリン!」
そして、ジャロイが一足飛びで後方に飛んだ瞬間、魔法を発動させる。
流石、神官戦士の隊長を務めているだけあり、今の攻防中でも詠唱の集中力を失わなかったらしい。
だが、炎系の魔法であれば対処の方法はいくらでもある。
距離も十分あり、棍で叩き落す事も可能であるが、今回は別の方法を取らせてもらおう。
そう考えた瞬間、既に身体は動いている。
懐からある物を取り出し、指弾でそれを撃ち出す。
それが今にも飛び出そうとしていた炎の槍に直撃した瞬間、炎の槍が爆発を起こした。
今撃ち出したのは、『癇癪豆』と言う大豆の様な豆だ。
乾煎りし、塩を少し振り掛けると結構美味しい。
ただし、乾煎りが甘いと、殻を噛み抜いた瞬間爆発する。
爆発の威力は弱いが、歯茎が弱っていると歯が吹き飛ぶくらいの威力はある。
そして、基本的に魔法と言う物は何かに衝突するとそこで終わる。
この癇癪豆は魔法に直撃した瞬間、そこで破裂して魔法を強制的にその場で発動させる。
つまり、今回の様に爆発するタイプの魔法の場合、先読みして撃ち出せば魔法が相手の近くで爆発すると言う訳だ。
「なっ!?」
当然、至近距離にいたジャロイは炎の直撃を受けるが、直ぐに炎をマントでガードする。
しかし、マントでガードするという事は、同時に俺の姿は見えなくなってしまう。
こういう戦いで相手の姿を見失ったり、見なかったりするのは悪手だ。
何故なら、その僅かな時間で接近出来るからだ。
「迅雷閃!」
青白い雷を纏った棍を横薙ぎに振るい、ジャロイを弾き飛ばす。
そして、左腕に当たった瞬間に骨が砕ける音がしたので、恐らく回復させなければジャロイは戦闘に復帰する事は不可能だろう。
弾き飛ばされたジャロイが数度地面で跳ねて止まる。
「…強いとは思いましたが、想定以上ですねぇ…」
ジャロイが左腕を押さえて立ち上がる。
ただ、その呼吸は荒く、額には汗が噴き出している。
相当な痛みを我慢しているようだ。
「あっちも勝負が付きそうだし、降参したらどうだ?」
そう言うと、背後で神威の蹴りが神官戦士の一人を蹴り飛ばし、木に叩き付けられた神官戦士が動かなくなる。
他の神官戦士も、既に無力化されたのか、全て地面に倒れ伏している。
「…まさか…こんな所で神の奇跡を使用する事になるとは…」
ジャロイがそう呟くと、腰の袋に手を伸ばす。
だが、こんな詰みの状況をひっくり返すような物があるとは思えない。
もし、このジャロイがユーザーだったなら確かにいくつか手段はある。
ゲームでは強力な回復ポーションや、パーティーメンバー全員を一気に拠点まで転移させるような特殊なアイテムがある。
しかし、そんな便利な物はゲームの中だけだ。
一応、俺のストレージにはいくつか入ってるが…
「さぁ、全員、神に仕えるに相応しき姿になりなさい!」
ジャロイがそう叫んで袋から瓶を取り出して掲げた。
瞬間、ドクンッと空気が震えた感じがすると、倒れていた神官戦士達がゆっくりと立ち上がり始めた。
それを見たマキーシャ達が武器を構え対峙する。
だが、俺の視線はそっちでは無く、ジャロイの掲げた瓶に向いていた。
「…テメェ…それどうやって手に入れた…?」
ジャロイの掲げた瓶には見覚えがあった。
リッチになった錬金術師が錬成し、浮浪者達を贄にした錬成物。
そして、あまりに危険な物の為、冒険者ギルドの禁庫の奥に封印されたはずの物。
そう、俺が聖水に沈め、ギルマスのクックに頼んで封印したはずの物。
ジャロイが掲げていたのは、赤黒く輝く『愚者の石』だった。
「愚問ですねぇ…神が僕等に授けて下さったのですよ」
「ソイツがどんなモンかわかってんのか?」
そう言うと、ジャロイは瓶を再び袋に戻した。
そして、俺の問い掛けを聞いて、口の端を釣り上げる。
「この石は、僕等に更なる力を授けて下さるのですよ」
そう言った瞬間、神官戦士達の様子が急変する。
ある者は絶叫しながら胸を押さえ、またある者は咳き込みながら地面に倒れ込む。
他にも頭を押さえてのた打ち回っていたり、木に頭を打ちつけている者もいる。
マキーシャ達はその神官戦士達の急変に驚いているのか、攻撃する手が止まっている。
神威ですらどうすれば良いのか、俺の方を向いたり、絶叫している神官戦士の方を向いたりしている。
しばらくして、地面をのた打ち回っていた神官戦士の一人がフラリと立ち上がると、たどたどしい足取りで木に頭を打ちつけていた別の神官戦士に近付いて行く。
そして、頭を打ちつけていた神官戦士の肩に手を掛けた瞬間、その首筋に噛み付いた。
噛み付かれた神官戦士の絶叫が響くが、噛み付いた神官戦士はそれを無視するかのように噛み千切った。
鮮血が噴き出し、神官戦士のフードをどんどん赤く染めていく。
その神官戦士を止めようとしているのか、他の神官戦士達がふら付きながら集まってくる。
しかし、集まってきた神官戦士の一人が、噛み付いていた神官戦士の脚に噛み付いて、同じように噛み千切った。
それは言うなれば共食い。
神官戦士達は互いの身体を食い千切り、絶叫を上げるが止まらない。
それを見ていたシシーが耐えられなかったのか、口を押える。
確かに、見ていて気分が良い物では無い。
マキーシャはまだ平気そうだが、リョウの顔は青白くなっている。
「く、狂ってやがる…」
マキーシャが呟く。
恐らく、この神官戦士達は全員、事前に砕かれた愚者の石を呑み込んで、ジャロイの『合言葉』で、その力を解放するように仕込まれていたのだろう。
だが、愚者の石は強力な呪物であり、そんな物をただの人が簡単に制御出来るはずが無い。
この共食い行為は、恐らくエネルギーの多い他者を喰う事で、自身を強化しようとする為。
既に、神官戦士達の自我は壊れてしまったのだろう。
あるのは、ただ目の前のエネルギーを喰い、自分自身の力にすると言う渇望。
そして、蠢く一つの肉塊が出来上がっていた。
所々に骨が跳び出し、複数の淀んだ瞳を動かし、唇の無い大小様々な口を動かして呻き声を漏らしている。
これは最早、人であったと説明しても信じて貰えないだろう。
「全員ソイツから離れろ!」
その言葉で、マキーシャがシシーを抱えて離れる。
リョウは自分で離れ、神威も此方に走ってくる。
「コイツを拘束しといてくれ」
合流したマキーシャに、既に意識を失って倒れているジャロイを任せる。
神官戦士達の様子が急変した瞬間、拳を思い切り叩き込んでおいた。
もし、それが原因で死んだとしても別に構わない。
それ程、ジャロイはとんでもない事をやらかしたのだ。
やがて、肉塊に小さい足の様な触手が生えて動き始める。
それはゆっくりとサガナ街の方へ。
大量の餌がいる方向へ。
「どうするんだい?」
流石に初めての事過ぎて、対処方法が思い付かないのか、マキーシャが聞いてくる。
だが、正直俺にも対処方法は思い付かない。
こんなモンスターはゲームに存在しなかったし、鑑定眼で見ても名前は『qwr*#k~!ds』とバグって表示されている。
「まず、近付くのは危険だな…取り敢えず、魔法でどれだけ削れるか確認してみるか…」
そう言って、棍を地面に刺し、刀をインベントリに収納する。
隣では、同じように神威が準備を開始する。
「炎でいいの?」
「取り敢えず、焼いてみる」
神威の質問にそう答えて、魔力を集中させる。
「「ファイアーボール!」」
二人分の火の玉が蠢く肉塊に直撃して爆発を起こす。
直撃して炎上を始めた肉塊が、奇妙な叫び声を上げ、直撃した部分の肉が焼け焦げている。
そして、ゆっくりと焼け焦げた部分が剥がれ落ちた。
「…連発すりゃどうにかなるかな?」
その様子を見て呟く。
焼け焦げて剥がれた分だけ、肉塊は小さくなるだろう。
そうなれば、後は持久戦だ。
だが、そう思った瞬間、肉塊が震えると、焼け焦げて削れた部分の肉が盛り上がっていく。
そして、焼け落ちる前と変わらない状態に戻っていた。
「本当にどうするの?」
その様子を見ていた神威が聞いてくる。
これ、もしかして一撃で全部消し飛ばさないと無限に再生するってパターンか?
無理じゃね?
また3日後にお逢いしましょう。
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