22 戦う意味と戦う理由
その日の深夜、私は城の調理場にいた。
もちろん目的は料理をするためであり、約束だった鳴鹿へのフルコースだ。
ここには私と鳴鹿。…あとは隅のほうに見習いのコック君が一人待機している。
使用人の仕事を辞めてからも、何かとこの厨房を使わせてもらっているが。その際には「勇者様に雑用などさせられません」とか料理長に言われ、こうして下っ端のコック君が後片付けをすることになっている。
…訓練場の時にも思ったが、それくらい私がやるのに。
というか、ちょっと前まで私の仕事だったし。
「しかし、危ない橋渡るよなアンタ」
と、声をかけられる。
もちろん声の主は鳴鹿だ。
ちなみに、ユリはここにはいない。
今頃自室で本でも読んで暇をつぶしているんじゃないだろうか。
あの子、待つことがけっこう嫌いだからなぁ。
前の世界でも行列ができる店なんかに行くときには、私が先に並び順番が近づいてきてから連絡してユリと合流する。
…という段取りが多かったし。
「あの男が本当に実力行使に打ってきていたらどうするつもりだった?」
「そうはならないよ」
「どうして言い切れる?」
「あのイケメンは見栄っ張りだから」
「あ?」
見栄っ張りとは、つまり。
自信過剰であり、失敗を知られたくないということだ。
ああいう完璧主義、というような人間にも種類がいる。
過程の中で失敗や修正があったとしても、最終的に望む結果を出すまで突き進むタイプや。
逆に曲げることを嫌い、途中で少しでもミスがあると例え他人から見て十分な結果だったとしても本人は納得しないというタイプなど。
あのイケメンは、どちらかといえば後者に近いように思う。
あいつは失敗すること自体も嫌うが、それ以上に失敗したということをを周りに知られることを忌避している。
恐れているとも言えるくらいに。
あの時、開き直り。録画や周りの評判なんかかなぐり捨ててこっちをつぶしに来る。…という選択肢があったことは私も重々承知はしていた。
あの罠はイケメン以外にはリスキーすぎて、実行することはなかっただろう。
だが、以上のように彼が自分の汚点や。私にいいように出し抜かれたという醜態をさらすことをよしとしない性格が分かっていたから。
その可能性は、ほぼほぼない。
まあ実際どうなるのかなんてわからないけれど、それならそれだ。
なるようになる…という精神で行ったまでで。
そう考えたほうが、気負わなくていい。
「まあ、納得はできたが…。もう一つ、なんであの男がそんな性格だって知ってたんだ?
ずっと見てたけど、アンタとあいつには内面を理解するほどの接点はなかった。この世界でも、前の世界でもだ」
「うーん、私も知ってたわけじゃあないですよ。推察しただけ」
あのイケメンは、以前の世界から評判が良かった。
成績優秀、スポーツ万能。容姿端麗で、人気者。
まさに非の打ち所がない…。
だから逆に怪しい…なんていうと、私がひねくれているようだが。
実際、悪評を全く聞かないということは妙だ。
人間だれしも汚点があるものである。
何歳までおねしょをしていたとか。好きな女の子を執拗にからかって、大人に怒られたとか。全裸徘徊して警察に厄介になったとか。
完璧な人間なんているわけがないのに。
同時に、何でもできる人間もいない。
いるのは、できなかったことできるようになるまで努力した人間だ。
だから、誰だって未熟な時期というものは存在するはずなのに。
あのイケメンは、からかい交じりの他愛無い話すら聞いたことがなかった。
まるで知っている人間、まとめて口を封じたみたいに。
「あとはまあ、勘」
「急に根拠があやふやになったぞ、オイ」
事実だからしょうがない。
最初私に対する視線に違和感を感じたから、この推論へ至れたわけだし。
「…なあ、ちょっと聞いてもいいか?」
…?
鳴鹿が会話で前置きを置くなんて珍しい。
いつも思ったことをずばずば切り込んでくるのに。
「はいどうぞ」
料理をしながら片手間にする話でもなさそうなので、一旦手を止め。
ちゃんと火も消してから鳴鹿の対面に座る。
「アンタらしくない、っていうと気分を害するかもしれないけど。アタシが主観としてそう思ったから言わせてもらう。今回のことは、あんたらしくないと思う」
うーむ。
お前に私の何がわかる。と、お決まりのセリフを吐こうと思ったのに先手を打たれてしまった。(この場合は予防線か?)
ネタなんかには詳しくないくせに、こういった定番は心得ているらしい。
「アンタは、決して意味のないことをしないやつだ。どんなに突拍子もない行動でも、そこには理由と目的。そして綿密な計算がある」
おいおい。
オメーは私を何だと思ってるんだ。
なんで時を止める能力に気が付いた高校生みたいな評価がついてるの?
「だからこそ、なんでこんなことをするのか分からない。一応協力はしたが、まだ納得がいっていないんだ。
なんでアンタは、あの男と戦おうとしている?」
「なんでって…」
「私たちの中での立場を確立する目的じゃない。それこそ以前の訓練で十分だ。
確かに、あいつの実力は私たちの中でもトップクラスで。あいつに勝つこと自体が目的になりうるかもしれない。
だが、同時に他の勇者を敵に回す確率が高い。
外面のいいヤツと、あからさまに敵対すれば。逆にアンタの立場を危うくしかねない」
「‥‥」
「なあ、教えてくれ。‥‥ヤツと戦うことに何の意味がある?」
意味‥‥か。
私はそんな必要もないのに、しばし考える。
彼と戦う…という行動によって得られるメリット。
そして、それに伴うデメリット。
それらすべてを加味して思考すれば、結論は容易く出てくる。
答えは―――。
「んなもん、ねぇよ」
そう、こうなる。
意味なんてない。
私の作戦が成功しようが失敗しまいが、私が得る成果など無しのつぶてだ。
代わりに、被る害は結果を問わず大きなものになるだろう。
あのイケメンは外見上私たち勇者の端印のような立場になっている。
騎士たちもこの国の上層部も、そして同級生たちも彼を持ち上げている。期待もしている。
そんな相手と、周りからあからさまな形で敵対などすればどんな反感を買うか。
いや、彼のことだからもうすでに私を悪者にして周りから排斥する下準備に取り掛かっているかもしれない。
彼の中で私は陥れる相手だということは確定しているだろうから。
そういう意味ではあの男と敵対すること自体にも「意味」はない。
それよりも、人格の不快感や見下されているという侮蔑を我慢してこびへつらえる方がよっぽど「意味」にあふれているだろう。
以上のことから私の行動がいかに無意味かが証明できる。
「…言い切るんだな」
鳴鹿は私の返答に、特に驚きはないようだ。
それはそうだろう。
先の質問の仕方を見て、鳴鹿の中でもその結論はとっくに出ていたはずだし。
ではなぜ、分かり切った質問などするのか。
それは彼女の性格故…なのだろうか。
これまでのやり取りから、彼女が所謂理系的な思考をしているということは分っている。
AイコールBイコールC、つまり結果には行動が伴うし。同時に行動には意味がある…そんな考え方。
…合理的、ともいえる。
そんな彼女にとって、私の行動は理解はできても。
納得がいかない…ということなのだろう。
「じゃあ、何で…?」
続いて、また質問。
何で‥‥か。
それは行動の「意味」でなく、行動した「理由」を聞く言葉だった。
おそらく、これが彼女の本当の質問。
先のものは実は質問ではなく、ただの確認だ。
私の行動原理を証明するための、前提条件の確認。
「山岸アゲハが、イケメンと公明正大に敵対した理由を証明せよ。
なお、この行動に対する明確な利益は得られないものとする」
‥‥こんな感じか?
なんというか、考え方がいちいち理系だなーこいつ。
理屈屋というか頭が固いというか‥‥。
人生、多少の柔軟性があった方が楽しいぞ?
‥‥と、無駄なこと考えてないでそろそろ質問に答えないと。
しびれ切らせ不機嫌になられるのは本意ではないし困る。
とはいえ、質問の答え。
つまり「理由」を話すのは簡単だ。
そんなもの私の中で確実に明確化されているのだから‥‥。
「そんなの…。
目障りだからだよ、あの男が。
徹底的に叩きのめす。‥‥そんな個人的な感情のためですよ」
‥‥。
しばし、沈黙が続く。
「幻滅しました?」
無言が怖くなった、というわけではないが。
言い訳がましい言葉を吐いてしまう。
以前、私と模擬戦で戦った男子たち。
それだけじゃない、この世界に来る以前も以後も。
私を虐げていた人物たち。
今の私と、彼らに何の違いもない。
あいつらは私が気に食わなかった…だから虐げた。
普段の鬱憤を発散したかった…だから私をいたぶって楽しんだ。
それは個人的な感情の発露。
私利私欲の行動。
今の、私と同じように。
それが分からない彼女ではないだろう。
ともすれば失望され、見放されても不思議じゃない身勝手な行動だ。
でも、彼女はそんなに間を置かず否定の言葉を口にした。
「別に。そんなの普通だろ。恨み嫉みなんて誰にでもある感情だ。
誰だってクソをするように、誰だって人を憎んだり嫌いになったりするさ」
その例えはどうかと思うが、鳴鹿の気遣いは素直にありがたかった。
「…だけど、同時に意外だった」
「何が?」
「怒る対象が。以前からアンタにつっかかってきた男子とか、使用人とか…。
そこのコックとかなら、意外性はなかったんだが」
鳴鹿の言葉に、部屋の隅に居たコック君がびくつく。
そんなにおびえなくていいのに‥‥。
メイドやってた時、私に熱湯をぶっかけたことをまだ気に病んでるのだろうか?
それとも厨房に出た虫を私に食べさせたことの方か?
「話を聞く限り。あの男は確かに最低野郎なんだろうが‥‥。正直、アンタに実害を及ぼしたわけではないんだろう?」
彼女の言う通り、はっきり言ってしまえばあのイケメンが私に害を及ぼしたことは特にない。
彼の行動は独善的で、利己主義的なものだったが。
その結果として、私が助けられたことも少なくはない。
だが、関係ない。
「あの男の方に怒る理由が私にはわからない」
関係ない。
「アンタは、なんていうか誰よりも理性的で気丈だ。今までどんな仕打ちをされても怒ることもなければ悲しみもしない。それは何も感じてないんじゃなくて…感情とうまく付き合っているみたいで」
関係ない。
「そんなアンタが、まるで自暴自棄みたいな行動をとっている。それもあの男相手に‥‥。アンタに散々危害を加えてきた奴らに怒るならアタシにも十分理由は‥‥」
「そんなことはどうでもいいんだよ」
そう、危害がどうとか。利益がどうとか。
そんなことは関係がない。
確かに、他の男子や使用人は私に対して暴行や悪質な嫌がらせを繰り返してきた。
毎日毎日、飽きもせず。
忘れたわけではないし、悪意だと理解していないわけでもない。
不快だと思わなかったわけでも。
怒りを感じなかったわけでもない。
内心そのことに対するわだかまりが解けていないことも、自分で理解している。
‥‥だが、そんなことは二の次だ。
そんなことよりも。
「あの男がユリに行ったことが‥‥私にとっては重要なんだ」
イケメンが自分を誇示するために軽々しく行った行為‥‥その結果ユリに訪れた影響の方が何倍も。
はっきり言ってしまえば、ユリは嫌われ者だった。
これは変えようのない事実である。
自信がなさげな雰囲気と主体性のなさがうかがえるような消極的な態度は、見る人が見れば不愉快に思うこともあるだろう。
が、一方でそんなおどおどとした小動物のような性格は保護欲がわくのか。ユリに言い寄る男子は事欠かなかった。‥‥本人の意向を問わず。
外見も美人で、男子からもてはやされる様子は一定の女子からはさぞ目障りに映っただろう。
古今東西、女性というものは自分よりも奇麗で男から人気のある同性を嫌うものだ。
もちろんそれが全てだと言っているわけではないし、男性を全く意識していない女性がいることも事実だ。
‥‥が。
男が女性が人間関係を壊す最も大きな要因であることも事実だ。
惚れたはれただの、くっついた奪っただの。痴情のもつれで関係が崩壊した事例なんて聞き飽きるほど存在している。
そして、女性は群れを作る生き物だ。
横とのつながりを大切にし、グループの上位以外は周りに合わせて生活している。
それは信頼関係を求めているわけでなく、数という力を得るためだ。
女性の世界では数は絶対だ。
正しい正しくない云々以上に、数が多い方が勝つ。
そしてその数という力のおこぼれにあずかるために、女は数の下に下る‥‥。
そんな中で協調性のない、輪を乱しかねない存在は排斥される。
誰が好き好んでグループを壊しかねない地雷を招くというのか。
結果的にというか、事実ユリは学校の女子から爪弾きものにされていた。
別にユリが嫌われていた理由が全てそこにあるとは思ってはいない。
男子に人気があろうと女子からも信頼が厚い人物もいるだろうし。
悲しいことに男子に見向きもされないのに、女子からも嫌われている場合だってある。‥‥誰とは言わんが。
結局は人に好かれるかどうかなんて、その人間の人間性だ。
またはっきり言ってしまえば、ユリはその辺未熟である。
彼女も色々あったし、なにより対人の経験が足りなさすぎる。
それでも多少の衝突はあれど、徐々に人付き合いに慣れて。
あとは時間が解決する問題だったハズだ。
だが。
あの男はその機会を奪った。
あのイケメンはこれ見よがしに男に絡まれるユリを助け自分の評価を上げていた。
その結果、ユリがイケメンに懇意になっているという印象ができてますます嫌われることを分かったうえで‥‥。
女子たちの不満を集めてユリを孤立させたり。
突っかかってきた男子たちを中途半端に許して、学校からの処分を受けさせないようにしたり。
それは全て、自分の見せ場を作る。
問題を起こす輩を維持するため。
ふざけるな‥‥!
その行動の結果、ユリは爪弾きの対象からいじめの対象に昇華してしまった。
そうなってしまえばユリとかかわる人間は居なくなる。
私はカーストの影響が少なく、男子からの評価も気にしないような女子の集まりとユリを関わらせ。対人関係に慣れさせるつもりだった。
だが、爪弾きものならともかく。いじめられっ子とかかわろうとするものなどなかなかいない。
それは当然だ。誰も咎められはしない。
いじめられっ子を擁護して、被害が自分にまで広がるのはごめん被る。
それは当然な感情だ。
そう、当然。
その当然なことが分かっていながら、あの男はそれを実行したっ‥‥!
自分の行いで、ユリが孤立することが分かったうえで‥‥。
自分の行いで、ユリに関わるものが身体だけが目的のような低俗な男だけになることが分かったうえで‥‥。
あの男のせいで、どれだけユリは傷ついた?
あの男のせいで、どれだけユリは心無い言葉や悪意の対象になった?
あの男のせいで、どれだけユリは‥‥。
許せない‥‥。許せるはずがない‥‥!
絶対、ぶっつぶす!
「あんたって、本当に下野のことばかり考えてるな」
「…?」
鳴鹿の切なげな言葉に、ふと我に返る。
「知らないかもしれないけどさ‥‥。アタシ、アンタのことを前からずっと見てたんだよ」
視線を向けると、彼女は普段の勝気な雰囲気とは打って変わった。
すねたような、落ち込んでいるような。そんな内気な表情をしていた。
「だから分かる。あんたが下野のことをとても大切にしてるってこと。
アンタにとってやっぱりあいつが一番なんだって改めて実感しちまった‥‥。
山岸にそんなに思われてる下野のことが…アタシすげぇうらやましい」
いや、妬ましい。…かな? と。
鳴鹿は眉を下げ、悲しげにつぶやいた。
「‥‥・」
「‥‥あっ。ご、ごめん。そんな話じゃなかったな。はは。
今のは忘れ‥‥」
「鳴鹿」
私は、彼女の言葉へ食い気味に返答をした。
「今こういうことを言うとご機嫌取りみたいに聞こえるかもしれないけど。
もしも、鳴鹿が同じように虐げられて傷つけられたとしたら。私は同じように怒ったよ。
‥‥私にとって、鳴鹿も大切な存在だから」
「‥‥・はっ。ふ、ふんっ。そんなあからさまなおべっかでアタシはごまかされねぇぞっ」
そう言って顔をそむける鳴鹿だが、髪から覗く耳は茹ったように真っ赤だ。
その様子は、なんだか愛おしくなってしまう。
「‥‥・で。実際勝てんのか?」
どうやら気持ちを落ち着けたらしい、いつもの様子で鳴鹿が聞く。
あらら、残念。可愛かったのに。
「んー。いろいろ準備はしてるけど‥‥それが全部うまくいったとして。
勝算は五分五分、ってところかな?」
いや、もっと低いか。
「八つ当たりのために、また危ない橋を渡るのか‥‥。
アンタ、やっぱりどっかおかしいな」
「ああ。でも私は自分がおかしくてよかったと思ってるよ。
鳴鹿だって、おかしい私とおかしくない私だったら‥‥。
今の私の方がいいでしょ?」
「‥‥かもな」
そんな軽口を言い合い、私たちは笑った。
主人公の価値観はわりとずれているというか…
行動原理は、はっきり言ってとち狂っています
その辺を前提にこの小説をお読みください