25 VSイケメン(3)
私の右手がイケメンの顔面を殴り飛ばす。
「ぐふぅうっ!」
おかしな奇声を上げながら、後ろにのけぞる。
勢いそのまま、さらに追撃。
右のジャブを二回。
左のストレート。
左腕を引き戻す動作の流れで、さらに腰をひねり。
右のミドルキックを叩き込んだ。
「ぶっ、ぐ。ぶべっ‥‥があぁっ!」
蹴りを受け激しくたたらを踏み、そのまま膝をついた。
彼の顔には、恥辱、怒気、驚愕、混乱。
そのあたりの感情が複合したような、複雑な表情が浮かんでいた。
「な、なんだ…? お前、いったい何を…」
どうやらこの状況の要因が私であるということには思い至っているようだが。
うまく理解ができていないのだろう。
彼はそんな的の外れたような言葉を発する。
敵にそんなこと聞いても答えてくれるわけないだろうが。
‥‥まあ、私は答えるんだけど。
その前に、もう一発。この無駄に整った憎々しい顔に蹴りをくらわせておく。
八つ当たりとかではない。この方が説明がしやすいからだ…うん。
「ぶっ…!」
やはり彼は抵抗もせず‥‥いや、抵抗できずに私の攻撃を食らってしまった。
「‥‥!」
顔を手で押さえながら、何やら中空に視線をせわしなく動かし何かを必死に探している。
おそらく、ステータスで何かしらのデバフとか。バッドステータス的なものがあるのではないかと確認しているのだろう。
だが、「これ」はそんなものじゃあないんだ。
私からすれば、探す場所が的外れすぎて滑稽にも感じる。
だって、彼が探している答えは。
今まさに彼の顔から流れているのだから
「‥‥・あぁっ⁈」
そういう意味では、客観的に見ているギャラリーの方が気づくのが早かった。
ぽたり。
そんな音を立てて、彼の鼻から流れた“液体”が闘技場の石畳へと落ちる。
「‥‥あ?」
ようやく彼は、自分の鼻から流れるものに気が付いた。
それは私たちにとって見慣れたもののはずだ。
生きている上で、これを見ないことなどそうそうない。
だって、
怪我をすれば血が流れることなんて当たり前のことだろう?
「な、なんだこれは…!」
だというのに、どこぞのジーパンの刑事みたいな反応をしてしまう彼は。
いい意味でも、悪い意味でもこの世界に馴染んでいたってことなんだろう。
この世界では怪我をしない。
正確には、HPという概念に守られている間は。
だから彼も‥‥周りのギャラリーもそんなこの世界のルールに慣れてしまっていたがゆえに、こんな当たり前な状況に困惑している。
「ふふ、どうですか?」
「…?」
そんな雰囲気を切り捨てるように、私は極めて冷静に。
いや、少しだけ楽し気に言葉を発する。
「久しぶりの‥‥生の痛みは」
私の言葉を受け、そこはやはりさすがというか。
この状況の原因にすぐに思い至ったのだろう。イケメンは鎧の下に来ている衣服、その肘の部分を引き裂いて肌を露出させる。
「‥‥!」
驚愕。
それを見たギャラリーにも、ざわざわと波紋が広がっていく。
衣服の下には健康的な肌はなく。
赤黒いあざが無数に出来ていた。
そう、それこそが手足が自由に動かせない原因だ。
考えても見るがいい。
私の投げていたピックは、確かに大きさはタバコ大というところだし重さもそれほどではない。
だと言っても、鉄の塊であることに変わりはないのである。
そんなものを全力で投げて、無防備な関節に直撃させているのだ。
どんな悪影響が出るか、人体の知識に明るくないものでも想像には難くないだろう。
しかし…。
「な、なぜ‥‥?」
彼の、そしてギャラリーたちの疑問ももっともだ。
先も説明した通り、この世界ではHPが残っている間は外傷を負わない。
この戦いで私がイケメンに与えたダメージは正直微々たるものだ。
おそらく、全損どころか。2割も減らしてはいないだろう。
だというのに、どうしてイケメンに身体には明らかな傷ができているのか。
その疑問に、私はあえて説明してやる。
「答えを教えてあげます‥‥『貫通能力』ですよ」
『投擲』スキルがLv10になり、私は『見切り』の効果を得たが。
同時に、レベルがカンストしたスキルは新しいスキルに派生したのだ。
スキル、『射出』。
その名の通り、『投擲』の上位互換の能力であるが。
消費魔力が少々高いうえに、コストが高いため他のスキルとの併用ができず。
正直、取得した直後は微妙な能力だと思っていた。
が、それでも一応スキルの訓練をしてレベルを上げるとその評価は一変した。
『射出』、Lv2効果『貫通』。
「貫…通?」
「ええ。能力は見ての通り」
ロープレなんかでもよくある能力だろう。
防御力無視だとか、そんな感じで。
ただ、この能力が貫通するのは『HP』という概念なのである。
つまり、この『効果』を発動しているとき。
相手のHPが残っていても、私の攻撃は相手を負傷させることができる。
顔を蹴れば鼻血が出て。
無防備な関節にピックを当てれば、打撲で満足に動かせなくなる。
まあ、HPに守られた『擬似的な痛み』との違和感を感じさせないために威力を抑えていたから。
かなり時間がかかってしまったが。
「時間…? まさか…!」
「そう、ここまでの流れがすべて私の想定通りさ」
『貫通』は有用な能力だが、決して万能というわけではない。
現に私の力で顔面を蹴ったとして、鼻血が流れるだけ。
骨も折れていないだろうし、数分もすれば血も止まる。
そう、ただ直に傷をつけられるというだけで私の攻撃力自体が上がるわけではない。
1発目はひるむだろうが、それ以降は警戒されてしまう。
当たらなければ大丈夫だという風に。
そう、それだけでは勝てない。
私の勝機は。
いかにダメージを受けたと気づかせないよう、ダメージを蓄積させるかにあった。
まずナイフボーラは使えない。
この武器は『投擲』の命中補正があって初めて使えるものだからだ。
そのうえで私はピックを使用することにした。
以前から私が常用していたことはイケメンも知るところだし。念のためという体で訓練中装備していたとしてさほど違和感を与えることはない。
ただ、問題が一つ。
私が最初からピックを使用していたとしたら、イケメンは疑問に思うだろう。
なぜ効果に期待できない武器をわざわざ使用するのか? ‥‥と。
疑問は妄想を生み、妄想は慎重さを引き出させる。
この男は周到で、狡猾だ。
慎重になったとすれば、例えピックであろうと攻撃を食らってはくれない。
そこに何らかの意図と、策略を見抜いて。
だから私はピックを使っても違和感のない状況を“演出”した。
そのためにわざとナイフボーラを破壊したのだ。
武器が壊れ、苦し紛れのために予備の武器を使用する。
そんな脚本に、イケメンは騙されてくれた。
もちろん彼は彼なりに警戒はしていたのだろうけど。
その証拠にしきりに自分のステータスを確認していた。
異常があればすぐに察知できるように。
いや逆に言えば、そうやって警戒していたからからこそ彼は騙されたのだ。
人間、警戒していたとしても限度がある。
どうやっても警戒の漏れができるし、警戒への集中が増せば増すほど。それ以外へのガードが甘くなる。
まして、この世界に慣れた人間からすれば考慮すらしていない。
肉体的な負傷に気を配る人間はいない。
結果、彼は私のピックを無視し続けた。
HPという数値でのダメージもなく、なんのデバフもかからない攻撃を。
目に見える情報だけを信じて。
結局、彼が痛みの違和感に気づくことはなかった。
それが致命的な負傷につながるまで。
「ぐっ‥‥!」
関節を動かそうとするたびにするどい痛みが走るのだろう。
立ち上がろうと膝を伸ばした瞬間、苦悶の表情を浮かべ再び膝をつく。
これでもう、満足に動けないはずだ。
「だから言ったでしょう、そういうのが馬鹿丸出しだって。
あなたは私の手のひらで踊っていただけなんですよ」
憎々し気は表情で私を見上げるイケメン。
それに対して手の中のピックを見せつけるように、私は不敵に笑ってやる。
「さあ、反撃開始だ」
私が自信満々に言い切ったことに、彼は額をビキビキと痙攣させている。
「反撃…だと。いったい何寝言を、ぶっ!」
「いや、実際対応できてないじゃんお前」
何やらほざいていたところに、グーパンを食らわせてやる。
私の非力な拳ではダメージにはならないし、速度もないから普通ならばかすりもしない攻撃だろう。
だが、今この状況だけは。
腕も足も、満足に動かせないこのイケメンにだけは簡単に当てることができる。
「調子に乗るな…! 手足が動かないなら、それ以外で対処すればいいだけだっ」
私の感覚に、イケメンが魔力を消費して魔法を発動しようとしている兆候がひっかり。
すぐに使用するスキルを回避特化の組み合わせに切り替える。
予知した魔法を、『重量操作』と『空間歩行』で回避する。
全て、完璧に。
「な…!」
そんなに意外だろうか。
確かに、剣での直接攻撃ができない分。イケメンは魔法の数、出力を増して放ってきていた。
そこを特に危なげも何の気もなく、やすやすと回避され目を見張ったというところだろう。
たしかに強力な攻撃だが、気を張って面と向かえば。
全弾回避するなんてそんなに難しいことじゃない。
「だから言ったでしょ、全部私の想定通りだって」
「…実力をセーブしていたってことか」
「いえ、単純にあなたの攻撃が減ったからですよ」
今までは剣での攻撃を警戒し、ナイフボーラを使い対処と牽制を行っていた。
つまりイケメンの攻撃に合わせて、ナイフボーラを使用するスキルの組み合わせ。
回避行動に特化したスキルの組み合わせ。と、状況に合わせた切り替えの判断を行わなければならないし。
あとは単純に、今回は回避と攻撃を並行して行っていないため体の動きに余裕があるのだ。
冷静に考えると2つのことを同時にやるなんて無理があるんだよなぁ。
何やってんだ数分前の私は、引くわ自分に…。
「くそっ…!」
眉間のしわを深くしたイケメンは、続けて魔法を発動する。
攻撃…ではなく自身の体が薄く光っていることから、おそらく回復系。
魔法攻撃だけでは分が悪いと判断して、動かない手足を治療するつもりなんだろう。
ちなみに、この世界の回復魔法というのはただ単にHPの値を元に戻すだけのものだ。
つまり発動したとしても傷を治癒したりはしないのだが、一応鎮痛作用があるので痛みで動かせない関節を無理に動かすくらいはできるかもしれない。
だが、こんな状況でそれをやるのはかなり危険だ。
彼が戦闘に使うスキルは一種類。
おそらくこの世界に来た時に最初から持っていたエクストラ、もしくはその派生形。
そして、彼は複数のスキルを使用していない。
技術がないのか、スキルのコストが高すぎるのか。
あるいは両方の理由か。
彼が使う魔法もこのスキルの『効果』だろう。
効果には『格闘』の『強打』や、『投擲』の『見切り』のように自分の意思で発動するアクティブな効果と。
『格闘能力向上』や『命中力上昇』といったようにスキルを使用する間、常に発動しているパッシブな効果の二種類がある。
そしてアクティブの効果は一つのスキルで二つ以上を同時に使用することができない。
これはスキル自体の同時使用のように技術云々でなく、根本的に無理な部分の話だ。
となると、回復魔法の『効果』を使用している今の彼はそれ以外の対処ができない。
そんなことを理解していないわけでもないだろう。
身体をできるだけ縮こませ、防具で守った部位で急所を守っている。
ある程度の傷は仕方ないと割り切って、間接の回復を優先させたというわけか。
もちろん、本来そんな隙を見逃すことはないのだが‥‥。
私はイケメンから距離をとり、回復が終わるのを待つ。
このままこの男をボコすのは簡単だ。
だがそれは…なんとなくやりたくはない。
別にフェミニストを気取っているわけでも、騎士道精神とやらに乗っ取っているわけでもない。
ただ、ここで攻撃を加えても嫌な気分になるだけだろう。
いわゆる「後味の良くないもんを残す」ってやつだ。
やがて、イケメンの体から光が消える。
終わったらしい。
ゆっくりと立ち上がり、感触を確かめるように手足を動かしている。
その動きは若干ぎこちないが、それでも痛みは多少回復したようだ。
「‥‥ずいぶんと、余裕ですね。対戦相手の復帰をわざわざ待つなんて」
表情に特に変化はない‥‥のだが、彼の眼の中には。
今までの中で一番大きな憤怒の感情が宿っていた。
端的に言えば、今までで一番キレてる‥‥。
うーん。
プライドが高いやつの典型というか、負けることはもちろん嫌だが。
あからさまな手加減をされたり、ハンデを与えられることが一番嫌いだってことか。
接待相手としては、一番めんどくせータイプだな。
いや、私はこいつの部下ではないんだけど。
「でも…これで条件は元に戻りましたよ。いえ、もう鎖はないんですから。あなたのほうが分が悪い。
剣での攻撃が加われば、さっきのようにはいかないでしょう」
「‥‥そうですね」
確かに、これで不利な状況に逆戻りだ。
このまま距離を詰められれば、また一方的に攻撃を食らうことになるだろう。
だったら、
「でも問題ありません。このままの距離で私は勝ちます」
近づけさせなきゃいいわけだ。
突然の勝利宣言に、相手もギャラリーもぽかんとした表情を見せる。
何かしらの反応が返ってくる前に、私は手のピックを投げた。
さすがの反応というか。
今までの無関心さからすれば、過剰ともいえるような対応で。彼はピックに対して防御の対応をとる。
彼の中で、私のピックに対する脅威度は跳ね上がっている。
これ以降、一発も無為に食らってはくれないだろう。
そういう意味で、私の打つ手は既にないように見える。
が、
彼が身を守るためにかざした剣、その刀身にピックが触れた瞬間―――
パァアンッ!
強烈な破裂音。
そのまま、持っていた剣ごと。腕を弾き飛ばした。
「なっ‥‥!」
続けざまに二本。
一本目のピックを彼は逆の腕、そこに装着された防具で受けるが。
やはり強い衝撃で弾かれる。
そして二本目を防御することができず、肩に直撃し。
踏ん張りがきかなかったイケメンはそのまま吹き飛ばされた。
闘技場の上を転がっていく。
「なんだ…何が起こって…⁈」
混乱するのも無理はないだろう。
私のピックでの攻撃は威力が低い。
『貫通』という、驚異的な効果ができはしたが。
それも、生身に食らわなければ‥‥武器や防具で防げば問題はない。
そう考えていたのだろう。
「‥‥もう手加減する必要はなくなったからね」
スキル『射出』は、『投擲』の上位互換だ。
消費魔力やコストは高いが、その分同攻撃の威力が上昇している。
十分に戦闘で活用できる。
少なくともガードを吹き飛ばしたり、大の男を転がすくらいは。
「くっ…これしきの攻撃…!」
「ああ、“普段のあんた”なら。防御したり、躱したりするのはわけないことでしょうね」
「普段‥‥?」
「でも、手足が満足に動かせない状況なら?」
攻撃力が上昇した、といっても。
他の勇者が使用しているようなスキルほどのダメージは期待できない。
躱せないほど、速度があるというわけでもない。
実力は確かにある彼には、それだけじゃ通用しないだろう。
そう「それだけ」じゃあ勝てない。
「っ⁈ ‥‥まさかお前、ここまで全て」
「言ってるだろう、想定通りだと。
本当、何度言わせるんですかアンタは」
ポーチの中から、ピックを取り出す。
両手の指で持てるだけ。
「‥‥!」
「このまま、押し切ります」
連射。
近づけさせないために、そして反撃の隙を与えないために。
絶え間なく投げ続ける。
手も足も、魔法も出ず攻撃を受け続ける。
何発も、何発も。
今までとは違い、スキルとしての『ダメージ』が高いピックは。
確実にHPを減らし続ける。
「これで、終わりだっ‥‥!」
勝利を確信したような言葉とともに、放たれた一撃。
イケメンは何の反応もしない、攻撃を受け続け棒立ちの状態のまま。
攻撃はそのまま、イケメンの体へと何の抵抗もなく吸い込まれ。
何の動作も、
何の兆候もなく、
空中でぴたりと止まった。
「な‥‥」
「調子に乗るなよ、ゴミカスが」
まるで寝起きのまどろみを楽しんでいるかのような、そんな立ち姿。
彼は何をするわけでもなく、ただただ佇んでいるだけだ。
そんな隙だらけ、としか表現できないような相手に攻撃を加える。
しかし、ピックは先と同様に彼の身体の数センチ手前で突然停止し。そのまま地面へと落下する。
なんだ…?
避けているわけでも。
何かで防いで防御しているわけでもない‥‥。
だが、攻撃が止まる。
何の音もなく、まるで最初から動いていなかったみたいに。
「全てが予定通りだと? 笑わせるな。教えてやるよ、俺の力はお前の想像を凌駕するとな」
イケメンの顔がゆがむ、いつもの化けの皮がはがれ。
性悪な本性が端から目に分かる表情を浮かべる。
「教えてやる、お前の勝ち筋など。もとから存在しなかったことを‥‥!」




