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30.2 お茶会


 ユリを守る。

 そう決意を新たにした私だが‥‥それは容易ではないだろう。


 いや、守ること自体は簡単だ。

 私が四六時中、彼女のそばに居てやればいいのだから。


 だがそれは根本的な解決にはならない。

 そもそも、ずっと一緒にいるということがユリのためにはならないだろう。

 私としては喜ばしいことだが。


 どんな関係にだって、適度な距離感というものが必要だ。

 気の置けない仲だとしても触れてはいけない部分や、踏み込んではいけない領域がある。


 一人になりたい時間なんて、ない方がおかしい…。


 この方法は、そういう時間を作れないし。

 作ったとすれば、そこを狙われてしまうだろう。



 私が目指す解決とは、たとえ私がいなくなったとしてもユリにとって居心地がよく。

 危害が加われることがない環境を作ることだ。



 ‥‥一番早急な手段としては、味方を増やすことだ。

 周りに信頼できる人間が増えれば、安心できるだろうし。

 たとえ私が何もできない状況にあったとしても、他の味方がユリを守ってくれる。


 しかし、それが容易いかどうかは察していただけるだろう。


 そもそも、ユリの性格は多人数の対人関係に向いていない。

 その辺ははっきりと言おう。


 ユリのコミュ力は壊滅的。

 私がしばらくの間、関係を取り持ち。ある程度の気心が知れた段階の一対一でようやくたどたどしい会話が成立するのだ。

(正直、現状鳴鹿とも円滑なコミュニケーションをとれているとは言えない。‥‥というか二人だけで会話したことあるのか?)


 そんな人間を人垣の中に放り込んだなら、何が起こるのか‥‥。


 目も当てられない。



 それに加え味方となる人間は、男子ではだめだ。

 ユリに良からぬ欲望を向ける可能性があるし、そもそも本人が男を苦手としている。


 かといって、女子はどうか‥‥といわれると。

 そっちも難しい。

 ユリはその容姿や、おどおどとした性格が原因で女子から嫌われているからである。


 仲良くしてくれと頼んだって、聞き入れてはくれないだろう。

(というか私も人のことは言えないくらい嫌われているし)



 ではどうするか…。


 私は考えた。


 考えた結果、私が起こした行動は‥‥。







 お茶会、だった。



 * * *



 私はティーポットから、カップへと紅茶を注ぐ。

 あらかじめ白湯で温めておいたカップは、熱を逃がすことはなく。

 心地よい湯気と、香りを運んでくれる。


 私たち…いつも通りのユリと鳴鹿、そしてモモちゃんの3人と1匹は。

 勇者が暮らす生活スペースの一角にある、談話室でテーブルを囲っていた。


 テーブルの上には、先も記述した通りティーセット。

 そしてケーキにシュークリーム、クッキー、マカロン、パンケーキと。

 明らかに私たちの許容量をはるかに超えているだろうと思われる量のスイーツが置かれていた。



 ‥‥まあ、言いたいことは分かる。

 メニューが完全に世界観とあっていないって。


 食生活やら生活水準が現代日本とそう変わらないという設定の異世界モノもあるけれど、少なくともこのここはそうではない。

 もちろん、スイーツ文化なんて概念から存在しないだろう…。(甘未がないというわけではない)


 ではなぜそんなものがここにあるのかといえば‥‥。


 もちろん私が作ったのだ。

 といっても、まさか素材の質から違う材料たちで一から作ったわけではない。(さすがの私も、店で売っているお菓子の元からではなく基本調味料からスイーツを作ったことはないし)


 だからちょっと工夫をしたのだ。




 『料理』のレベルがカンストし、新たに派生したスキル。


 『食物錬成』


 錬成…あるいは錬金術といえばイメージがしやすいだろう。

 某少年漫画よろしく、パンッと手を合掌しバチッ…とやるアレである。


 その食べ物限定版だ。

 私は用意した食材の成分から別の食材や調味料などを作り出すことができる。


 野菜の糖分から砂糖を作り出したり。

 牛乳から生クリームを生成したり‥‥。


 ええ、またしても突っ込みたい気持ちはわかる。

 いくら何でも無茶苦茶すぎるだろうと。


 でも、出来るものはしょうがないだろう?

 私も余計なことを考えることはやめた。できるものはしょうがないというスタンスである。

 ‥‥逆に言うと、そう考えないといけないような気もする。


 さすがにこの能力でも。

 肉を魚に変えたり‥‥その辺の石をパンに変えたりなんて無茶苦茶はできない。


 これは私が、「それはできない」と無意識下で思っているからではないだろうか。

 逆に「それくらいならできる」と納得できればできる。


 最近スキルというものは、自分ができると信じることが重要だと感じてきた。


 プラシーボ効果、みたいなものか。

 さすがに目に見えて逸脱したことはできないが、自分ができると確信したことは。

 結構難なく行えるような気がする。


 そういうルールの隙、というか。

 エラーのようなものに気づいてから、私はスキルに関して難しく考えることを止めた。


 こまけえこたぁいいんだよ。


 偉大な言葉である。



 お菓子もおいしいし。

 自画自賛だが、店に出してもそん色ない出来だと思う。


 甘いものにそう興味もないユリも、進んで手が伸びているし。

 鳴鹿に至っては、さっきから一心不乱にかぶりついている。

 意外なことに、けっこうな甘党らしい。



 ‥‥と。


「ちょ…あんたら何なのよこれっ!」


 待ちかねた方々が登場したみたいだ。


 この談話室は生活スペースの大きな出入り口の近くに位置している。

 だから全員が必ずここを通るというわけではないが、ほとんどの場合ここを陣取っていれば外出する人間と鉢合わせするというわけだ。


 と、いうわけで。


 私たちがいることに‥‥もっと言えば私たちがつまんでいるものに気づいた女子グループの方々がこちらに近づいてきた。


「あんたら、これどこで手に入れてきたのよ?」


 これ、というのは私たちが食べているスイーツだろう。


 この世界にも甘味があるとはいえ、進んでいるというわけではない。

 言ってみれば大味なのだ。


 海外の甘いお菓子を想像していただければ分かりやすいだろうか。

 素材の味を生かすということはなく、甘味ならば砂糖がふんだんに使われ「ただ甘い」という感じだ。


 日本のスイーツに慣れていると、けっこう受け付けられない。


 というわけで、私たちは皆。

 慢性的に甘いものに飢えていると言っていいだろう。


 そんなときに、向こうの世界のものとそん色ない甘味を発見したならば。

 たとえ嫌いな人間と絡むことになったとしても、その出所を確かめたくなるだろう。


「ん? 私が作ったんですけど」


 何か?

 という感じに、あっけらかんと答える。


 予想通り、その回答を聞き。

 何人か前のめりになった身体を引く…。


「あ、あんたが…?」

「ええ。ここのスイーツって正直あんまりおいしくなかったので。いっそのこと納得出来るものを作ろうかと」


 彼女たちはどうしたものかと逡巡しているようだ。


「それで、何か御用でしょうか…?」

「べ、別に何でもないわよ! いくよみんな」


 そうリーダー格の女子が宣言すると、女子グループたちはおずおずとその場を離れていった。


 ‥‥だが。

 その中の何人かは、未練がある様に私性のスイーツに目をやったままだった。


「いいのか?」


 口の周りをクリームでべたべたにした鳴鹿が訪ねる。

 ‥‥うん。とりあえずまだまだいっぱいあるからゆっくり食べようか。


「いいんですよ。あの反応は予想通りです」


 鳴鹿には、私が何故このような事をしているのか目的を話している。

 とすれば一見上手くいったように見えない現状に心配になったのだろう…。


 だが、心配ない。

 むしろ計算通りといえる。


 何事も最初から上手くいくわけはないし。

 私自身上手くいくとは思っていない。


 たとえ、それが最善と分かっていても人間は思った行動をとれないものだ。


 まして、見下し嫌っていた相手から施しをもらうような行動は。



 だからたとえ、私が「せっかくならどうですか?」と。

 彼女らに甘味を進めたところで、受け入れられることはないだろう。


 ならば、プライドが傷つかない状況を作ってやればいい。


 強固な決意は外からでは崩せない‥‥。

 ならば自分から崩してもらうまでだ。


 決意には意思が必要だが、意思を弱らせるものは妥協だ。



 彼女たちには、妥協してもらうことにしよう。



 * * *



 その後、私たちはお茶会を終えた。


 もちろんというか、用意していた大量のお菓子は私たち3人では消化しきることはできず。

 ほとんどは残した状態で、この場へとほおってある。

(鳴鹿が残すくらいならと、まとめて回収しようとしていたのを。慌てて止めた)


 私たちから貰うのは良しと思わない…。

 ならば、勝手に置いてあるお菓子なら?


 そのお菓子は見るからに美味しそう。


 みんなの前でつまむことは、プライドと私たちを蔑むという同調圧力が許さない。



 では、誰も見ていなかったとしたら…?


 なんとなしに戻って見ると。

 そこには気になっていたスイーツがほとんど残っている。


 幸い、お菓子は山のように余っている。

 自分が一つ二つつまんだところで、誰も気づかないだろう。


 だからひとつだけ…。


 ひとつだけ…。


 ひとつだけ!




 …。


 その後、私が談話室のテーブルを確認したところ。


 皿の上には、まるで言い訳のように鎮座した。

 数枚のクッキーしか残っていなかった。



 * * *



 次の日も、私たちはお茶会を開いた。


 私たちがテーブルについている間は、何事も起こらない。

 しかし、物陰からこちらを伺う気配を確実に感じる。



 私たちがテーブルを立ち、その場から離れると。


 偶然か、女子グループの何人かとすれ違う。


 と、


「あ、皆さんそこのテーブルにお菓子が余ってますから。よかったらどうぞ」


 私は何の気もない様子で彼女らに話しかける。


「…っ! う、うっさいわね。そんなのあたし達に関係ないわよっ」


 そう言って、慌てて立ち去っていく女子達。






 が、後々確認した皿には今度はクッキー1枚残っていなかった。



 次の日、ついには私たちがお茶をしている際に数人の女子が直接お菓子を要求してきた。


「ちょっと! あんたら何やって…!」

「で、でも…」


 と、側から様子を見ていた他の女子に文句を言われるが。


 私が特に何も言わずにお菓子を渡してやると、何も言われないよう脱兎のごとく退散していった。


「…っ、あんたらね…!」

「ん? あなたは何のようですか?」


 私が尋ねると、その女子はほおをヒクつかせ。

 そのうちには様々な感情が渦巻いているのか、ころころと百面相を見せる。


 そして、



「あ、あたしにも…それ寄越しなさいよ」


 そんな…

 素直になれない子供のような口調でお菓子をねだった。




 翌日。


 ついには談話室のソファに座って堂々と待つようになった女子達。


 私がティーセットの乗ったカートをテーブルに運び始めると。

 待ってましたと言わんばかりに集まって来る。



 が、彼女達がお菓子を要求するよりも先に私は口を開く。


「みなさん、良ければ提案があるんですけど」

「っ! な、なによ。お菓子の代金でもとろうっての」


 そんな文句を垂れるが。

 その言い方だと、払っても貰うと言っているようである。


「いえいえ、そんなことじゃないですよ。

 せっかくみなさん同じお菓子を食べるんですから…」



 私は、運んできたカートを指し示す。


 そこには、ここにいる人数と「ちょうど同数」のティーカップが用意されていた。








「よろしければ、一緒に食べません?


 今なら私の入れた、おいしいお茶がつきますよ」


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