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21 宣戦布告

またまた遅れました



 その後、ほか3人には先に厨房へと向かってもらった。


 一方の私は自分の部屋へと戻っている。

 料理するために必要なものを取りに行く‥‥という理由をでっち上げて。


(自分で言っといてなんだが、部屋に置いておく料理に必要なものってなんなんだろう?)



 何故わざわざそんな嘘をついてまで一人になったか、というと‥‥。


 私が一人にならないと“あいつ”は動かないだろうから。



 そして、来た。

 窓の外から私に向かって何かが飛来する。


 私はそれに気づいていない。

 ‥‥さすがに不意打ちの一撃に対応するなんて人間離れした芸当はできない。


 だが、あらかじめ気づいていた“彼”の動きを察知することはできた。


 私は腰のポーチからナイフボーラを取り出し、後ろに『投擲』した。



「山岸さん! 危な‥‥ぶげっ⁈」


 おそらく、外から飛来する何かから私を守ろうとしたのだろうが…。

 その守ろうとした私から攻撃が来るとはつゆとも思わなかったのだろう、もろに食らった。


 そして私を狙った攻撃も、何にも阻まれることなく直撃する。


 私の側頭部に命中したものは、バスケットボール大の岩だった。

 私のようにもともとあるものを投擲したのではなく、おそらく土系統の魔法攻撃だ。‥‥痛い。



「う、うぐぐっ‥‥なにすんだ‥‥!」

「いや、何するんだって。後ろからいきなり飛び込んでこられたら警戒して攻撃するでしょう。普通」

「なっ…! いや、そ…そうですね。驚かせたみたいですみません」


 彼…イケメン男子は一瞬出した厳のある雰囲気を引っ込め、いつもの甘いマスクと表現するのが似合うさわやかな表情に戻った。


 私はそこに、白々しさしか感じない。


「それよりも大丈夫でしたか? 攻撃が直撃して」

「心配しなくても、痛めつけられるのには慣れてます」


 この程度の攻撃で今更うろたえたりしない。


 というか、私に触るな。

 イケメンがまるでいたわる様に伸ばした手をひらりと避ける。


 気安く女に触れようとするんじゃない、不快だ。

 何より、自分のボディタッチが受け入れられて当然だ…とでもいうような態度が。一番気に食わない。



「というか、あんたこそ何やってるんですか? こんなところにわざわざ来てまで…」

「えっ…いや、偶然通りかかってね」

「ぷっ。偶然? 勇者が使用人の居住スペースに来るなんてどんな偶然なんですか?」


 私は勇者に戻った今も、使用人のころのままの部屋を使っている。

 単純に、だだっ広い部屋よりも落ち着くし。管理も楽だという理由で。


「えっ。そ、それは‥‥」

「あ。もしかして、使用人にいやらしい奉仕を要求しに行くところでした?」


 うわー。

 というリアクションをしながら引きさがる。


「ちがっ! 俺がそんなことするわけがないだろう!」

「じゃあ、どんな理由だったんです?」

「そ、それは‥‥」


 とっさにそれらしい理由が浮かばないのだろう、どもっている。


 間抜けだな。

 そういうとこはあらかじめ考えておくか、あるいは違和感がないようなタイミングで出てくるんだよ。


 まさか、自分相手なら追及されないとでも思っていたのか?

 もしそうなら間抜けを通り越して、お花畑だな。



 ‥‥まあ、自分に心配されたら女子はみんな喜ぶとかは思ってそうだけど。



「はあ‥‥。もうはっきり言ったらどうですか? 私のことストーキングしてたって」

「なっ…。何を言ってるんですか」


 内心、「この俺が、てめーみたいなブスを追いかけるわけがねぇだろうが。思い上がるな…!」みたいなこと考えてそう。

 もちろん表面上、彼の顔はいつものさわやかな表情のままだ。


 だが、眉間が若干痙攣しているし。

 私が長年感じ続けてきた、不快感がにじみ出ている


 悪いね。

 うまく隠せてはいるけど、私ってその辺人より敏感なんだ。



「ふーん…変ですねぇ。私がいきなり不意打ちされたタイミングで“見計らったように”助けに来るもんだから。てっきり私がピンチになるまで、ずーっと付きまといながら待っていたのかと」

「‥‥」

「てっきり私が攻撃されることを、あらかじめ分かっていたのかと」

「‥‥」

「てっきり私がピンチになってるところを助けて、好感度を稼ごうとしているのかと」

「‥‥」

「もうめんどくせえなぁ。もう分かってるんだよ、あんたがこの世界に来た時から私をつけ狙って。周りにだれか居るときだけ、ヒーローみたいにさっそうと登場して助けていたことは」

「‥‥いつからだ」


 突如、彼の声色が変わる。表情も。

 いつものようなさわやかなものではない。


 ドス黒い。

 威圧的な表情に‥‥。


 なるほど、それがアンタの本当の顔ってわけね。

 はじめまして、本性さん。


「おい、いつからだって聞いてるんだよ」

「割と最初から」


 というか、この世界に来る以前から。


 このイケメンはユリが人前で悪質に絡まれていると、まるで周りにアピールでもするように助けに入るが。

 ユリが陰で嫌がらせを受けたり、女子グループに呼び出され恐喝される現場には現れない。


 誰か。

 自分の活躍を見る第三者が現れるのを、陰から待っていたみたいに。



 私は少々わざとらしくため息をついた。


 心底あきれています。と、表現するように。


「?」

「あのさあ、マジにわからないから聞くんだけど。なんでそんなことしてるの?」


 本心だ。

 演出とか関係なく、このイケメンがなぜこんなことしているのか。私には皆目見当がつかない。



 成績優秀、スポーツ万能。


 私が持っていなかったルックスや人気だって十分にあった。


 なのに、なぜ今更こんなことをする必要がある?



「はあ…」


 今度は彼の方が呆れたようにため息をつく番だった。


「お前らみたいな程度の低い人間には、分からないだろうなぁ」


 わー、それっぽいこと言いだしたー…。


「俺は、今の状況に全く満足なんかしちゃいないんだよ。


 俺は優秀だ。優秀だから上へ行く。これは当然のことなんだ…。


 お前らみたいな凡人のように、現状に妥協して。これが自分の限界だなんて言い訳はしない」



 うん。その向上心自体はけっこう好感が持てるかも。


 だけど…。



「そのために、他の人を踏み台にするんですか?」

「ああ? 当然だろうが。お前らのようなクズは俺の肥やしなんだよ。

 程度の低いやつがいるからこそ、俺の優秀さが際立つんだ」




 何言ってんだこいつ。


 漫画ですら、こんなコテコテの小物もう見ないぞ。




「だから、てめぇが邪魔なんだよ」

「あの、話が見えないんですが」

「お前はこれでもかっていうくらいのどん底から這い上がってきた、そこは認めてやるよ」

「あ、ありがとうございます」


 まるでおちょくる様に(実際おちょくってんだけど)軽く礼を言う私に、彼の眉間のしわが深くなる。


「今現在、この城の中では。お前が実力者だと認められている」

「はあ」

「そして、何の間違いだか知らないが。お前ごときが…俺と肩を並べるとまで勘違いしている輩まで出て来てやがる‥‥!」


 話の途中から、だんだんと言葉に怒気がこもる。


 最後にはほとんど恫喝するようだった。


 ‥‥語る内容はそこまで不本意らしい。



 確かに、あの模擬戦からこの城の中には私の実力を認める空気になっていた。



 「出来損ない」から這い上がった勇者。

 ハンデをものともせず、他の勇者を蹴散らした強者。


 公に認めようとはしないが、大々的に否定もされない噂。



 それは多くの人間が水面下で私の力を認めているからだ。

 もしも私が、『想いの結晶』という力に頼り。使い魔のモモちゃんに任せた戦いをしていたら、こうはならなかっただろう。



 この城に居る人間なら、私がずっと訓練を続けていたことを知っている。


 「無駄」だと笑われても、「無様」だと見下されても決して止めなかったことを。



 その努力が報われた結果。

 私は自分自身の力で、実力を示した。



 が、彼はそれが認められないらしい。


 予想通りではあったが。




 私はこいつの本性を知る前から、突出した自意識をなんとなく感じ取っていた。

 といっても、「あー、なんかプライド高そうだなーこいつ」というあいまいな感覚だった。

 爽やかなマスクの下に隠し切れない「優越感」と「侮蔑」があった。


 そもそも、何かしら秀でた人間というのはそれなりの自意識を持っているものだと私は思う。


 それが「自信」や「誇り」といったポジティブな感情か。


 「驕り」や「慢心」といったネガティブな感情かは、人それぞれだろうけど



 だからもし彼と肩を並べる人間ができた場合。


 そういう人間が起こす行動は二通り。



 その人間を自分よりも下にするために、味方…というより下僕として抱きかかえ立場を確立させるか。




 ‥‥排除するか。





 なので私は。


 この前の戦闘訓練から、フレイムさんに頼んで「私がイケメンと互角の力を持っているんじゃないか」


 「あるいはイケメン以上の実力者なんじゃないか」という噂を騎士の人たちに流してもらったのだ。






 彼にとって不本意なこの噂。


 こんなうわさが流れるなんて、そして何より。


 この噂を信じる人間がいるなんて。




 我慢ならない。




 ‥‥そうなるはずだ。


 そして私を狙いに来る。




 そう考え――――、



 見事に釣れた。






 私のことが認められない彼。

 その目的は…。


「で、あなたは私をつぶしに来たと…」

「言っておくが、これは最後の手段だったんだぜ? お前が出しゃばったマネしなければ穏便に済んでいたんだ」

「特に出しゃばってはないと思うんですけど」


 私の答えが気に入らなかったのか、イケメンは舌打ちする。


「自分の行いが理解できてねぇみたいだな…。1つ教えといてやるよ。本当の屑っていうのは…居るだけで回りに不利益を与えるやつのことなんだ…!」

「それが私だと?」

「ああ。お前が周りにいるだけで…俺たちの品位を下げているんだよ」

「…俺の、じゃないんですか?」


 どうやらこれも不服だったらしい。眉間のしわが深くなる。

 が、開き直ったのか。

 一転し嘲笑のような笑みを浮かべた。


「ああ、そうだ。“俺の”品位を下げる…。俺はこの世界で歴史に名を遺すんだ。その英雄譚に、お前みたいな汚点はいらないんだよ…!」


 うわー、相当イタイこと言いだした。

 なんだよ英雄譚て。

 勇者って私たちの相称から想像したのだろうが、こんな体のいい傭兵みたいな仕事で歴史に残るわけないだろ…。


 残ったとしたら、かなり安い歴史だな。


「俺のそばにいていいのは役に立つ、俺を引き立てる奴だけだ」






「それがユリですか?」


 若干かみ合っていない私の言葉に、イケメンはいぶかし気な気配を出すも。


「あ?‥‥ああ、そうだな」


 すぐにまた見下すような表情に戻り言葉を返してきた。


「便利だよなぁ、女ってのは。周りに置いておくだけで男としての格を表せる。結局女ってのは男の付属品に過ぎないんだよ。それが美人ならなおさら。‥‥そういう意味では下野は上々だ」


 ギリ‥‥。

 まるであの子を、そして女性を道具としてみているような発言に奥歯をかみしめる。

 ともすれば、怒りに任せて飛びかかってしまいそうになるが‥‥抑える。


 まだ会話を続けないと。


「あなたにとって、周りの人はただの道具。‥‥と?」

「ああそうだな」

「それ以外の価値はなく、あなたの名声を高めることが存在価値だと?」

「そう聞こえないなら国語の勉強をし直した方がいいんじゃないか?」

「なるほど、もういいです」


 必要な言葉は聞き出せた。


「何がいいんだ?」

「あんたを倒す準備ができたってことですよ」


 私の言葉にイケメンは一瞬ぽかんとした後、盛大に爆笑した。


「俺を倒す! お前が? 思い上がりもたいがいにしろよ、ブス。テメェみたいな屑がどうやって俺を倒すっていうんだ、ああ?」

「そういう、自分がさも絶対な存在。…みたいな思考はやめた方がいいと思いますよ。足元をすくわれます」

「さっきから妙に上から言いやがって‥‥。お前には俺のことを深く分からせてやる必要があるな‥‥!」

「もう十分分かってます。自意識過剰なマヌケさん。自分から正体をペラペラしゃべって、サスペンス劇場ですか?」

「ぷっ、アッハッハッハ。そんなものはあえてさ、どうってことない。例え周りに俺のことを話したところで、信頼は俺のものだ。逆に俺を陥れようとしたことをお前が糾弾されてお終いさ」

「でしょうね。私が言ったところで、だれも信用しないでしょう。


 ‥‥・でも」


 私は“手の中のもの”を操作した。


 この場に「ポンッ」という、場違いな音が響く。


「?」

「あなたの言葉ならどうですかね」






『1つ教えといてやるよ。本当の屑っていうのは…居るだけで回りに不利益を与えるやつのことなんだ…!』


 その場に、私でも彼でもない言葉が響く。

 しかしそれは明らかに彼の声だった。


「なっ‥‥!」


『俺はこの世界で歴史に名を遺すんだ。その英雄譚に、お前みたいな汚点はいらないんだよ…!』


『便利だよなぁ、女ってのは。周りに置いておくだけで男としての格を表せる。結局女ってのは男の付属品に過ぎないんだよ』


 どんどん声が響く。

 その発生源は、私が手に持つもの。


「スマホ‥‥?」


 そう、スマートフォンである。


 この会話が始まる前から、ビデオ録画を開始し。

 後ろ手で隠しながら股下からカメラ部分を出して撮影していたのだ。


「なんで」

「充電切れのはず…ですか? 残念」


 この世界に来て、私たちが持っていた携帯端末などは役に立たなくなった。

 それでも中に電気書籍やらを入れていた一部のものはしばらく使っていたが、そのうち充電切れに陥った。


 その際、勇者たちの中に雷魔法なんかで充電を図ったものがいたのだが。

 電圧が強すぎて壊すことしかできなかったので、自然とみんなあきらめた。


 だが、こんなこともあろうかと。

 普段の訓練中、私はユリに電圧を抑えた雷魔法の訓練を行ってもらったのだ。


 その訓練のかいもあり、ユリはスマホの充電に成功した。

 実は2回ほど失敗し、私のは破裂。ユリ自身のものは回路がショートし物言わぬ板と化したのだが。

 そのため、今持っているものは本来鳴鹿が所持していたものである。


 今回使用するにあたって、彼女から譲ってもらったのだが。

 こちらに渡す際に中のデータを慌てて消していた。

 消すことにかなり躊躇していたし、重要なものだったのだろうが。

 何が入っていたのかは頑なに教えてくれなかった…。



 と、私がスマホを使える経緯はともかく。

 この驚きようだと、どうやら彼に充電はできないようで。


 その発想自体が根本的になかったらしい。


 まあ、その驕りのおかげで、彼の正体が撮影できた。

 声も姿もばっちり収まっている。これ以上の証拠はないだろう。


「だから言ったでしょ? そういう思考はやめた方がいい、って。自分ができないことが他人もできないなんて、間抜けな勘違いしちゃうんですから」


 言い切るとほぼ同時に、このイケメンは私に飛びかかってきた。


 さすが、一瞬でことを処理しようと動き出した。

 その判断は確かに早い…。

 動きも、私では『見切り』を使用してもギリギリ視認できるほどの速度だ。


 が。


 私の命令の方が早かったし、速い。







「モモちゃん!」





 壁の陰から出現したモモちゃんが、イケメンを弾き飛ばした。


「なっ⁈ その使い魔は、いったいどこから‥‥!」


 驚愕をあらわにしている。

 彼からすれば、いきなり死角からモモちゃんが飛び出してきたのだから当然だろう。


 それも回廊なんて、遮蔽物のほとんどない場所だからなおさら。




 種明かしをしてしまえば、モモちゃんは壁の中を移動してきた。


 ムカデの体は結構柔軟で、数ミリの隙間を自由に移動できるらしい。

 モモちゃんも例外ではない。


 そして私たちの住むこの城。

 建設されてからかなりの時間がたっているようで、壁や床など。モモちゃんが移動できるヒビが無数に存在していたのだ。



 これ見よがしにみんなと別れて孤立したように見せかけ、モモちゃんには見えないように私のそばに控えさせていた。




 イケメンが一瞬の混乱から回復する前に、私は次の行動にでた。


「ほい」


 手に持っていたスマホを、窓の外にぶん投げる。


「なっ‥‥! テメェ何を」

「シャァアァァッ!」

「っ⁈」


 慌てて追いかけようとする彼を、モモちゃんが牽制する。

 いくら勇者中最強でも、無防備なところをモモちゃんに攻撃されれば危うい。


 動きは止まらざる負えない。


 そのまま階下、中庭へと落ちてゆくスマホを、




 あらかじめ待機してもらった鳴鹿が見事キャッチした。




「なあっ⁈」


 一瞬、鳴鹿と視線が合い無言の確認をすると。

 鳴鹿は私の指示通りに走り出した。


 その向かう先は、勇者たちの居住エリアだ。


「くそ‥‥っ!」

「動くな」


 イケメンが腰に差した剣に手をやる前に、声で静止させる。


「言っときますけど、力ずくで何とかしようなんて考えない方がいいですよ。

 戦闘をしている気配を感じたら、録画を公開するようにあらかじめ指示してありますから」

「あらかじめ‥‥? ま、まさか!」




「ええ。あなたの行動を全部予測して、罠をはってました」




 そのために、例のうわさを流したのだ。


 私の方が強いなんて噂が流れたら、この人はどうするか?

 その状況をシミュレーションし、対策を立て周りに指示を出していただけのこと。


 この人は寸分たがわず(というのはさすがに誇張だが)予想通りの行動をとってくれた。


 つまり、


「これで詰みです。

 私の素の実力では、あなたに勝つことは無理ですが‥‥鳴鹿が動画をみんなに見せる時間くらいは余裕で稼げると思いますよ」


 有無を言わせず、状況を説明してやる。


 そんなことしなくても智い彼なら十分に理解しているだろうが。

 これは余計なことはしない方がいいという警告だ。


「それにしても、ずいぶんとあっさり思惑通りにいってくれましたねー。正直拍子抜けです」

「‥‥・っ」


 だから。


「えーと、なんでしたっけ? どうってことない、とか言ってませんでした?

 あららー、数分と立たずに足元をすくわれちゃいましたねー。私の誘導だったのに。


 そうとも気づかず余裕面で高笑いしていたあなたを現すぴったりの言葉があるのを知ってますー?













 馬鹿丸出し、ですよ」



 だから、こんな煽りにも黙るしかない。


 それでも。

 顔には屈辱、恥辱がありありと出ていたが。


 わお、お顔がまっかっか。

 顔面で目玉焼きができそー。



「で、何が目的なんです‥‥?」

「話が早くて助かります。といっても、ちょっとしたお願いがあるだけです」

「お願い…?」


 そう、些細なお願いだ。

 ともすればこんな手間なんか必要ないくらい。



「一騎打ちをしましょう、以前の訓練のように。みんなの前で」



「‥‥わざと、負けろということかな?」

「そんなわけないですよ、正々堂々戦ってほしいだけです」

「何のメリットがある」

「いろいろありますよ、例えば‥‥


 あなたに勝てば、文句なく私が勇者最強になれます」


「っ‥‥!」

「ここでの私の地位は確立はされてきましたが、盤石とはいえません。ここらでその補強工事をしとかなきゃなーって」

「なるほど、だが俺にメリットはない」


 拒否できる立場だと思ってんのか?

 まあ、いい。


「もちろん、あなたが勝てばさっきのデータは消してあげます」

「その言葉の確証がどこにある?」

「そればっかりは信じてくださいとしか。でもこの世界にはネットがないですし、どこかに流れることはありません。他の記録機器にバックアップすることもできません。負けたら素直にスマホを渡すことを約束しますよ」

「‥‥‥」


 損得や私の真意を必死に考えているようだが、無駄だ。


 さっき言っただろう? 積みだって。


「あと、5分以内に私が戻ってこなければ。問答無用で動画を流す手はずになってますから時間もないですよ」

「く‥‥!」


 判断を鈍らせる最も簡単で効果的な方法は、単純に時間を制限することだ。


 プロの棋士だって、持ち時間が無くなってくると指し手にミスが生じてくる。


「‥‥わかりました。その提案、受けましょう」

「ありがとうございます。一騎打ちの日時やセッティングはそちらにお任せします。どうせそういう、つてを持ってるんでしょ?」


 私がフレイムさんと親しくしているように、彼も別の騎士団と懇意にしているという噂がある。


 周りの目を気にする彼のことだ。

 面と向かって勝負を挑むことは不格好だと考えて、騎士団から強制されたという体にするだろう。


「ええ。日時などが決まったら連絡させるようにします」

「はい。じゃあ、今回はどうもありがとうございました」


 これ以上話すこともない。

 モモちゃんを首に巻いて、私はそそくさとその場をあとにする。



「いい気になるなよ‥‥。所詮、テメェは俺の踏み台だ‥‥!」


 と、背中にそんな言葉をかけられたので。


 顔だけ振り向いて、あっかんべーと。

 舌を出してやった。


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