27 VSイケメン(決着)
今回は冒頭からお好みの処刑用BGMを脳内再生しながらお楽しみください
――――その、瞬間。
イケメンは、スキルを切った―――――!
私は目を見開く。
(そうだ…私はこれを待っていた!)
これは賭け‥‥というか、もはや願掛けレベルの算段だった。
この男の傾向。パターンを紐解くと試合の決め手。
フィニッシュは大技で決めることがほとんどだった。
それに加えて、見栄っ張りで自意識過剰なこの男の性格を加味すればこの男の思考の方向性が見えてくる。
こいつはただ勝つことだけでは満足しない。
華々しく、魅せるような内容でないと満足しないタイプだ。
簡単に言うと。
格ゲーなんかで、最後に必殺技やコンボで試合を決めないと気が済まない。
時間切れの判定や、弱パンチ一発の決着では納得できないという傾向。
だからこの戦闘でも、最後には大技で決めに来るはずだ。
だが、このままでは彼の思う華々しい勝ち方はできない。
手足は満足に動かない、私の攻撃に対応するために防御能力を発動していなければならない。
だから先ほど、痛めつけるだけで試合を決めるような決定打は打ってこなかった。
私が万策尽き、武器も尽き。
何もできない状態になるのを待っていた。
私がもう何もできない、反撃できないこの場合に限り防御をする必要がなくなるからだ。
つまり、この状況に限り。
彼は彼の思う華々しい勝ち方をするために、攻撃系のスキルを使用するはずだ。
防御に使用している、『速度を操るスキル』を解除して…。
そして私は、賭けに勝った。
私は足を振り上げる。
目の前の男も、周りのギャラリーも。
私の動作に疑問符を浮かべた。
それくらい、不可解な動きだ。
蹴りが当たる距離ではない、防御のための動作でもない‥‥。
その場全員の疑問を置き去りにして、私は足を地面へと振り下ろす。
ズンッ! と鈍い音とともに叩きつけられた足。
そして、叩きつけた地面。
行動の結果は予実な形で現れた。
闘技場に均等に敷き詰められた石畳。
その一枚が、文字通り畳返しのようにめくれ上がったのだ。
「‥‥!」
伝わる驚愕。
イケメンは突如起こった予想外の現象に一瞬面食らったようだが…その手の剣。
それを振り下ろす動作を止めはしなかった。
それもそのはず。
石畳が突然めくれ上がること自体は、確かに驚きに値するかもしれないが。
それがなんだ?
このイケメンに限らず、私たち勇者の中では岩を破壊することを造作もなくできる人間…珍しくもない。
だからたとえこの石畳が間を挟もうと、石畳を叩き切ってその延長上の私に余裕で攻撃を加えることができる。(そもそも、めくれ上がったと言っても垂直になっていない。せいぜい45度といったくらいの角度で盾にはならなさそうだ)
むしろ、その方が見た目派手になって良演出になるとでも思ったのだろう。
が。
イケメンは知らない。
これこそが私の隠し玉だと。
これこそが真に私の想定した展開だと。
私のスキル、『射出』の本当の恐ろしさを。
そもそも、私はこの男に『貫通』効果の説明はしっかりしたが。
ついぞ『射出』スキルに関しての説明はしなかった。せいぜい『投擲』から派生したスキルであるということくらい。
まして、スキルの名称は絶対に口から出していない。
それくらい、説明には注意を払っていた。
目ざといこの男なら、その名前から本質を見破ってしまう恐れがどうしてもあったからだ。
考えても見るがいい。
私はこの戦闘で、『射出』を使用する際もピックは投げて使用していたが。
もしも『投擲』と同じように投げる動作が必要ならば、スキルの名称はそれに関連するものになっているのではないか?
例えば『投射』とか『投技』など…。
しかし、そうではない。
そう。『射出』はシンプルに物を飛ばすスキル。
端的に言えば、ただ手に持っているだけでいい。身体が触れてさえいればいい。
そこには投げる動作も、物理的な作用も必要ない。
つまり。
物を飛ばすという現象が、私の筋力‥‥肉体能力に依存しないということだ。
これがどういうことか?
簡単だ。今の私はどんなに大きなもの。どんなに重たいものでも任意にぶっ飛ばすことができる。
例え、今私が足で触れている石畳でも――――。
私はありったけの魔力を触れている足から石畳へと注ぎ込んだ。
その結果、
おそらく数百キロはあるであろう石の塊が、とんでもない加速と圧倒的なパワーで飛んでいき。
にくったらしい爽やかフェイスを持った、しょんべんたれなクソガキ野郎のどてっ腹をぶちのめし。
後ろへ弾き倒した。
「うぐぅぅ…っ!」
もしかしたら、背骨でも骨折している“かもしれない”が。知ったことか。
こいつも私の鼻を折ってくれた“かもしれない”んだ。
これでお相子だろう?
私は、最後の力と気力を振り絞り。
軋む身体を無視して、無事な方の膝を踏み切って飛び上がる。
もう私には戦う体力も残っていないが。
それでも、痛みで地面をのたうち回るこの男目掛けて「落ちる」くらいは出来そうだ…。
残ったわずかな魔力で『重化』を発動し、数トンにまで重くした肘でエルボーをぶちかました。
肘と地面にサンドイッチされた男の頭部は、その中身を狙い通りにシェイクしてくれたようで…。
イケメンはその意識を手放して、気絶した。
その事実を確認し、ようやく気がぬけた。
ノびたイケメンと添い寝するような形でかなり不快だったが、さすがに肉体的にも精神的にも限界でその場でコテンと横になる。
「ふぅー…勝った」
その事実をかみしめるように、私は呆然と息を吐くのだった。
* * *
とまあ、私は辛くも勝利をつかんだわけだが。
周りから見れば、この決着に不可解な点は多いだろう。
…というか、不審なことしかないと思うが。
勝利の決め手となった石畳。
これがちょうどいいタイミングでめくれ上がり、『射出』の弾となってくれなければイケメンを地に倒すことができず。
…ひいては、私の勝利に終わることはなかっただろう。
が、
こんなに狙いすましたようなタイミングでこんなことが起こるか?
これがとんでもない幸運だと考えるものは相当なお間抜けさんだろう。
私にそんな運、あるわけがない‥‥こんな顔で生まれた不運が何よりの証拠である。
まあ、賢しい方ならすでにお分かりだと思われる。
そう。狙いすました「ように」、でなく。完っ全に狙いすましたのだ。
* * *
「認められるかっ!」
起き上がったイケメンによる、第一声。
気絶してからものの数分で目を覚ました回復力と、現在の状況も瞬時に理解した思考速度は“さすが”だが。
“さすが”にその言い分はナンセンスだろう。
「なんですか、藪から棒に」
「うるさい! こんなもの無効だっ、クズが‼」
うるせーのも、クズもお前だろうに…。
と、語彙が低レベルになっているのは試合の結果を覆そうと必死だからなのか。
模擬戦の取り決めとして、気絶は戦闘不能とみなし敗北の条件となっている。
というわけで、たったの数分だろうと気絶は気絶。
ルール上はイケメンの負けということになるのだが‥‥。
「何を言おうと、もうお前の負けだって」
「黙れ! こんな反則、認められるわけがないだろう。この卑怯者‼」
反則。
卑怯者。
ぐうの音も出ないほどの正論である。
だが、
「いやいや、いきなり何言ってるんですか? 今のどこに反則があったっていうんです」
私は何の臆面もなくしらばっくれた。
「ふっ…ふざけるなよ…! これが不正でなくて何だ! ああっ⁈ なんの工作もなしにこんなことが起こるか!」
またしても、もっともな指摘だ。
けれども…、
「確かに、石畳がいきなり跳ね上がるなんて驚きです。すごい偶然があったものですねー」
どこまでも、しらばっくれる私。
ビキビキ、と。イケメンの眉間には青筋が浮かんでいく。
「白々しいぞっ、これはお前がやったことだろうが!」
「‥‥あのですね、そりゃあ状況的に私が疑わしいことは分かりますが。あるんですか? 私がこの石畳に細工をしたって証拠は」
「そんなもん必要あるか、どう見たって‥‥」
「ああ、はいはい。百歩譲って、この石畳に私が何らかの仕掛けをしていた…としましょう。
…ですが、いったいいつそんなことをする時間があったって言うんですか?」
私の言葉に、目の前の男は「は?」と表情をゆがめる。
なにを訳のわからない弁解をしているのかと、怒り半分。呆れ半分…といった表情か?
確かに、私が宣戦布告をしたのは3日前。
それくらいあれば、石畳になんて余裕で仕掛けを施せるだろう…。
だが。
「おっかしーですねー。私はこの訓練のことを今朝知ったばっかりなんですよー。そこから短時間でこんな仕掛けを施すなんて、
どう考えても無理ですよねー、ねえ皆さん」
私はわざとらしく、周りのギャラリーに言い聞かせるように宣言した。
「‥‥! あっ」
と、ここでようやく今このやりとりが何十人という人間に見られていると思い出したらしい。
どこまで頭に血が上っていたのやら。
「う…いや、ちがっ…」
さっきまでの威勢はどこへやら。
イケメンは周りに慌てて取り繕うとするが、うまく言葉が出てこないようである。
そんな彼にささる、懐疑。失望。侮蔑の視線視線視線。
私にはそんなもの慣れっこなのだが、この男には初めての体験だったのだろう。
あからさまに動揺している…。
もちろん、そんな状態で手加減をしてやるほど私はお人よしではない。
言葉を畳みかける。
「今朝の今朝まで、私はあなたと模擬戦をすることになるなんて知らなかったんですよ。ましてこの場所。この闘技場で戦うことに関しては、直前に知らされたじゃないですか」
私はつま先で地面‥‥闘技場を叩く。
「そんな短時間に、こんな工作ができます?
できたとして…戦う場所はいくらでもあるんです。この場所で模擬戦を行うことなんて、私には知りようもないじゃないですか」
私の言葉に、イケメンは反論ができない。
せいぜいうめくような、意味をなさない単語を口からひねり出すことしか。
言葉が思いつかないわけでも、私がとってつけたようなアリバイの粗が分かっていないわけでもない。
ただこの男は、迷っているのだ。
すべてをこの場で、周りの人間にもわかる様に暴露するかどうかを。
私が宣戦布告し、イケメンがセッティングをした。
その間3日。
私に容疑をかけるには十分な時間だ。
だが、それを証明するためには事実を公開しなければならない。
私がこのイケメンの弱みを握り、その抹消をかけて私たちが戦うことになった顛末を。
そして戦う前の騎士団とイケメンのやりとり。
フェミニストを気取ったこの男が女の子と戦うことなんてできませんとか何とか言ってたあれが、事前に打ち合わせしていた猿芝居であったことを。
「ぅ…」
何を迷ってんだか。
戦闘中、頭に血が上った自分がどんな言動をしていたか覚えていないわけでもないだろう。
もうすでに周りに本性がばれたも同然なのに、今更なにを取り繕うことがある?
「あ、あなたのことだ。事前に模擬戦の予定があったことを特殊な方法で知っていたとしてもおかしくない」
で、ひねり出した理屈がこれか。
特殊な方法て‥‥専門的な知識がない作家の常套句みたいなこと言いだしたぞ、おい。
「そ、そうだ。君はこの城の騎士と懇意にしていただろう。そこから訓練のことを知り、工作を指示したとすれば可能だ」
と、自分でも苦しいと感じたのか。
とっさに理屈を組み立て始める。
ふむ…。確かに、私がフレイムさんないしはその騎士団となにやら関係があるということは別に隠しているわけでもないし。
知っている者やなんとなく察している者もいるだろうから、そこまで苦しい推論でもない。
‥‥というか一部正解だし。
「確かに、そうだとすればつじつまが合いますが‥‥。でも申し訳ありません、私ここ数日はここの騎士さんたちとゆっくりと話してないんですよ」
「確かにあなたはここ数日騎士と露骨な接触はしていない…でも、あなたには親しい友人がいましたよね。
そしてあなたの部屋に招くこともあった。あの時、友人たちに伝言を伝え。代わりに騎士へ指示していたとすれば、なんの問題もなく‥‥」
「あの」
言葉を遮る。
「なんでさっきから、私の動向が分かった上の発言をしてるんですか?」
「え…」
「そうでしょ。私が騎士と接触していないって弁明した時。あなたは「確かに」って言いましたよね。
まるでそのことをあらかじめ知ってたみたいに」
「‥‥!」
「それと、ここ数日で友人を部屋に招いたことも何で知ってるんですか。
まあ、これは私たちの親密さからそれくらいのことはあると推論したってことなのかもしれませんが。
それでもあなたの言動がおかしいですね」
「な、なにが…」
「なんで「あの時」なんて言い方をしたんですか? 実際に見たことがない場合、「その時」って言い方をしません?」
「そ、それは…ただの言い間違いだ。そんなことにいちいち揚げ足をとらないでくださいよ」
「確かに、そういわれれば。そうとしか言えないんですが‥‥。
でもこれで、あなたに一つの疑いが出てきましたよね」
「は? 疑い…?」
「ええ。さっき私にのたまった理屈と同じように。あなたにも懇意にしている騎士なり、貴族がいて。あなたも事前にこの模擬戦のことを知ることができた。
そして対戦相手である私が、何か変なことをしていないか常に監視していた‥‥っていう疑いですよ」
「は、はあ⁈」
まあ、その反応ももっともだ。
ただの推論で組み立てた、冤罪も甚だだしい容疑に。イケメンは声を荒げる。
「ふざけないでください、何を言い出すんですか」
「だって、そうとしか思えないじゃないですか。あなたはここ数日の私の行動をしってるんだから。自分でやったなり人にやらせたなりで、私のことをストーキングでもしないと」
「馬鹿らしい! そんなもの推察の域を出ない! 確たる証拠もないのに、おかしな疑いをかけ‥‥」
「だったら」
ずい、っと。
私はイケメンに身を乗り出し、にらみを利かせながら言う。
「お前も、確たる証拠もないくせにおかしな疑いをかけるんじゃねえよ」
そう、証拠がない。
彼も私も。
ただ自分の中にある想像で因縁をつけているだけだ。
だから、こんな口論を続ける意味がどこにある?
時間の無駄だ。
「お前はただ、負けを認められずに駄々をこねてるだけだろうが。
いい加減やめろよ、見苦しいぞ」
私の言葉に、イケメンの表情はグニャグニャと変形していく。
私への怒り、屈辱。
周りへの恥、汚名。
もういっそ、吹っ切れて本性を出せばいいだろうに。
結局彼はいたたまれなくなったのだろう、逃げた。
すねた子供のように、肩を怒らせながら。
周りのギャラリーも道を開ける。
彼らからの様々な視線にさらされながら、彼は去った。
本当なら顔を隠して、さっさと立ち去りたい気持ちでいっぱいなんだろうが。
それすら格好悪いと感じているのだろうが、無意味に胸を張って堂々と歩いていく。
この状況でそれやったって、恥の上塗りだと感じてはいないらしい。
自分に絶対の自信があり周りを下だと思ってるくせに、その自信を保っているものは周りからの賞賛だということに彼自身が気づいていない。
そういう意味で、中途半端なのだ。
周りからの称賛が欲しいのなら、「良い奴」になれ…とは言わないまでも演技を一貫すればよかったものを。
はたまた、自分の得だけを求めるのなら。周りなど気にせず、「悪人」のままでいればよかったのだ。
そう、そもそもそこからが間違いだ。
あんなに見苦しく駄々をこねるほど勝ちたいのであれば、やり方はいくらでもあっただろうに。
セッティングしたのは自分なのだから、自分に有利になるルールなんていくらでも設定できたはずだ。
彼はそれをしなかった。
確実な勝利よりも、周りへの見栄を優先してしまった。
彼は自分から、
「正義」になることも「悪」になることすらも選ばず‥‥
小悪党という立場におさまってしまったのである。
スキル『射出』
『投擲』のレベルがカンストし、新たに派生したスキル
1 物を飛ばすことができる能力
大きさ重さ問わず(それ相応の魔力は消費するが)、飛ばすものは使用者の肉体能力に依存しない
2 システム的に攻撃力がそこそこ大きいため
火力不足だった主人公もコンスタントにダメージを与えることができるようになった
3 スキル効果『貫通』
相手のHPを無視し直接肉体へ損傷を与えることができる
一見すさまじい能力だが、実は大きなデメリットがあり‥‥




