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11 モモ



 ・・・・・。


「どこ行きやがった!」

「くっそ、見当たらねえ・・・!」

「お前ら何見失ってんだ!あんな屑も見つけられねーのか!まとめて無能か⁈」

「ああ?その屑にぶっ飛ばされたのはどこの誰だよ。オメーが一番無能なんじゃねーのかよセンセー」

「なん、だとコラァ!」


 ・・・・・勇者たちが私を探している。

 だが、見つけられていないようだ。


 ほんの数メートルのところに居るのに、分からないものなんだな。

 それもそのはず、彼らは全く見当違いな方向を探しているのだから。


 彼らは上方、木々の枝を見上げて私のことを探している。

 奴らの中で私が木を跳び回っていたのは、相当の衝撃だったようだ。

 だから逃げている私は木々の上に居るはずだと、先入観ができているみたい。


 だが実際に私がいるのは・・・・・下だ。


 地面に穴を掘り、その中に入って表面に土や草をかぶせるようにして隠れているのだ。

 最後に『隠れ身』を発動すれば完璧・・・・・とはいかないまでも。

 かなり目立たない感じになっていると思う。


 木々を跳び回るという派手な逃亡の仕方を見せて、意表をついて土の中に隠れる。

 心理の死角、という奴だろうか。

 実際、私に隠れ方は急場しのぎの張りぼてのようなもので。注意深く観察すればすぐにばれてしまうだろう。


 が、彼らは観察どころか見向きもしない。

 やがてぞろぞろと移動し始めた。


「探せ!さすがにもう追いつくはずだ。絶対逃がすんじゃないぞ!」


 いやーん。

 ストーカーがこんなに大量に。私ってば、いつの間にかモテモテ~。


 ・・・・全くうれしくないけど。

 相手があいつらじゃねえ。


 どうやらズタボロだった精神の方は、軽口が言えるくらいには回復してくれたようだ。

 まだ若干ブルーだが。



「よっと・・・・ふう」



 勇者たちが立ち去り、念のため1時間ほど様子を見て私は穴から這い出た。

 すでに周りは黒一色に染まってしまっている。


 奴らが探していた時には、かなり薄暗い状態だっただろう。

 私が見つからなかった要因の一つだろうが。

 見つからなかったことは、正直おかしい。


 私や鳴鹿が索敵系のスキルを持っているのだから、彼らの中にも持っている奴はいるハズだ。

 だが、それを使えば一発で私の位置が分かるのに使っている様子はなかった・・・・。


 いや、使わないだろうと私も予想していたから。ここに隠れていたんだが・・・。



 彼らは自分が最初から持っていた戦闘系のスキルを常時発動した状態で生活している。

 そうしないと自分の身体をうまく制御できないのだ。



 この世界に来た当初、私たちは訓練でひたすら走り込みをさせられた。

 戦うための体力づくりのためだと思っていたが、後々そうではないことが分かった。


 私も数十キロのマラソンをこなせるようになったことは訓練の成果だと勘違いしていたが、ステータスを確認してみると数値は全く上昇していない。


 いわば、「慣らし運転」のようなものだったのだろう。

 私たちがこの世界に来た時、いきなり力が与えられ勇者となった。(出来損ないの私も、一般的な成人男性以上の身体能力をもらっていた)


 そんな状態で、うまく身体を動かせるわけがない。

 言ってみれば普段軽自動車を運転しているものを、いきなりF1カーに乗せサーキットを走らせるようなものだ。


 実際、私も最初は上昇した身体能力を操り切れず。数キロのマラソンでバテバテになっていた。



 だが、ほかの勇者たちが最初から高いステータスをうまく扱えていた。

 その理由は奴らが普段から使用している戦闘系スキルにある。


 戦闘系スキルには、自分の身体をうまく動かす効果があるのだ。

 人生で格闘技など一度もやったことがない私でさえ、『格闘』スキルを使用すればそれなりの立ち回りができる。


 つまり自分の身体に慣れているわけでなく、

 彼らはスキルを使って補助を受けた状態で動かしているということだ。



 それが悪いとは言わない。

 別に私は、オートマ限定免許を持った男性や格ゲーで簡単操作を使っている男子をけなしてはいない。



 だが、確実に戦闘の幅を減らしてしまうだろう。

 鳴鹿の時のように、彼らなら私以上にコストの高い組み合わせで同時使用を行えるはずだ。

 だが、普段からスキルを切る。ほかのスキルを使うという発想がないから同時使用ができることに気づかない。


 多分彼らはスキルを使わなければ、この山道をうまく歩くこともできない。

 だから索敵系のスキルを使わなかったのだ。




 ・・・・・このことを、騎士たちが予想していないわけもあるまい。

 なのに指導どころか、普段からスキルを使用していることに注意すらしていない。


 疑惑が確信に変わる。


 やはり、騎士たちは勇者を強くする気がない・・・・。







 私はあたりを見渡す。

 完全に闇に染まった森は、輪郭すらも私に知覚させてもらえない。

 もうこれ以上動き回るのは危険だ。やめた方がいい。


 結局、なんの成果もないまま2日目も終了か・・・・。

 ごめんユリ。一緒にいるのは無理そうかも。



 * * *



 3日目。

 ついに私が勇者として過ごせる最後(かもしれない)の日だ。


 今日を過ぎて、このまま明日騎士たちの待つゴールへと向かえば。

 問答無用で勇者の地位をはく奪されてしまうだろう。


 それが嫌なら、今日中に何とかするしかないのだが・・・・。

 具体的なビジョンが全く見えん。


 仮に一発逆転、運命奪還な策があったとして。

 それを遂行するのは極めて困難だろう。


 昨日の彼らが、今日になって気が変わり。

 私の邪魔をすることをやめてくれる、ということでもない限り・・・・。


 希望的観測が過ぎる。


 ・・・・・使い魔を作ることさえ、絶望的だ。

 私が単騎で魔物を倒すのに、半日もかかるのだ。

 その間、ほかの魔物にも勇者にも遭遇しない状況を探す必要があるし。

 そもそも、私が倒せるレベルの魔物をあと一日で見つけられるのか・・・・。



 結論、「無理」。



「はあ・・・・・」


 私は投げやり気味に歩き始めた・・・・。





 私の足音に擬音をつけるなら、まさしく「とぼとぼ」という音がふさわしいだろう。

 それくらい私の足取りは重かった。



「やっぱり、火力不足なのが問題なんだよなぁ。『格闘』も『投擲』も、十分なダメージを与えられないし・・・・」


 意味もなく、ボヤキを繰り返す。


 最近は『格闘』を使う際、攻撃のインパクトの瞬間だけ『重化』の同時使用で拳や足を重くしているから。以前よりは格段に威力が上がったと思うんだが・・・・。1が2になったとこで、数字上は二倍でも実益はあってないようなものだ。


「せめて、『投擲』で威力が出せればな・・・・」


 現在、『投擲』を使えば1キロなら余裕で命中させられる。

 HPを減らせるほどの威力があれば、遠距離からの狙撃でステータスの低さを十分にカバーできるのに・・・。

 肝心の改善法がない。

 アイディアとしては、ピックに『加速』と『重化』の効果を付加して着弾の威力を上げる・・・・ということも考えたが。

 どちらのスキルも、自分の身体・・・あるいは身に着けている物にしか効果が出ないのだ。


 同時使用を行っても効果が出るのは手に持っている間だけ。

 投げた・・・・手から離れた瞬間にピックにかけた効果は消える。


 鉄球のように最初から重いものを投げるということも考えたが、『投擲』はあくまで投げる命中率を上げるスキルであり。

 物を投げる「行為」自体は、私の身体能力準拠なのだ。

 もちろん、鉄球を何キロも投げる筋力が私にあるわけがない。(あったら物理で殴るわ)



「はあ・・・・・・」


 中年オヤジの仕事の愚痴みたいな、思考が止まらない・・・・。



(とりあえず、追い出された後は城下町で仕事に就こう。私の顔じゃあ接客業なんかは無理だから、人前に出ない生産職なんかがいいだろう。『料理』スキルを持ってるからコックとかもいいかもしれないが、こっちの料理の作り方知らないし・・・。ファーストフードのバイトしてた時、私が作ったハンバーガー食べたお客さんが「あんなブスが作ったもん食わせたのか⁈」ってクレームが入って辞めることになったが。その二の舞になりそうだしなぁ・・・)


 やがて、追放された後の具体的なプランを立てはじめる始末だ。


(いや、戻らずにこの森で生活した方がいいんじゃないか?食べられる木の実や野草は豊富だし。魔物と遭遇してもさっきみたいなゴリラ逃走法で逃げれば戦うことはないだろう。・・・・いっそのことその辺の手頃な石で頭かち割るのが一番楽なような気がしてきた)


 挙句の果てには、益体もない発想が頭の中をぐるぐる回っていた・・・・。


 ああ。なんで森の中とかで首くくったりする人間が多いのかわかった気がする・・・・。

 そんな心理知りたくなかった。




 そんな時だった。

 私の『索敵』に反応がある。


 だがその反応は非常に弱々しい。


「・・・・・?」


 普段の私なら、そんな不審な反応避けるはずなのだが。

 心が空虚になっていた影響だろう。私はその反応に近づいていく・・・・。


 そこには・・・・・。




 ムカデがいた。






 前の世界に居るような、数センチのものでなく。

 体長50センチほどの巨大なムカデだ。・・・・明らかに魔物である。


 どうやら幼体らしい。

 ムカデ型の魔物は成体になると全長1メートルを超える。(スケール感がマヒしてくるなあ)


 ムカデはその身体・・・胴体に傷があり、血を流していた。


 ほかの魔物にやられたのか、事故なのか・・・・。

 とにかく、そいつは満身創痍といった状態だった。


 血を流しながら、そいつは身体を必死に動かしていた。

 生きあがいていた。




 やがてムカデは近づいてきた私に気が付いたようで、「キィ!キィ!」と甲高い声で威嚇してくる。

 それはただの悪あがきだ。


 魔物はそんな威嚇など意に返さず、こいつにとどめを刺すだろうし。

 勇者の場合、あざ笑いながらなぶり殺しにしそうだ・・・・。


「キィ!キィーッ!」


 それでも、ムカデは威嚇をやめない。

 最後の最後まで、見苦しく生きあがこうとしている。



 その様子はまるで・・・・。

 助けを求めているようにも見えた。


 センチになっていたんだと思う。

 私の今の状況が、死にかけのムカデに同情心を生んでしまった。


 私は、ムカデを助けることにした。


「待ってて」


 私はバックパックから、小ぶりな結晶を取り出す。


 『魔法石』

 特定の魔法を封じて、好きなタイミングで発動することができる魔道具である。


 これには回復魔法が封じてある。

 訓練の前に騎士から念のために配布されたものだ。(私のものは他に比べて数段質が悪いけれど)


 私は結晶を握りつぶす。

 すると中から光があふれ、ムカデに降り注いだ。


 解放された回復魔法は、ムカデのHPを回復させたようで。

 流れる血が止まった。


 だが、回復魔法はあくまでHPを戻すだけで傷はいやさない。

 HPが残っている間は死ぬことはないだろうが。このままでは徐々にHPが減っていき、先ほどの二の舞だ。


 ・・・・・こんなこともあろうかと、私は『味覚鑑定』を使い。

 これまでの道のりで薬用効果をもったやくそうを採取しておいたのだ。


 やくそうを手ですり潰し、傷口に塗る。

 荷物の清潔なシャツを破り、即席の包帯を作ってムカデの体を覆った。


「・・・・・これで良し」


 素人処置だが、少なくともHPが減ることはもうない。


 私はムカデから離れた。


「じゃあな。これからは気をつけろよ」


 はっきり言って、私のやっていることは無意味だ。

 私がこのムカデを助けたところで、この後強い魔物に遭遇すればあっさりと殺されてしまうだろう。


 それどころか、順調に成長したこいつが人里に侵入し。人を傷つけるかもしれない。


 やってることは自己満足で。

 野生動物にちょっかいを出し、生態系を壊す馬鹿どもと何も変わらない・・・・。

 偽善どころか害悪だ。



 ・・・・・でも。

 この子は、私と同じだと思ったんだ。


 追い込まれて、傷ついて。

 それでもあがき続けているその姿が。


 そう思ったら、助けずにはいられなかった。

 ただそれだけだ。





「・・・・・?」


 離れる足に、違和感を感じた。

 何かが巻き付いているような・・・・。


 視線を落とすと、先ほどのムカデが私の足に絡みついていた。


「お前、どうしたんだよ?」

「キィ!キィ!」


 私に返事をするように、鳴き声を上げるムカデ。

 その声には先ほどのような威嚇の気配はなく。親しげな響きがあるような気がした。


「ほら、どうしたお前。これじゃ歩けないだろ」


 やんわりと引きはがそうとするが、逆に私の手にじゃれついてくる。


 なんか、餌付けしたノラ犬・ノラ猫になつかれたような気分・・・・。

 って、そのものか?


「ほれ、ほーれほれほれ」


 なんだか私も楽しくなり、ムカデの甲羅の部分をなでる。

 ひんやりした感覚で、甲羅という割には若干弾力があった。・・・・幼体だからかな?


 私の撫でる手が気持ちいいのか、ムカデはくすぐったそうに身をよじる。


 なんだか、小学生のころユリと一緒に公園で飼っていた子犬を思い出すな。

 お互いに家じゃ飼えないから、公園の目立たない場所に小屋を作って食べ物を与えていた。


 結局、当時私をいじめていた男子たちに『私に育てられた』という理由だけで子犬は殺されちゃったんだけど。

 あれ以来。私の悪影響を与えないよう、動物と親しくすることを避けてたんだが・・・・。



 そんな決心も忘れるほど、私は弱っていたのかね・・・・。


 と。

 ここであることを思いつく。



「なあお前。よかったら、私と一緒に来ないか?」


 私は目の前のムカデに、そう提案していた。


「いい暮らしをさせてやれるかは、わからないけど・・・・。でも絶対大切にする。守ってやる。絶対に・・・・」


 ・・・・・あのオオカミや、子犬のようにはしない。

 そう心に誓う。



「だから・・・・私の使い魔にならないか?」



 私はムカデにそう言った。


 おそらく、言葉は分っていない。

 それでも私は言葉を・・・・・気持ちを伝えた。


 ムカデは数秒、逡巡するような気配を出した後。

 これまで以上に大きく、甲高い鳴き声を発した。


 不思議と、私はムカデが肯定の意を示したことが分かった。

 この子の思いを、直接感じた。



「・・・・・・・『使役』」


 能力を発動すると、一瞬の間もなく視界に文字が表示された。


『個体、ウィークセンチペドの使役に成功しました』



「やったぁ!」


 私はムカデの身体を抱き、持ち上げた。


「これからよろしくね! えっと・・・・名前がないと不便だな」


 ムカデだから・・・・・。


 ムカデ・・・・。


 むかで・・・・。


 百足むかで・・・・。


 百?


 モモ・・・・。



「モモ! 決めた、あなたは今日からモモちゃん! よろしくねモモちゃん!」


 私の声にムカデ・・・・


 モモちゃんは「キィっ!」と、元気よく返事をしてくれた。



モモ (♀)


推定年齢、数日

主人公が使役したムカデ型の魔物であり、ようやく登場した今作のヒロイン


種族名、『ウィークセンチペド』

脅威度F(子供でも倒せるレベル)

作物や家畜を狙う意地汚い虫として嫌われ、片手間に退治されるもはや害虫扱いの魔物






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