12 わりと、最悪な1日
今回、若干の不快な描写が含まれます
・・・目を覚ます。
時刻は元の世界の感覚で4時と言ったところだろうか。
私の––––、
勇者でなくなった。
“ただの” 山岸 アゲハの1日はまだ日の登らない時間から始まる。
就寝着から、エプロンドレスに着替える。
昨今、アニメや喫茶店で見かけるようなフリフリの可愛らしいものではない。
汚れが目立たない深い茶色に作業着のような硬い生地、そして今までの使用者が使い古した軌跡であるツギハギがかしこにあった。
これが、この世界の本当のメイド服なのだ。
今まで私たちの身近に居たのは、
接待や、客の「相手」をさせる・・・・いわゆる客室メイドと言われる見た目重視の別職だったのだろう。
ここに、また機能重視のひさし帽を被れば。
正真正銘、ハウスメイドの完成である。
「さて・・・・今日も一日がんばるぞい」
そう、私は自分が暮らしていた城のメイド兼雑用として働いていた。
* * *
「おはようござい…っ⁈」
「なにやってたんだいっ!」
早朝、メイドたちの集合場所に来ると。
さっそく布巾でのダイナミック挨拶。
私の顔面に直撃した・・・。
「遅れて来るなんて、どいうつもりだい!」
遅れて、って・・・。確かに中年のメイド長よりは遅かったが。
それでも始業よりはだいぶ早い時間だ。
実際、メイド長以外は誰も来ていない。
「いえ・・・・まだ朝の鐘は鳴ってな・・・・」
「口答えするのかい!新人のくせにっ、みっともない子だねえ!あんたは!」
「いえ、だから・・・・」
今度はバケツが飛んできた。
さすがに痛い。
「新人なんだから誰よりも早く来るのは当たり前でしょうが!」
いや・・・・昨日そうしたら。「こんな時間から来て、私への嫌みかい! あんたがこんな時間から来ていたら私まで早く起きなきゃいけないじゃないか! 上司への配慮が足らない子だね!」って。
怒鳴ってきたの誰でしたっけ・・・・。
「何? 何か言いたげな顔ね・・・?」
「いえ・・・・」
「フンっ! あんた、今日は罰として他のメイドの分の雑用もこなしなさい! いいわねっ」
「・・・・・はい」
今日「も」、の間違いじゃないですかね?
・・・・・どうやらメイド長には認知症のケがあるらしい。
今日もあくせく働く。
通常、メイドの仕事は十数人がローテーションで回しているのだが。
現在は私一人に全て任されている状態である。
もちろん、広い城の仕事を私一人で終わらせられるわけがなく。
私が終わらせられなかった分の仕事は、ほかのメイドたち一人一人に手伝ってもらうよう土下座して(時には金銭を払って)頼まなくてはならない。
それが、私がこの仕事についてから新しくできたルールだ。
「よっ・・・・・」
とはいえ、なるべく他の人がやる仕事を減らすために頑張らないと。
はたきで装飾品のほこりを落としていると・・・・・。
「おっと」
ひとつの大きな壺を前に、慌ててはたきを止める。
危ない危ない。
これは掃除の仕方が違うって、この前先輩のメイドに注意されたばかりだ。
私は布巾を絞り、水拭きする。
「これで良し」
私は次の場所へと移動した・・・。
数十分後。
「何をしているのあんたはっ!」
メイド長の叱咤が飛ぶ。
私は先ほど掃除した壺の前で、正座させられていた。
「あの壺は特殊な塗装がしてあるから、水気は厳禁だと教えたでしょう!」
「そんな・・・! 私は確かに・・・・」
「ええ。私、確かにその新人さんに教えましたよ。間違っても水拭きなんかするなって」
そう・・・・・私に掃除の仕方を注意したメイドが発言する。
その顔には、いやらしい笑みが浮かんでいた。
「あんたは・・・・! 教えられたこともできないのかい!」
「っ!」
反論の余地もなく、私は乗馬用の鞭でぶたれた。
「ほんとに! あんたは! 出来損ないだねっ! 勇者としても! 人間としても!」
そのままぶたれ続ける。
その様子を、ほかのメイドたちはただ眺めていた。
こうして、ぶたれることに時間を使いすぎて。
私は私以外のメイド全員に土下座することになり、ちょうど今日もらったばかりの給料・・・・そのほとんどを使いきることになった。
* * *
昼時には、厨房に顔を出す。
料理の下処理の仕事があるのだ。
「すみません、遅れ・・・・っ!」
私の顔面にゴミ箱が直撃し、ひっくり返った生ごみまみれになった。
「おせえぞ屑がっ!なにやってやがったっ‼」
城の料理長が私を怒鳴る。
鞭でぶたれてました、とは言えん・・・・・。
「メイドの仕事が・・・・・立て込んでいまして」
「そんなもの無視しろ! いいか、次からはメイド長のババア殴ってでも時間通りに来い!」
「は、はあ・・・・・」
上司を殴れという命令に、あいまいな返事しか返せない。
「さっさと下処理を終わらせろ、今すぐだ」
「あ、その前に汚れましたから着替えを・・・・・」
「さっさとやれと言ってんだ!」
料理長に腹を蹴られる。
「うっ・・・・。で、ですが衛生的に・・・・」
「フン、かまうか。どうせ食うのはくそったれな勇者どもだ。俺の料理の味を理解しない奴らに気にする衛生なんぞあるかよ」
おいおい、その発言は料理人としてどうなんだ・・・・・。
確かにこっちの世界の料理は、クセがあって。日本料理に慣れた私たちはあんまり受けつけられていなかったが・・・・。
「あと、お前のせいで厨房が汚れた。あとで掃除しとけ」
「・・・・・はい」
勇者たちが昼食をとっている間、調理器具を洗い。
昼食後、食器を洗う。
「料理長! 見てください、勇者たちほとんど平らげてますよ!」
「なんだ、俺の料理なんだから当たり前だろ」
食器を下げてきた給仕と、料理長が楽し気に会話している。
「最近、料理がおいしくなったって。彼らの評判も上がってます!」
「がっはっは。あの屑どもも、ようやく俺の料理を分かってきたか」
・・・・・・。
多分、料理の味が向上したのは。
下ごしらえとはいえ私が手を加えているため、『料理』スキルが味の底上げをしているのだろう。
ま、指摘はしないけど。
せっかく料理長が上機嫌なんだ。
わざわざ機嫌を損ねるようなことを言う必要も・・・・・・うっ。
皿を洗っていると、横から蹴りをくらわされる。
予想外の衝撃に尻もちをついた。
「おい屑、それが終わったら。夕飯の下ごしらえだ」
料理長が上機嫌な顔で、私を見下ろしている・・・・。
あー・・・、機嫌関係なかったか。
* * *
次の仕事は、トイレ掃除だ。
この世界のトイレは一応水洗式になっている。
そのため、この世界のトイレ事情は割と充実しているといえる。(ひどいときにはひどいからなぁ、異世界モノのトイレ事情・・・)
それでも、掃除をしなくてもいいほど清潔なわけではない。
必然、掃除をする仕事ができる。
・・・・と。
「おいおい、見ろよ。汚物が汚物の掃除してるぜ・・・!」
私の前に、勇者たちが姿を現す。
もちろん勇者たちが住んでいる城なのだから、こうしたエンカウントはまれにある。
というか、こいつら暇なのか?
ことあるごとに私に絡んでくるけど。
「あら、勇者様たちじゃありませんか。表の看板の通り、今は清掃ちゅ・・・・うっ!」
どてっぱらをを殴られ、うずくまる。
「汚物が俺たち勇者に話しかけんじゃねえよ」
いや、話しかけてきたのそっちでしょうが。
「みじめだねえ、こんな仕事してるなんて。俺だったら耐えられねーわ。人間のやることじゃねーよ」
いやいや、トイレ掃除ぐらい誰でもやるだろうが。
と、思ったが。そうでもないと思いなおす。
私たちの世界でも、カースト制がある国によってはそういうこともあるか。
・・・・・だとしても、人間のやることじゃないってのは言い過ぎだ。
これだって立派な仕事であり、これで生計を立てている人間だっているんだ。それらを全部まとめて侮辱する発言だ。
「なんだよ、その目は。気に入らねえなあっ!」
勇者の一人が、私に蹴りを入れる。
無意識に反抗心が顔に出ていたらしい。
「そうだ・・・・そんなきたねー顔で掃除してもいみねーからな・・・・。俺らが奇麗にしてやるよお!」
私の顔面に、掃除に使う洗剤が入った瓶を投げつけられる。
瓶が割れ、中身が私にぶちまけられる・・・・。
・・・・・本日、何度目かのデジャブ。
なんで、ここの人間は私の顔面になんか投げつけるの好きなの?流行ってんの?
というか、さっき汚れた服を着替えたばっかなのに・・・・・。
「ぎゃはははははっ!これでお前の顔も少しはマシになったんじゃねえか?」
「あーでもだめだな・・・・全然汚れが落ちてねえぞ」
「というか、こいつが汚れそのものだもんな!」
「それもそうか・・・・・だったら、汚物は流さねえとなあ!」
勇者は私の髪をひっつかみ、顔を便器の中に突っ込んだ。
「がぼっ!ぼごぼご・・・!ぐべっ!」
水の中でもがく。窒息寸前になってようやく解放され顔をあげた。
「ぶはっ!はぁ・・・はぁ・・・・」
「うへぇ、きたねー・・・・」
「どうだったよ、便器とキスした気分はよ?」
「ぶひゃひゃ! そう言われりゃそうなるか⁈よかったな、汚物ちゃん。一生することもなかったキスができて」
「ファーストキスが便器って、お前の相手としては上々なんじゃねーの?」
そう言い残し、下品な笑い声をあげながら勇者たちは立ち去って行った。
私はゆっくりと立ち上がる。
あーあー、洗剤入れた瓶割っちゃったし・・・。こりゃ弁償かな、とほほ。
と、こんなことしてる場合じゃない。
まだまだやらなくちゃいけない仕事が残ってるから、ちゃっちゃと終わらせないと。
あと、自慢じゃないが私のファーストキスはとっくに終わってる。
美人で巨乳な幼馴染とな。
* * *
「久しぶりだな・・・・」
「あ、フレイムさん」
夕方、一日に出たごみを焼却場に運んでいると。
なんだか懐かしい・・・・というほどでもないか・・・・顔と出くわす。
「どうだ?メイドとしての生活は・・・」
「覚えることが多くて、毎日ひいひいですよ」
「そうか・・・・・問題などはないか?」
・・・・・・・・・・・・。
「ないっすよ」
「そうか?」
「はい。フレイムさんが無繕ってくれた仕事なんですから」
1週間前。
訓練が終わり、私が出した成果がFクラス魔物の使い魔1匹だけ。
まあ、何の意外性もなく。
私の勇者の地位ははく奪され・・・・私に与えられていた装備、勇者の賃金もすべて没収された。(こんなことなら貯めずに使っとけばよかった・・・・いや、借金として返済を強制されるのがオチだろうからこれで正解か)
そのまま私は身一つで、城下町へ放り出されるところだったのだが。
そこにメイドとしての職を斡旋してくれたのはフレイムさんだった。
「結局、最後まで迷惑かけちゃいましたね」
「気にするなと言っているだろう」
「気にしますよ・・・・・」
頭が上がらない。
あのまま、追い出されていたら。
私は右も左も分からない異世界を無一文でさまようことになってたんだから。
野垂れ死ぬ未来が、見える見える・・・・。
そう考えると、この生活もだいぶマシ。
といえるか。
「む、すまない誰か来た。私は失礼させてもらうよ」
「はい。わざわざありがとうございました」
私はもう勇者ではない。
そんな立場の女と、騎士団長という地位を持っているフレイムさんが親し気に話しているところを見られたら体裁があまりよろしく無いのだろう。
フレイムさんは速足で、去っていくが。
こちらを振り向かず手を振られる・・・。
何気ないやりとりが、私の心を大分軽くしてくれた。
「よし、もうひと頑張り・・・!」
私は運ぶ途中だったごみを気合を入れて持ち上げた。
* * *
夕食が終わった後の厨房は、物寂しい雰囲気を放っている。
私以外に誰もいないのだから当然だが。
ほかのコックたちは私に調理器具などの洗浄と、明日の下ごしらえ等の雑用を命じてさっさと帰っていった。
正直、この時間の仕事は比較的楽だ。
なにせ、横や後ろから蹴ってくる人間がいないのだから。
明日使用する野菜の皮むきをしていると、
「よっ、そこのおねーちゃん。アタシとちょっとお茶しない?」
入口の方から声がかけられる。
「今日はずいぶん早いな、まだ料理出来てないですよ。鳴鹿」
鳴鹿 ケイは、けらけらと朗らかな様子で厨房の椅子に腰を下ろす。
「いや、今日は・・・・(ゴニョゴニョ)、一緒に仕事を手伝おうかと・・・・・・」
「よしっ、皮むき終わりー」
んー、と。伸びをしながら宣言する。
これで今日の仕事は終わりだ。お疲れさまでしたー。
「あ、ごめん。なんか言ってた?」
タイミングが悪く、鳴鹿の発言を遮ってしまった。
「・・・・・明日は、もっと早く来るっ」
「お、おお・・・・」
なんでブスっとしてんの?
・・・・・・。
「それにしても、改めてみても大変そうだよな」
「なにが?」
「皮むきだよ。私たち50人分ぐらいなんて相当な量だろ・・・・」
「そうでもないよ。私、こういう単調作業結構好きだし。この仕事やってると得もあります」
「得?」
私はスカートを持ち上げ、ふくらはぎまで露出させた。
「っ⁈」
「モモちゃーん、出ておいでー」
私の声に反応し、スカートの中からするすると黒光りするムカデがはい出した。
「うおっ⁈ んなとこに入れてんのかよ・・・・」
「はい。私のそばに置いてないと、なんか安心しなくて」
私がいない間に、勇者たちに何かされないとも限らない。
・・・・今度は守るって決めたんだから。
「ほら、モモちゃん。ごはんだよー」
私はむいた野菜の皮をモモちゃんの前に突き出した。
「え? それ食わせるのか・・・?」
「はい。モモちゃん野菜の皮が一番好きなんですよ」
私の言葉を証明するように、モモちゃんは野菜の皮を嬉々とした様子で食べ続ける。
「ほんと・・・・みたいだな」
そして、あっという間にボウルに山盛りだった野菜の皮はモモちゃんの胃袋に収納されてしまった。
満腹だというように、モモちゃんは「キィッ!」と元気よく鳴いた。
「確か、ムカデって肉食じゃなかったけ・・・?」
「らしいですね。でも、モモちゃんお肉は苦手なんですよ。はじめはバランスよく色々と食べさせてたんですけど、肉だけいつも残して」
「お前の使い魔らしい、変な奴だな・・・・」
それどういう意味だよ・・・・。
「さっ、召し上がれー」
「おおぉ・・・・すげえ・・・!」
今度はこっちの食事だ。
私は鳴鹿の前によそったおかずを置く。
「肉じゃがだ・・・・!」
「ああ。試しに作ってみたんです。ご賞味あれ」
「いただきます!」
鳴鹿はがつがつと、気持ちのいい勢いで肉じゃがを食べている。
「こ、これこれ・・・・!この日本食らしい優しい味!なつかしいぃ・・・・」
この世界にも、味噌醤油。あと米がある。(私たち以前の勇者が、この世界の人間に無理やり作らせたらしい・・・)
が、それは外国のなんちゃって日本食のように。大まかなくくりでは日本調味料だが、私たちが普段食べているものと大きな齟齬があった。
私はそれを細かい調整とトライ&エラーで日本人好みの味を再現したのだ。
「あかわりっ!」
「はいはい」
そんなに喜んでくれると、こっちもうれしい。
「ありがと」
「ん・・・ぐっ。なんでアンタが礼を言うんだよ?」
「ん?ちゃんと作ったものを食べてくれたから」
「はあ?」
「いいんだよ。とにかく私は嬉しかったってことで」
「???」
作ったものを・・・・食べてもらえないのは寂しいことだから。
だからありがとう。
「で、ユリの様子はどうだった?」
「どうもこうも、いつも通りだったよ。・・・・いつも通り、孤立してつまらなそうにしてた」
「そっか。周りのやつらは?」
「それもいつも通り。女子たちはガン無視決め込んで。男子はしつこく絡んでいってる。
あと・・・・・元担任のやつがやばい感じの誘いをかけてたから、間に入って止めといた」
鳴鹿には一つ頼みごとをしていた。
毎日、ユリの様子がどうだったか。
どんな風に過ごしていたかを報告してもらっている。
そして、いろいろな意味で危なくなったときは手助けしてもらうようにも・・・・。
「あのクソ教師。早いとこ何とかしないと、いずれとんでもないことを起こすぞ」
「やっぱりそうですか・・・・」
あの先生が、ユリのことをただならぬ視線で見ていたことには前の世界に居た時から気づいていた。
ユリはあの身体だから、男性からそういう目線で見られることは仕方ない・・・・・というのは厳しい指摘だが。事実だ。
だが。
あの教師の視線は、そういうのとはまた違う・・・・・粘着質なものだった。
だから私は、学校に居る間。
なるべくユリのそばにいるように努めていたし。
クラスが変わって、そうもいかなくなった時には。逆に先生の方を捕まえて、ユリと会わせないようにもしていた。
そんな私の存在は、先生にとってひどく目障りなものだったんじゃないだろうか・・・・。
実地訓練の時、執拗に私の邪魔をしたのはそういうことだろう。
鳴鹿から聞いた話では、先生はあのバスケ部をうまく操って私をここから追い出すよう画策していたらしい。
・・・・・バスケ部は以前から私と因縁があったし、さぞ操りやすい傀儡だったんでないか?
そういうところで、教師としての指導と導きは発揮されていたようだ。(まあ、操る対象の選択はかなり間違っていたが・・・・)
彼にとって、私がいない今はまさに絶好の機会。
それを読んでいたから、こうして事前に。鳴鹿に後を頼んでいたんだけど。
彼女がいてくれて助かった・・・・。
でなければ、もっと強引な手段を考える必要があっただろう。
「話を聞いていたが、アンタに関していろいろ吹聴してた。やれ、会いに行くのはやめろだ。やれ、あんな奴君にふさわしくないだの」
「長期的に、ユリの意識を変える手段に出てきましたか・・・・」
「それを聞いてた、下野だが。否定もせずにただ聞いていただけだった」
鳴鹿が少々語尾を荒くする。
ユリの態度が気に食わなく感じているのだろう。
「あの子はなんていうか、影響されやすいっていうか。・・・・周りの声に流されやすいところがありますから」
「だからってアンタを・・・・・! ごめん、熱くなっちまって」
「いえいえ。
それでも、鳴鹿がそこから助けてくれたんでしょ?」
「いや・・・・・」
?
否定の言葉に、頭に疑問符が浮かぶ。
「下野を助けたのは、〇 〇だったよ」
? ? ?
聞きなれない名称が出て、さらに疑問符は増えた。
「アンタがイケメン(笑)って呼んでた男子だよ」
「(笑)とまでは言ってないけど・・・・・あぁ、あの人ですか」
最近空気だったから存在をすっかり忘れてた。(名前は最初から覚えてない)
「アタシが気ぃ使う前に、あいつがアタシの仕事をかっさらうことが増えてきた」
「・・・・鳴鹿、それって人前ですか?」
「え?」
「イケメンがユリを助けるとき、ほかにだれか見てましたか?」
「あ、ああ・・・・。確か、ほかのやつらが何人か」
まずい。
このままだと、ユリを取り巻く環境が中学の時の二の舞になっちまう・・・・。
私は・・・・・、
あの子のそばに居れないふがいなさに、唇をかみしめる。
「とにかく、いつもありがとうございます」
「別に・・・・。契約だからな。見返り分の仕事はするさ」
この頼みをしたとき、鳴鹿はある条件を私に提示してきた。
それは・・・・・。
「今日の肉じゃがは、いつものより旨かった。こんな感じの味付けが好きだなアタシ」
「分かりました。明日から味付けの方、変えてみますね」
毎日、私の料理が食べたい。
・・・・・というものだった。
「ところで、何でこの肉じゃが。にんじん入ってないんだ? 彩りわりーだろ」
「ああ、それは。ユリってにんじんだけは何をどうやっても食べないんですよね・・・・。他だったら調理次第で食べてくれるんですけど」
というわけで。
私がいなくなり、ロクな食事をとっていないであろうユリの食事を作るついでに。
同じものを食べてもらっている。
「そうか・・・・・・」
「まったく、ラビルーナの味がするというのに・・・・」
「あ?」
・・・・・・・伝わらんか。
* * *
・・・・・・・。
「なあ、きつくないのかよ」
鳴鹿の使った食器を洗っていると、後ろからそんな声が聞こえてくる。
「何がです?」
「毎日だよっ。あんなふうにこき使われて・・・・・ひどい目にあわされて」
「・・・・・知ってたんだ、鳴鹿」
「アタシが聞いてんだよ。きつくないのかって」
「んー、あれは仕方ないことだと思いますし・・・・」
因果応報、というか。
バタフライ効果、というか。
私たち勇者の行いが、彼らをそうさせてしまったということだろう。
理由はそれぞれだが、私たちは望んでこの世界に残った。
高い地位についているし、良い待遇もさせてもらっていた。
・・・・だが不満もあった。
良い待遇といっても。飯はまずく、生活の質も正直現代より低い。
ただの高校生だった勇者たちは、様々な要因で心の不調に陥っていた。
それを解消させる一つの方法が、下のものを虐げるというものだったのだ。
つまりは、使用人や騎士。その他もろもろの人間に当たり散らしていたのだった・・・・。
何人かの勇者が、未だに私に接触してくるのはそういうことなんだろう。
そのため、表面上の態度には出さないが。
この城で働く人間の、勇者たちの評判はすこぶる悪い・・・・・。
もはや恨まれていると言っていいレベルに。
そんな中、勇者たちから除名され。
自分たちと同じ・・・・・・いや、それよりも下の立場に落ちてきた「出来損ない」が一人。
ここまでのことを考慮すれば、私に対する扱いは当然ともいえよう・・・・。
そう、仕方ない。
「だからって!」
ダンッ!
鳴鹿の拳が、机を叩く。
だがそれ以上に、彼女の叫びは大きく響いた。
「だからって・・・・・・そのしわ寄せがアンタ一人に来るなんておかしいじゃない・・・・・!」
今度は悲痛だった。
彼女は振り下ろした拳を握りしめて、まるで自分のことのように。
それがとても・・・・。
「ありがとう」
「だから・・・・なんでアンタが礼を言うのよ」
「心配してくれてるから。それだけで、こっちとしては大分助かってる。
大丈夫だよ。私、まだまだ余裕あるしタフだから。
だてにこんな顔で生きてねえよ? 私・・・・」
安心させるために、にっかりと笑う。
「・・・・・・・アタシは好きだよ。あんたの顔」
「え? 鳴鹿、趣味悪・・・・・」
引くわ。
「ちょっ⁈ 人が気を使ってやったのに、なんだその言い草!」
「冗談ですよ。ありがとう、鳴鹿」
「ったく、なんなんだよ・・・・・」
あきれたような鳴鹿だが、私は安心する。
先までの悲痛な気配が消えているからだ。
やっぱり、美少女に悲しい顔はしてほしくないよね・・・。
・・・・・・・。
「なあ、もし・・・・・」
「え?」
「もしもっ、本当につらくなったら・・・・・・
アタシが、アンタを専属の料理人として・・・・雇ってやってもいいよ・・・・・?」
そう言いながら、目線をそらし若干ほほを染める。
そんな彼女の顔はまるで・・・・。
「んじゃ、3食昼寝デザート付き。盆と正月休みに、ボーナスは勿論ありで」
「なっ・・・・アンタ、自分がんな条件出せる立場か分かって発言してんのか?」
「こういう交渉は、最初にふっかける質なんだよ」
そう言って、またにかっと笑ってやる。
つられたのか、やがて彼女も破顔し。
「ああ。いいよ、そういう条件で」
「本当ですか?言ってみるもんですねー」
私たちは、契約書にサインするようにお互いに拳を合わせた・・・。
* * *
自分の部屋へと戻る・・・。
使用人専用の部屋で、個室ではあるが6畳ほどの以前とは比べ物にならないほどの質素なところだ。
だが、正直前の部屋は持て余していたし。
前の世界での自分の部屋もこれくらいだったから、逆に落ち着く。
「おかえりー」
中に入ると、そんな言葉で迎えられる。
「おう、今日も来てたのかユリ」
「来いって言ったの。アゲハちゃんじゃん」
そうだっけ?
・・・・・・そうか。
こうして、私の毎日で一番心休まる時間が始まる。
「で、そっちはどうだ?」
「え?」
ユリは肉じゃがをつつきながら、私に相槌を打つ。
「勇者の仕事だよ。まだ始まってはないみたいだけど」
詳しいことは分らないとはいえ、一緒の場所に住んでいる身だ。
勇者の城の出入りくらいは把握できる。
個人的に出歩いている奴はいるみたいだが、未だに仕事として出て行った奴はいないと思う。
「うん。まだ・・・・・」
「そっか」
そう言った彼女の顔には、安堵とともに。
先への不安が透けて見えるようだった。
「生活の方は、なにか不安はないか?」
「・・・・」
私がそう聞くと、ユリは一瞬間を置き。
「なにもないよ」
そう、嘘をついた。
「みんな、すっごくよくしてくれてるし!」
また嘘を重ねる。
鳴鹿に状況を聞いていなくても、私は彼女の嘘を見抜いたであろう。
それくらい、彼女の笑顔には違和感があった。
何も知らなくても、学校で子供がいじめにあっていることを察知する母親ってこんな気分なのかな?
それくらいわかりやすい。
「そういうアゲハちゃんはどう?」
「私・・・?」
「うん、メイドってどんな感じ?」
「私も普通だよ。みんな、とっても良くしてくれるし」
私も平気でウソをついた。
「そっか、よかった」
そして、それをあっさりと信じるユリ。
この時ばかりは、単純なこの子の性格に感謝だな。
「おう、モモちゃんも居てくれるし」
「う・・・・モモちゃん・・・・」
ユリは部屋の片隅、藁を敷いたバスケットに収まっているモモちゃんに目を向ける。
その顔は若干青ざめ、身体には鳥肌が立っているように見える。
まあ、モモちゃん見かけはバカでかい虫だからなあ・・・・。
苦手な人間には、相当ショックな絵だろう。
「そうだ、モモちゃんの特技を見せてやるよ」
「え?」
私はモモちゃんを呼び、そばに来させる。
ユリはそれに敏感に反応し、モモちゃんと部屋で対称の位置になるよう移動した。
・・・・・慣れれば可愛いんだけどなあ。
「ほらモモちゃん。おすわり」
「キィッ」
モモちゃんはその細長い身体を「Z」字になるように折りたたんだ。
「それお座り・・・・・?」
「ああ。これだけじゃないよ」
次は・・・・。
「お手」
「キィッ」
モモちゃんは身体を伸ばし、顎を私の手に乗せた。
「いや、手じゃないじゃん」
「まだまだ、チンチン」
今度は垂直に直立するモモちゃん。
「裏側が見えて気持ち悪い・・・・・」
「むう。ならば伏せ!」
そのままべたっと倒れる。
「いや、通常の状態でしょそれ・・・・」
くそう。
嫌悪感を払しょくするために日々練習してる芸なのに、全然受けてない・・・・。
ならば・・・!
「現在練習中の最新のやつを見せてやる・・・・! いくぞモモちゃん!」
「キィッ!」
「いや、別にいいんだけど・・・・」
私はモモちゃんの前に、人差し指を突き出した。
「モモちゃん・・・・・・・
あっちむいて、ホイっ!」
指を右に向けると、モモちゃんは同じく顔を右に(モモちゃんから見て左)向ける。
「あっち向いてホイ」
今度は下へ。
モモちゃんもすぐに合わせる。
「あっち向いて・・・・・・ホイ!」
最後に上へ。
私はどや顔をユリへと向けるが・・・・・・。
「いや、それ遊び方違うじゃん」
全然受けてなかった。
* * *
「じゃあ、私あっちに戻るね」
「ああ。おやすみユリ。また明日な」
「うん、また明日・・・・・」
ユリは勇者たちが暮らす居住区へ戻っていった。
室内とはいえ、一人で返すのはどうかと思うが。
下っ端メイドの私では、勇者たちが暮らす場所へ来やすく立ち入れない。
まあ、ユリから見えない位置で鳴鹿にスタンバってもらってるから安心だけど。
「今日はたったの1時間か・・・・・」
徐々に、私の部屋にいる時間が短くなっている。
それは苦手なモモちゃんがいるからか。
それとも、先生の言葉が効いているのか・・・・。
「・・・・・・・・」
とにかく、今日はもう寝よう。
疲れたし。
明日も早いんだ。
「モモちゃーん。こっちにおいで」
就寝着に着替え、ベットに入った私はモモちゃんを呼ぶ。
最近はモモちゃんを抱き枕にするのがマイブームなのだ。
なかなか抱き心地がいいし。
「モモちゃーん、へへへ・・・・モモちゃんひんやりして気持ちいい、しあわせぇ・・・・」
私はそのまま、
とてもいい気分で眠りについた。
こうして今日も私の、わりと最悪な一日は。
それなりに良く終わったのだった。
ぶっちゃけ主人公は
軽口を叩いていることからも分かる通り、結構余裕があります
少なくとも前々回よりは・・・
使用人として荒んだ毎日を過ごす主人公
だが、彼女の生活は突如転機を迎える・・・!
次回、「14 成り上がり開始」
ついに主人公のチートが目を覚ます・・・・
お楽しみに!
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