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30.1 新しい朝が来た、だがそれが希望かは分からない


 ・・・目を覚ます。

 時刻は元の世界の感覚で6時と言ったところだろうか。


 私の––––、



 イケメンを倒した。

 勇者中最強になった山岸 アゲハの1日は早起き…というほどでもないが。

 寝坊というわけでもない、そんな時間から始まる。



 抱き枕にしていたはずが、いつの間にか首から上にかけてぐるぐるに巻き付いたモモちゃんを引きはがしながら起き上がる。


 就寝着から平服へと着替え、いつも通りモモちゃんを首に巻いた。


「さて今日も一日頑張ろうか」

「キュイ!」


 私たちは部屋を出る。


 現在私の部屋がある使用人たちの生活スペースから城の別棟へと移動し。

 談話室のような共有スペースで鳴鹿と落ちあう。


「おはよう」

「おはよーさん山岸、モモ」


 そのままユリを起こしに行く。


 寝起き自体は悪くないんだが、動き出すまでに時間がかかるんだよなぁあの子。

 起床はしているのだが、寝床で横になったままスマホとかいじって動かない人みたいな感じだろうか。


 部屋についた。

 ノックもそこそこに中に入る。


 入るのは私だけだ。

 ユリはモモちゃんが苦手だし、鳴鹿にもなるべく寝起き姿を見られたくないらしい。


 だったら自発的に起きて来いと思わなくもないが…ま、こればっかりは努力とかで何とかなる問題でもないらしい。

 そういう体質というか、そういう感じ。


 デリケートな問題そうなので、私たちは突っ込むのをやめた。

 別に今すぐどうかしなければ日常生活が危ぶまれる…というわけではないのだし。


 ユリは眠ってはいなかった。

 起きている。起きてはいるのだが‥‥。


「おはよーユリ」

「‥‥ぉはよ」


 彼女は何をするでもなく、ベッドに腰かけ放心していた。

 寝ぼけている、というわけではないのだろうが。

 いつも以上に消沈して、虚空を見つめている。


 最初は少々ぎょっとしてしまったが、いつものことなのでもう慣れた。


 私はクローゼットから衣服を取り出してやり渡す。

 彼女はそれを受け取り、のそのそと亀のようなゆっくりとした動きで着替え始める。


 脱いだ衣服は回収しておき、あとで洗濯しよう。


「終わった?」

「うん…」

「じゃあ反対向いて、髪整えるから」


 どういう寝相だったのか、ユリの髪は多方向へとはねまくり現代アートのような様相になっていた。

 おおまかに手櫛で整え、ブラシで馴染ませる。


 ‥‥寝つきも寝相も悪くないはずなんだが。

 以前一緒に寝ていたときのことを思い出す。


 そういえば、あの時は寝ぐせはなかった。


 枕が変わると寝られない、というが。

 似た話で、寝る条件が変わると寝相も変わると聞いたことがある。


 一人の時だけは寝相が悪いんだろうか…?



 なんて、どうでもいいことを考察しつつも手は動かしブラッシングを終える。


「はい、オッケー大丈夫」

「うん、ありがと」


 軽く頭をぽんぽんしてやると、こちらへ振り向いた。

 その様子はいつも通りに戻っている。

 毎回、ここまでやってようやくユリは覚醒する。ある種のルーティンのようなものだであり待機時間だとでも思っていればいい。


 数世代前のパソコンのようなものだ。

 待機中に無理矢理動かせば不調になっちまう。


 そう考えりゃ、なんとなく寛容になれるような気がする。



 二人で部屋を出る。


「やっときたか」

「キュイキュ」


 鳴鹿がモモちゃんを抱えて待っていた。

 ユリとは違い、モモちゃんの見た目に完全になれているらしい。

 今ではこんな風にスキンシップをとっていることもよくある。(今度何か芸をやらせてやろう)


 ちなみに、私とユリの部屋が未だに分かれているのは。

 ユリはまだモモちゃんと馴染めていないからである。


 いろいろ親しみやすいようやってはいないのだが、改善のめどは立たない。


 仲良くなることなんて強制することでもないから。

 これも、長い目を見るしかない。


「すみません、お待たせしまして…」

「まあ、それはもう慣れた。食堂行こうぜ、腹減ったよ」

「はい」

「キュイ!」

「‥‥」


 私たちは3人と1匹。

 いつものメンバーで、朝食へと向かった。


 ここまでがいつも通りの流れであり。


 私の朝はこうやって始まっているといえる。



 * * *



 食堂。

 これまたいつも通り、同じテーブルを囲って朝食をとる。


 私と鳴鹿は、この世界でも無難とされるメニューを。

 モモちゃんは用意してもらった野菜の皮。

 そしてユリは、朝っぱらだというのに分厚いステーキ肉にかぶりついていた。


 いつもながらどういう胃腸なんだよ。

 朝に強いんだか弱いんだか…。



 と、私たち以外にもまばらに人が増え始める。


 ほとんどの勇者は自堕落な生活をしており、昼間に起きてくることもざらなのだが。

 それでも少数はこうして規則正しい時間に起きてくる。



 彼ら、彼女らは先に来ていた私たちに一瞬目を向け‥‥。






 何の興味もなさげに目をそらした。


 今まではいつも通り、といったが。

 これが最近、私の生活で変化した部分だろう。



 いることに何も思われない。



 ともすれば当たり前のことなのだが、私からしてみればこんなあり得ないことがあるかと思ってしまうくらい異常なことだった。


 だって私は今までこの方、友人など親しい間を除いた。

 赤の他人から不快な目線をもらって生きていたのだ。


 これはこの世界でも変わらない。



 こうして食事をとっているだけでも、絡まれたり。

 嫌みを言われる。



 モモちゃんが進化してからは、そういった直接的な悪意は減ったが。


 それでも、言葉に出さない気持ちで。

 忌々しげな雰囲気が常に向けられていた。



 それ自体はどうも思わない。

 私にとってそれは当たり前のことだったのだし、不快な顔面をしている私が悪い。




 が、もうそれがないのだ。


 私がいると周りが不快になる。

 それが覆り、ここに居ることを内心で認められている。


 あの戦いの後、口には出さないが私の力は認められたということなのだろう。

 不快感が実力で中和された結果。


 みんな私に何も思わない。


 ‥‥こんな奇跡があるか?



 私はその奇跡を自分でつかんだ。


 私は最強の座について初めて、「居る」ということを認められたのだった。



 * * *



 朝食後、いつも通りに訓練を行う。




 …最近ついにモモちゃんも戦闘訓練に参加と相成った。


 ようやくある程度の力の調節ができるようになってきたので、木人などを相手に攻撃を打たせている。




 今までの地道な基礎訓練の成果か、モモちゃんも相手を壊さない「手加減」を覚えてきた。


 が、やはり気を抜くと木人どころか周りの地面もろとも吹っ飛ばしてしまうため。


 対人の訓練はまだまだ見送りだな‥‥。




 私も『射出』の命中精度を上げる訓練や、鳴鹿との格闘戦を行い汗を流す。


 ユリもわきの方でいつもの魔力練習をやっている。




 ‥‥後衛でもいいから戦闘訓練に参加しないかと持ち掛けたが。


 相変わらずユリは拒否し続けている。




 正直、どうしたものかと悩む。




 ユリも相当な力を持ってはいるが、それにかまけて慢心してはいけない‥‥。


 なんてことは、他の勇者たちが私相手に証明していることだし。




 基礎訓練や防御系の魔法の訓練。


 それに的相手の攻撃は普通に行っているのだが。




 やはり、人を攻撃するということにかなりの拒否感があるらしい。






 苦手でも嫌いでもなく‥‥拒否。




 誰だって、どうしても受け付けられないものというのはある。


 だが、だからといってやらせないわけにもいかない。




 やらせないことは自衛的な問題でユリのためにならない。


 かといって、無理やらせることも精神的な意味でユリのためにはならない。




 悩む。


 ‥‥悩んだ結果、未だ問題を先延ばしにし続けている。




「また悩んでるのか?」




 そう言って、鳴鹿が飲み物を差し出してくる。


 のどが渇いていることにやっと気づいた私は、受けとり口に含む…。




 ってこれ、鳴鹿の飲みさしじゃないか。


 私は気にしないが…。




「ありがと」




 ちょっといたたまれなくなりつつも水筒を返す。


 彼女は気にしたような様子はなく、まるで大事なものであるかのように懐へしまった。




「どうせ下野のことなんだろうが…」




 何故ユリのことだと決めつける…。


 あってるけど。




「お前が悩むことなんて下野のことくらいだろ…あとはモモとかそのあたり」




 おい、もしかして悩みのない能天気だと言われてんのか?


 失礼な、私にだって色々な悩みくらいある。


 顔とか。




「お前のそれは悩みとは言わんだろ。


 悩みというか、悲観って感じだ」




 確かに。


 だとしても他に…。




「ふっ、自分自身のこととなると即決即断。


 リスク、損得度外視で突っ走るお前が?」




 笑われた。


 というか呆れられた?




「心配なのはわかるが、お前がうんうんうなることもあるまいて。


 最終的に決めるのはあいつ自身だろ」


「そうだけど…いざ決めるってとき。あの子がちゃんとした選択をできるように…」


「だーっ! 子供の進路を心配する母親かっ」




 側頭部をはたかれる。


 痛みはないが、的確にヒットした掌打は体調不良にならない程度の絶妙な揺れを私の脳に起こし。思考を打ち切らせた。




「お、おぉ…っ」


「ほら、そろそろメシにしようぜ。


 借金の返済はお前の料理で返してもらうことになってるだろうが」




 そうでした。


 へいへい、謹んでおつくりしますヨ。




 私は離れた位置のモモちゃんと、その対角線の位置をキープしたユリに休憩を呼び掛けた。




「過保護め…」




 ふたりを待たず、先に訓練場から離れる鳴鹿の一言が妙に耳に残った…。






 * * *






 いつもの厨房。


 実は昼時を少し過ぎている今、比較的コックさんたちは忙しそうにしていない。




 なのでコンロの一つを私用に使わせてもらっている。




 以前下っ端として働いていた時には、前後左右からの暴力に備えなければいけなかったため結構神経を使う場所だったのだが。


 現在はもうそんなこともなくなり、気楽に作業ができる。




 まあ、料理長とかその他のコックさんが私が近づくたびビクつくのはどうにかしてほしい。


 なにもしないってのに。






 まあ、お互いの精神衛生上手早く終わらせるべきだろう。


 私は味噌汁を煮込む鍋を確認しながら、ユリでも食べられるように細かく野菜を刻んでいく…。




「キィーッ!」




 と。


 部屋の外から鳴き声‥‥モモちゃんである。




「何かあったのか」




 私は火を弱くし、エプソンを外して厨房の外で待機させたモモちゃんへと近づいていく。


(モモちゃんには悪いが、衛生的な問題で厨房に入らないよう言いつけてある)




「モモちゃん、ユリに何かあったんだな」


「キィ!」




 肯定の意。


 こうしちゃいられない…。




「鳴鹿! すいませんが味噌汁が沸騰しないよう見ててください!」


「はいよー、行ってきな王子サマ」




 厨房の一角。


 テーブルを並べたスペース(使用人たちの食堂も兼ねている)でくつろいでいた鳴鹿へと一声かけ。


 私は走り出す。






 モモちゃんの誘導に従い、城を進む。




 勇者たちの生活スペース、その廊下でユリは男子数名に絡めれていた。


 この距離では会話まで聞こえないが、その表情から下品な目的がうかがえる。




 私が料理をするあいだ暇なので、いったん自室に戻っていったユリだが。


 その間一人になったところを狙われたようだ…。




 念のため、モモちゃんに護衛させておいてよかった。






 ‥‥イケメン戦以降。


 私の能力は一応認められたわけだが、それを快く思わない人間も残っている。




 私を虐げていた男子たちや先生である。


 彼らは私が何もできない「出来損ない」であることを口実に、日々の鬱憤を私への暴行で発散していたわけだが。




 私が「出来損ない」でなくなった今、そうもいかなくなった。


 むしろ、私で発散できなくなったうえ。私がその不満の原因なのだから相乗効果でより一層の鬱憤が生まれているのではなかろうか。






 そして、そんな彼らが次の発散の相手に選んだのが。


 ユリというわけだろう…。




 ユリも、自力という意味ではかなりの能力を持っている。




 しかし、あの子は模擬戦など。


 実践的な訓練を全く行っていない。


 そうなると今現在私たちの中で戦力として不安分子なのは…ということだ。




 なんとも、いじめっ子によるいじめられっ子の選出のような理屈である。




 はたから見ればあきれるようなこじつけだが。


 これが本人たちにとっては、正当性があると思ってるんだよなあ…。




 ま、とにかく。


 重要なのは、彼らはその鬱憤を晴らす対象にユリを選んだということだ。




 発散の方法が、暴力か性欲の解消かという差異はありそうだが…。






 とにかく、助けないと。




 私は懐から擬似弾丸を取り出し『射出』する。




 ビスッ! …と、老朽化した壁に難なく弾がビビを作る。




「なっ‥‥⁈」


「なーにしてるんですか? 皆さんおそろいで」


「アゲハちゃんっ!」




 突然の攻撃と、私への意識の逸れで警戒が緩んだのだろう。


 ユリは男子たちの包囲を抜け私の後ろに隠れる。




「で、みなさんユリと何をされてたんですか?」


「お、お前には関係ねぇよ…!」


「そうだそうだ、ユリちゃんはこれから俺たちと…」


「これからあの人たちと約束ある?」




 キーキーいうサルをほっといて、ユリに聞く。


 もちろん彼女は青い顔でぶんぶんと首を振る。




「だ、そうですよ。


 申し訳ありませんが、これから私たち食事なので予定が埋まってます。


 お引き取りくださいな」




 そう言い切って、返事を聞かず立ち去る。




「お、おい待てよ!


 勝手に決めんじゃねえ、このブスが!」




 煽りに乗ったわけじゃあないが。


 このままだと無駄に時間がかかりそうなので、私は振り向く。




「その子は俺たちが…」


「あ?」




 私はポーチからピックを取り出し、彼らに見せつける。


 モモちゃんも「シャー!」と臨戦態勢だ。




「ぅ…」


「で、なんか文句ある?」




 仕上げにひと睨みしてやると、彼らはちりじりに退散していった。




 ‥‥。


 まさか、私が目つきだけで男を圧倒する日が来るとはなあ…。


 人生どうなるか分からん。




 ‥‥ってそんなことはどうでもいい。




「ユリ、大丈夫?」


「う、うん‥‥。大丈夫、ありがとうアゲハちゃん…」




 そう言って取り繕うユリだが、未だにその顔は青白い。






 これまで、軽く軟派のような絡まれ方をしたことはあったが。


 今回のように暴力的、悪意むき出しに男子たちがこの子に迫ったことはなかった。




 これはある意味、私が彼らのストレスを解消させていたからだろう。




 賢者タイムのようなもんだ。


 発散した後だから、割と欲望が落ち着いていた。




 だが、今はその発散の対象がいない。




 私が強くなってしまったから。


 そのせいで、代わりにユリが悪意の対象になってしまった…。








 皮肉なものだ。




 私はユリを守りたくて、そのために強くなろうと努力していたはずなのに。




 結果的には弱いままだったほうがユリのことを守っていたなんて…。








 私には新しい朝が来た。




 それは私にとって喜ばしいものだったが。


 ユリにとっては、希望の朝などではなかった。






 ‥‥なんとかしないと。




 わずかに振るえる肩を抱きながら、私はそう決意を新たにした。



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