16 VS勇者(2)
4話、13話部分に挿絵を追加しました
よろしければご覧ください
(19年1月16日)
後日。
私たち勇者は訓練場へと集合していた。
要件は明らかで、私の特別訓練を行うためだ。
私の相手となるのは、数人の予定なのだが。
ここにはほとんどの勇者が集まっている。
・・・・まあ、私がボコボコにされるところを見学する目的なんだろが。
そんなに暇なのか? こいつら・・・。
まあ、テレビもネットもない世界だから。
暇を持て余すことも分からんでもないが・・・。
訓練場の一角にある、武闘場。
ここだけ石畳が敷いてあり、四角いステージの四隅には高い柱が建てられている。
どことなくセ〇ゲームのリングっぽい・・・。
と、そんなことはどうでもいい。
周りにはリングをほかの勇者が囲んで観戦している。
その中にはユリと鳴鹿・・・・そしてその足元には今日は見学のモモちゃんが居た。
彼女たちにはそれ以外の人間たちから感じる嘲笑や見下しなどの感情はなく。ただただ私を心配する視線を感じた。
大丈夫だって。心配すんな。
私は一人の男子と正対する。
私へのリンチに参加していた顔だが、一人だけで何かちょっかいをかけてきたことはないはずなので一騎打ちの相手としてはけっこう意外だ。
「よろしくお願いします」
「けっ」
いつものように頭を下げ・・・・ようとしたところで、こちらに唾を吐いてきた。
汚っ。
すかさず、ひょいと避ける。
動きを読んでなかったら頭にかかってたぞ。
「おいブス・・・・。調子に乗ってんじゃねーぞ、おい!」
「いや何なんですか、いきなり・・・・」
「クズのおめーが、なんで俺よりも偉くなってんだよ。・・・・てめーは俺に虐げられてりゃいいんだよ! なんで、なんでオメーまでよぉ! なんで俺に与えられなくてお前なんかに・・・!」
男子がその手に持った剣を、ぶんぶん振り回しながら激高する。
あー、なるほど。
なんとなく読めてきた。
つまりこの人は、自分が虐げられる相手が欲しいのだ。
確かこの人も、(私ほどではないが)勇者としては微妙な能力だったと記憶している。
勇者としてもてはやされることを期待したのに、実際に与えられた力は勇者としては下の方だった。
結局、元の世界とそんなに変わらないぱっとしない状況へのイライラを。
自分よりもさらに下の存在にぶつけていた、といったところだろう。
こういう奴がいるから、使用人たちの間で勇者の評判が悪いんだよ・・・。
そりゃあ、現実が思った通りに行かなくてイライラするのは痛いほどわかるけどさ。
だからって下にあたってしょうがないでしょうよ・・・。
それで自分が上がるわけでもないし。
・・・・むしろ自分で自分を下げる行為だぞ。
「今回ではっきりさせてやる! やっぱりおめーはゴミで役立たずだってな。・・・・お前が俺よりも上なわけねーんだよっ!」
そのうえ。
つい先日まで自分より下だと虐げていた相手に、急に抜かされたと感じて。
小さな自尊心に傷がついた・・・・。
だから普段は集団でちょっかいをかけていた私に、今回はいの一番に突っかかってきた、と。
・・・・・いやいや、だったら他にすることあるでしょうよ。
腕立て伏せとか。
周りに置ていかれたと感じたなら、追いつけ追い越せの精神で頑張んなさい。
というか、確か彼の能力はステータス特化の剣士タイプ。
確かに派手さも特殊な力もないけど、地道に鍛錬を積めば十分に上を狙える地力はあると思うんだが・・・。
ま、私がこんなことを偉そうに言う権利なんかないし。
言ったところで、聞くわけがないから言わないけど。
そんな彼をよそに、騎士の合図で訓練は開始される。
彼は特に身構えもせずに、手に持った剣をぶらぶらさせながら近づいてくる。
・・・・なめ切ってんなぁ。
彼の本来のスタイルは、片手剣と盾のバランス型の前衛のはずだが。
その手に盾は持っていない。
それどころか防具の類も装着していない、完全な平服姿だった。
私ごときに負けるはずがない、とでも思っているのか・・・。
全く。
その油断が自分の首を絞めるってことを、これから彼は学ぶことになるだろう。
願わくば、それが彼にとっていい影響であればいいが。
・・・とにかく。
これから何人も相手にしなくちゃいけないんだ。
さっさとケリをつけてやる。
私は腰に取り付けられたポーチ。
普段はピックなどが収納されている場所から、今回は「それ」を取り出した。
「あ?」
ジャラジャラと音を立てて取り出されたそれに、相手そして周りで見ている勇者や騎士たちから懐疑の視線が集中する。
「おいおい・・・・なんだそりゃ」
「・・・・・秘密兵器」
にっ。と、笑いかけてやる。
私が持っている物。
・・・・・それは一本の鎖だった。
長さは3メートルほど。真ん中を持てば、私の眼前から垂らしても両端が地面につくほど長い。
そして特出すべきは、その両端だ。
鎖の両端には小さい・・・・刃の一部が欠け、返しのような形状になっている投げナイフが一対取り付けられていた。
全体的なシルエットは、ロープの端に石などの球状の重りを取り付けたボーラという狩猟道具に似ている。
だから、私はこれを「ナイフボーラ」と名付けた。
「曲芸でも始めるのか? この状況でとち狂っちまったのかよ、おい」
彼のあおりを無視し、私は手の鎖を回し始める。
間抜けな例えだが、まわりから見たら縄跳びでもしているように見えるんじゃないだろうか?
そんな様子が彼の癪に障ったのか、青筋を浮かべこちらにずんずん進んでくる。
やがて間合いに入り、その手の剣を振りかぶる。
その顔には笑み。
これから起こす行為に酔いしれでもしているのか、にたりとした口からはよだれが垂れている。
戦いの緊張も、勝負の熱も彼からは感じなかった。
それもそのはずだ。
彼にとってこれは戦いではなく、ただ弱いものを自分の思い通りにいたぶる蹂躙でしかない。
だから彼は想像しない。
彼が考えることは私を虐げるという、自分に都合のいい妄想だけ。
私が反撃するという、予測をしない。
予想だにしない。
だから、その一撃は心底無警戒で無防備だった。
彼が私の間合いに入ったということは、私の間合いにも余裕で入っているというのに。
そのまま振り下ろされる腕・・・・・・だが、私の方が速い。
私の振り回すナイフが彼の腕と接触する。
そして、
パァン!
と、彼の腕を強烈に吹き飛ばした。
「なっ・・・・!?」
その衝撃に、彼に驚愕の反応が浮かぶが。
もう遅い。
普通なら、私が見たこともない武器を出した時点で警戒するはずなのに。
「出来損ない」としての私にとらわれた彼は、それを怠った。
だから、無警戒に私の間合いへと近づいてしまった。
返し刀に反対のナイフが、脇腹へと吸い込まれる。
ドスッと、ナイフがめり込み。
彼の顔に苦悶の表情が浮かぶ。
次は頭部、その側面を狙う。
しかしこの時にはさすがに男子も対応し、手に持った剣で防御の体勢をとるが・・・。
攻撃する反対、握った鎖を指で「くいっ」と操作する。
すると飛んでいく鎖・・・・その先端のナイフが軌道を変え。
防御を避けるように攻撃が直撃する。
何が起こったか分かっていないのだろう。
確かに防御したのに、まるですり抜けるように(実際そうだが)攻撃が命中し彼は混乱を過ぎてパニック状態になっていた。
だから叩いた衝撃のまま、踏ん張ることもなく後ろに弾かれていく。
だが私の間合いから離れてもらっては困るので、
さっきとは反対からナイフで叩きこっちにまた戻ってもらった。
攻撃の手は緩めない。
私は鎖を回し、次々と打撃を加えていく。
肩、足、腹、胸、腕、つま先・・・・・。
そのどれもが彼の身体にクリーンヒットする。
それもそのはずだ、だって彼は防具をつけていないのだから。
衝撃を受け止めきれない・・・。
「な、なんだテメェ・・・! そのっ! 鎖はぁ!」
ぼこぼこにされながらよくしゃべれるな・・・・。
と感心しつつも、私は答えてやる。
「あ、言い忘れてたけどこのナイフひとつ50キロぐらいあるから」
「なぁっ?!」
「食らったら効くでしょ」
彼の顔に今日一番の驚きが浮かぶが・・・・。
もちろん嘘である。
いやいや、考えればすぐにわかるけどね。
ステータスが貧弱な私がそんなもん振り回せられるわけないし。
だが、私にいいようにやられ。混乱している彼にはそこまで考え至らないようだ。
まあ、種明かしをしてしまえば簡単で。
今現在私が使っているのはただの『投擲』だ。
こうやって鎖を振り回しているだけでも、先端のナイフを「投げている」と私が認識していれば効果が反映する。
つまり私は正確にナイフを当てることができる。
そしてこの世界でもけっこう勘違いしている人が多いようだが、投擲は「投げたものを命中させる」スキルではなく。
「思い通りの軌道で物を投げる」スキルなのだ。
つまり命中するという結果から、正確な軌道が生まれるわけでなく。
使用者が思い描いた軌道から、命中という結果が生まれるのだ。
考えてみれば、当たり前のことなのだが。
スキルという不可思議な力になれてしまうと、その力が現実に影響を与えるプロセスを意外と想像しない。
だから私は考えた、「物を投げた後も、物を持っている状況」を作れば。
空中で投げたものの軌道を自由に変えられるんではないか、と。
その結論がナイフボーラだ。
先端のナイフを敵に投げても、ついている鎖は「持っている」。
投げる直前にしか影響を与えられないスキルを、投げた後からでも使えるようになる。
だがそれだけじゃだめだ。
それだけじゃあ、ただ木っ端のようなナイフを正確に当てれるというだけだ。
知っての通り、投擲には攻撃力が期待できない。
この世界にはHPという概念がある。
それがある限り、刃物で切り付けられても怪我はしない。
ナイフが命中したとしても、決定打にならない。
つまり敵に勝つにはHPを減らさなければいけないわけだが。
ここで重要なのは、HPを減らすダメージには。
スキルなどを使用した「この世界のシステムを利用したダメージ」と。
それらを使用しない「フィジカルなダメージ」の二種類がある。
実際、HPが低い子供などが馬車に轢かれたり。
高所から落下して命を落とすという事故はこの世界でも起こっている・・・・。
よって、戦闘系でないスキルを使って。
システム的な威力がなくても、フィジカルとしての破壊力を出せれば。
HPを削ることができる・・・・!
たとえば、
『重化』で木っ端のようなナイフを数十キロの重さにし。
『加速』で時速100キロ以上の速さでぶつけるとか・・・・。
今まではできなかった。
物を重くしても、扱う私の筋力が足りないために敵に当てることができない。
『投擲』で投げたものに付加しようとしても、この二つのスキルは自分自身か自分が持っているものにしか効果を与えられない・・・・。
でもナイフボーラなら?
投げたものを、投げた後でも持っている状況を作り出せる武器なら。
一瞬だけ『加速』し、敵にあたる瞬間だけ『重化』することができる。
今この男子は、重さ数十キロの鉄球が時速100キロ以上の速さでぶち当たっているのと同じ衝撃を受けているということになる。
ナイフの方が小さいから、圧力はこっちが上かな?
「ちくしょおおおおおおおおおお!!」
滅多打ちにされていた彼だが、ナイフボーラが直撃した後。
鎖の部分をつかみ、固定した。
筋力パラメータはこっちの方が低いから、彼の手を振りほどけない。
「さあ、どうだ! これでこのおかしな武器は使えねえぞ・・・・! これでお前は、ぶげぇっ!」
武器を抑えた、その程度のことで勝ち誇っていた男子の顔が弾かれる。
「ごめん、これ二つあるってフツーに言ってなかったね」
ポーチから取り出した、もう一つのナイフボーラで攻撃したのだ。
ナイフボーラの構造自体は単純だから、
複数個ぐらい簡単に用意できる。
それくらい、分かりそうなもんだが・・・・。
こいつ、全体的に想像力が欠如してんな。
「う、ぐぐぐ・・・があああああああああああっ!」
起死回生の策(主観)も空振りに終わり、ついにやけくそになったのか。
頭部を両手で守りながらこちらに突撃してきた。
私は彼に衝撃を与え続けていたが、それでも彼の身体に傷はつかない。
それなりにHPは減らせているはずだが、一発一発のダメージは低い。
だったらある程度の痛みはしょうがないとして、特攻し。
超近距離でもつれるような戦いを仕掛ける・・・・。
行動自体はやけっぱちだが、確かに的確な判断だ。
ただ、まあ。
頭部を守るのはいいが、視界を塞ぐのは愚策だな。
私はナイフを投げる。
その軌道を、彼は見ることができない。
開けた視界なら、私の狙いに気づいて軽く防げたのだろうが・・・・。
私の投げたナイフは下方、男子の足元に目掛けて飛び。
やがて鎖が絡みつき、ナイフの溝とかみ合って固定された。
突撃していた足が突如固定され、みっともなく転ぶ。
その勢いのまま転がり、私の足元で停止した。
「てめぇ、何しやがる!」
私を見上げる男子の視線には強気な色が見える。
結果がどうあれ、私に近づいたからか。
近距離の場合、投擲武器のナイフボーラが使いづらいため有利だと考えているのか。
が、彼は分かっていない。
確かに、HPが残っていれば傷はつかないが。
攻撃された際、後ろに弾かれたりすることからわかる通り。
傷はつかなくても、衝撃は通る。
衝撃が通るということは、振動する。
振動するということは・・・・・。
脳が揺れるってことだ。
私は片足を、男子の頭上に来るように上げる。
「え、ちょ・・・・まさか・・・・・」
想像力の低い彼にも分かったらしい。
まあ、ナイフボーラで何度たたいてもダメだったから。
多分HPが何らかの補正をかけているんだろうけど・・・・。
1トンの足に踏まれれば、さすがに脳は揺れるよね。
私は『重化』発動する・・・・・。
私のパラメータではこの重さの足を動かすことはできないが。
重力に従って、落とすくらいはできる。
「ちょ、ま。タンマっ!」
男子が叫ぶが、もちろん止めない。
戦闘に「待った」はないんだよ。
ドスン。
鈍い音を立てて、私の足・・・・。
かかとが、男子の頭部へと落とされた。
・・・・・・。
念のためもう一回。
ドスン。
静かになった。
足でつつくも、何の反応も帰ってこない。
いや、死んではないよ?
HPが尽きていたとしたら、頭部がつぶれてぐちゃぐちゃになっているだろうし。
完全に気絶してる。
私は顔を上げ。
ぽかん、とした表情の騎士に告げる。
「あのー、ルールでは戦闘中気絶した場合どうなるんでしたっけー?」
「はっ、訓練の規定により戦闘不能は敗北・・・・・。よって、勝者アゲハ・ヤマギシ!」
審判役の騎士がそう宣言するが、
訓練場は静まり返ったままだった。
誰もが思い描いていた結末とは異なる。
私の完勝という結果が受け入れられないようだ・・・・。
私は特に意に返さず、顔を巡らせる。
先ほどとは打って変わって。
周りと同じで、ぽかんと呆けた顔をしているユリと鳴鹿。
足元のモモちゃんだけは「当然です!」と言わんばかりに胸を張っている。
その様子に苦笑しつつ、
「で、次はだれなの?」
私は周りの勇者たちに声をかけた。
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