30.4 一石五鳥
今日も今日とて、お茶会…ではなく。
ランチへ予定変更と相成った。
というのも、先日女子の中の一人から「偶には、塩っ気のあるものが食べたい」というリクエストがあり。
せんべいやポテチのようなものなら軽く作れると提案したが。
どうやら彼女たちに、ユリや鳴鹿に料理を作っていることが知れていたようで。自分たちもご相伴にあずかりたいということだった様だ。
というわけで、メニューは以前鳴鹿にもふるまった肉じゃが。
嫌いな人間も少ないだろうし、和食の定番ともいえる料理なので無難なところかと。
実際、みんな今や懐かしき故郷の味への切望があったらしく。かなりの好評だった。
その渇望ぶり、普段特に健啖家とはいえない彼女たちも「日本米よりも数段味の劣る米っぽい大麦のような穀物」を炊いた主食をおかわりしていたくらいである。
…と。
昼食後、今後も食事を作ってほしいという要望が結構出たのだが。
さすがに十数人分の食事を作りながら、同じ数の茶菓子を作るのは時間的にも厳しい。
そうなると必然どちらかを選択することになってしまう。
(お茶会自体は開けるが、彼女たちの目的は茶菓子なので来る理由はないだろう)
今後、私のランチは隔日…またそれ以下の頻度での提供となるだろう。
彼女たちもここで無茶を言うような性根は持っていなかったようで、ちゃんと納得してくれた。
が、正直に言ってしまえば多少の無理を通せば食事とお茶会を両立することはできる。
できるんだが…。
私はこのまま食事を作り続けるべきではないと思う。
というか、作りたくない。
ああ、いや。
作るのが面倒臭いとか、彼女たちに食事を作ることが嫌とかそういうことではない。
料理をするのはもともと好きだったし。
以前は家族への食事を毎日作っていて。学校に通っていた時には、ずっとユリのために弁当を持って行っていたくらいなのだ。
ただ、現状作業量を増やすのは環境的にも。
私の心情的にも問題があるという話である。
現在食事や茶菓子を作る際には、城の厨房を一角を借りている状態なわけだが。
これ以上作業を増やすとなると、必然場所を使う時間が増えてしまう。
これ自体はさほど問題ではない。
作業自体が変化するわけではないし、下準備を前日の夜などに終わらせるようにすれば十分にこなせる自信はある。
が、上記した「環境的な問題」に直結するのだが。
単純に私が利用できる厨房のスペースと時間が現状限られているわけである。
極端な話、チャーハンとパンケーキを同時に作りたいが。コンロが1台しかないためどうしても時間がかかってしまうというわけだ。
(自分で例えといてなんだが、どういう食い合わせなんだろうか?)
だったら、私が使えるスペースと時間を増やせばいいという話になるだろう。
実際私の勇者という立場と権限を考えれば、そんな無茶も通るのだが…。
…そこで出てくるのが、もう一つの「心情的な問題」で。
正直、これ以上使用人たちに無理は言いたくない。
一時とは言え私も使用人として働いていた身、彼らの毎日がいかに多忙か多少の理解はあるつもりだ。
その上、ろくにアルバイトもしたことがなさそうな今時の増長した若者。社会人だったくせに頭の中ガキ並みの元教師の顔色を伺わなければならないのだ。
不満鬱憤、不平不満など掃いて捨てるほど感じているだろう。
挙げ句の果てには、この世のものとは思えない顔面の女に細々と命令されるのだから。
私なら全てをほうり投げて、飲む福祉でもキメたくなる。
加え…。
定期的に私の部屋へ派遣されてくるメイドちゃんを思い出す。
先輩のメイドたちにかなりいびられているのか、日に日にやつれているように見える。
彼女が受けていた仕打ちは、元はと言えば私に対するものであったはずなので。
矛先がそっくりそのまま移ってしまった彼女には大変申し訳なく感じている。
他にも、私が元の立場に戻った影響で厨房の料理人たちは少々ご乱心中だし。
先日も料理長が下っ端のコックに八つ当たりのような説教をしている様子を目撃したばかりだ。
…しばし一緒に働いた仲であるし。この状況も、近々なんとかしないといけないだろう。
‥‥。
話を戻そう。
今以上に厨房を私が私的に利用するのは難しい、という話だ。
というか今でもかなりの譲歩をしてもらっているくらいだ。これ以上を求めるのは、酷というか…現場の分かっていない元請け企業が下請けに無茶を言っているような状況ではないか。
厨房と一言で言っても、料理を作るだけの場所ではない。
以前もどこかで描写したが、あそこは使用人たちの食堂も兼ねている場所だ。
つまり私たちへの食事を作る以外の時間にも使われる。
使用人たちへの賄いを作る時間。使用人たちが食事をする時間。
ここで働いている使用人も、請け負っている仕事ごとに拘束時間もペースも違うので交代で使われる。
加え、料理人たちが材料の仕込みや清掃をする時間も考慮すると。一日のうち、割と絶えず使用されることとなるわけだ。
ここまで説明すれば、本来私が私的に利用できる時間が皆無だとわかるだろう。
よって私は立場と権力。
あとは下っ端の時受けてきた嫌がらせをたてに、罪悪感に訴えかけた。
とはいえ。
これでもう虐げられていた分は帳消しになったと考えると、もう無茶を通す謂れも権限も私にはない。
以前騎士相手に大枚もはたいてしまったので、金銭で解決することもできない。
今後のことを考えると、早急に解決したい問題なのだが…。
というのも、私たちのお茶会を、他グループの女子やおそらく甘党である男子がこっそりと様子見してきていることは確認済みなので。
近々参加する人数が増えると予測している。
人数が増えれば、作る量も増える。
となれば、厨房を借りる時間を増やすか。あるいは作業の手伝いを他の人に頼むかすることになってしまうだろう。
…もちろん、これは。
先の二つの問題を解決しないことには、進展することもないが。
* * *
閑話休題。
後日のお茶会。
今回はお菓子を少なめに、おやつ感覚で摘める食べ物も用意してみた。
ジャンクフードの定番、ハンバーガーである。
挽肉と葉野菜。あとはチーズやピクルスなどを挟んだオーソドックスな見た目をしている。
味に関しても…まあ、こんなもんか。という、味。
不味いわけではないが、劇的に美味いわけでもない。
…だが、それがいい。という味。
毎日だったら絶対に飽きるけれど、時々無性に食べたくなる魔力がこのジャンクな味には存在する。
牛丼、カップ麺…10円くらいの駄菓子とか時折夜中にコンビニ行ってまで買っちゃうのなんなんだろうか。
……。
思い出したら、私が食いたくなった。
今度試行錯誤してみるか?
なお。
やはりこの感覚は人類共通のようで、学校帰りなどにファストフード店で屯していたことが多い者などは味を懐かしみ進んで手が伸びていた。
が、やはりこういうジャンクフードを忌避する者も一定いるわけで。
茶菓子のように一瞬で大皿から消えるということはなかった。
その結果、もうすぐお開きとなった時にもテーブルの上にはハンバーガーが残っている。
「ねえ、どうするの? これ」
お茶会に参加する女子の1人が未だ積まれた不健康の塊を見つめながら呟く。
…というのも、今までのお菓子も大量に用意はされていたが余ることはなかった。
なぜなら、他の人間が胸焼けや体重計の針が示す数字の心配をして食べる量を控えたとしても。
最終的にテーブルの端に座る、コミュ障不良娘が全てかっさらって処分をしていたからだ。
が、どうやらそのがめつさは甘味に限定していたようで。
一つ試しに摘んではいたが、その後鳴鹿の手が先進国の象徴に伸びることはなかった。
ちなみに、肉が好物のユリにも期待はできない。というのも彼女が好きなのはあくまで肉のみであるため。一緒にファストフード店に行った際は中のパティのみを抜き取り、残ったパンズと野菜は私が食べるというのが定番のスタイルだった。
そんなことをこの場でやれば、他の女子たちはドン引きであろうし。(彼女もそのことは分かっているようで、この場で手をつけていない)残った残骸が手をつけられることは余計にないだろう。
しかし、そんな想定ができない私ではないのだ。
というか、昼食も終わった後にこんな量が食えるわけがないことぐらい分かるだろう。
これだけ余ってしまうのも計画通り。
ちらりと、目線のみを談話室の端に向ける。
気付かれてないと思ってるのか、物陰からこちらをうかがう気配。
私は彼らの視線を意識しながら、残っているジャンクフードに蓋をかぶせカートに乗せた。
「時間がたったら、油が固まって不味くなっちゃいますから。騎士さんか使用人さんたちに配っちゃいます」
使用人がどう出るかは分からんが、騎士さんたちは以前の宴会から私の料理が食べたい食べたいと言っているので喜んで受け取ってくれるだろう。
カートを押し、談話室を出る。
こちらをうかがっていた男子たちは慌てて離れたり、まるで今何気なく通りがかったように装って素知らぬ顔を貫いている。
なんだか周りの目を気にしながら18禁コーナーを覗いている中学生みたいでなんだか滑稽である。
別にちょうだいって言ってくれれば、気軽に渡すんだけどなぁ。
そんなに私からもらうのが嫌なのか。
はたまた、見下していた相手に施しをもらうのはプライドが許さないのか…。
「女って思考は感情的だけど、行動は合理的。
でも男は論理的なのに、行動は自尊心準拠なんだよねー」
偏見だけど。
* * *
翌日。
場所、訓練場にて。
「第一回、アゲハちゃんの3分クッキングー。いえー」
私の宣言のあと、アシスタントの二人が平たんな声で「いえー」と合いの手をうつ。
生徒たちもまばらながらも拍手をしてくれる。
「はーい、今日のレシピは。手軽にさっと作れるぶり大根を作っていきたいと思いまーす。
ただし、ここにはぶりも大根もないので。似たような食材を使った、もはやぶりも大根もない料理になりまーす」
みんな若干反応に困っている。
ふむ分かりやすくボケたつもりだったんだが。
これはノリのいいツッコミなどは期待しない方がよさそうだ。
仕方ない。この後進行上披露する予定だったコントやギャグは取り合えずボツで。
次からはツッコミ役のサクラを雇うことにしよう。
「ではまず、食材を食べやすい大きさにカットしていきます」
…と。
なぜこんなことになっているのかの説明をしよう。
皆のために食事を作る際、時間と場所の問題があることは前述しただろう。
私が使える厨房が限られているうえで、問題を解決するとなると。
単純に、厨房以外の場所で料理をすればいいのだ。
が、それでもいろいろと問題はある。
現在私は、いつもの訓練場…つまりは野外にいくつか使われていなかった長机を分けてもらって並べ。
その上にまな板やパットを置いて調理をしているわけだが。
ここまででも十分に手間なわけだが。
その上、使う水にコンロの火を用意する場合のコストはでかい。
の、だが。
「では下処理は終わったので、大根っぽいやつを下茹でしていきましょう。
ユリ、水を」
「うん」
アシスタントとして控えていたユリが、魔法で水を鍋にそそぐ。
そして地面にブロックを置いて作った簡易的なかまどにまた魔法で火をつけた。
「もうちょっと強火で」
「うん」
ちなみに燃料は使っていない。
着火だけでなく燃焼の維持も魔法によるものである。
これにより、手間とコストを大分減らすことができる。
ちなみに魔法によって生活を手軽くたち回せる方法は、この世界では割とポピュラーである。
が、それはあくまで燃料に魔法で種火を付ける程度のことであり。ユリのようにするには火の大きさを一定に保つ腕や、魔法を使い続けるための魔力が必要なため。地味な絵面だができるものはそう多くないだろう。
一つ抜けた技術があり、膨大な魔力を思っている勇者だから気軽に行える方法だ。
「では煮込んでいる間に、煮汁を作っていきましょう」
そんなこんなで、私は説明を続けていく。
さて、次に何でお料理教室という体で料理を行っているのかだが。
教室、という通り。私だけでなく、普段お茶会に参加しているメンバーにも料理してもらっている。
何故か。と聞かれれば、彼女たちのストレス発散のためだろうか。
というのも、普段お茶会にて彼女たちが話している内容。
その内愚痴の割合が増えてきたからだ。
おいしいお茶菓子に(表面上)友好的なコミュニティによって一時的にメンタルが穏やかになっていた彼女たちだったが。
その効果もだんだんと薄くなってきているようだ。
まあ、仕方がないだろう。
人間はいい意味でも悪い意味でも慣れる生き物である。
どんなに贅沢な生活も、続いていけばそれが普通になってしまう。
普通が続けば、やがて不満が表面化してくる。
そろそろ別のアプローチが必要だった。
そこでこの料理教室である。
以前にも言ったが、この世界には娯楽が少ない。
娯楽が少ないということは、熱中するものがないということだ。
つまるところ、趣味ができない。
人生に彩りを与えるものが趣味である、というのは誰の言葉だったか。
とまあ、短絡的な帰結だが。今の彼女たちには生活の彩りが必要なのだと思う。
日常の不満も、趣味のためだと考えれば多少は気にならなくなるだろう。
となると、今度は彼女たちが満足できる娯楽を提供する必要があるわけだが。
前述の通り、この世界には娯楽が少ない。
以前の世界の知識で、アナログな遊びを実践することもできるが。現代っ子の彼女たちには子供だましがいいところ。物珍しさを感じたところで熱中できるのは半日が限界だろう。
麻雀やトランプのような、長期間楽しめるものも考えてみたが。
そもそも遊ぶためには道具が必要だ。ただの女学生だった私には作ることができないし、加工の職人に頼むにしても金も時間もかかってしまう。
ということで、考えたのが料理である。
元の世界でも、趣味として成立している分野であるし。
突き詰めていけばいつまでも熱中できるだろう。
女子が皆料理ができるというのは偏見だが。
聞いてみたところ、各々の自宅で料理をした経験があるものは結構多く。
お菓子作りが好きだったというものも中には居た。
ということで、一度みんなで料理をしてみないかと提案すると特に反対の意見が出ることはなかった。
多分思惑の中には、料理を覚えればもう自分から貰わなくてよくなるって考えてるやつもいそうだが。まあ、指摘するまい。頭の中で考えることは自由なのだ。
それに、今後料理をするうえでもっと人手が必要になってくる。
彼女たちの中から普段のお菓子作りなどを手伝ってくれるものが出てくるかもしれない。
言わば、今回。
彼女たちの暇つぶし。
足りない料理スペースの確保。
料理をする上での人手の育成、という。
一石三鳥の作戦というわけだ。
そんなこんなで調理が進み。
「あとは皿に盛って、薬味を添えれば…完成でーす」
わー、ぱちぱちー。と、後ろで控えたアシスタント二人が乾いた拍手。
というか、ユリはともかくもう一人の鳴鹿は拍手しかしてねえな。
本来は彼女に3分クッキングのBGMをアカペラしてもらったり、出来たてあつあつを二人羽織で味見してもらおうかと思っていたのだが。
とりあえず次回に持ち越しだ。
見たとこ、他の女子も特に問題なく完成している。
切り方にむらがあったり、分量が違うのか煮汁の色に細かな差があるが。それは手作りならでは。
実食。
結果としては、特に失敗はしなかった。
まあ、余計な材料なんて用意していなかったし。無駄なアレンジなどで味が崩れることもないし。
ちゃんと手本を見せた上、みんなの作業をしっかり修正していたので妥当か。
皆も自分が作った料理の味に満足しているし。
表情を見るに、この料理教室は有意義な時間になったと思う。
と。
「ねえ、どうするの。これ?」
一人の女子が、それぞれの鍋に残った料理を差す。
それぞれの机で鍋いっぱいに作っていたため、私達では処理しきれないほどの量になっていた。
しかし、そんなことが想定できない私ではないのだ。
「そうですねー、また騎士さんたちに分けてもいいんですが…」
私は少々わざとらしく周りを見渡し、まるで今発見したかのように。
「あっ」
と、遠くからこちらをうかがっている男子たちを見ながらつぶやいた。
私の声と、視線に気が付いた女子たち。
「あー」、と。納得したかのような声を出すが、さてさて。
この後私から動いても特に問題はないのだが、スムーズに事が進んでくれるので出来ることなら彼女たちに動いてほしい。
私の心配をよそに、女子の一人が男子たちを呼ぶ。
男子たちは特に抵抗もなく、とはいえ呼ばれたのでしぶしぶ…といったような体で近づいてくる。
なんで女子に呼び出されたモテない男子みたいな雰囲気なんだ…って、そのまんまか。
使用人相手なんかでとっくに女になれてるはずなのに、こういうところで何で童貞臭残ってるんだろう?(いや、童貞だったかは知らんが)
そこから、私の思惑通りに事が進んでくれた。
男子たちは特に抵抗もなく、私以外の女子が作った料理を平らげていく。
彼らも故郷の味を懐かしみ、心情的な補正もあって大満足だったようだ。
うまいうまいと言いながらがっつく男子を見て、普段彼らを小馬鹿にしている節がある女子たちも。
まあ、まんざらではないようで。得意げな様子であったし。
中には素直に喜んで、進んでおかわりをよそってあげている者もいた。
ふむ。
お料理教室大作戦は成功といっていいだろう。
私が今回こんなことを行った最終的な目的は、このためだ。
野外で作業した理由はスペースの確保のためと、もう一つ。
周りから料理をしている様子を観察しやすくするためだった。
以前より私たちのお茶会、もとい料理を物欲しげな顔で盗み見ていた彼らであるが。
プライドが邪魔をして、混ざることも料理を要求することも出来ずにいた。
理由はひとえに、私なんかに頭を下げたくない。
あるいは、私の料理なんか食えない。といったところだろう。
なら、私から貰わなければいい。
料理教室を観察していた彼らに、余っている食事を私が作っていないことは明らかだ。
見えやすいところで作ってたんだから。
あとはこちらから「余ったから食べてほしい」と下手に出れば。
彼らに拒む理由はない。
なぜ、こんな手間をかけてまで男子にこの輪に入ってもらうのかと聞かれれば。
男女間での溝を多少なりとも埋めるためである。
同じ釜の飯を食う。という言葉通り。
同じ場で同じ食べ物を食べるというのは、心理的な障壁を和らげる作用がある。
これから、仕事上嫌でも関わらなければいけない相手同士なのだ。
最低限、嫌悪感ぐらいは取っ払っておきたい。
と、女子の中から次も料理がしたいと熱心な要望があった。
自分で料理を作ったという達成感と、誰かに食べてもらって「おいしい」と言ってもらえた満足感で。やりがいを感じてくれているようだ。
その際、この場にいる男子たちに味見兼残り物処理を担当してもらうことも自然と決定した。
こういう時の女子の結託力ってすさまじい。
ま、男子たちも勝手に決定こそされているが。特に拒むこともないのでウィンウィンだろう。
そんな中。
「ねえ、山岸さん」
「あ、はい」
女子の中の一人に話しかけられる。
「山岸さんのぶり大根もちょっともらっていい?」
「はい、いいですよ」
私が作っていた料理も当然余っていた。
これ後で騎士に配るつもりだったのだが、まあ拒む理由はない。
人が作ったものと比較したい興味本位か、あるいは隣の芝が青く見える作用なのか。
彼女は私の料理を食べると。
「っ! うっまっ!」
と声を上げた。
その声を聞きつけて、他の女子たちも私の机にまで群がってくる。
「わ、ホント。おいしい」
「えー、作り方一緒だったのになんでー?」
「こりゃ完全に負けたわ」
と、やいのやいのといつも通り姦しくなる。
私の味がいいのはスキルによるものなので、正直何とも言えない気分なのだが。
これは、想定以上にうまく事が運んでくれているかも。
男子の方を盗み見る。
さっきまで彼女たちが作った料理で、満足していた彼らだが。
それよりもおいしいと言われれている物に興味は尽きないだろう。
さらに、私達の輪に入って。
間接的とはいえ同じ料理を食べた結果、私に対しての抵抗も薄れてきているはずだ。
これは彼らが私に料理を頼んでくることもそう遠くはないかもしれないな。
「さ、そろそろお開きにしましょうか」
ぱんぱんと手を叩いて場をしめる。
後片付けは私とアシスタント二人で行う予定だったが、他の女子たちも率先して手伝ってくれた。
連帯感ができてきたようである。
そして、
「すみません、メモはちゃんと取ってくれましたが?」
「あ、は、はいっ」
私は輪の端にいる、見習の料理人さんに確認する。
彼はこの料理教室を行うにあたって、最初からそばに控えてもらっており。料理の材料や手順などを細かくメモする役目を頼んでおいた。
「ありがとうございます。メモは今後また使うこともあると思うので厨房の方に置いていただいていいですか」
「は、はい。わかりました!」
メモを抱えて、厨房へとかけていく見習いさん。
おそらく、あのメモは料理長など他の料理人の目に触れることになるはずだ。
というのも、最近厨房の料理人たちがご乱心な理由の一つとして。
私たち勇者が料理人の作る料理に不満を言うのに対して、私が作るお茶菓子などを絶賛しているからだ。
料理人たちにとってはプライドが著しく傷つく結果だったとともに、敵愾心に火をつけてしまったようで。
先日、料理長が見習いにどうにか私の料理のレシピを盗んでこいと怒鳴っていたのを盗み聞いた。
自分も同じくらいの料理が作れると誇示したいのか何なのかは知らないが、レシピくらい聞かれれば普通に答えるんだが。
やっぱりそこにも変なプライドがあるのか。
回りくどいやり方を選んでいるし。
ともかく、これ以上使用人たちとの関係を悪化させるわけにもいくまい。(それに見習いさんがかわいそうだし)
私は今後のために料理教室で作る料理のレシピをメモする役割を見習いさんに頼んで、メモを取ってもらった。
馬鹿正直に頼まれたと言うのか、自分の手柄にするかは彼の自由だが。
これで多少は料理長の乱心もおさまるだろう。
そして、今後続けていけばプロなら私たち好みの味付けを勝手に学んで。
必然的に勇者の使用人に対する不満も減っていくのではないか。
まあこれで完全に解消とはならんだろうが。
その足がかりの第一歩ということで。
これからまだまだ忙しくなるぞー。
結果的に、料理教室は大成功。
今後アゲハちゃんの3分クッキングは、
女子たちの暇つぶし。
足りない料理スペースの確保。
料理をする上での人手の育成。
という3つの目的に加え。
男女間の関係の改善と、使用人たちとの関係の改善という。
さらに二つの目的が追加された、一石五鳥の作戦となったのだった。
‥‥。
ちなみに料理時間は3分ではなかった。




