第12話
結論から先に言おう。
6日目の夜、襲撃はあった。
それを神威が殲滅、襲撃者達は全員拘束されて馬車に引かれて歩いている。
うん、どう考えても野盗とか盗賊の類ではない。
あの動きは完全に組織立った動きだ。
森から10人程度が現れ、名乗りを上げる前に神威が跳び出して隊長格の男を一撃昏倒。
その後、混乱している部下達を叩きのめして全員拘束した。
現在は、王都の巨大な入り口でその襲撃者を引き渡している。
ただ、話の端々で『教会が』とか『問題になるぞ!』とか聞こえてくるが、襲われたのは事実だし、俺達は引き渡すだけだ。
後は勝手にやってくれるだろう。
「さて、それじゃ王都の冒険者ギルドで依頼達成の報告をしてくるね」
マキーシャとメルフィが、少女と共に巨大な冒険者ギルドに入って行く。
サイズだけでもサガナの冒険者ギルドの3倍ほどある。
流石王都だな。
王都イルディアム。
全体的に白い壁と青い屋根の家が多く、その中央に『イルディアム城』が聳える。
街道は活気に溢れ、露店には多くの商品が並び、店舗には質の良い武具が並んでいた。
「依頼達成したよ」
マキーシャがそう言って戻ってくる。
そして、少女と御者が俺達に頭を下げる。
これで護衛依頼は終了になり、各自に報酬の詰まった袋が渡される。
だが、神威だけはこれからフォレストウルフの売買交渉があるのだが、問題がある。
それが、冒険者登録をしていないから、冒険者ギルドで売る事が出来ないと言う事だ。
なので、誰かが代理となって売買交渉をする事になる。
今回はリョウに頼む事にした。
確か、フォレストウルフの討伐は銀級からだったはず。
俺はまだ銅級だし、売ればかなり悪目立ちする事になる。
流石に王都で目立つ真似はしたくない。
まぁ数が数なので悪目立ちはしそうだが…
結果、銀貨220枚となった。
もちろん、あの数を受付で出したら、受付嬢の表情がかなり引き攣っていた。
その後、数の確認をして一匹銀貨3枚で216枚。
その内、数頭がフォレストウルフリーダーと言う強個体だったらしく、若干の増額で220枚となった。
銀貨が詰め込まれた皮袋を、大事そうに神威が抱えて冒険者ギルドから戻ってくる。
そして、その皮袋を俺の方に渡そうとして来る。
「ソイツは神威の報酬なんだ、神威が保管しておくと良い」
俺がそう言うと、神威が嬉しそうに腰にあるポーチに皮袋を押し込む。
一見ただの茶色い皮ポーチに見えるが、このポーチが神威のインベントリに直結している。
見た目に反してかなり収納できるので、本来なら人の往来がある場所ではあまり使って欲しくは無いのだが。
「毎度見てるけど、二人のソレは魔法袋かい?」
マキーシャが神威のポーチを指差しながら聞いてくる。
この世界にはインベントリという便利な物は無いが、見た目に反して多くの物を入れる事が出来る『魔法袋』と言うマジックアイテムが存在する。
魔法具店に行けば、かなりの数が売りに出ているのだが、その容量は小さい。
最低サイズの容量でも、電話ボックスくらいの容量があるらしく、最大サイズともなると、大型の屋敷が一つくらい入る様な超大容量らしい。
ただし、人工的に作れるのは電話ボックス5つ分くらいのサイズだけであり、最大サイズの物は迷宮の宝箱からしか手に入らない。
なお、御値段も結構な額だったりする。
「まぁ似た様なもんだな」
だってコレ使えるの、今は俺と神威だけだしなぁ…
しかし、その魔法袋は少し気になる。
ゲーム中にそんな名称は存在しなかったが、似た様な物はあった。
それが納品ボックスと呼ばれるNPCがアイテムを受領した際に収納する箱だ。
その納品ボックスを製作する、という依頼があった。
材料も、木材と革と鉄材が少々と手軽だ。
ただ、空間拡張の魔法スクロールと言う必須アイテムがあり、これを入手する為に魔法店での依頼をクリアする必要がある。
入手したスクロールを使用する事で、ただの木箱が納品ボックスとして機能するようになる。
そして、使用したスクロールは消滅せず、何度でも使用可能であり、定期的に納品ボックスを作って納品すると言う小遣い稼ぎが出来る。
このスクロールはこっちでも使えるのだろうか?
そして、使えたとして容量はどのくらいになるのだろうか?
ふつふつと実験欲が沸き上がってくるが、今はとにかく帰還の準備だ。
そんな事を考えながら、帰りに必要な物を買い直していく。
主に食料。
しかし、王都にはかなりの種類の食料品が揃っている。
香辛料も、コショウ以外にトウガラシやショウガ等が揃っていた。
これならかなり料理に幅を持たせる事が出来るだろう。
特に驚いたのは、醤油と味噌が存在した事だ。
ただ、かなり高額だった…
醤油は一升瓶、味噌は一抱え程度の樽で、両方とも銀貨100枚する。
ほぼ同じ分量で果実酒は銀貨5枚程度なのにだ。
まぁ恐らく、この世界の気候と材料で作ったら高額になるだろう。
この世界の主農業は小麦で、次に根菜系と続いている。
醤油や味噌の材料になるであろう豆系は、それほど人気は無い。
店先で悩んでいると、神威が醤油と味噌を購入していた。
しかも、両方合わせて銀貨160枚まで値切っていた。
ホクホク顔で神威がインベントリに収納する。
後で味見程度に少し貰おうかな…
俺の方は報酬で香辛料系を買っておく。
肉に関しては、フォレストウルフの肉が結構あるので、問題は無い。
取り敢えず、今日は1日だけ王都に泊まり、明日帰路につく。
よし、帰路に食べる用の料理を仕込んでおこう。
宿の調理場の隅を間借りして、手早く調理をしておく。
後は喰う前に温めて最終調整すれば良いだけだ。
鍋はそのままインベントリに収納して置く。
まぁマキーシャ達の口に合えば良いんだが…
そして、宿の部屋は1部屋だけで、神威と同室となる。
そもそも神威は娘、問題は無いだろう。
別に何が起きる訳も無く、そのまま次の日。
サガナ街に帰還するのだが、帰りは馬車も無くそのまま徒歩で帰る。
そして、ガリーノとメルフィはこのまま王都に残るらしい。
なんでも、知り合いが迷宮に挑むらしく、それを手伝うとの事。
迷宮、色々な話に登場するダンジョンの総称。
この王都にもいくつかの迷宮があり、初心者から精鋭が挑む物まで様々ある。
マキーシャに聞くと、サガナ街の近辺にも1ヵ所あるらしいが、初心者から中級者くらいまでが挑むような難易度らしい。
一度は行ってみようと思うが、初心者向けだと多分駆け足で終わるだろうなぁ…
帰り道、襲ってくるモンスターも無く、街道をゆっくりと歩いて行く。
先頭を歩くマキーシャ達はワイワイと雑談はしているが、探知レーダーで敵対モンスターがいない事は確認済みだ。
しかし、男一人だと会話に混ざれない。
行きはガリーノがいたので、それなりに会話は出来ていたのだが帰りはさっぱりだ。
話を聞く限り、話題はサガナ街の飲食からどこの誰がフラれたとか、何故か話題がすっ飛んで行く。
「さて、そろそろ日も暮れるし野営の準備するか…」
俺の言葉で全員が足を止める。
かなり日が傾き、影がかなり長く伸びている。
前日に準備していた料理があるので、リョウとシシーが竈を作り、他は枯れ枝を集める。
そして、魔法の小さい火で着火し、インベントリから鍋を取り出す。
竈に置いて温めてから、味付けを確認する。
うん、少し塩味が足りないな…
調味料を足して味を調える。
作ったのはフォレストウルフのモモ肉のトマト煮だ。
地球では鶏肉とかスペアリブで作っていたが、こちらでも問題無い。
なんでそんなのを作れるのかって?
作り置きが出来る上に、残ったスープは少し手を加えれば別料理に使えるから、好きだったんだよ。
「はいよ」
木の器に大きめの肉と野菜を盛り付ける。
そして、神威が黒パンを取り出してマキーシャ達に渡す。
マキーシャ達にとっては初めて見る料理なので、どう食べたら良いのか思案しているようだ。
神威は千切った黒パンをスープに付けてふやかして頬張り、肉をスプーンで解して食べる。
ただし、その速度はかなり早い。
それを見つつ、俺自身もトマト煮を食べる。
うん、及第点かな。
黒パンに合わせて若干濃い目に味付けをしておいたが、冒険者は肉体労働でもあるから、濃い味付けでも問題は無い。
まぁ限度はあるだろうが…
意を決したのか、マキーシャが肉の塊を口に入れた。
「!うっまっ!?」
それを見てリョウとシシーも同じように肉を食べ始める。
ただし、二人共肉を解してからだが。
「…ホント…美味しい」
「ウルフのお肉は臭みがあって硬いし、美味しくないはずなのに…」
「あぁ、臭みは臭み取りをしてないからだな」
シシーの疑問に軽く答える。
臭み取りと言うのは、言葉通り臭いを取る作業だ。
判り易いので言えば、豚の角煮とかで、ネギの青い部分とショウガを使う方法だ。
ただ、それらを一緒に鍋に入れて煮る、という事を数度繰り返す。
それだけでも十分臭みが無くなるのだ。
柔らかいのは、煮込み方法だな。
煮込み方法は企業秘密だ。
「ちゃんと下ごしらえをしておけば、充分美味い肉だよ」
そう説明すると、目の前に空の器が二つ出される。
「「おかわりっ!」」
言う間でも無く、神威とマキーシャだ。
苦笑しつつ、鍋から追加を器に入れて二人に渡す。
結局、マキーシャは4回、神威が3回、俺とリョウとシシーは2回おかわりした。
鍋の肉は完全にカラになった。
スープ部分が残っているから後で別料理用に調整して置こう。
その後、二人一組で見張りを行って過ごす。
最初はマキーシャとリョウがおおよそ深夜の2時くらいまで、その後は俺と神威で朝までと言う感じだ。
初日はシシーが熟睡し、その後は順番を決めてある。
そうやって見張りをしながら森を進む。
王都に行く際にフォレストウルフを相当な数討伐したので、森はかなり静かだ。
探知レーダーにも接近してくる赤い点は無い。
正直、行きがアレだったので、かなり拍子抜けと言えばそうなのだが…
「さて、街に戻ったらコイツも報告しなきゃならんよなぁ…」
そう言ってインベントリから取り出したのは、初日にフォレストウルフを引き寄せまくった『獣魅蝋』だ。
焚火に照らされて血の様に赤いが、元々赤い物だし。
「今回はどうにかなったけど、二度とやりたくないもんだね」
「でも、どうしてこんな物が…」
「…報告しても面倒な事になりそうですし、ここで灰にしちゃいますか?」
そうシシーが提案してくる。
正直な話、報告したら確かに面倒な事になるだろう。
あの父親らしき貴族が何か仕掛けたんだと思うが、どんな思惑があって仕掛けたのかがわからない。
もしも、何かしらのトラブルで紛れ込んでいたのならともかく、あの少女を暗殺しようと画策していたら、どう考えても悪い方にしかならない。
そう考えると、ここで処分してしまうのが一番なのかもしない。
「確かに…此処で処分しちまうのが一番か…」
ここで焚火に放り込んでしまえば、匂いが拡散する前に全て燃えて灰になるだろう。
マキーシャとリョウも同意見なのか、何も言わない。
「それじゃ、コイツはこのまま処分するって事で…」
「そんな勿体無い事をせずとも良いのではありませんか?」
蝋燭を焚火に放り込もうとした瞬間、横手の森から声が掛けられた。
そして、現れたのは白い法衣に革鎧を装備し、腰に細剣を下げ、首には捻じり合った蛇のような銀と金が使われたネックレスを下げた金髪の男。
その表情は笑みを浮かべているが、その視線は氷の様に冷たい。
その出で立ちは、シシーの様な神官戦士という感じではあるが、その背に付けているマントの色は深緑であり、どの所属か不明だ。
そして、探知レーダーには何も表示されていない。
鑑定眼で探ると、その身に着けているマントに『隠蔽』という能力が付与されている。
「…確か、ジャロイだったか…こんな所に何のようだ?」
「訓練の一環で街の外で活動していたのですが、何やら皆さんを見かけまして」
流暢にジャロイがそう説明してくる。
だが、どう考えても訓練をしていたとは思えない。
何故、訓練で『隠蔽』した奴が20人近く、俺達の周囲で息を潜める必要がある?
「訓練…ねぇ…」
「魔獣を引き寄せるアイテムも使い方次第ですよ?」
ジャロイがそう言うが、獣系モンスターを無差別に引き寄せるだけのアイテムに使い道なんて無いだろう。
この男の一挙手一投足に注意を払う。
「…一つ質問して良いか?」
「どうぞ?」
「このアイテムの話は何処で聞いたんだ?」
その言葉で、ジャロイの片眉が反応する。
俺達はこの『獣魅蝋』の名前も、効果も一切話していない。
つまり、俺達の話を聞いただけでは知りようが無いのだ。
しばらく沈黙していたジャロイが溜息を吐く。
「…いやぁ…ホントは嫌なんですよ?こういった事後処理って…」
そう言った瞬間、神威が俺の背後の空間を鬼神刀で一閃すると、その場に切断された矢が地面に落ちる。
鑑定眼で確認すると『漆黒の矢』と判明した。
この矢は極限まで磨かれ、空気を切り裂く音すらしないと言う暗殺用の物だ。
それを見て、マキーシャ達が武器を構え、シシーが直ぐに防御結界を展開する。
「…まぁこれで教会絡みってのはほぼ確定か…」
呟いて、武神棍を手に取る。
周囲の奴等も既に探知レーダーに表示されている。
だが、武器を構えていたリョウが急に膝を付く。
それに続いて、マキーシャとシシーも同じようにその場に崩れ落ちる。
彼女達が急に動けなくなるのは、どう考えてもおかしい。
鑑定眼で彼女達の状態を確認すると、状態異常『衰弱』となっていた。
いつそんな状態異常攻撃なんて喰らった?
「おや、貴方達は平気なようですね…」
ジャロイが細剣を引き抜きながら、意外そうに呟く。
「まぁ良いでしょう。貴方も私の手で直ぐに神の御前に送って差し上げましょう」
そう言ってジャロイの口元が、吊り上るように笑みを浮かべた。
投稿時間は何時が良いんだろうか……一応、今回は昼の12時更新にしてみました。
次話はまた3日後くらいになります。
面白いなーとか続きを読みたいなーと思ったら、ブックマーク・評価してくれると、作者がすごく嬉しくなります