20 説教
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目の前に迫る刃を……私は紙一重で回避する。
「ふっ…!」
それでも、猛攻は止まらない。
無数の突きを、最小限の動きで躱していく。
空中を蹴り、強引に。
『空間歩行』を使えば、多少無茶な体勢でも動くことができる。
が、相手も地面をスライドするという不可解な動きで追随する。
猛攻は続くが息が切れたかやがて途切れ。その瞬間を狙い、ナイフボーラを投擲する。
相手に直撃するが、それでもひるむことはない。
どうやら最初から防げないとふんで、衝撃を覚悟していたようだ。
再び力強く突かれる……槍。
私は投擲したナイフボーラを槍に巻き付け、引く。
若干目標がずれた刃は、私のこめかみギリギリをそれていった。
勢いは止まらず、私たちの距離はゼロとなり。
相手……鳴鹿と私は。
互いに頭突きをくらわせた……。
* * *
「お疲れさまー」
「お疲れ」
いつの間にか日課となっていた鳴鹿との訓練を終え、私は座り込む彼女にドリンクを差し出した。
「さんきゅ」
受け取った水筒を、ごくごくと一気に煽る。
急に飲むとおなか壊すよ。
と。つい小言を言ってしまいそうになるが口を紡ぐ。
運動した後の飲み物っておいしいから、つい飲みすぎちゃうのも分かる。
私は自分の分の水筒に口をつけた。
人に注意なんかしちゃったら、自分ができなくなっちゃうからねー。
ごくごく、ぷはー。
訓練の熱が冷め、息が整ったところで。
鳴鹿が憎々し気な視線をこちらに…正確には、私が持つナイフボーラへと向ける。
「実際にやりあって分かったが、本当に厄介だよそいつは。
防ごうとしても、ガードをすり抜けてくるし。一撃一撃も重い。下手に近づいたら連撃で一方的に押し切られちまうから、常に攻めて攻撃の手数を減らさなきゃならない。
攻撃、防御…さらに移動法にも使える応用力まである。
よくもまあ、そんな凶悪なモンを思いついたもんだ」
一度戦っただけでそこまで冷静に分析するお前もお前だとは思うが。
「鳴鹿の方も、大分隙がなくなってきたと思いますよ」
なんて上から言う資格もないが。
彼女の使うビックランスは、その身長ほどもある大型なもので。
威力が高い反面、取り回しがしづらく近づかれた相手には素早い対応ができない…。
だが、鳴鹿は至近距離での不利を克服する訓練を始めた。
私が教えたスキルの同時使用に慣れ、戦闘中でも持続できるようになり。
彼女は『神槍術』のスキルと同時に複数のスキルを使用している。
スキル『重力操作』。
鳴鹿が『重化』スキルのレベルをカンストさせ得た能力だ。
…スキルは使用する人間によって、万別に変化する。
レベル効果がランダムなように、カンスト後の進化スキルも異なる場合がある。
『剣術』スキルから『刀剣術』、『両手剣術』、『二刀流』……といった具合に。
私が『格闘』の威力を上げるために、拳や体全体を重くする攻撃的な使い方をしていたのに対し。
戦闘中、脚部のみにスキルを使い姿勢の安定を図ったり。とっさに回避する際(上体を倒すときなど)、体の一部を重くして動きをスムーズにするなど補助的な使い方をしていた鳴鹿との違いだろう。
育て方によって、進化先が異なるポ〇モンみたいなもんだ。
(この例えも鳴鹿にはピンと来ていなかったようだが)
その効果は、字面から想像できる通り。
自分にかかっている重力の向きを操作できるというものだ。
これを使い、彼女は足を動かさなくても重力の方向を変え坂をすべるように移動できる。
敵の方向に重力をかければ、普通の威力に「重力」という力が加わる。
それ以外でも様々な使い方ができるだろう。
極めて使い勝手がいい。
もちろん制限も存在する。
まず、これはあくまで重力の方向を変えるだけなので。
敵にかかる重力を重くする、とか。
周りの重力を一転に集中して、敵を圧縮し潰す‥‥なんて。
異能力バトルおなじみのロマン満載な使用法はできない。
(そもそも自分か、自分が持っているものにしか効果がない)
そして元の重力から逆らった方向へ変化させるほど、消費する魔力の量が増えるということだ。
下向きならば、もともとの方向から大して反発していないので消費は抑えられる。
が、上向きにすると一気に燃費が悪くなるらしい。
完全に上向きにすると、数分と持たないそうだ。
(そしてMPが枯渇した瞬間、重力が元に戻りそのまま落ちる。‥‥とても危険)
それでも一番重要なのは、有用だがまだ戦闘スキルと併用できないほど高コストではない…ということだ。
『神槍術』と同時に使用し、彼女は取り回しの悪い槍を装備しても機敏な機動をとることができる。
槍は間合いの内にまで近づけばいい、と考えた相手は不可解な動きに翻弄されながら一気に攻められる。
そのうえ、同時使用の副産物として。
使用するスキルを瞬時に切り替える技術も覚えた。
もし槍で攻撃できない超至近距離に詰められたとしても、『格闘』スキルに切り替え拳で対応することができる…。
どんどん隙がなくなっていく。
今は手数の多さというアドバンテージで優位に立っている(ように見える)が。
これは、うかうかしていたらあっさり置いて行かれちまうな。
* * *
その後、お互いに相手の気になった点を指摘し合ったり。
自分の動きを確認していたが、ここでいい時間なので昼休憩と相成った。
「ユリー、モモちゃーん。休憩休憩、お昼食べに行こう」
訓練場の端に設置されたベンチ。
ユリはそこに座り、自分の訓練を行っていた。
魔力を体の中で練り、かざした手の中で微弱な魔法を維持している。
これにより、魔法の制度が向上するのだとか。
私には魔法が使えないからその感覚は想像するしかないが、額に汗を浮かべていることから容易くないことは確かだ。
‥‥ちなみに、その近くではモモちゃんが同じように微弱‥‥‥とは言えないが。
精一杯抑えた威力の魔法を発動している。
実は、モモちゃんには未だ戦闘訓練をさせていない。
これはAクラスという種族チートに慢心しているわけでなく、まだその段階に達していないと考えたからだ。
モモちゃんは私の『想いの結晶』によって無理矢理進化した。
つまりはいきなり強大な力を与えられた状態というわけだ。
必然、モモちゃんは自身の力をうまく扱えてはいない。
以前のバスケ部との模擬戦では力押しで何とかなったが。
今後もそんなことが通用するとは限らない。
‥‥‥そのうえ、扱いなれていない力で戦闘訓練なんか行えば。
どんな事故が起こるか分かったもんじゃない。
というわけで、モモちゃんにはもうしばらく地味な基礎訓練に励んでもらうことになるが。
本人(本虫?)に特に不満はないようで、むしろ嬉々としてやっている。
どうやら、私のためになることならなんだって喜んでやる。
という意思らしい。
…嬉しいこと言ってくれる。
あ。
なんでモモちゃんの言いたいことが分かるのかというと、最近になって私はモモちゃんの‥‥言葉というか。思念のようなものを読み取れるようになったのだ。
これが私の『魔物使い』としての力が強くなったからなのか。
ただ単に、モモちゃんとの絆が強くなった結果なのかはわからない。
でも、そんなことは些細なことだろう。
私にとって、モモちゃんの意思が分かってあげられるという事実が嬉しくて。
疑問なんかどうでもよく感じる。
「あ、アゲハちゃん。うん、行こ‥‥「キュイッ!」‥‥へ? きゃあっ⁈」
私が近づいたことで、集中が途切れたモモちゃんが維持していた魔法を放ってしまい。
‥‥‥闘技場で大爆発が起こった。
そのまま背後からの爆風に煽られ、私と鳴鹿は特撮のようなやられジャンプを披露するのだった…。
* * *
「ひどい目にあった…」
「そう言わないで…」
後始末が大変だった、という点は同意するが…。
あの後、大穴の開いた訓練場をふさぎ。
爆風に巻き込まれ土とすすだらけになった私と鳴鹿は(ユリはとっさに防御魔法を使ったらしく汚れていない)風呂と着替えをすませ。
‥‥…そのすべてを終わらせたとき、昼時はとっくに過ぎていた。
腹減ったな。
「アゲハちゃん」
「キュウン…」
「あ、ユリ。モモちゃん…」
浴場から鳴鹿と歩いていると、律儀に待っていた1人と1匹が寄ってきた。
彼女たちは一緒に歩いているが、やはりその間には若干の距離がある。
そろそろ慣れてもいいと思うんだが…。
モモちゃんは首を垂れ、かなり申し訳なさそうにしている。
放った魔法は私たちの間をすり抜け、後方で爆発したが。運が悪ければ直撃していたかもしれない。
「大丈夫だよ。私も鳴鹿も」
そう、個人的には怒ってなんていないし。
鳴鹿には私から詫びて、すでに許してもらっている。(代わりにフルコースを一週間作ることを要求されたが)
ボロボロになった訓練場の後始末だって、重機以上の大きさと馬力を持ったモモちゃん自身に活躍してもらった。
…だが。
「でもねモモちゃん。これで分かったでしょ」
いい機会だ。ここでちょっと注意しておこう。
いつか絶対しなくちゃいけない話だ。
「今回は無事だった。だけど、ちょっと間違ってたら私も鳴鹿も大変なことになってたかもしれない」
事実、爆風にあおられただけで私のHPは5割以下にまで削られていた。
直撃していたら一瞬で全損、そのまま私は即死。
私よりもHPと防御力の絶対値が多い鳴鹿もただでは済まないだろう…。
「モモちゃんの持っている力は素晴らしいものだって私は思ってる。でも…その力で人を傷つけちゃうこともあるの」
「キュイ…」
わからない。
というように首をひねるモモちゃん。
そんな彼女に、私はヒザを折り目線を合わせて言ってやる。
「私は、モモちゃんが大好きだよ。…もちろん、ユリも鳴鹿も」
突然の告白にユリは目を見開き、鳴鹿は顔を赤くし狼狽する。
「な、なんだよっ。いきなり…」
「素直に親愛の気持ちを言葉にしただけですけど」
「直球すぎるんだよっ」
なに慌ててるんですか。
邪な感情があるわけでもあるまいし。
「だからね。もしみんながケガをしたり…考えたくないことだけど、死んじゃったらすっごく悲しい」
「‥‥」
「モモちゃんは、もし私が死んじゃったら…」
「キィイイーッ!」
私の言葉は「縁起でもないことを言うな」と非難するような、甲高い鳴き声で遮られる。
その声は明らかに悲痛な感情が宿っていた。
「ごめんね、変なこと言っちゃって。でも、モモちゃんは他の人にも今みたいな気持ちにさせるかもしれない…ってことだけは分って?」
モモちゃんの力は強大だ。
だから使い方は慎重にならなければならない。
そのために私は彼女に教える。
説教をする。
「誰だって好きな人や大切な人がいるの。そして、そんな大事な人が傷ついたりいなくなったりすると。自分のことのように…ううん。自分のこと以上に悲しかったり、苦しくなったりするの。…わかる?」
私の質問に、モモちゃんは肯定するような鳴き声を発する。
「そして、モモちゃんの力は誰かの大切な人を傷付けちゃうかもしれないの。…わかる?」
続いての質問に、モモちゃんは同じく肯定の声…だがさっきよりも弱々しい声を出す。
「もちろん。無くていい力なんてない。モモちゃんの力は正しく使えばだれかを守ることができる素晴らしい力だ。‥‥だけど、使い方を間違えるととっても危険。…わかる?」
肯定の言葉も、否定の言葉も返ってこない。
だが、彼女の発している重々しい雰囲気から。ちゃんと言葉を受け止めているということが分かる、
「今なら、私がモモちゃんにむやみに人に攻撃するなって口酸っぱく言ってきた理由がわかったんじゃないかな」
そう、私は以前からモモちゃんにそう言い続けてきた。
モモちゃんが今の力を得てから、私が勇者に返り咲くまで。
一週間の期間が空いている。
その間、私は勇者や他の使用人から不当な扱いを受けていたわけだが。
それを間近で見ていたモモちゃんは、何度も暴走しかけていた。
そのたび、「私がいいというまで、絶対に手出しはするな」
「反撃はするな」と言い聞かせてきた。
モモちゃんはしぶしぶといった様子だったが、その言葉を律義に守ってくれた。
正直、私はモモちゃんを強制的に抑えることはできない。
今まで我慢してきてくれたのは、ひとえにモモちゃんの人柄だ。
私の天職である『魔物使い』は、自分よりも強い魔物を使役することはできない。
これは使い魔にできないということじゃない。(現にモモちゃんはシステム的にも私の使い魔という扱いになっている)
対話の末、魔物側からの同意があれば穏やかな形で契約することができる。
ただ、それには通常のような主従関係ではなく。
端的に言えば、強制力がない。
通常、使い魔にとって主の命令は絶対だ。
強制力を働かせれば、どんなに意にそぐわない命令も聞かせることができる。
だが、私とモモちゃんのような関係はそうではない。
モモちゃんはシステムの強制力によって私に従っているのではなく、自分の意思で収まっているのだ。
それは書面に記していない口約束の契約のようなものであり。
簡単に反故することができる。
私はモモちゃんにお願いして、一緒に居てもらっている立場ということだ。
モモちゃんが私に愛想尽かせば、すぐにでもどこかへ行ってしまうだろう。
最悪、お礼参りをされる‥‥ということも。
だというのに、彼女は聞く必要性などない私の命令に従ってくれた。
それくらい、彼女はいい子なんだ。
‥‥そんな子を、私は危険な存在だと思われたくない。
モモちゃんを恐怖とか畏怖だとか…そんなマイナスな目で周りに見てほしくない。
なによりそんなのモモちゃんがかわいそうだろう。
もちろんそれは容易じゃない。
自分を害するかもしれない猛獣を、檻を挟まずに見ることができる人間はいない。
…だからと言って、小さな努力だろうとやらなければ結果は得られない。
モモちゃんを危険のない、信頼できる存在だと。周りに認識させたい。
私は彼女を大事にすると、幸せにすると誓ったのだ。
周りから怖がられ遠巻きに見られる生活を、幸せとは呼べない。
少なくとも、私はそう思う。
だから。
「だから、力の使い方は考えなきゃいけない。間違いを犯さないために。
モモちゃん。あなたは今後、幾度もその力を使うことになるでしょう。
‥‥でも、使う前によく考えて。
何のために使うのか。‥‥そして誰かを傷つけないか」
私の言葉を聞き、モモちゃんは数秒沈黙をはさみ。
短くキィと鳴いた。
そこにどんな意味が含まれているのかは‥‥考えるまでもないだろう。
私はその返答に満足し、重苦しい雰囲気を吹き飛ばすためにパンと手を叩く。
「さっ、説教は終わりっ。お腹すいたでしょ、食堂行ってももう何もないでしょうし。今日のご飯は厨房を借りて私が作ります」
私の言葉に、モモちゃんは嬉しそうな声を上げ。
ユリも「ほんとに?」と破願する。
と、一人鳴鹿だけはあきれたように‥‥。
というか、しょうがないとでもいうように苦笑していた。
「なんですか…?」
「いや…お前、ほんとにオカンだなぁ。と思ってさ」
だから何ですかその評価は。
不本意だって言ってんでしょ。
本当は。
教えるべきだ。
時には、人を傷つけなくちゃいけないってことを。
大切な人を守るために。
誰か‥‥他人を犠牲にしなければならないということを。
だけどそれは、
彼女にはまだ早い‥‥。
まだ早い…(フラグ




