17 VS勇者(3)
「で、次はだれなの?」
私は周りの勇者に声をかける。
訓練は勇者数人との一騎打ちである、だからまだ終わらない。
どうやら順番は事前に決めていたらしく、勇者たちが一人の男子にちらちらと視線を向けている。
その男子は明らかに動揺した様子だったが、それでもとった行動は賢明だった。
「お、おいっ。始めるのはちょっと待てよ!」
そう言って、防具を装着し始めた。
・・・なるほど。さっきの奴よりかは分析力があるようだ。
私のナイフボーラ。
その戦い方や特性を見て、ちゃんと対策を立てている。
別に勇者たちをなめていたわけではないが、こうして自分の勝率が減らされていくと。
何とも言えない焦燥感が、喉奥から登ってくる・・・・。
だが、それでもやるしかない。
大丈夫。
見られたことの対策をたてられたのなら・・・・・。
まだ見せていないことをやればいい。
男子が防具を装着し終えるのを、たっぷりと数分待ち。
私は再び対峙する。
・・・・・あ、ちなみに。
さっき戦ったやつは、すでに担架で医務室に運ばれていった。
戦う相手を確認。
エモノは片手剣に、私の胴体ほどの大きさがあるヘビィシールド。
こいつも肉体パラメータ重視のタイプ。
・・・・が、さらにそこから細分され。
先ほどのやつが攻撃と防御が平均的な配分だとすれば。
こっちは防御力に偏った感じだ。
その身体には、全身鎧を装着し。
防御の隙はない。
はっきり言って、私との相性は悪い。
「はじめっ!」
騎士の合図で、訓練の2戦目が始まる。
今回は私から先制する。
ナイフボーラを投擲し、相手の頭部を狙った。
相手はその威力を警戒し、盾で防ごうとするが。
『投擲』で軌道を操作し、盾を回り込むように攻撃を直撃させた・・・・!
ナイフとフルフェイスヘルムが衝突し、甲高い音を立てる。
男子は頭部を若干のけぞらせたが・・・・・・、特にダメージもなくこちらに視線を向けてきた。
そこには安堵と、明らかに悦に入った色があった。
私は間を置かず追撃する。
今回は最初から両手に二つ装備していたナイフボーラでの連撃だ。
相手の身体に次々命中していくが・・・・、効いている様子はない。
ちっ。
やはり防具が衝撃を軽減している。
ナイフボーラの攻撃は、今までよりマシになったとはいえ。
それでも威力は低い。
なぜなら、攻撃スキルを使った攻撃は。
「スキルのダメージ」+「物理的なダメージ」ということになるのに対し。
ナイフボーラは、物理のみのダメージになるからだ。
(正確には『投擲』分のダメージがあるにはあるが微々たるものである)
だが、ナイフボーラでの攻撃の一番の利点は。
手数の多さに対しての一撃の重さだ。
先端のナイフが数十キロにまで『重化』されているため、相当な衝撃になる。
男子を後ろに吹き飛ばすほどなのだ。
そして、なにより「痛い」。
私は鉄球を時速100キロ以上でぶつけられたことはないが、その痛みを想像しただけで背筋が震えるというもの・・・。
それが絶え間なく当てられ続けるのだ、直撃すれば数字としてのダメージは少なくてもまともに動くことすらできない。
そう、直撃すれば。
こうやって全身に鎧を着込めば、単純にダメージを減らせるし。
衝撃や痛みもだいぶ軽減できる。
なにより、体重が重くなっているため。
体勢が崩れない。
だから私の攻撃にもひるむことなく、近づいてくる・・・・!
「くそっ・・・・・!」
ついに間合いに入られた!
剣での攻撃を、のけぞって躱す。
返すように私もナイフボーラを鎧の隙間、間接の部分に放つが盾や剣で防がれた。
鎧に攻撃してもダメージが与えられないから、それ以外の部分を狙う。
当たり前だ。
そこしか狙われないのだから、防ぐ場所が限定されて相手としては楽だろう。
いくら投げた後も軌道を変えられるといっても。
関節の部分を覆うように防がれれば、さすがに当てられない。
そんな私の焦りなどお構いなしに、敵の猛攻が続く。
私はそれを紙一重で躱し続けるが、それも長くは続かないだろう。
避けているうちに、どんどん闘技場の端に追いやられていく。
ここを出れば、場外で負けだ。
こっちの攻撃は効かないのに、向こうの攻撃は一発で決定打になりかねない・・・。
これがどれだけの心理的な負担か。
そして相手にとってはどれだけの優位か。
はたから見ても私の劣勢は明らか。
ギャラリーも調子を取り戻し、やいのやいのと野次を飛ばしてくる。
すでに周りは、そして相手も。
私への恐怖が覚めていた・・・。
「ふっ・・・・!」
横なぎの斬撃を、バク転で躱し。
そのまま5メートルは距離をとる。
ナイフボーラの長さは3メートルほどだから、完全に間合いを出た形。
これで完全に追い込まれた・・・・!
私のすぐ後ろが闘技場の端。
もう一歩、二歩も下がることができない。
相手もそれが分かっているのだろう一気に勝負を決めるため、こちらに突撃・・・・・。
する前に。
「うおおおおおおおおおっ!」
私はやけっぱちのような声を上げ。
ナイフボーラを「投げた」。
今までのように、スキルを使うため端を手に持った状態ではなく。
完全に手を放して。
二本の鎖を、宙に放った。
鎖は回転しながら、間合いの外だった相手に肉薄する。
相手は私の行動に一瞬驚きつつも・・・・・
横に身体を曲げ、躱した。
男子は動かず、私を観察する・・・。
もう武器を持っていない。
だが、私がまだナイフボーラを持っているのか。
はたまた、他の武器を取り出すのか測っているのだろう。
私は視線を外さず、腰のポーチに手を添えている。
何かあれば、中から武器を取り出して対応しようとするように・・・・。
だが、
ポーチの中はすでに空だ。
私は完全な丸腰である。
手を添えたまま、じりじりと足を動かす。
場外から反対、闘技場の中心に戻るように。
が、
「おいおい、ビビんなって! そん中にはもう何も入ってねーよ!」
ギャラリーからのヤジが飛んできた。
さすがに、顔を向けはしないが。
声から判断して、確か透視能力を持っている勇者だったと思う。
能力を使って、ポーチの中を確認したようだ。
というか、こっちの手の内を明かすなよ。
おかげで丸腰なのがばれちゃったじゃん。
声を聴いた相手は、先ほどの警戒から打って変わって。
こっちに踏み込んできた。
その視線には、もう微塵も恐怖や不安といった感情はない。
ナイフボーラがない私は、敵じゃないと考えているのか。
まあ、その通りだけど。
私が先の試合で勝てたのは、得体のしれない武器のおかげ。
だからその武器だけ警戒すればいい。
だから、その武器がなくなった私はもう脅威じゃない。
そう考える。
もう心配いらない。
あいつは自分に勝てない。
だからもう気にせず、痛めつければいい。
相手は丸腰になった私に、勝ちを確信して突っ込んできた・・・・。
これを狙ってたんだ。
「あ、危ない!」
ギャラリーの勇者からの忠告。
それを聞いても、男子は止まらない。
なぜなら、負けるのは私だからだ。
この先何が起こっても、この優位な状況は動かない。
だけど、考えてみるといい。
他の勇者が、私を心配するか?
そんなわけはない。
だが、目の前の男子はそのことを考えていない。
危ないのは自分だと思い至れない。
なぜなら、彼の中ではすでに自分は勝っているのだから。
そんな彼に、とある漫画の名言を送ろう。
・・・・相手が勝ち誇ったとき、そいつはすでに敗北している、ってな。
カァン!
と、甲高い音が響く。
私が投げた鎖が、相手のヘルムに直撃した音だ。
何が起こったのか分からないのだろう。
私との一騎打ちで、いきなり後ろから頭部に攻撃されたのだから。
一瞬、彼の動きが止まる。
そこにもうひとつのナイフボーラが足へ巻き付き、相手は派手にすっ転んだ。
トリックとしては簡単だ。
『投擲』は自分の思い通りの軌道で、もの投げるスキルだ。
その影響を与えられるのは投げる前。
だからあらかじめ、こちらに戻ってくるように鎖を投げていただけだ。
私が投げたナイフボーラは、相手の後方。
闘技場の四隅にある柱にまず命中する。
先端が刺さり、固定される。
その反対側のナイフに、もう一つのナイフボーラの先端が当たり。
刃の溝同士がかみ合い、固定。
疑似的に一本の鎖となった状態で、
柱に刺さったナイフを支点にぐるりと一回転。
遠心力がかかり、
もともと浅く刺さっていたナイフは外れ、こちらへと戻ってくる。
途中でナイフ同士も離れ、その反動で軌道が変わる。
一つは上へ。
もう一つは、下へ。
あとは、その軌道に合わせてじりじりと移動し。
その射線上へと相手を誘導するだけだ。
一つは相手の後頭部に命中し。
もう一つは、足に巻き付いた。
うーん。
自分でやっといてなんだが、恐るべき命中精度だ。(それなりに練習はしたけど)
と。
いつまでも悠長に解説なんかしている場合じゃない。
こいつが立ち上がる前に終わらせないと。
私はさっと、転んだ男子からヘルムを外し。
その頭上へと、足を配置する。
「はっ・・・! ちょ、ちょっと待て!」
だから、待たないって。
私はそのまま、頭部へ1トンキックを落とした。
ドスン。
念のためもう一回食らわせて、相手は戦闘不能となる。
「しょ、勝者。アゲハ・ヤマギシ!」
審判がそう宣言すると。
前の試合以上に、周りに動揺が広がっていく。
上げて落とす。
古典的な方法だが、やはり効果は絶大だ。
試合中劣勢になり、私が弱いと再認識し増長した後での勝利だ。
彼らの混乱は、先よりも上だろう。
そうだ、もっと慌てろ・・・・。
もっと私を恐れろ。
私のイメージを自分の中で増大させろ。
そうすれば、私の勝率はどんどん上がっていくのだから。
今回、割と描写がややこしいですが大丈夫でしょうか?
分からない、分かりづらい等の感想を持たれた方は遠慮なく指摘してください
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