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26 VSイケメン(4)

 何が起こっているかは分からない。


 だが、確実に何か異様なことが起こっている。




「‥‥っ!」




 私は円を描くように移動し、イケメンの側面に。


 角度を変え攻撃するが、またしてもピックは直前で止まる。




 さらに回り込み、背面に。


 これで完全に死角からの攻撃になる。




 意識外の攻撃ならば…!


 音もなく放たれたピック。着弾のタイミングを推し量ることはイケメンにはできない。




 しかし、私の攻撃は先と同じように中空で静止し。


 直撃することはない。




 ‥‥。




 もう、疑いようもない。




 つまりこれが、この男の「隠し玉」ってことか。




 予想はしていた。


 私が『射出』という新しいスキルを用意していたのだから。


 彼が何かしらの切り札を隠し持っていることくらい。




 が、予想はしていたとしてもそれが何なのかは分からない。


 そりゃ見せ無いからこその切り札であるし。




 そのため色々とパターンを想定してはいたが。




 ‥‥防御系だったのか。




 まずい。


 この展開は、私が一番危惧していたものだった。






 物理攻撃系だった場合、手足の自由をきかなくしているため問題はない。




 魔法系だった場合、私は発動を感知できるし。


 回避力を駆使して、よほどの範囲攻撃をしない限り対応できると思う。




 ただ、この場合‥‥。






(打つ手がない‥‥)




 こういう防御能力への対処法を、魔法主体のユリから教えてもらったことがある。


 対処法は、大まかに3つ。




 1つ目は、単純に防御力よりも強い攻撃をすること。


 脳筋的だが、これがオーソドックスであり一番手っ取り早い。




 そして2つ目。


 魔力の操作に長けたものならば他人の魔力も遠隔で操ることができるのだが(といってもかなりの集中力と労力がいるらしい)。


 その応用で相手の魔法を強制的に中断キャンセルすること。


 分かりやすく言うと、魔法の無効化だ。






 勿論、以上2通りの方法は私には無理である。




 私に攻撃力がないことは散々説明したところだし。


 体内ならともかく、体外‥‥それも他人の魔力を操る術を私は持っていない。






 となると3つ目。




 そう、これこそが私がこの展開を一番恐れていた原因。


 ここまでの戦いを、ともすれば全て無に帰してしまうようなその対処法は‥‥。






























 相手の魔力《MP》切れを待つ。






(ここまで来て持久戦かよ‥‥)




 正直、私はげんなりとした表情をありありと出していただろう。


 それぐらい、この展開はない‥‥。




 せっかく今までいい感じの勝負を演出できていたのに。


 最後の最後でこれとは、いろいろと台無しである…。




 これ以降、私の攻撃は通用しないだろう。


 先のやり取りでイケメンの防御に隙がないことが分かった。


 となると私の対応は、攻撃をやめて防御能力が維持できなくなるまで逃げ回ることになる。




 対してイケメン。


 彼も防御能力を使用している間、ほかの能力を使用できないから必然的に攻撃方法が剣での物理攻撃のみになるわけで。


 健全状態ならいざ知らず、両手両足を負傷している今なら回避することは造作もない。






 つまり。


 ここからは片方が逃げ続け、もう片方は当たらない攻撃をし続けることになるわけで…。






 うん。見ている側からするとこれほどつまらん展開はないだろう。






 格闘技であれ何であれ、勝負事において「泥仕合」っていうのが見ていて一番萎えるんだぞ…。






「ふふっ…」


「?」






 気が抜けた、というか。


 なんだか空気が弛緩してしまい、頭をかいていると。


 イケメンが不意に笑みをこぼす。…いきなりなんだ、気色悪いな。




「ふふふ…てめぇは、もう俺が攻撃を当てることは無理だと思ってるな」


「あ?」


「違うんだなぁ」






 イケメンがこちらに接近してくる。


 剣を構えているところから、予想通り物理攻撃で来ることは確実。




 だが、私が予想できることを彼が考え至らないわけはないだろう。


 ならばその剣はブラフで、ほかの能力を使用する気か?




 私はポーチからピックを数本取り出し、右手で構える。


 ならば、直前に使用している防御能力を解除するはず。


 その瞬間、重い一撃を叩き込んでやる…!






 が、近づくイケメンから。


 スキルを解除する気配も、発動する気配も感じない。




 いったい何を…?




 そうこうする間に、イケメンは射程距離内にまで入ってきていた。




(なんだかわからないが、ここまで近づかれたらいったん離れるしか…)




 私が距離をとるために、足を引く。






 その時、不思議なことが起こった。




(はっ?)




 一瞬で、そう一瞬でイケメンの剣が私へと迫ってきていた。




 それも瞬間移動のように時空を飛び越えたわけでも、時間が消し飛んだわけでもない。




 単純に、私が移動する脚よりも速く。


 それ以上の速度で彼の剣が迫ってきたのだ。




 なぜ?




 私の感覚に間違いがなければ、イケメンは防御能力を発動したままだ。


 解除はしていない、ほかのスキルを同時使用しているわけでもない。




 なのに、どうして速度が上がっている?


 負傷した手足で、どうやって…?






 もちろん私の疑問に答えるものは誰も居ず。




 イケメンの剣は、私の右手に叩きつけられた。




「ぐっ…!」


 弾き飛ばされ、持っていたピックをばらまいてしまう。

 が、それでも後ろに転がりながら反対の腕で新しく取り出し投げる。


 それらは先と変わらず、イケメンの手前で静止し直撃しない。


(くそ…っ。やはり防御能力を解除したわけじゃあない)


 だが、それでは先ほどの現象はいったい何だ?

 やつはスキルを一つしか使用していない、それは確かだ。

 スキルの効果を使用できるのは、一つにつき同時に一つまで。


 だというのに、さっきの瞬間。

 防御する能力と、一瞬で移動した(ように見えた)謎の能力。


 2つの現象が同時に起こっていた。


 どうなっている?

 どういうカラクリなんだ。



 気づかないほど高速に使用スキルを切り替えたのか?


 私の感覚を誤認させるようなスキルを使用して、一つしかスキルを使用していないと誤解させたのか?

(その場合、計三つのスキルを使っていたってことになるが)


 それとも、スキルや魔法のように魔力(MP)を使用しない未知の能力なのか?




 仮定を上げだせばキリがない。

 だが、そんな思考に費やす時間もない。


 地面に転がった状態から慌てて立ち上がる。

 もちろんその間も、イケメンは私に追撃しようと接近してきていた。


 距離を稼ぐため、牽制のピックをポーチから取り出したのだが。

 

「くっ‥‥!」


 剣を受けた右手から鋭い痛みが走り、地面に取りこぼした。

 私のHPはまだ全損していない‥‥そのため外傷は一切ないのだが。


 それでも痛みは当然ある。

 ピンポイントに鋭い痛みが走れば、一時的に感覚がマヒして十全に動かせなくなるくらいの障害は起こる。


 さっき、胴体に直撃させることもできたはずなのに…わざわざ腕を狙って攻撃したのはこのためか。


 根に持っているというか、私の戦法の意趣返しってところだろう。

 …とことん陰湿な野郎だ。



 慌てて左手を使いピックを取り出すも、投げるまで間に合わない。


『見切り』で攻撃の軌道を予測し、『空間歩行』スキルでいったん上空へ回避しようと跳躍した瞬間。



 また“あの現象”が起こる。



 イケメンの動きが飛び上がる私よりも速くなる。

 もちろん、防御能力は使用したままだ。その感覚に間違いはない。


 これでは、もう躱せない‥‥。


(だったら‥‥!)


 私は集中し、イケメンを凝視する。

 彼のわずかな動向も見逃さないように。


 躱せないと分かった‥‥だから「最初から躱さない」と開き直り、この現象の謎を解くことを優先したのだ。


 イケメンの動きを、魔力の流れを完全に知覚しようと集中する。


 ‥‥が。

 何も分からない。


 謎を解くヒントは、イケメンから見つからない。


 そのまま、刀身が私に迫る‥‥。



「ああっ、だめだっ!」


 その声はギャラリーのものだ。

 いつの間にか、この試合を当初とは違う意味で固唾をのんで観戦していた彼ら。


 その中の一人が、いつの間にやら私を応援していたようで。

 まさに攻撃を受ける瞬間に、悲痛な声を上げた。


 受ける、瞬間‥‥に?


 ‥‥?


 その時、何かに違和感を感じた私はイケメンへの集中を解き。

 イケメンを含めた、闘技場。そしてその奥のギャラリーにも目を向ける。



 そして‥‥気づいた(・・・・)



「ぐぁっ…!」


 今度の攻撃は左手へ直撃する。

 これで未だにしびれている右手とともに、まともに扱うことはできないだろう。


 だが、今度はどこに攻撃されるかあらかじめ予想し覚悟を決めていたためピックを取りこぼすことはなかった。

 吹き飛びながら体を半回転し、攻撃された勢いを利用してやや無茶な体勢で『投擲』する。


 もちろん、そんな状態でまともな軌道になるわけもなく。

 投げたピックの内、ほとんどはあらぬ方向へばらまかれるだけだった。


 が、内一本だけ。

 ダーツであれば刺さりもしないであろう、無茶苦茶な回転がかかってはいたが。一応イケメンにあたる軌道をとっていた。


 そのまま、その一本はイケメンの直前で止まった。

 何の意外性もない結果に私は落胆しない。

 最初から、反撃のためにピックを投げたわけではないからだ。


 その事実を、



「ピックが止まる」という現象を確かめるためだったからだ。



 次の瞬間、私は無茶な体勢の代償で頭から地面に激突し。

 それ相応の痛みが走ったのだが‥‥そんなことはどうでもいい。

 無理矢理に無視して、私は思考する。



 そして謎を解いた。


 そうだ‥‥前提から間違っていた。



 攻撃が直前で止まる現象。


 そしてイケメンの速度が増した現象。


 それらは別々のスキルによる能力だと思っていた。

 起こった現象があまりにも違うため、私は勘違いをしていた。




 二つの現象は同じスキルの、全く同じ効果から起こったことなんだ。


 


 さっきの一撃、ギャラリーの声で私の意識はそちらへ逸れた。


 そこには何も変わらないギャラリーたち。

 速度が上がったイケメンと“そんなにかわらない”速さで身動ぎをし、表情を変化させたり声を上げたりしている人たち。


 そう、気づいてしまえば当たり前だったが。

 イケメンの速度は変わっていなかった。


 手足を負傷したままの、鈍い動きのまま。

 攻撃の動作の間に、ギャラリーが声を上げる暇があるくらいに。


 つまりイケメンが速いんじゃない、



 私が遅くなっていたのだ。



 そこに気づいてしまえば、あとの理解は早い。


 思えば、ピックが音もなく止まる‥‥その時点で違和感を抱くべきだった。


 以前見た、ユリが使用していた防御魔法。

 それは魔力で壁のような盾を作り、物理的に防御するもの。


 つまり、攻撃を防げば甲高い音を立てるし。

 私のピックのような遠距離武器を受ければ、あらぬ方向へ跳弾する。


 ‥‥決して直前で止まることなんてない。






 そう、止まる。


 というより、速度が遅くなって‥‥ゼロになった。




 そうだ、「速度」なんだ。


 奴の隠し玉は、『速度を操る能力』だ――――!



 くそっ。

 どこまで間抜けなんだ私は。




 内心で悪態をつく。




 速度を操る能力。


 冷静に観察すれば、即座にわかりそうなものを。






 ‥‥だが、言い訳を述べさせてもらえば。


 純粋にイケメンの運用がうまかったという見方もある。




 攻撃の速度をゼロにし、防御するという活用法。


 相手の動きを遅くして攻撃の補助をする方法。




 一見すると全く別の能力を使用しているように思える使い方だった。


 そのせいで答えにたどり着くまで、余計な時間がかかってしまった。




「どうやら何が起こっているのか理解したみたいだな。…そこはさすが、といったところか」




 私の顔から思考を読んだイケメンが、そう称賛する。


 だが、その表情は一転し明らかにこちらを蔑んだ笑みを浮かべる。




「だが、今更気づいたところでもう遅い。お前に俺の力は破れない」




 …確かに。


 謎が分かったところで、打開策ができたわけではない以上状況は好転しない。


 以前私は窮地のまま、敗色濃厚。




 それどころか、両手も使えなくなっている。


 全く動かせないわけではないが、感覚が鈍い。これでは先のようにピックを投げることはできないだろう。




「‥‥っ」




 ポーチからピックを2本取り出すも、案の定痛みのために取り落としてしまった。




 その様子を見て、イケメンは愉快そうに笑う。




「ははっ、無駄無駄」




 が、そうでもない。




 取り落とし、地面に接触したピックは反発で一瞬浮き上がり。


 私は中空のそれらをボレーシュートの要領で蹴った。




 やったことはなかったが、足で『投擲』したピックたちはうまいこと飛んで行ってくれた。


 その内1本は真っすぐとイケメンへと向かっていき…。






 ぴたりと止まった。






 何の意外性もなく、イケメンの能力で防がれたのである。




「無駄だといっただろう。もうお前には何も・‥‥」




 何もできない。と、言おうとしたのだろうが。


 舞台俳優を気取ったようなセリフは途中で止まる。








 私が『投擲』したピックが眉間に直撃したからだ。








「あ」




 ギャラリーの気の抜けたような声が聞こえた。


 まあ、気持ちはわかる。




 カッコつけようとした半ば、何かに遮られ間抜けをさらすというのは。


 まあ、ありふれたような喜劇ギャグではある。




 実際、不意打ちを食らい。


 片足を上げよろめく姿は滑稽であった。


 観客の何人かも、こらえきれず息を噴き出していたし。




「な、なにが‥‥」




 そんな中、一人シリアス。


 目を白黒させる、という言葉がぴったりな様子のイケメン。






 だが、そんなに驚くようなことでもない。


 彼の能力の本質は防御でなく、『速度を遅くする』ことならば。




 それは結果的に防御をしているだけであり。




 攻撃の速度がゼロになって、攻撃は一瞬空中で止まるが。




 つまり何かに遮られてピックが進まなくなったわけでも。


 不可思議能力で空間に「固定」されたというわけでもない。






 要は、速度‥‥運動エネルギーが尽きたピックにもう一度初速をつけてやれば。


 何の問題もなくもう一度動き出すということだ。






 私が手から溢したピックは2本。


 一本は真っすぐ相手に向かうような軌道で。




 もう一本はカーブさせ、大きく弧を描くような軌道で蹴ったのだ。






 一本目がイケメンの眼前で止まったとき、二本目は大回りをしているため自然と時間差ができる。




 あとは静止したピックに、もう一本が命中すればその分だけ押し出されて。


 ロケット鉛筆のような要領で飛んでいく‥‥という算段だ。




 突発的な思い付きだったが、思いのほかうまくいってよかった。






 まあ、それはともかく。




「しっかし、ずいぶんとあっさり食らってくれましたねー。さっきまであんなに幅を利かせていたのに」




 私の言葉に、彼の方はピクリと動き。やがてぶるぶると震えだす。




 ‥‥やっぱこいつ煽り耐性低いわ。


 こんなに簡単に挑発に乗ってくれるとは。




「俺の力は破れない(きりっ)かっこきりっ‥‥とか何とか言ってたけど。ずいぶんと障子紙みたいに破りやすい力だな。


 ちょっと優位に立ったくらいで、すぐに増長する。




 ‥‥そういうところが馬鹿丸出しだってつってんだよ」






 爆発した。




 まるで親の敵とでも言わんばかりの私怨の籠った眼光で、彼は私へと切りかかってきた。


 もちろんそれは予想していたので、余裕で躱す。




 剣は大振りだったために隙ができ、その時間を利用してバックステップで距離をとる。




 ピックが全て眼前で止まっていたことから、彼の能力には距離の制限があることが分かる。


 速度が落ち始めてから止まるまでの距離を逆算して、おそらく3~5メートル。




 それ以上の距離を開ければ、射程距離外で能力の影響は受けないはずだ。






 試合の残り時間、ひたすら逃げ続け判定に持ち込む。


 ここまでの攻防、点数的にどちらが優勢かは微妙だが。このままじり貧を続けるよりはよっぽど勝算が高いだろう。




 だが、




「ぴょんぴょん、飛び回りやがって‥‥うっとおしいんだよおっ!」




 今度はこちらが行動を読まれている番だった。


 距離をとることをあらかじめ予想していたイケメンは、地面に落ちたままのピックを蹴る。




 それらは弾丸もかくやという速度で、私に着弾した。




「ぐあっ…!」




 なるほど、速度を操る能力で蹴ったピックの速度をあげたのか‥‥。




「本来なら、こんなカスなものを使う必要はないんだがなぁ」




 だろうな。


 イケメンには魔法という有用な遠距離攻撃法がすでにある。


 だが、現在別の能力を発動しているため使えない。




 かといって能力をOFFにすれば、今度は私の攻撃を防ぐことができず。離れた私から『射出』で一方的な攻撃を受けることになるため、それはできない。




 そのため、その場しのぎの攻撃法。


 反応から見て、本人としては威力に納得がいっていない。みみっちいやり方とでも思っているのだろう。




 だが、それでも衝撃は相当なもので。私の体を止めるには十分な威力だった。


 そんな隙を見逃してくれるはずもなく、接近したイケメンにみぞうちへとミドルキックを叩き込まれ。私は後ろに倒れ伏した。




 腹、そして背中からの衝撃に息を吐く。




 それでも苦痛に耐え、牽制のためにピックを取り出すが。


 その手はイケメンの足によって押さえつけられた。




「ぁっ…⁈ ぶえっ!」




 そのまま私の顔面へと落とされる‥‥足。




 足。


 足。


 足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足。




 手で防ごうとしても、払われ。何度も足を落とされる。




 そうして何度目かの攻撃により、ついに私の脳内に警告音のようなブザーが響く。


 これはHPが尽きた合図。つまり‥‥。




「ぐ、あ‥‥」




 にちゃあ、と。


 粘着質な液体が、私の顔面とイケメンの足裏で糸を引く。




 もちろん、血である。


 HPという障壁がなくなったため、私にも外傷が入るようになる。






 そして先と変わらぬ様子で、イケメンの足が私へ落された。


 足裏が、私の顔面に着地する。


 私のケガなど微塵も考慮した様子もなく、暴力は行われ続ける。




「お、おい。なにやってるんだ! もう十分だろ、今すぐやめろ!」




 場外からの悲痛な声。


 なんだか耳が聞こえづらくなってるからいまいち判断つかないが、おそらく鳴鹿のものだ。




 が、そんな声に耳を貸さず。


 ‥‥というか、完全に頭に血が上ったこの男は。そもそも周りの声が聞こえてないようだ。




 変わらない様子で、蹴り続ける。




(ああ、そういえば。HPの全損は試合の敗北条件に含まれてなかったな‥‥)




 なのでこの状況でも、審判たちは試合を止めない。




「いい加減にしろっ‼」




 視界の端では、ついに業を煮やした鳴鹿が闘技場へと上ろうとして騎士たちに取り押さえられていた。




 大の大人数人に抑えられれば、さすがの鳴鹿もうまく動けないらしい。


 相手は訓練を受けた騎士なのだから当然だ。


(それでも腕を抑えた騎士を、振り回しているのはさすがというか…)






「やめろ…! もうやめてってばあっ!」




 やがてその叫びは悲痛なものに変わる。




 その声を聞き入れれたのか、はたまた単に羽虫をつぶす遊びに飽きたのか。


 蹴りはやんだ。




 イケメンはべっとりと靴についた私の血を、まるで汚物をふき取る様に(まあ、間違ってはいない)私の服でぬぐい。


 それを不快だ、と責めるように私を蹴り飛ばした。






「うっ…ぇえっ…!」




 ごろごろと転がっていき、咳とともに血を吐く。


 ひどく息苦しい。うまく呼吸ができないが、もしかしたら鼻骨折をしているのかもしれない。




 もともと形がいいとは言えなかったが、鼻が曲がってしまわないかと場違いな心配をする。






 痛みとめまいで視界が点滅する中、私は必死に立ち上がる。




 が、距離をとることは許されない。先と同じようにピックの攻撃が飛んでくる。


 威力は先と変わらない。だが、HPの切れた現在意味合いは全く違う。




 鉄の塊、それが高速で当たるダメージが肉体へダイレクトにかかるのだ。




「ぐうっ‥‥!」




 腕でガードするも、その感触は先と噴泥の差だ。


 久しぶりに感じる、“生の痛み”。




 やはり私も、なんだかんだこの世界に染まっていたのだろう。


 踏みつけられた顔や、ピックの着弾した腕から伝わる痛覚に必要以上に動揺してしまう。


 単なるダメージの警告でなく、体から肉体の危機を予実に実感させられ恐怖心が増大する…。




 しかし、私が震える間も攻撃の雨は降り注ぎ続ける。


 肌を破り、肉を裂き、骨を軋ませる。


 腕から、腹から、顔から、血が滴る。




 この試合中、私が使用していたピックは先を丸め危険性を減らしていた。


 『貫通攻撃』を使用した際、肌に突き刺さりすぐさま気づかれないためだったが。


 この状況でもそれらは致命傷にならず、私の体にじわじわとした損傷を蓄積されていく。








 そして、ピックがひざの関節に命中し。みしり。と、一番の激痛が走りその場へ崩れ落ちた。




 慌てて立ち上がろうと足に力を入れるが。


 膝からの痛みによってそれはかなわず。さらにうしろへと尻もちをついてしまった。








 これでもう動けない。


 私は悪あがきのようにピックを投げる。




 もうそれしか、私にできることはなかった。


 羽をもがれた虫のように、もがくことしか。




 それらはイケメンの力に阻まれ、もちろん命中するわけもなくただただやみくもにその場に散らばった。




「最後の最後まで、見苦しいんだよお前」




 無様だと、吐き捨てられる。


 確かにそうだ。何にもならないことを続けて…もはや痛々しくも見えるだろう。




 やがて、そんな悪あがきすら打ち止めとなる。




 ポーチの中をまさぐる手に、感触がなくなった。


 弾切れだ…。






 もう、武器は残っていない‥‥。






 彼もそれを察したのだろう。


 その顔は一変して冷めたような、白けた表情へと変わる。




「結局、こうなるのさ。無様に、見苦しくあがいたところでな‥‥お前はそうやってるのが一番お似合いだよ」




 ゆっくりと近づいてくる。




 私は尻もちをついたまま、じりじりと後ずさる。


 結果の見えている鬼ごっこ、数メートル動いただけで。私は移動をやめた。




 もう、全てをあきらめたようにうつむくだけだった‥‥。






 “何か”を、神に祈る様に‥‥。








「ちっ…ザコはザコらしく。俺の勝利を彩っていればいいものを」




 そうして、




 イケメンが剣を振り上げ・‥‥。






「終わりだ」








 その剣が、




 私に向かって、




 振り下ろされる―――――、


なんか、だんだん異能力バトルっぽいテイストになってきたような‥‥

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