01
ボクの名前はイズナ。
ガトー家の当主をやってる兄さんの妹だ。
妹なのになんで一人称がボクなのかというとついこの間まで戦争やってたから。戦争中の戦士に女らしさとかいらないよね。
女だからって敵が手加減してくれる訳じゃないからね。むしろ率先して狙われるよね。
兄さんと同じ魔法騎士の称号を持っててもボクは兄さんより弱いから、せめて足手まといになるような要素は排除しておかないと、ってね。
戦争が止まったからこれからどうなるかはわからないけどね。
聖域の森で聖獣の言葉を聞いたとかで戦争を止めた英雄となった兄さんはこのところ忙しそうにしていた。
いつもだったら嫌がる書類仕事もおとなしく片付けてたし、ようやく当主業が板に付いてきたのかもね。
当主になる前も、なってからも最前線で戦ってたから、じっとしてるのが苦手なんだよね。まったく、自ら戦場の最前線に出て大暴れする当主がどこにいるって話だよね。
まあ、敵側……東国側にもそんな当主がいたけど。
あの人の強さは反則じみてるよね。兄さんでも勝てないってちょっとおかしいよね。
西国でも化物じみた強さだとか言われてる兄さんより強いって本物の化物だよね。ボクとしてはその弟の方がヤだけど。
あいつはボクよりちょっと強いくらいだけど、戦い方がやらしいんだよね。
罠張ったり、幻術使ったり、罠張ったり、罠張ったり、罠張ったり。あいつのせいで何度死にかけた事か。
今度会ったらただじゃおかない。停戦中とか知るもんか。あのすました顔にグーパン入れてやる。
「すまん。待たせたな」
「兄さん」
ボクは慌てて居住まいを正した。
ガドー本家には兄さんとボクの二人しかいなくなってしまったけど、礼儀は大切だ。
今日は話があるって言われてたんだよね。何だろう。
「イズナ。俺は結婚する事にした」
「へえ! おめでとう兄さん!」
突然の事で驚いたけどボクはそれ以上に嬉しかった。
兄さんの顔は整っていて、黙って突っ立っているだけで婦女子にきゃあきゃあ騒がれるだけの要素を持っているのに、壊滅的にモテなかったからだ。
普通なら高身長で、魔法騎士で、顔が良ければ引く手数多、選り取り見取りのはずなのに、兄さんは眉間に刻まれた深い皺と、にこりともしな仏頂面と、つっけんどんを超えた言葉足らずさのせいで、女性には尽く敬遠されてきた。
おまけに戦ともなれば興奮するせいなのか、言動がいつもとがらりと変わる。
眉間の皺の深さと眼光の鋭さはそのままに口の端がニイイ、と釣り上がり、いきなり高笑いを始めたりする。身内のボクからしてもちょっと怖い。
おまけに、国王からの命令で戦ってるにすぎないというのに、付いた二つ名が『黒い死神』という残念極まりないものだった。
たしかに兄さんは黒装束に黒髪だけれど。手入れも何もせず、ただ伸ばしているだけのボサボサ具合がダメなんだろうか。
でも兄さんってば面倒だって言って手入れとかぜんぜんさせてくれないんだよね。じゃあ切ればいいのに。なんで伸ばしてるんだか。
「嫁入りという事で式はまだ先だが、こちらの生活に慣れておきたいと明日到着する予定だ」
「へえー、明日来るんだ………明日?! 兄さん! 何を落ち着いてるの!」
この屋敷は戦争中ずーっと無人みたいなものだったから、手入れとか掃除とかぜんぜん行き届いてなくって、自分達の部屋くらいしか手入れしてないんだよね。停戦した今も面倒だったからぜんぜん手を付けてないんだけど!? 客間とかたぶん埃が積もってるよ!?
こうしちゃいられない。魔術を使ってでも大至急きれいにしなくちゃ。ああもうシーツとかカビ生えてたりしないよね?! 庭は……えーっととりあえず伸びてるのは片っ端から切っておこう。
あっ! 食料もぜんぜんない! 伝書飛ばして分家に分けて貰うか、買ってきてもらうかしないと! もおおおお! 当主業が板に付いてきたとか言ったの誰だよ! ボクだよ! ぜんぜんダメじゃんか!
「兄さん、客が来る時は早めに言ってっていつも言ってるよね!」
「スマン」
ぜったいすまんとか思ってないよね。これで何回目だよ兄さん。
今すぐやらなきゃいけない事を指折り数えて立ち上がる。
兄さんの結婚相手だなんてこの先現れてくれるかわからない。絶対逃すもんか!
女性らしさとか微塵もない屋敷だけどお嫁に来たら好きにしていいので今は我慢してください。
見ず知らずの婚約者さんに祈ってはたと気付く。
そういえば、相手って誰だ?
慌てすぎて国内外の評判がわりと最悪の部類に入る兄さんに嫁入りしてくれるなんて、ちょっとアレな未来のお義姉さんの名前を聞くのすら忘れていた。
「兄さーん。未来のお義姉さんの名前はー?」
部屋から出かけた足を止めて兄さんに問いかける。
兄さんは珍しく嬉しそうだとはっきりわかる顔をして笑った。
……やっぱりちょっと怖いんだけどね。
「ルースだ」
「……………………へえ」
東国最強の魔法騎士のルース・レイと同じ名前なんだなあ。同姓同名の人かな。
とりあえず、同名の人なんだな、と思う事にした。
思い込む事にして、やらなくちゃいけない事を片付ける作業に熱中するボクだった。
***
もしかしたら同名の人かも? なんていうボクの淡い期待は見事に打ち砕かれたよね。
翌日、兄さんが喜々として出迎えた婚約者にして未来のお義姉さんは、戦場で何度も顔を合わせた事のあるルース・レイだった。間違いなくルース・レイだった。
戦場で初めて見た時から思っていたけど、間近に見るルースはとんでもない美人だった。
まるで光が凝縮したような白く輝く長い髪に、白銀の長いまつ毛に、ぱっちりと開く大きな瞳に、抜けるような白い肌。
兄さんが事前に贈っていたのだろうガドー家のかつての故郷の衣装の色が黒なものだから、いっそう白く見える。
兄さんったらいつの間に。言っておいてくれればもっと似合う衣装を選んだのに!
ルースがにかりと笑った。ん? にかり?
「こうして言葉を交わすのは初めてだな、イズナ! 今日から世話になるぞ!」
……………うん。戦争してたからね。ルースが男言葉になるのだって仕方ないよね。ボクだって男言葉な訳だし。
ただルースの見た目が美女過ぎて落差に追い付けないというか。
「ほら、お前も挨拶せんか!」
ルースの隣に立っていた男は背中をぶっ叩かれて嫌々、という感じで頭を下げた。
「――ルーシャン・レイ。姉上共々世話になる」
「……イズナ・ガドーです。こちらこそ」
ルーシャン・レイ。
ボクがこの世で一番戦いたくないヤツ。
兄さんの婚約者であるルースが来るのはわかるけど、なんでこいつまで?
こいつに屋敷の門をくぐらせるくらいなら殺し合いしてた方が良くない? こいつを屋敷に入らせたらあっちこっち罠だらけになりそうな気がするんだけど。
あはは、相変わらずすました顔をしてるなあ、静まれボクの右手!!
「イズナ、ルーシャンを案内してやれ」
「…………はい」
自分は婚約者を案内するんだね! ボクだってルースのほうがいいんだけどね?!
そう思うけど、兄さんが本当に嬉しそうにルースに笑いかけたので黙っておいた。……やっぱり顔はちょっと怖かった。
あれに驚いたり泣き出したりしないルースってちょっとすごいな。
「――お前も大変なんだな」
お前に同情されたくないんだけどね!
「……馴れ馴れしく話しかけないでくれる? ルースの事は兄さんが嬉しそうだから百万歩くらい譲って受け入れるけどね」
「そこは千歩くらいにしておけ」
「へえ。じゃあお前は実の姉の婚約者がガドー家当主で納得してるんだね」
「―――……ああ。一万歩ほど譲ってだが」
「おやさしい事で」
念の為に掃除しておいた客間に案内する。
こいつが使うんならあんなに気合を入れなきゃ良かった! 掃除すらまともにできないのかって侮られるのも嫌だけどね!
「ほら、ここ使いなよ」
「ああ。
――ところで」
「なに」
「姉上とイヅチの今後について話し合いたいのだが」
ボクは舌打ちしたけど肯いた。
「昼飯を作りながらでいいなら聞くよ。お前も手伝いなよね」
「ああ。わかった」
ボクはこいつが嫌いだし、こいつもボクが嫌いだろうけど、ボクは兄さんを、こいつはルースを大切に思っている事がけは互いによく知っている。だてに十何年も殺し合いをしていない。
西国最強と東国最強の魔法騎士同士の結婚をよく思わない輩なんて掃いて捨てる程いるだろう。
兄さんの幸せな未来の為にこいつと協力するしかないんだろうな、とボクはため息をついた。
ラブコメになる予定です。なるといいなあ。