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32 行軍

内容を修正しました(2020、12/29)



 初任務にあたり、私たち勇者は王都を発つことになった。

 のだが…。


「パレードまで必要ないと思うんだけどな…」


 私は呆れながらつぶやいた。

 我々勇者は、王都の中央をゆっくりと行進し出発する予定となっている。


 まあ、パレードといっても。某夢の国のようなエレクトリカルなあれみたいに華やかなものでもなく。


 私たちが進むところを、一般市民が見物できるというだけだ。


 そんなイベントに需要があるのか? と思わなくもないが、開催しているということはそれなりの理由があるってことなんだろう。

 男子の何人かは無駄にテンションが上がってるし。


 あ、そっか。士気を上げるって意味もあるのか。


 ともかく、それ自体に何かしらの不都合があるわけでもないので構わないのだが…。

 問題は別のところにあった。


「私が、先頭ですか…?」


 そう、パレードでいう花形位置がどこかは詳しく知らないけれど。

 この行進において一番注目が集まる位置は先頭の、一番前の位置である。


 その位置に私が立つことになってしまったのだ。


 もちろん、私はある程度拒否の意思を示していたのだが。

 フレイムさんや他騎士さん。

 ユリや鳴鹿に、モモちゃんと立て続けに賛成の意を表し。


 挙句、他勇者からも特に反対意見などは出なかった。

(先生やバスケ部君などは不愉快そうだったけど、全体の意思を覆すほど騒ぐ気はないらしい)


 というわけで、私は勇者最強として花形の位置に立つことになったのだが‥‥。

 今は使用人たちに式典用の着替えをしてもらっている最中である。

 無駄にきらびやかで、高級な素材が使われている衣装。高い癖に実用性は薄い衣装に身を包む。


 仕方はないんだろう。


 勇者という特別な立場の人間がいつも通りの平服、戦闘服では示しがつかないだろうし。

 だからと言って、着るだけで数十分かかる衣装なんて今までの人生で経験がないから。

 そこはかとなく無駄なように感じてしまうのは許してほしい。




 ‥‥ようやく着終わった。


 慣れない衣装に落ち着かない様子で更衣室から出ようとしたとき。


「お待ちください、こちらをお忘れです」


 そう、使用人に呼び止められ「それ」を差し出される。


「これは…」

「はい、仮面になります」


 …数秒の硬直。

 それを差し出される、という意味を理解し若干なんというか。

 メランコリックな思考の渦に沈み込んでいると、使用人たちの顔色が怪しくなってきた。


 おっと。

 いかんいかん。まるで責めるような雰囲気を出すのは本意ではない。

 この人たちだってやりたくてやってることではないんだろうし。

 私だって、私のような顔面の人間に「人前に出る前にこれで顔を隠せ」とは面と向かって言いづらい。


 少し理解力がある人間ならば、その真意を読むことは容易であるだろう。


 …正直、私にこんなことを言わなきゃいけないこの方々に同情してしまう。

 ともすれば激怒され、手ひどい糾弾を受けるかもしれないのだ。


 私は差し出された仮面を手に取り、何のわだかまりもないような気やすい様子でつける。


 どうでしょうか。

 という質問に、無難な返答が返ってくる。

 まあ、この人たちの立場からするとこういうしかないだろうなぁ…。となんだか接客してきた店員に意地の悪い質問をしているみたいで、微妙な気分になってきた…。


 すいません。

 元はといえば、私の顔が悪いんです。おそらく、私が花形の位置に立つことがなければ、せいぜい大勢の中にあれな外見の奴が混じってるぐらいだったのに。

 この方々に余計な苦労をさせることもなかったんだろう。


 もちろん式典ということで、メイクアップアーティストというか化粧を担当する侍女もいて。

 最初は化粧で何とかする流れだったんだが…。


 私の顔面を前に、プロの方々でさえお手上げだったようで。

 結果このような形になってしまった。


 そういう意味で私はあの人たちのプロ根性をもズタズタにしたわけだが…。


 まあ、自分でも己の顔が努力とか工夫でどうにかなるレベルではないことを自覚しているし。

 天災に襲われたというか、事故にでもあったと思って堪えてくれ。



 * * *



 控室を出ると、どうやらほとんどの奴らは既に準備が完了していたらしい。

 ほぼ全員が一堂に会していた。


 と、ユリと鳴鹿の二人が割と近い距離で佇んでいるのを発見する。

 近い距離…と表現した通り、一緒にいるとは言えない微妙な距離感だったで。

 どうやら会話もないようだ。


 この二人はほんと…。いや、もはや何も言うまい。


 鳴鹿は自分が話しかけると不要におびえさせてしまうことが分かっているからだろうし。


 ユリに関しては、そもそも私とまともに会話できるようになったのも1年くらいかかったんだから仕方ないといえば仕方ない。

 そのうえ“何事もなく”そばに居てくれることさえ、半年近くかかったはずだから。

 私の時よりも大分マシだろう。


 それに二人も自主的に近い位置にいる。

 おそらく私を待つためなんだろうが、それは一人でもいいわけだし。

 私が本人たちに待っててくれと頼んだわけでもない。

 自分から二人で待ってる。


 打ち解けている…とは言えないが。

 歩み寄る準備はできているだろう。


 あとは時間がなんとかしてくれる。


「二人とも、おまたせ」

「ああ、ずいぶん時間が‥‥かかったな」


 私の声に反応し、顔をこちらに向けた鳴鹿。

 どういう思考が働いたのか、一瞬フリーズしていた。


 まあ、友人がいきなり女性聖闘士みたいな仮面かぶって登場すればそういう反応にもなるだろう。

 

「ちょっと着付けに時間がかかりまして。どうでしょう?」


 やたらひたひらした袖を広げながら聞く。


「んー。まあ派手は派手だが…。想像よりは無難に落ち着いてるな。

 待ってる時間からして、紅白の歌手みたいになってんのかと」


 …誰を想像してるのかは知らんが。

 もし自分と同じ方を思い浮かべているのなら、そりゃあ私のは控えめになるだろう。

 というかそんな恰好で行進できるのか…。


 と、そんな二人の格好を改めて確認する。

 鳴鹿はいつもよりも装飾の多い鎧姿。

 ユリは宝石や高い布地が使われているローブと貫頭衣。


 二人とも普段よりも豪華といえるが、それでもいつものイメージを損なわない衣装にうらやましく思えてしまう。

 私もそんな感じがよかった。


「‥‥」

「…何?」

「ああ、いや。その…」


 鳴鹿から妙に視線を感じたため疑問を口にするが。どうも歯切れが悪い。

 ま、視線の先から何を言いたいのかはだいたい想像できる。


 指摘しづらい問題のため、言葉を濁しているのだろう。


「仮面のことですか?」


 気にしなくていい、という意味を込めて逆に聞いてやると。

 鳴鹿は少々逡巡しながらもうなずく。


「顔隠してるの、見るの初めてだと思って」

「まあ。隠せって言われたら隠しますよ。

 人によっては不快でしょうし」


 というか自分自身が一番不快だ。

 一生隠していたいくらいだし。将来金持ちになったら整形しようと思っていたくらいだ。


「‥‥」


 私の回答を聞いても、何か言いたげな視線は続いていたが。

 彼女が再び口を開くことはなかった。


 触れてはいけない、デリケートな部分だと察したのだろうが。

 特にそうではない。


 別に、じゃあ何で普段から隠さないんだ? と。

 人によっては地雷原の真ん中に核弾頭を落とすような質問をされたとしても。疑問は当然というか。

 そらそう思うわな。と納得するまである。


 が、こちらを配慮してくれた彼女の気遣いが素直に心地よかった。


 その後。

 しばし無言の時間が続く。

 そういえば、ここしばらくは誰かと話してばかりだったから。こうしてぼーっとするのも久しぶりな気がする。


 ちろり、と。

 横目で二人を確認すると、彼女たちも言葉こそないが特に居心地が悪そうにはしていない。(もちろんモモちゃんも)

 お互いがこの距離に居ることが当たり前のようになっている。


 私たちは行進が始まるまで、つかず離れず。

 私たちの距離のまま時を過ごした。



 * * *



 パレードは一応つつがなく終了した。


 現在、私たちは王都の外。街道を馬車で移動中である。


 ちなみに、私たちの服装は平服に戻っている。


 やはりというか全員きらびやかな格好に一時はテンションが上がったものの、しばらく過ごせばかたっ苦しいという不満しか感じなくなったのだろう。


 式が終了した段階で皆真っ先に着替えていた‥‥。



 ともかく。

 今は行軍 (といってもいいのではないか)中。


 はじめての仕事まで、最後の猶予。


 その時までに、覚悟と腹構えを済ませねば‥‥。




 と、いきたいところだったが。




 私たちの乗っている馬車であるが、これがまたテンプレ的というか。

 乗り心地が最悪であり。

 正直気が休まるどころではなかった。


 私はまだ平気な方だったが、乗り物が苦手な者はあきらか体調を崩していた。

 それは私と一緒の馬車に乗った、鳴鹿もである。


 どうやら得意な方ではなかったらしく、胃の中のものを逆流するような醜態は晒さないものの。

 目に見えて青い顔をしている。


 これも回復魔法などでどうにかできるものでもないため、耐えてもらうしかない。



 ちなみに、我が幼馴染であるユリは特に意に介した様子もなくケロッとしていた。

 1時間ほど前から私に寄りかかって、穏やかに昼寝をかましているし。


 妙なところ図太いのは相変わらずだ。


 昔から絶叫マシンとか、そのへん平気なんだよなぁこいつ。



 …。

 そんな肝心の勇者がほとんど役に立たない行軍であったが。


 もちろん私たちだけというわけではない。



 他にも騎士団が何組か同行していた。

 勇者とはいえ、仕事の経験が皆無な私たちの先導と護衛だ。


 もちろんのこと、国内の街道も絶対に安全とは言えない。

 魔物は出現するし、盗賊だって活動してるって話だ。


 ともすれば血みどろの事態になることもあったのだろうが。




 私たちの移動は終始安全だった。


 同行する騎士に話を聞くと、ここまで何もないのはとても珍しいらしい。


 まあ、その原因というか。


 何のおかげなのかは明らかで‥‥。




 私の使い魔である、モモちゃんだ。



 この行軍の間、モモちゃんは普段のコンパクトサイズでなく。

 もともとの50メートル強の怪獣サイズへと戻っていたのだった。


 よくよく本人に(本虫?)聞いてみると。

 どうやら普段の縮まっている状態は、結構窮屈であったらしいという意思が伝わってきた。


 例えていうなら、2カップは小さめのブラジャーを無理矢理着けて過ごすようなものか。

 それは、かなり息苦しいだろう。

 私だったら5分と経たずにはぎ取る。


 そんなわけで、久しぶりに元に戻ったモモちゃんは私たちの馬車に並走しながら解放感を満喫していた。

 これは今まで、悪いことしたかなあと申し訳なく思うと同時に。

 そこまでして私たちと一緒に過ごしたかったと分かり、嬉しくも思う。


 だが、これからは定期的に外で大きくなってもらおう。

 抑圧させすぎってのもどうかと思うし。






 余談だが、モモちゃんの移動があまりに静かでスムーズだったため。

 乗り心地に我慢できなくなった鳴鹿が(ちゃんと了承をとったうえで)、その背の上に乗っていた。


 私も乗ったことはあるが、まあ全く揺れないというわけではないがこの場車よりは断然に快適だろう。


 と。

 鳴鹿の行為を見ていた他の勇者が、私に自分も乗せてもらうよう頼みこんできた。


 モモちゃんに聞いたところ構わないということなので、馬車の揺れに耐えられなかったの者がこぞってその背に乗ってきた。

 背中に数十人の人間を乗せた、巨大なムカデ…。

 ファンタジーというか、これはもう絵本の世界だな。

 かなり珍妙な絵面になっている。


 まあ、役に立てるのがうれしいのか。モモちゃんも楽し気だし。


 皆さんも喜んでるからいっか。






 だが、勇者たちの中で以前私に暴行を加えてきた男子に関しては。


 モモちゃんは決して乗ることを認めなかった。




 ‥‥以外に、あの子は根に持つタイプらしい。


 * * *


 途中、町での宿泊や野営をはさみつつ。

 行軍は4日に及んだ。


 その道中、徐々に大荷物を抱えた一家や荷車ぱんぱんに積み荷をしょった商人などと次々すれ違う。


 彼らは逃げてきたのだ。


 これから私たちが向かう職場から…。




 私は彼らが浮かべる鬼気迫った表情を見るたびに、脆いとげのような緩やかな不安にさらされるのだ。




 どうか‥‥。




 どうか願わくば、




 誰の犠牲も出ずに、この仕事が終わってくれますように。






 私はついに目視した、戦場となる都市を眺めつつ。




 そう祈ることしかできなかった。





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