34 隊長
“その時”が来たのは、夜間であった。
ベッドに横になり休んでいた。
しかし眠ってはいない。神経がささくれ立っているのか、はたまた恐怖していたのか。
ともかく、眠気が全く起きない夜だった。
なので、襲撃を知らせる鐘がけたたましく鳴り響いても驚きはあったが混乱はしなかった。
手早く装備を付け、モモちゃんを首に巻く。
軽装備はこういう時に迅速でいい。
私は蹴破るような勢いで部屋を出て、他勇者が休んでいる部屋を一つ一つノックし「ゆっくりでもいいから慌てずに装備を付け、外に集合」という内容を伝えていく。
すべての部屋に回り切った後、宿舎から外へ飛び出し夜間の見張り及び警備をしていた騎士たちに詳しく状況を聞く。
あれやこれやと話し合っているうちに、ぞろぞろと他の者たちが集まってくる。
かがり火の揺らめくような明かりで人物がはっきりと判別できないが、おおよそ全員が集まった。
じわりと、脂汗が浮かぶ感覚。
今まで経験したことのない重圧が身体に重くのしかかっているような気がする。
しかし私はそれを無理矢理にも押し込めるため深呼吸。
集合した皆に対面する。
彼らの表情は、不安がっているのか。はたまた浮足立っているのかは判断がつかない。
ともかく、平常ではないことは確かである。
私は口を開いた。
前置きや、適切な口回しなどがあるのかもしれないが。
経験もなければ指導もされていないため分からない。
なので、私なりに言葉を投げることにした。
「これより迎撃作戦を開始します。それぞれ、手筈通りに配置についてください」
大きくはっきりと、それでいて叫ぶようではなくあくまでも落ち着いた声色で。
隊長の私は、全員に命令を下す。
* * *
時間は巻き戻り、私達が滞在している宿舎の一室。
長机を並べた会議室のような場所で、夕食兼会議(ブリーフィングと言った方がいいか?)を行っていた時である。
食事をしながら騎士たちから、私たちが訪れるまでの情報を改めて伝えられる。
6日前、この都市へ魔物の襲撃が始まった。
その後、私達が訪れる間駐屯している騎士や傭兵によって防衛が行われていた。
敵の勢力、こちらの被害。生々しい話であったが、はっきりと伝えられた。
が、意外だったのは被害を伝えられても勇者たちに動揺が少なかった。
少なからず息をのむような気配はあったが、それだけ。
おびえたり臆するものは居なかった。
というか、盗み見れば明らかに被害者に対して侮蔑というか。
鼻で笑うような気配を放つ者もいる。
‥‥。
なんというか、授業での戦争体験なんかを話半分に聞いているような感じ。
何も言うまい、とは思ったが。
この態度が後々厄介なことにならないか不安だ。
と。
この先、私達は騎士たちとは違う系統で行動することを伝えられた。
要するに騎士たちからの命令はなく私たちが独自に動けとのことだ。
おいおい、マジか?
率直な感想である。
私たちは個々の能力こそずば抜けたものを持っているとはいえ、ついこの間までただの一般人だったのだ。
対一の戦闘技術は訓練によってそれなりになってはいるが。
しかし、長期的な行動のノウハウなど持っていない。
まして結束力という点で、集団として未だ問題がありすぎるのだ。
こんな奴ら「勝手にやれ」と野放しにすればどうなるか分かったものじゃない。
そんな不安をよそに話は進んでいく。
今後騎士たちは、戦闘員以外のわずかに残った人員ため街の中での警護。
および襲撃の警戒に専念するという。
つまり、こっちの世話をしている暇がないってことのようだが…。
訓練時の騎士の対応といい、放任すぎやしないか?
と、私が一人不信感を募らせていると。
「じゃあ、俺らの中でリーダーを決めとけってことっすかー?」
「!」
気の抜けたような声で、男子の一人が確認する。
その言葉は、名前もろくに覚えていない男子に「ナイス」とサムズアップしたいくらい光明だった。
私は慌ててこの後の流れを考える。
男子の気の抜けた発言に騎士が若干苦笑しながら何か言う前に、手を上げながら発言した。
「では、その役目は私にやらせてもらってもいいでしょうか?」
集まる視線。
前を向いているため分からないが、たぶん両脇に座っているユリと鳴鹿も驚愕の視線を向けている気配を感じる。
様々な感情が宿ったそれを、私は素知らぬ顔で受け流す。
このまま反対もなく押し切れればいいのだが、そうは問屋が卸さないようで。
先ほどの男子がこちらに食って掛かる。
「ちょっと待てよ!」
「なんでしょうか?」
「何でお前なんかがリーダーなんだよ」
まあ、そうなるよねー…。
「では、誰がいいんですか? あなたですか?」
「えっ…」
「私よりも自分がみんなを上手く引っ張っていける、と。ここで宣言するんですか?」
私の詰問に、言葉を詰まらせ言いよどむ男子。
この返し方はナンセンスだとは思うが、私も言葉を選んでいる余裕はない。
今は決定まで一気に押し切らなければ。
「それは…別にお前じゃなくてもいいってか…そう! 大人とかさ。先生に任せれば…」
「ふーん、ってことみたいですけど。どうします先生?」
私が当人に向けて言葉を投げると、びくりと身を震わせる。
「彼は大人に任せた方がいいとのことなんですが、私としてもしっかりと全員を引率して指示を出してくれるのなら先生に任せてもいいんですが」
その言葉に突っかかってきた彼や他の男子も期待のような目線を先生に向ける。
そんな視線にかぶせるように私も言葉を追加する。
「この先、私達の裁量や行動を逐一指示してもらって。その結果起こる不始末や失敗の責任をすべて先生が請け負ってくれる…っていうのならぜひ。先生らしくあなたに全体を引率していただきたいです」
私の言葉に、先生は目を泳がせ何も発言しない。
しまいには顔どころか身体もこちらから逸らし、言外に拒否の意を表していた。
そんな彼の背中に、元生徒たちの視線が突き刺さっていく。
失望か幻滅か、そんなマイナス的な感情がこもったそれを分かっているのかいないのか全てに何の反応も返さない。
…まあ、そりゃあ出来ることならリーダーなんて役割押しつけられたくないよな。
私だってそうだ。
何が悲しくて、自分以外の行動の責任なんか負わなきゃならんのだ。
そういった意味で、先生に対しての幻滅はない。
彼の立場なら私だって拒否している。
そもそも、今回の場合何のメリットだって得られそうもないわけだし。
ただただ厄介ごとと余計な心労を加えられ、得るものといえば名ばかりの立場と。
他人に命令ができることへの些細な優越感だろうか。
それに加え、私の場合反感まで受けることが確実であることから。
私個人としては、メリットなど皆無だ。
しかし…。
「…では、先生は拒否されるということで。
他に立候補や推薦はありますか、私よりも適任がいる…ということでしたらこの場で遠慮なく名乗り出てください」
私の言葉に、しばらく沈黙が続くも次第に男子グループから野次やブーイングが飛ぶ。
聞く耳を持たず、私が無視を決め込んでいるとどんどん声は大きくなっていく。
あまりの低俗的な煽り文句ややかましいガヤに。
ついには隣に座る鳴鹿やモモちゃんが怒りの気配を発し始めた頃合いで私は。
「と、いうわけで。
自分から前に出ず、遠くから寄ってたかって一人にヤジを飛ばすことしかできないような人たちに適正なんかないということで。
他の方からも立候補もないことですし私で決定でいいでしょうか」
ヤジが途切れた一瞬、お腹に力を入れ先ほどよりも芯の通った声色で周りに発言する。
私の言葉にぽかんとした表情をする男子たち、だが徐々に私の言葉の意味が伝わったのか顔を朱に染めていく。
極めつけに私の言葉を聞いて女子の何人かが愉快気に噴き出したことで男子たちの怒りが爆発した。
椅子を蹴りながらこちらに詰め寄る男子。
だがそれよりも速く立ち上がった鳴鹿がにらみを利かせながら、間に挟まった。
「異議なーし」
そして、そんな風に宣言する。
「は?」
「こいつがアタシらの隊長で意義がねぇっつってんだよ。
逆にこいつ以外に誰がいるってんだよ。他はアタシ含め他人任せで消極的な事なかれ主義で。
お前らはちょっとした反論で顔を真っ赤にして飛び出してくる馬鹿。
そんな奴らよりは万倍マシで。
…普段のこいつを知っている奴なら、ますますこいつしかいないって思うだろ。なあ!」
最後は周りに語り掛けるような口調。
彼女の言葉にまた何か口を開こうとする男子だが、手で制され睨みを利かされると何も言えなくなった。
しばしの静寂。
「…。反対が何もないなら。
アタシの賛成一票で決定かな」
「はあ⁈ ふざけんな、俺たちは反対…」
「黙れ、戯言垂れ流すガキにもう発言権なんかねぇんだよ。
黙って決定に従っとけ」
それはいくら何でも暴論ではないか?
というわけで、改めて決をとろう。
「まあまあ、鳴鹿。彼らの不満ももっともです。
良し悪しくらい選ばせてあげましょう」
私は周りに反対の意見を求めることにした。
彼ら一人一人にも、しっかりと。
その意見を踏まえて、反対の人に挙手してもらうことにしたのだが…。
「‥‥」
「反対は、お前らだけみたいだな」
挙手したのは、立ち上がって私に食って掛かった男子グループだけであった。
といっても、あくまで反対に挙手しなかったというだけで。
私がリーダーをすることに賛成をしているというわけではないだろう。
だが、周りも彼らの誰かや。何の発言もしない他よりも私の方がましだと考えてくれているのか。
はたまた散々反対だとわめいていた彼らと同一の意見を出し、彼らと同類だと思われるのを避けたのか。
ともかく、反対していないというだけで。周りは賛成しているわけではない。
そこに彼らが気付いているのなら、めんどくさい流れになったんだが。彼らはそれ以上反論の手立てが思いつかないようで何も発言しない。
ただ、完全に認めたわけでもないようでお互いに目配せをしながらただ立ち尽くす。
何も言うことがなくなったのなら、座ればいいのに。
一度反発した手前引っ込みがつかなくなったのか。
「…おい」
鳴鹿は私に目配せし、次にあごをしゃくる。
その先にはこちらから見て上座。皆に対面する位置である。
「しっかりやれよ、たいちょ」
私はその視線に答えて足を進め、全員の前に立つ。
「‥‥」
様々な視線が私に向けられる。
私はそれらを受け止めながら口を開く。
「改めて自己紹介も必要ないかと思われますが、山岸アゲハです。
思うところはいろいろあると思いますが。これから皆さんには私の指示で行動してもらいます。
そして先ほど言った通り、これから先起こる不始末や失敗は私の責任となります」
私がそう言うと、先の男子たちはギラリと目を光らせるが。
「ですが。
この中にわざと不始末を起こす…」
そんな彼らにじとりと、目を向ける。
考えを見透かされたと悟ったようでびくりと身を震わせ視線を落とす。
「…なんて人はさすがに居ないと思いますが。
それでも私が隊長になった以上、不必要に勝手な行動は慎んでいただきます」
…こうして私は、勇者たちの隊長に就任することとなった。
…。
……。
………。
しかし。
引っ掛かっていることがある。
私は視線を動かさず、視界の端に映るその男に注目する。
…イケメン、お前何考えてる。
ついぞ彼がこの問答に口を出すことはなかった。
この男が加われば、話はこんなにスムーズに動くことはなかっただろう。
…こいつの性格上、以前のことをまだ根に持っていることは確実。
だとすると私が隊長につくことを良しとはしないはず。
なのに…。
私を見るその瞳からは、何の感情も読み取ることはできなかった。




