4 ブスと根暗とヤンキーと
今回は説明回です
さらに二週間が過ぎ、こちらの世界に来てからおおよそ1ヶ月が経過した。
私たち勇者の訓練も順調に進み。
初めての実戦訓練に挑むことになった。
内容は簡単で、私たちが普段暮らす王都からほど近い森で魔物を狩るというものだ。
魔物というのは言ってそのままの存在だ。RPGなんかに出てくる人を襲うケモノのことである。
この魔物を狩るということが私たち勇者の仕事だ。
ここで、私たちが転移したこの世界のことを大まかに説明しておこう。
この世界の土地は大まかに二種類に分けられる。人間界と魔界だ。
この二つがどう違うのか、説明は簡単。人間が住んでいる土地が人間界。魔族が住んでいる土地が魔界。極めてシンプルである。
この魔族という種族だが、定義が人や組織によってばらけているためざっくりと言ってしまえば『人類に仇なす人間以外の存在』ということだ。
人類に敵対的ななんとかってやつだ。
視覚的なイメージとしては悪魔とか妖怪なんかを想像してくれればいい。
ファンタジーに定番なドワーフやエルフなんかもここに含まれる。
人間界に存在する知的生命体は人間だけだ。この辺はオタクっぽい男子が苦言を呈していた。
まあ私もイヌ耳ネコ耳の獣人とかを期待していたから、気持ちは分からなくもない。
というかそもそも居るのか?
閑話休題。
この世界の文献によれば人類はそんな存在と領土をめぐった争いを何百年と続けていたらしい。
時には人類が滅亡するかと思われるほど衰退した時期があったようだ。
そんな時に人類が手に入れた技術が『召喚魔法』。私たち勇者を呼び出す魔法である。
人類は勇者を召喚し、その力で魔族を退け今の領土を勝ち取ったとかなんとか。
この辺記録があいまいでよくは分からない。
ま、とにかく人間界は今から100年ほど前に今現在の領土になり。それ以降の大幅な領土変動はない。
人類は魔族を退け大陸の外へと追い出した。つまり魔界と海を挟んだ大陸で分かれたのだ。
こうなると攻めるに攻められない。
どの方向にどの程度の魔界の大陸があるのかが今も分からない。
偶に偵察船を出すこともあるそうだが、ある海域を超えると一隻も帰ってこなくなるらしい。
魔界は完全に闇の中、進軍の計画すら立てられず膠着状態。
しかし、それは魔族側も同じこと。
現に100年の間に小規模な攻撃が数度あっただけで大規模な進軍は一度もなかった。
結果、人間のお偉いさん方はむやみに藪をつついて蛇を出すことは止めようという結論に達したのだ。
その藪をつつくことにもかなりの国家予算を使うため、リターンもろくに期待できないリスクを負うことを嫌がったのだろう。
確かに合理的だ。多分私でもそうする。
こうして人類は限られた領土を分けることになったのだが・・・・。
ま、人の歴史を紐解けば何が起こるかは明らかという訳で。
お察しの通り、国同士の土地を巡った戦争が勃発したわけだ。
約100年前からの争乱は今も続いているらしい。
と、ここで私たちの話に戻るのだが。
勇者の仕事は魔族やそれに類する魔物の討伐および国家の防衛だ。
こんな時代背景を聞いて、てっきり戦争に駆り出されるのかと思ったのだがそうではない。
勇者は並の人間よりも優れた能力を得ている故に、むやみな召喚および戦争での利用が禁止されているのだ。
これは国同士の戦時条約に定められている。
戦争に利用できないのなら必然的に私たちの戦う相手は魔物ということになる。
人類が土地をめぐって争う理由の一つに未開の土地が人間界の中にまだまだ残されているということもある。
ここには強力な魔物が住み着いており手を加えることができない。
さらに繁殖し場所に困った魔物が人里などに攻め入っていることもある。
だが、戦争をしている国家にはそれらに対応する余裕はない。
一応魔物相手を専門にするハンター職(異世界もの定番の冒険者って奴だろう)があるが、それでも並の人間では街の周りの魔物を間引くのでせいぜいなのである。
ここで勇者である私たちの仕事ということだ。
私たちは呼ばれれば国中どこでも飛んでいきハンターたちでも手を焼く魔物の相手をすることになっている。
* * *
「なにが勇者だ。体のいい傭兵と変わらねーじゃねえか」
これらを最初に説明されたとき思わずそんな風にぼやいたことを覚えてる。
国の危機を救ってくれなんて大仰な言い方するから、てっきり魔王(魔界のどこかに居るらしい)でも倒すのかと思ったが。
ま、戦争するより幾分ましか。
魔物相手と人間相手、どっちがいいかなんて聞かれれば言うまでもないだろう。
命をはっていることには変わりないが・・・・。
私は眼前に広がる森を眺める。
おどろおどろしい雰囲気というか、何かいる。
最近そういった気配のようなものが分かるようになってきた。森の中からじっとりと、こちらを観察するような視線を感じる。
まあ、話の流れから魔物であることは明らかだ。
ここは国の中で未開になっている土地。
開拓したくても生息する魔物のレベルが高く手が出せない区域だ。
私たちは今からここへ入り、数日の探索と魔物の盗伐を行う。
私たち勇者の最後の訓練である。
これが終われば本当の意味で勇者と認められ、これからは戦いの日々が始まることになるだろう。
だというのに。
(緊張感がなさすぎじゃねーか?)
周りにいる他の勇者の様子を見ると、明らかに弛緩した空気が漂っている。
朗らかに談笑し合い、軽口なんかが飛び交っている。
それだけ見ればなんら不自然ではない光景だ。食事中の食堂や城の共有スペースなんかではよく見られる。
だが、これから戦いに挑む人間が出す空気ではない。
緊張感を軽口でごまかしている訳でもない。
本当にこれから戦うことを何でもないことだと思っている。
今まで戦闘なんてものとは縁遠い日本の高校生だったからか?
いや、見れば同級生たちだけでなく監督する騎士たちもそう変わらない空気を醸し出している。
隣のユリは若干おどおどしているようだが、いつも通りといえばいつも通りだし。
・・・・もしかして私がずれているのか?
やがて訓練が始まる。
私は手早く荷物を再度確認する。
サバイバルに必要な知識は事前に座学で学んだが、如何せん実地に乏しいから一抹の不安が残っている。
こんなことなら一度くらいユリとキャンプとか行っておくべきだったかな。
何事もなければ計6日を私たちはこの森で過ごすことになる。
最初の3日は数人のグループを作って団体行動。
後半の3日で個人行動をとる。
魔物と遭遇した場合、戦闘および盗伐。
この森に生息する魔物のレベルなら勇者は楽に倒せるとのことだ。
男子なんかは盗伐数を競う遊びを、騎士たちも誰が一番かで賭けなんかを始めてる。
「ユリ、準備はいい?」
「うーん、うん一応」
おそらく一緒に行動することになるであろうユリと道具の確認をしていると、
「マユリちゃーん。訓練俺たちと組まない?」
いつものように(というのは悲しいが)バスケ部とその仲間たちがユリに絡んできた。
「またこんなやつと一緒に居るの?やめとけよ邪魔にしかならないぜ」
「俺たちならマユリちゃんの事しーっかり守ってあげられるぜ」
にやにやとやらしい笑みで言う。守るどころか、お前らの方があぶねーよ。
森の中で何するつもりなんだか・・・。
「あ、えっと・・・・・わたし・・・・」
「おいおい、マユリちゃんが困ってんじゃん。オメーのせいだろブス」
男子に迫られ、しどろもどろに受け答えするユリ。
そんな様子が男子たちにはどう見えているのか、話の矛先を私に向けてきた。
てか、なんで?
「お前がマユリちゃんを無理矢理つき合わせてんだろ。迷惑だからやめろよ」
「そうだそうだ。お前みたいなブスに付きまとわれてマユリちゃんも迷惑なんだよ」
なんとも勝手な言い草だな。
「ち・・・!ちが・・・・います。アゲハちゃんは・・・」
私をかばってくれるユリ。
だが男子たちにはその様子が私が無理矢理言わせているように見えるのか、私への文句を強める。
ちなみに先ほどからバスケ部は何か言おうとするたびに他の男子に口を抑えられている。
どうやらこいつにしゃべらせない方がいいことを学んだらしい。
「てか、お前何でここにいるわけ?戦えないやつがこんなとこに居ても邪魔だろ」
「そーだそーだ、お前なんかが団体行動しても足引っ張るだけだよ」
「お前なんかよりマユリちゃんは俺たちと組む方がいいって」
まずい。
ついに正論を言い始めた。
たしかにこいつらの言うことも一理ある。
戦闘力の劣る私と組む(しかも二人きりで)よりも実力のあるこいつらと組んだ方がいい。
ユリは魔法特化型、つまり体力や近距離戦闘力が低い。
つまり大勢の人間と組み、壁役を使った方が利点を生かすことができる。
つまり私事を抜きにして構成を考えるなら、私なんかよりこいつなと組んだ方がずっといい。
だが、こいつらにとってそれが建前だということは明確だ。
ただ正論でたたき伏せてユリを囲う下種な目的が見え透いている。
こんなやつらにユリを渡すわけにはいかない。
・・・・が。
「おい、お前ら何やってんだ早く班を決めろ」
「あ、先生。実はこいつが・・・・」
「なんだ山岸。またわがままか。お前はそれでいいのかもしれんが、下野や他の生徒の迷惑を少しは考えたらどうなんだ?」
唯一この世界に残った教師が来て、私に言う。
そう。
正論を言っているのは向こう。私が何を言ったところで、ただの個人的な感情論でしかない。
たとえ下種な目的が見え透いても、たしなめる教師も向こうに加担していたとしても。
「まったく、お前みたいな出来損ないで人に迷惑をかける生徒もなかなかいないだろうよ。とりあえず下野ははこっちへ・・・・」
まずい・・・!
なんとかしないと。なんとか・・・・・。
「おい。お前らアタシと組めよ」
その声は男子たちよりも奥からかけられた。
「?」
そこには一人の女生徒。
髪は眩しくなるほどの金髪に黒メッシュ。睨むような切れ目。そして女子にしては高い身長。
「な、なんだよお前」
突然現れた女生徒に男子たちはいぶかしげな声を出す。
「い、言っとくけど前衛は間に合ってんぞ」
「お前らに言ってねえよ」
女生徒は男子をかき分けながらつかつかとこちらに近づく。
「おい山岸、・・・・・と下野?だっけ。お前ら私と組めよ」
そしてそう言い切った。
「お、おい。テメー何言って・・・」
「あ?」
「うっ・・・・」
彼女の切れ目に睨まれ、たじろぐ男子。
勇者となって増長し、好きに色を買い女に慣れたこいつらも元は根暗やボッチだ。
こういうヤンキー然とした女子は苦手なままなんだろう。
「お、おいお前も何言ってるんだ。周りのことを・・・・」
「考えてますよ先生。アタシは前衛だ。そして山岸は中衛ってとこだろうし、下野は明らかに後衛。バランスはちゃんといいと思いますけど」
「い、いやいやしかしだな・・・・」
「アタシからしたら、そっちこそ戦力過多なんじゃないっすか。十人以上も固まって、後衛が二人もいる。これ以上戦力を入れる必要もないでしょ。むしろ分けた方がいいぐらいだ」
「い、いや・・・・それでも下野は・・・・」
「なんすか?教師が公私混同っすか。
我がままなのはどっちなんだか」
「ぐ・・・・」
女生徒はハンと、息を吐き。こちらへ向き直る。
「で、話は聞いてただろうけど。いいよなアタシと組んでも」
「あ、はい!よろしくお願いします鳴鹿さん」
「・・・・あ。は、はい。お願いします」
私はすかさず了承し、迷っていたユリにアイコンタクトを送り同意させた。
「ほんじゃ、握手っと」
彼女は気だる気に手を差し出した。
私はそれを握る。
意外にもすべすべとして小さい可愛らしい手だった。
* * *
鳴鹿 ケイ。
私と同じクラスだった彼女はひと際存在感を放っていた。
単純に目立つ。金髪のウルフヘアーはばっちり決まっていたし。切れ目に鼻筋が整った顔も相まってヘタなバンドマンよりもクールだった。
だが、彼女が人の視線を集めたのはそういった外見的な要因でない。現に彼女のような外見の生徒が居なかったわけではないし、むしろもっと派手な輩はいた。
ただ彼女がいたクラスは国公立大学を目指す特進コースだったのだ。
成績も優秀で学年一位を取ったことも一度や二度じゃない。
とはいえ優等生だったという訳でなく。制服はまともに着ていなかったし、授業態度も悪かった(聞いていない訳ではないようで、当てられた場合は難なく答えていた)。
体育なんかでは体育館やグラウンドの端で堂々とサボっていたし、他の生徒と関わろうとせず協調性に欠けた。教師と激しい言い争いをしているところも実際見たことがあったので、多分内申点はボロボロだったと思う。
の、だが。授業自体を休むことはなく。去年は確か年間の皆勤賞を取っていた。
優秀なんだか、不良なんだかわからない女子。それが鳴鹿 ケイ。多分教師たちにとって一番扱いに困っていた存在だと思う。
私が知っている彼女の情報はこんなところだ。
決して親しいわけではなかったし(というか話したこともない)、この世界に残ったことは知っていたが、なぜ残ったか目的が分からなかったので関わろうとはしなかったのだが・・・・。
まさか向こうから来るとは。
「アタシの顔になんかついてるのか?」
「あ、すいません」
あまりにも前を歩く彼女をまじまじと見ていたせいだろう。不機嫌そうな顔で振り返る。
「気になることがありまして」
「ま、そうだろうな。今のうちに全部聞けよ。歩きながら答えてやる」
「大丈夫ですか?」
「『察知』のスキルは持ってる。それにまだ気をつけて歩くほど足場が悪いわけじゃないだろ?」
むう。確かに。
私たちは3人組になって森を歩いていた。
先頭が鳴鹿さん。殿が私。間にユリが挟まれる形だ。
どうでもいいが視界に美少女が二人も映っているのは意味もなく豪華な感じ。
それも可愛い系とかっこいい系のタイプが違う二人、これぞ愉悦・・・!
「鳴鹿さんは・・・」
「敬称はやめろ同級生だ」
「んじゃ、鳴鹿はどうして私たちと組もうと思ったんですか?」
「単にお前らしか組むやつらがいなかっただけだ。女子はグループが確立してあぶれ者を入れる気なんかねーだろうし、かといって男子と組むのも願い下げ」
あー。そう言われれば確かに選択肢なんかないのか。
「なんか意外。そうなったら命令無視して単独行動とかするタイプだと」
「ケンカ売ってんのか?」
「いえ、そういうわけでは。鳴鹿はそういうの思って含まれるよりはっきり口に出される方がいいと思いまして、完全な想像ですけど」
「・・・・確かに言いたいことがあるのに何も言わないやつより。はっきり言うやつの方が比較的好感は持てるな。で、別にそれでもよかったんだが流石に慎重に動いた方がいいと思った。アタシも実戦は初めてだし、訓練はしてても何が起こるか分からねー。不測の事態が起こった時、一人よりも複数の方が生き残る確率は高いだろう?」
「合理的判断、理系ですね」
「お前も理系だろが、山岸」
鳴鹿から名前を呼ばれるのは二度目だ。
「そういえば、私の名前知ってたんですね」
「あ?お前有名だったし。知らねーやつの方がすくねーんじゃねーの?」
「あ、いや。私の存在は知ってても、名前を憶えてる人はほとんどいないと思います」
私の呼ばれ方って基本「ブス」とか「ゴミ」とか「汚物」とかだもんなー。
先生方も裏ではそう呼んでたらしいし。
「廊下に張り出されてたテストの順位あったろ?お前の順位よくアタシの近くだったから印象に残ってたんだよ」
「そうでしたっけ?」
「同率だったこともあっただろ」
やべー全く興味なかった。
「つーか、おい下野」
「ひ、ひゃい!」
ふいに鳴鹿がユリに話を振る。
ユリにとっては完全な不意打ちだったようで、おかしな声をあげた。
「さっきから無言だが、お前は何か聞くことねーのか?」
「え、あ、えと・・・・わ、わた・・・・」
「あ?」
特に機嫌がよかったわけではないが、鳴鹿の様子が心なしが不快げになった。
「あー、ごめんなさい鳴鹿。ユリ人見知りする質だから、慣れるまで待っていただければ」
「ふーん。別にいいけどよ」
それよくない人が言うやつじゃない?
イメージだけど鳴鹿はユリみたいなおどおどした、というか内気な性格の人物を嫌っているような気がする。
ユリの方もユリの方で派手で強気な鳴鹿みたいなタイプは苦手だろう。
はっきり言ってこの二人、相性はよくないよな・・・。
私が間に立つしかないか。
立ち位置的な意味でなく。
* * *
そのまま約2時間。
私はユリと鳴鹿に均等に話しかけながら森を進んでいた。
魔物が出た際のフォーメーションなんかを確認し終え次の話題を探していると、ユリの異変に気が付いた。
「ユリ、大丈夫か?」
明らかに息が上がっている。
「う、うん。まだ大丈夫」
「そうか。辛くなったらすぐ言えよ」
しかし、その30分後足を滑らせたユリを抱きとめる。
「あ、ごめ・・・・」
「まったく。辛かったら言えって言ったろ。しばらく休憩するか」
「え。大丈夫だよ、少し足元見てなかっただけで」
「足元確認できないくらい疲れてんじゃねーか。いいから休むぞ」
前の鳴鹿にも了承を取り、近くにあった手ごろな大きさの岩にユリを座らせる。
私たちは立ったまま木に寄りかかった。
「ほら、水飲めよ」
「あ、いいよ。水は大切にしないと・・・」
「いや、お前魔法で水出せんでしょ」
「あ、そっか」
水筒を渡すと、ユリはそれを一気にあおった。
やがて満足したのか水筒を返してきたのでそのまま私も飲む。うまい。
「鳴鹿もどうです?」
「もう飲んでる」
しばらくユリの息遣いだけが続く。
「あの、ごめんなさい。私のせいで止まっちゃって・・・」
やがて息が整ったユリが言う。
「なんで悪くもねーのに謝るんだよ」
「え」
「お前は後衛なんだからアタシらより体力がなくて当然だろうが。そんなことでいちいち文句なんか言わねーよ。むしろギリギリまで無茶して肝心な時に役立たない方が迷惑だっつの。体調管理ぐらいしとけ」
「ご、ごめんなさい・・・」
「だから謝んなっつの!」
「ひっ・・・・ご、あ、えっと・・・・」
ユリは鳴鹿の言葉にしどろもどろに言葉を出そうとするが謝罪の言葉を封じられたユリは何を言えば分からないようで、半ばパニックになっていた。
そんな様子を見て鳴鹿は舌打ちする。
「あ、そうだ!なにか食べません?」
そんな空気を払しょくするために、明るい口調で強引に提案する。
「アタシはいい。水はともかく、食べ物は少ない。節約しねーと」
「あ、大丈夫です。すぐに・・・・」
足元の手ごろな石をみっつ拾い、私は頭上に投げる。
放たれた石は私が寄りかかる木になっている実。そのヘタの部分に的確に命中し落ちてくる。
「器用なもんだな」
「まあこれしかできませんし」
地面に落ちる前に取った実を二人に投げる。
「さんきゅ」
鳴鹿は難なくつかむ。
「わわっ」
ユリも危なげなくキャッチ(できるように投げた)。
私は先に実、その薄皮を歯で剥くように口に含み舌にのせる。
・・・・・・・・・・。
「あ、大丈夫です。これ食べれますよ」
2人に告げ、私は実を一気にかじる。杏に似た甘酸っぱい味が口に広がった。
「おい。そんな簡単なテイスティングで大丈夫かよ?今更だが毒とか・・・・」
「あ、鳴鹿は私のスキルのこと知らないんでしたっけ。私食べたものの情報が分かるんですよ」
私が持っている戦闘スキルの中で一番レベルが高いのが8レベルの『投擲』だ。
が、それよりも高レベルなスキルを私はこの世界に来た最初から持っていた。
それが『料理Lv9』である。
ここでこの世界のスキルについて簡単に説明しておこう。
スキルには基本効果とレベル効果という2つの要素が存在する。
基本効果は持っているスキルに最初からついている要素のことだ。
例えば前衛職がよく持っている『格闘術』というスキルには『格闘技術向上 腕力上昇 敏捷性上昇』。このような基本効果が付いている。
これらの効果はスキルのレベルが上がるにつれ効力を増していき、持ち主をどんどん強くしてくれる。
次にレベル効果である。
これはレベルが上がると追加される新しい能力のことだ。
こちらは『剣術』スキルで例えると、Lv2に上がった時に『剣攻撃力上昇』。Lv3で『防御力上昇』。Lv4で『回避力上昇』といった具合に能力が追加されていく。
スキルの基本効果は誰であろうとその内容は変わらない。
だがレベル効果に関してはランダムなのだ。
例えば『剣術』スキルを持った人間がLv2からレアな『属性剣』という効果を得ることもあれば。
Lv2からすべて『剣攻撃力上昇』だったという偏った構成になった人間もいるらしい。
もちろんある程度の基準はあり、『剣術』で魔法を覚えたりはしないし。
『投擲』が便利な効果を生まないことは分かり切っている。
こればかりは運の問題とか、才能に左右されるとか、本人の性格云々とか諸説あり判断はつかないが。
レベルが上がってどういう戦闘スタイルになるかは本人にも分からないということは確かだ。
たまにRPGなんかで、主人公だけステータス上昇基準値とか覚える魔法なんかが完全にランダムなものがあるけどそんな感じだ。
ちなみに私の『投擲』の場合、2『投擲距離上昇』3『命中上昇』4『投擲距離上昇』5『命中上昇』6『投擲距離上昇』7『命中上昇』8『投擲距離上昇』とこれまたそこそこ偏っている。
話を戻そう。
私のスキル『料理Lv9』だが、そのレベル9効果が『味覚鑑定』なのだ。
簡単に説明すれば『鑑定』スキルの劣化版なのだが、口の中に物を入れて味を確認すればその物の情報を知ることができる。
先の様に毒の有無を確認できるし、栄養価や熱量なんかも瞬時に分かる。
もちろん鑑定と名がつく通り、他人のステータスも読み取ることができるが。
そのためには相手の体の一部を口の中に入れなければならないので、ビジュアル的に結構やばい・・・。
ということをざっと説明する。
鳴鹿は合点がいったという風に木の実にかぶりつき、話を広げようとしなかった。
フォーメーションの確認の時にはそれぞれ何ができるかを詳しく確認していたのに、今回は興味なさげ。
どうやら戦闘スキル以外には関心がないらしい。
合理主義というかなんというか・・・。
* * *
しばらく休んだ後、私たちは再び進み始める。
今度はユリも自分の体調を申告するようになり、定期的に立ち止まりながらの行進だった。
「今日はこの辺で泊まっときますか」
「まだ早くないか?」
「もう空が赤いですよ。野営は初めてなんですから、もたついて暗くなるなんてことにはなりたくないですし」
「それもそうか」
と、手ごろなスペースが開いている場に野営の準備を始める。
そんなに時間はかからなかった。支給されたテントは練習通り張れたし、焚火はユリの魔法で一発だ。
結果的にもうちょっと進んでもよかったのかもしれないが、別に進んだ速さを競っている訳でもないのでいいだろう。
焚火を囲うように石を並べ、座る。
火を眺めながら今日のことをぽつぽつと話す。
結局今日は一度も魔物と遭遇することはなかった。
しかし『察知』スキルをオンにしていた鳴鹿が言うには、何匹かは発見したが。そばまで近づくと慌てて逃げて行ったらしい。
まだ森の入り口付近だから低レベルな魔物しかいないのだろうと分析していた。
どれぐらいの強さだったか聞くと、さすがにそこまでは分からないと言う。
だが逃げていったということは、少なくとも向こうはこちらの方が強いと思ったということだろう。
わざわざ追いかけてまで倒す必要はないと鳴鹿は言う。
他のやつらはどうしているだろう?
ばらばらに森に入ったとはいえ、スタート地点は同じだった。そう遠くない場所に居ると思うのだが、森の中というのはここまで周りの状況が分からなくなるのか。
人間の話し声も、戦闘音もまるで聞こえないから。私たち以外はそもそも森に入ってはいないのではないかと錯覚してしまう。
と。
くうぅ。という可愛らしい音が響き私と鳴鹿はそちらに顔を向ける。
ユリはおなかを抑えて顔を赤くしていた。
くそっ。カワイイ!
普通なら嘲笑されるようなことでも美少女ならこんなに可愛くなる。やっぱ外見って大事だなー。
とにかく口では否定しつつも身体は正直なユリの要求に応じて、夕飯を作ることにした。
ここで私の料理スキルの本領発揮である。荷物から折りたたみ式の鍋を取り出し、火にかける。
ユリに水を入れてもらい、保存食の干し肉と乾燥した日持ちする野菜を適当にぶち込み。
適当に煮て。
適当に味付けした適当スープの出来上がりである。
これに携帯食として定番なビスケットのような小麦粉の塊をつけ完成である。
うむ。おおよそ料理と呼べるのかは微妙なところだが、サバイバルと考えれば妥当なところだろう。
さてそのお味は・・・。
「うまいな・・・・」
一口スープを飲んだ鳴鹿が思わずつぶやく。
私も食べてみるが灰汁をろくにとっていないとは思えないほど済んだ味わいに、食材の味がスープに出ている。うまい。
私の料理スキルには『味向上』のレベル効果が3つも重複しているのだ。
試してみたが野菜をちぎるだけの簡単なサラダでも、私が作るとドレッシングがいらないくらいにうまくなる。
ファンタジー世界にこんなことを言うのも野暮かもしれないが、この世界はホントどうなってんだ?
夢中になって食べ進める私たちをしり目に、自分の皿を鍋に寄せるユリ。
それを手で遮った。
「何してるのかなー?ユリちゃん」
「あ、え、えーっと・・・・ワタシモウオナカイッパイカナーッテ」
白々しい。
皿を覗くとスープと肉のみが平らげられ、野菜が綺麗に残っていた。
「野菜も!ちゃんと食えって!言ってんだろーがっ!」
「いたたたたたたたっ!」
片手でユリの両頬を挟み締め上げる。
何度言っても分からないやつには実力行使しかない。
しばらく弄んでから解放してやる。
ユリは涙目で睨んできたが、そんな顔をしても怖くない。そそるだけだ。
「ほら。これだけ食べなさい」
スプーン一杯分の野菜を彼女に差し出す。
「えー・・・」
「食、べ、な、さい」
「うー・・・・あむ」
観念したユリが私のスプーンを口に含む。
「うえぇ・・・」
案の定苦虫を嚙み潰したような顔になる。
そんなユリの皿から野菜を移し、私が残していた肉を入れる。
「はい。ちゃんと食べたからこれあげる」
「え、いいの!わーい、アゲハちゃん大好き!」
打って変わって満面の笑みになるチョロいユリ。
そんな私たちに鳴鹿は何も言わず、ただじっと観察していたのだった。
* * *
時刻は午後八時というところ。
私たちは就寝を始めることにした。早すぎることはないだろう。
こんな時に夜中遊んでいるほど能天気ではない。
明日に備えないといけないし、寝ている間も魔物が襲ってくることを警戒して寝ずの番をしていないと。
とりあえず見張りは二人ペアで、まずユリが休んで私と鳴鹿で。次に私とユリ。最後に私が休むことになっている。
ユリをテントに入れて私たちは見張り。
その間、会話らしい会話はなかった。
なにか話題を探そうとするも、鳴鹿は事務的な会話以外は「そうか」とか「ああ」なんかで会話をぶった切ってしまうため話が続かず。
そもそも頑なにこちらと顔を合わせない(無理もないが)ため、会話に入りずらい。
そのままユリと交代する時間になってしまった。
ユリはユリで慣れない野営で寝付けなかったのか、見張りを始めた後もコクリコクリと船をこき。
やがて私に寄りかかって寝てしまった。
が、ぐっすり寝ていたため起こすことも忍びなく。鳴鹿と交代する前には起こそうと思い寝かせたままにしていると、鳴鹿が予定よりも早く起きて来てしまい寝ているユリを目撃されてしまった。
その後ユリに不信感のこもったまなざしを向ける鳴鹿とそれに完全に委縮してしまっているユリ。
そんな二人を残し、私は休憩する。
いや、なんとか間を取り持ちたかったのだが。
私も眠気が限界だったし、そんな様子を鳴鹿に指摘され明日に支障をきたされても困ると言われてしまえば休まざる負えない。
私は多大な不安を残しつつ床に就く・・・・。
翌朝。
テントから出た私が目撃したのは、就寝する前と変わらず厳しい目線の鳴鹿と。
そんな相手と対面し続け半ばグロッキー状態となったユリだった。
・・・・大丈夫か?これ。
私の不安は雪だるま式に膨らんでいく、そんな訓練2日目の朝だった。
戦闘シーンまで行かなかったよ…
次回は戦闘をいれる予定です