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31 黒幕パートというやつです


 異世界の少年少女たち。

 彼らを召還した国‥‥。その中心に位置する王都の、さらに中枢といえる王宮。


 その中でも限られた人間にしか立ち入りが許されない場所がある。

 頂点である王、そして宰相や元帥といった国の指針に干渉ができる人間。

 あとは多大な貢献をしている貴族や富豪が集う部屋。


 ここではこの国のすべてが決定される。

 まさに芯ともいえる場なのだ。



 そこには現在。

 国王を含めた重鎮たちが一堂に会していた。


 彼らは円卓を囲み、一言も発することなく座っている。


 いや、待っている。

 いうなれば、災害の襲来に備えているともいえる‥‥。


 そして、


「ほいほーい、まいどお疲れやでー。

 あんさんら、待たせてえらいすまんかったなー」


 場違いなほど場違いな、朗らかな声がその場に響き。


 どこからともなく…一人の女が姿を現した。

 どかからともなく、というのは決して比喩の表現でなく。

 実際、扉が開け閉めされた音はせず(侵入を事前に察知できるように扉はわざと重く、立て付けが悪く設計されている)、この部屋に窓もないため他の侵入経路はない。


 だというのに、この女は気づけばそこにいた。


 年頃は十代半ばから、二十代前半といったところだろう。

 容姿はとても整っている。

 身にまとった雰囲気も相まって、ともすれば親しみやすい印象も覚えるが…。


 この場、この状況の中では強烈な違和感しかなく。

 不気味さすらあった。



「んー?

 なんやなんや、相変わらずのシけたふいんきやんけ。

 ほら、もっとテンション上げようや―」


 女は明らかに似非だと分かる地方言葉を喋りながら。

 厳かな雰囲気が漂う円卓の上‥‥それも国王のすぐ隣にドカッと腰を下ろす。


「ほらほら、そんなしかめっ面しんとー。

 笑わんと福は来てくれんでー」


 挙句、バシバシと肩をシバき始める始末である。


 もちろんそんなことをすれば不敬罪による無礼打ちは確実だ。

 普通ならば。

 だが、その場にいる重鎮や叩かれている国王本人すら何の反応も示さない。



 それもそのはず、

 この場に彼女‥‥もっと言えば、彼女の裏にいる存在に逆らえるものなどいない。


 そこまでに、その存在がこの国に与えた恩恵は大きい。


 異世界から来た者たちは知る由もないが。

 実はこの国の生活水準は、この世界の他の人間国家に比べあり得ないほど高いのである。


 現代社会でぬくぬく育った子供を(多少の不満を感じさせるとは言え)、特に問題もなく生活させることができるのだ。

 ありえない仮定だが、もし別の国に彼らが召喚されたとすれば。

 生活の劣悪ぶりに1週間と経たず不満が爆発したことだろう。


 その生活を支えるすべての要因を、この国にもたらしてくれたのだ。

 物資、技術、知識‥‥時には労働力と。


 よって、その存在‥‥ひいては彼女の機嫌を損ねる愚か者はこの場に居ない。




 簡単に豊かにできるということは。

 逆に言えば、気まぐれにこの国を滅ぼすこともできるのだ。


 というか、目の前の少女でさえ。

 ここに居る人間どころか、王宮に居る人間すべてを簡単に惨殺できる力を持っているということも大いに相まっているんだが‥‥。



 閑話休題。


 ようやく、本来の行事が開始された。


 重鎮たちによる国の報告会。

 手元の資料を眺めながら、少女は報告を聞く。(ちなみに、未だ卓上に座ったままである)


 その様子は先までの茶らけた様子とは打って変わり、真剣なものだった。

 ともすれば本当に同一人物なのかと疑うレベルである。


 この変わりようも、この場の人間が彼女を不気味に思う一要因だろう。


「ねえ」


 このまま、何の問題もなく報告が終わるかと思われたその時。

 少女の口から声が漏れる。


 瞬間、重鎮たちの身が固まる。

 端からわかるほど脂汗をにじませるものもいる。



 基本的に、報告に問題点がなければ彼女が口を出すことなどないからだ。

 終始無言で、行事が終われば最初の朗らか雰囲気にケロリと戻る。


 ‥‥が。


 報告の途中で口を出したということは、

 何かしらの気に入らない問題があったということだ。


 そしてこの場の人間は、一つの覚悟と。

 一つの祈りを済ませた。



 最低でも、一人は確実に死ぬことと。

 それが自分ではありませんように‥‥と。



「これ、どういうことかな?」


 少女は目の前の国王に向かって一つの資料を突き出した。


「そ、それは勇者たちに関する資料ですな…。彼らに何か問題でも、ぎぅ!」

「あ、寝ぼけているのか? おい。問題があるのはどう考えてもお前たちだろうが」


 言葉の端を聞くこともなく、彼女は王の首をひっつかみ。

 ぎりぎりを手を絞めた。


「この資料に書かれている勇者、こいつはなんなんだ? 待遇に増長することもなく、力におごることもない。‥‥ひたすらに修練を続けて実力をつけているみたいだ。

 挙句、その様子が他勇者に影響を与え。全体の意識が向上しているだと‥‥?」

「そ、それは。国の防衛という観点からはむしろ好都合なのでは‥‥」


 わきから発言した一人の貴族。

 少女が見向きもせず腕を振るうと、触れてもいないのにかかわらずその頭部。

 鼻から上が分かれる形で切り裂けれ、そのままごとりと落ちた。


 場に緊張が走る。


「ふざけるなよ。…我々が勇者に求める条件を忘れたわけじゃあないよな」

「そ、それは勿論です…!」

「だよな。

 ‥‥一応確認しておこうか、勇者どもは我々にとってなんだ?」

「そ、それは‥‥










 い、生贄です。

 あなた方の糧にするための、ただの生贄‥‥ぅうっ」


 その答えに満足したのか、少女はようやく国王の首を放す。


「そう、分かってるんじゃないか。

 生きている間はせいぜい使ってやればいい、だが結局はただの糧にする家畜だ。


 優秀な勇者などいらない。‥‥今の立場に満足するような馬鹿でいい。

 だからこいつは、近々こちらで始末する。

 目途が立てば追って命令する、しばし待っていろ」


 そういって、少女は手元の資料を忌々し気に床にばらまいた。


 そのまま、ふう。と、息をついた次の瞬間には雰囲気が一変する。


「ほな、今日もお疲れさんやでー。

 わざわざ集まってもらってほんまおおきになー。ほな、さいならー」


 と、朗らかに宣言し。

 現れた時と同じように突如として消えた。



「‥‥」


 残された者たちに言葉はなく。


 遥かに年下(のように見える)の少女にコケにされた憤りと。

 それに全く対抗することもできない。…する発想すら持てない己たちの無力への失望で、卓上に拳を落とすことしかできなかった‥‥。




 そんな八つ当たりから、幾分か心を落ち着けた重鎮たちは少女がばらまいた資料に目を落とす。


 その目にはどんな感情が浮かんでいるのか。

 かの存在たちに目をつけられた勇者への哀れみか。


 そんな状況に自分たちの現状を重ね合わせた同情か。


 ともあれ、プラスの感情ではないことは確かである。



 そんな思いが乗せられた視線。

 その先の資料には、一人の勇者の情報が記載されており。


 一枚目には、もちろんだがその名前が明記されている‥‥。






「アゲハ ヤマギシ」と。



 * * *




 今日も、いつも通りの一日になると思っていた。




 朝起きて、鳴鹿と一緒にユリを起こし。


 訓練をしたり皆さんでお茶をしたり…。




 いろいろな人に色んなことを教えたり‥‥。






 だが、その日は違った。


 今思えば、早朝騎士たちに集められたその時。




 その時から、


 私の「転落」は始まっていたんだと思う。










 私たち勇者に初任務の指令が下されたその日は。




 私たちがこの世界に来て3ヵ月ほどが経過した時であった。






 * * *




 3ヵ月…。


 元学生の私からすれば長いと感じるような時間だ。




 なにせ、一年の1/4なのである。


 高校生活で言えば、1/12だ。




 以前はこれだけの時間が経過するのに、もっと時間がかかったはずなのに…。






 勇者となった‥‥。


 というか、ある意味社会人になった今。


 とんでもなくあっという間だったような気がしてしまう。




 異世界に来て早々、「出来損ない」扱いされ。


 リンチされたり…地位を剥奪されたり。




 と思ったら、モモちゃんのおかげで勇者に返り咲いたり。




 他の勇者たちと一騎打ちをしていくことになったり。




 そのあともいろいろ‥‥。






 よくよく思い出してみれば、内容の濃い日々だったな。


 あっという間、なんて感じるのはそのあたりの理由もあるのだろうが。




 率直に言ってしまえば、時間が足りないと思ってしまうのからだろう。




 だってそうだろう?


 これから戦いに行くというのに、その準備期間がたったの三か月なのだから。




 仕事の研修期間と考えれば、妥当な時間かと思えなくもないが。


 にしたって、これはあまりにも…。




 分かってる。


 これは女々しい先延ばしだ。






 まだ時間がある。


 まだ早い。




 そんな風に保留にする思考と全く変わらない。




 任務は既に決定されてしまった。


 私が何か言ったところで、今更何も変わらない。




 だから念のため、“そういうこと”になったときの準備をしているわけだけれど。






 ‥‥だけど。


 やっぱりできることなら、もっと時間が欲しいし。




 もっと言えば、任務なんか出たくない。


 そんな弱音を吐いてしまう。






 だって。




 もしかしたら死んでしまうかもしれないんだ。




 そうなってしまってもおかしくないことなのだ。






 誰だって、そんなときなんて来てほしくないだろう?






 * * *






 ―――コンコン。




 と。


 自室の中で準備をしている最中、ノックの音。




 私はネガティブ寄りになった思考の渦から抜け出す。




「はい、どうぞ」


「失礼します」




 扉を開け、私のテリトリーとなっている6畳間に踏み込んできたのは一人の少女。




 メイド服の少女だ。




「ぁ…。申し訳ありません、お仕事中でしたか。お邪魔であるならば、出直してきますが」


「ああ、いいよ。そんなに大したことはやってないから、いつも通りちゃっちゃとやってくれれば」




 そう、この子は私が使用人をやっていた時。


 私の次に新人だったメイドさんである。




 彼女はてきぱきと私の部屋を掃除しはじめ、ものの数十分ですぐに終えてしまう。




 一応言うがこれは彼女が手を抜いているというわけでなく。


 部屋が小さいということに加え、そもそも物が少ないのだ。


 長い時間作業をする方が困難なレベルである。




「お掃除、終わりました」


「お疲れ様、それじゃあいつも通り休憩にしようか」




 そう言って、私はあらかじめ用意してあったティーセットとお菓子をテーブルに置く。




「はい、いつもすみません」


「謝る必要なんてないって、むしろ仕事の邪魔してるのはいつも私なんだからそれ言うのは私の方でしょ」






 以前、彼女のことを少し語ったが。


 あの時はこちらのことをかなり怯えていて、物を倒しただけで泣きながら謝ってきていた。




 そんな彼女と、今ではお茶をして一緒に談笑する間柄である。






 ここまでの関係になるのに、「あれやこれや」とそれなりのエピソードがあるのだが。


 ここでは割愛することとしよう。






「こうして、ヤマギシ様とお茶会をすることもしばらくなくなるんですね」




 ティーカップから口を放した彼女が、悲しげにつぶやく。


 私たちが近日中に、任務のためにこの王都を発つことは使用人たちももちろん知っていることだろう。




 悲しげな顔をみて不謹慎だが、私は彼女が私と共に居ることを楽しんでおり。


 その時間が無くなることを残念に思っていることになんだかうれしくなる。




「そうだね…。私も寂しくなるな。


 しばらくはお茶会はなしになるけど、何だったらお茶っぱとか渡すし。


 お菓子だって日持ちする奴作っておいて…」


「ち、違いますっ。


 お茶会のことなんてどうでもよくて‥‥あぁっ、いえ決してヤマギシ様とのお茶会が楽しくないってことではなくてですね!」




 失言をしたと思ったのか、慌てて手をわたわたと振って弁明する。


 かわいい。




「ヤマギシ様が、危ない場所に向かうと思うだけで…私。


 胸が、締め付けられそうで…」




 胸が苦しい、というように手を当て。


 悲しげにうつむく彼女。




「‥‥」




 ここで心配ない。


 すぐに戻ってくる、なんていえば彼女の不安や寂しさが紛れるのかもしれないが。




 何が起こるか分からない以上そんな無責任なことは言えない。


 戦いに向かうということは事実なのだ。






 だから私は、気の利いたことも言えずに彼女の頬に手をやる。




「心配かけちゃって、ごめんね」




 そのまま頬をするりと撫でた。


 今の私にはこんなことしかできない。




 このまま落ちついてくれることを願って…。




 と。


 彼女は撫でる私の手の上に、自分のものを重ねる。




「ヤマギシ様。


 私は‥‥あなた様をお慕いしています


 だからどうか、どうか無事に帰ってきてください」




 やめてくれ。




 まるで恋する乙女のような瞳で、私のことを見ないでくれ。






 だって私はこれから、君にひどいお願いをするのだから…。






「ひとつ、頼まれてくれないかな」


「は、はいっ。私にできることなら!」




 私は先ほどまで作業をしていた机。




 その上に乗せられた、一通の封筒を手に取る。




「それは…?」


「ちょっと、これを持っててほしいんだ」






 そう言って彼女に、その封筒を差し出した。



「あれやこれや」、に関しては


今後幕間のほうで語っていくことになります

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