23 VSイケメン(1)
お待たせしすぎました…
令和初の更新です
宣戦布告の翌日、早朝集められた私たちに予定通り騎士からの模擬戦の指令が下った。
それは私たちを監督するフレイムさんの騎士団でなく、もっと上級の人たちだった。(ある意味フレイムさんの上司?)
確か王家だか貴族だかの直属の集団で、この国では結構な権力と発言力があったはず。
あいつ…こんな人たちとつながりを持ってたのか。いつの間に。
ちなみに模擬戦の指令が下された際、外面のいいイケメンの寒々しい茶番があったのだが…割愛する。どうでもいいし。
で、訓練の開始はなんと当日の昼から。
あまりにも早いが…あのイケメンのことだ。
おそらくヘタに時間を空けて、何かしらの工作をされることを嫌がったのだろう。
さすがに数時間じゃあ、ロクな準備もできない。
というわけで、気楽に待とう。
何もできないということは、逆に言えば何もしなくていいってことだ。
私は訓練までの時間、モモちゃんと戯れたり。
軽食を作って、ユリや鳴鹿と食事をして過ごした。
そして、私たち二人はいつかの闘技場で向かい合う。
模擬戦のルールは以前とほとんど変わらない。
ただ、今回モモちゃんが参加してはいけないという取り決めはなく。
開始前に使用する武器を騎士が確認することになっている。
なんというか、あの男らしいと言えばあの男らしい…。
「いよいよですね…」
「んあ?」
「ようやく、お前のような目障りなコブを除去できる」
イケメンはギリギリ私にしか聞こえない声量で悪態をつく。
ギャラリーが見ているため、表情だけはいつものさわやかな笑みを浮かべたままなのはある意味器用だ。
「そんなに嫌なら、この前の時に乱入しておけばよかったじゃないですか」
「ふざけるな。俺があんな低能どもと同類みたいになるじゃないか」
ですよね。
以前の模擬戦のとき、こいつに突っかかってこられたらかなりまずい状況になったのだろうが。
こんな風に外面を気にして、そうはならないだろうことは予想してた。
…あと、お前は疑いようもなくあいつらと同類だよ。
ま、こいつにとっては事実として同類かどうかなんて関係なく。
周りに同類だと思われることが問題なんだろうけど。
「双方、準備はよろしいですかな」
審判役の騎士からの確認に、私は同意する。
「あれ? 使い魔は使わなくていいんですか、山岸さん」
と、イケメンは周りにアピールするように言う。
参加してもいい、ということになってはいるが。モモちゃんは今回戦わせない。
バスケ部君の時のように広い場所で…しかも完全にモモちゃんが単騎で戦うならともかく。
今回の場合、お互いに足を引っ張りかねない。
10数平方メートルほどのせまい闘技場では、モモちゃんが本来の大きさ(約50メートル)に戻ってしまうとはみ出してしまう。
場外が負けというルールがある以上、大きくなることができない。
そうなると物理的な攻撃力は出せない。(原理はよくわからないが、モモちゃんは大きさによって力の強さが変わる。)
ならば魔法で、という発想になるかもしれないが。それも難しい。
モモちゃんはまだ魔法の制御が完璧じゃない。
以前のように暴走して、大惨事になる可能性も大いにある。
ユリと鳴鹿は勿論。
周りのギャラリーや騎士たち。そして対戦相手のイケメンを最悪殺してしまうかもしれない…。
人を殺してしまえば、モモちゃんは畏怖の対象となってしまう。
それは本意ではない。
「ええ」
「そんな、それでは山岸さんが危ないじゃないですか」
私の身を案じているような言葉だが。
要約すれば、モモちゃんが居なければ相手にならないって言ってるな。
私は言葉を返す。
「大丈夫ですよ。戦う以上、危険なんか織り込み済みです」
「ですが…」
ああ、めんどくせぇ。
どうせ、こうなることは分かってたんだろうが。
イケメンも、モモちゃんは脅威に感じているのだろう。
倒せないことはないが、苦戦するかもしれない。という感じに。
私ごときとの戦いに苦戦することは、この男のプライドが許さない…。かといって、ルール上、モモちゃんを使用できないようにもしたくない。
何故なら、もしもモモちゃんの使用を禁じた上で私を倒したとしても。周りからは一種の疑問が残るからだ。
…使い魔を使っていた場合、勝負は分らなかったんじゃないか? …と。
この自意識過剰男はたとえ結果を出したとしても、それが大衆に認められないと満足しない。
そんな奴が、審議の余地が残るような決着をよしとするだろうか?
だからこその今回の取り決めだ。
狭い闘技場という、コンビネーションが完璧じゃない私たちが不利になる状況を作り出せば私がモモちゃんを使わないことを予想して。
ルール上の使用は可能、となっている以上使い魔を使わずに敗北したとして。
それは私の責任だ。
あとから私、あるいは周りが疑問を口にしたとして。
「だったら最初から使い魔を使っておけばよかっただろう」と一蹴されるように。
だというのに、本当に白々しい…。
「あー、分かった。んじゃ、はっきり言ってやるよ」
会話するのもおっくうになってきたので、ぶっつり打ち切ってやろう。
私はイケメンに向かって、ビシッと指をさす。
「お前ごとき、モモちゃんを使うまでもないっつってんだよ」
シン…と、一瞬場が鎮まるがすぐに罵声と野次が私に飛び交ってくる。
嫌われ者が人気者にたてついたのだら当然だろう。
イケメンはそんな暴動と化したギャラリーをいさめているが、そのこめかみが若干痙攣していることから内心かなり切れているみたい。
こいつ結構沸点低いからなー、あおれば簡単に突っかかってくるし。
民度低いネトゲとかやらない方がいいタイプだ。
思惑通り、会話を打ち切れたので。
私は配置につき、腰のポーチからナイフボーラを取り出す。
「さ、とっとと始めましょう」
「‥‥ええ。さっさと、お前を地に伏せてやるよ」
イケメンも腰の剣を引き抜いた。
数秒の間をおいて、審判から開始の号がかかる。
「はあぁっ!」
「つぁあっ!」
私たちは一瞬の狂いもなく、同時に開始の一手を繰り出した―――。
* * *
訓練の開始から、すでにどれぐらいの時間がたったか。
それを彼ら‥‥ギャラリーたちは正しく認識できなくなっていた。
理由は単純であり、そんなことに意識を向ける余裕がないからだ。
つまりそれほどに‥‥目の前の攻防に見入ってしまっていた。
片方は剣、もう片方は鎖という。一見ちぐはぐな組み合わせ。
それでもそこに内包された技術は、ここにいるすべての人間の意識と視線を集中させた。
まず速度。攻防の一手一手が早すぎる。
時計の秒針が一つ進む間に、軽く三度の手が進む。
女の鎖が男へと飛び。
男はそれを打ち払うと同時に、魔法をけん制に打ち出しながら間を詰める。
女も最小限の回避で魔法をやり過ごし、男の詰めた距離を戻すために飛びのく‥‥。
と同時に両手の鎖で、別方向から攻撃を加えた。
と、ここで二人の姿がブレ。一瞬ギャラリーは攻防の行方を見失う。
再び正しく認識した二人の様子に変化がないことから、戦局が変動したわけではないだろうが。
しかしあまりにも早い…密度の濃い一秒に認識が追い付かない。
訂正する。
ギャラリーは攻防に集中しているのでなく、集中しても攻防を理解しきれていない。
決して、動作が速いというわけではない。
壇上の女のステータスが、自分たち勇者の中では断トツに低いことは周知の事実だ。
よって、一動作一動作の物理的な速度は決して超人じみているわけではない。
だが、彼女の攻防は“多かった”。
攻撃、回避、移動。
そのどれをとっても、複数の動作が複合されていた。
攻撃を回避しながらも、次の攻撃の予備動作を終え。
それに加え、有利な位置へと自然と移動する。
男が一動作を終了する間、女は3、4回の行動を起こしていた。
速度が速いわけでも、超常的な能力を使っているわけでもない‥‥。
ただ単に、複数の動作をほぼ同時に行っているのだ。
もちろん、男の攻防も目を見張るほどのものだ。
一撃一撃に確かな重みがあり、目に留まらないほどの速度もある。
‥‥だが、女ほど思考を引き付ける引力はなかった。
しびれを切らせたのか、男は少々唇をかみながらさっき程よりもレベルの高い魔法を繰り出した。
威力も高いが、特筆すべきはその球数と弾道だ。
一気に4発もの光線が、それぞれ違う動きで女へと迫る。
ギャラリーは瞬間、息をのむ。彼女へと攻撃が命中してしまうことを予想して。
それは、嫌われ者である女への心配の感情であることを誰も自覚はしていなかった。
だが、その感情は瞬時に無駄になる。
彼女は瞬時に後ろに飛びのき、まるで空中を足場にするような不可思議な動きで。
それも人体の構造ギリギリまで身をひねり、魔法が皮一枚掠るような紙一重な距離ですべてを回避した。
攻撃をした男も、これは避けられないと確信していたためこの回避に一瞬面食らう。
その隙を見逃さない女ではなかった、回避するさなか男の意識の死角を動くように鎖を走らせ攻撃を加える。
男も抜群な反射神経で防御動作を始めるが、遅すぎた。
防御をすり抜け。彼女はこの戦い、初めての直撃をくらわせた。
「すげっ‥‥!」
その動きを見て、ひとりの男子が思わず声を上げる。
賞賛の声、尊敬の意図さえ込められた言葉だった。
その男子は、今視線の先に居る女を排斥していた…暴行を加えたこともある。
それでも、彼は無意識にその声を上げた。
その瞬間、彼女への嫌悪も悪意も消し飛んでいた‥‥。
周りも、そんな男子の様子に目くじらを立てることはない。
なぜなら、周囲を気にする余裕もないほど。皆ただただその攻防に見入っていたからだ。
あんな動き、自分では決してマネはできない。と。
‥‥現在の熱が冷めてしまえば、決して認めることはないだろうが。
内心‥‥つまりは紛れもない本心で。彼らは彼女の実力を認めたのだ。
男のような単純な強さではなく。
毎日の修練による、洗礼された技術で‥‥。
「強さ」ではなく。
戦いの「上手さ」で。
そう、嫌われ者であるはずの彼女は。この場に居る人々を魅了していた。
前話(28話)の内容を若干修正しておりますが、
文章の構成を直しただけなので内容はそんなに変わっておりません
わざわざ読み返さなくても一応大丈夫です(19、6/16)




