1 プロローグ
流行りのモノを書こうと思いました
人生、見た目が9.9割。
結局のところ何かと得をするのは顔のいい人間で。損をするのは顔が悪い人間ということ。
・・・・つまり私のことだ。
私は顔が悪い。致命的なまでに顔が悪い。率直に言ってしまえばブスだ。
そのことを私は自覚しているし、ナルシストみたいに無条件で自分の顔が好きなわけじゃない。
というか、普通に嫌いだ。
人生見かけだけがすべてじゃないという言葉がある。
私もそう思う。が、すべてじゃなくても大分は見た目が重要なのだ。
高校の推薦が顔が悪いという理由で取り消され。
バイトは顔が悪いという理由でクビにされ。
両親の離婚は私の顔のせいだった。
それらの原因がすべて私の顔のせい。
私自身に全く問題がないと言えば噓になるだろう。
でも、私の顔が大きな要因であることは確かだ。
まあ、つまり何が言いたいのかといえば・・・・。
残りの0.1割を大切にしましょうという話だ。
人生、見た目が9.9割。
だから、残りの0.1割を大切に。
というのが私、山岸 アゲハが17年という生涯で悟った持論である。
* * *
青空を眺めているうちに、HRは終わっていた。
周りを見ると、教室にはまばらに生徒が残っている。
6月の中旬。梅雨時にからっとした青空が見えるのは珍しかった。
現にここ1週間は連続の雨空。教科書を忘れることはあっても傘は忘れない日が続いていたくらい。
そんな中、久々に朝からの快晴。
HRの連絡や授業内容を聞かずに、窓の外を眺めていたって今日くらい咎められはしないだろう。
とはいえ、何か連絡事項があったかな?
今からでも職員室に行って先生に確認するか・・・。
いや。やめとこ。
私、担任に明らかに嫌われているし。嫌われてるというか、気味悪がられているし。
気味悪がられているというか、気色悪がられているし。
担任は私の顔を見るたび、顔をしかめ。
私が提出したノートを、まるで汚物でもあるかのような触り方をし。
何かの拍子に私が体に触れれば、あわててその部分をハンカチで拭う。
まあ、いまさらそんなことされても何も思わないけどさ。
慣れてるし。
だがしかし。
仮にも聖職者が、そんな反応を隠さないというのはどうかと思うのだけれど。
それも他の生徒がいる前で。
まあ、たしかあの先生二十代前半だったし。
まだ聖職者としての人間形成とかが出来てないのかもしれない。
ただ。生徒が見ている前で私への嫌悪を隠さないのに対し。
周りに他の教員がいる場合それを隠すところで、先生の人間性が透けて見えるようだが。
まあ身もふたのない言い方をすれば、今連絡を聞きに行ったところでまともな返答が期待できるとも思えないから。聞きに行くのを止めよう。
どうせ、何か連絡があったところで私には関係のない話だろうし。
周りが関係してほしくない話だろうし。
「・・・・・・・・」
私は愛用のバックパックに引き出しの中身を詰め込んだ。
見なくてもいい。中身全てを詰め込むのだから。
長年の経験から、置き勉はしないことにしている。
教科書ノートが紛失し、見るも無残な状態で戻ってきたことが何度あったか。
いやなことを思い出した。
鞄に教科書を詰め込むたび、嫌なことを思い出す。
今日は委員会の仕事もない。もう学校にいる用事もない。
すぐに帰ろう。
今日もまっすぐ、うちに帰らないでおこう。
教室を出る際、男子と肩がぶつかった。
「っ!きったねえなブス!」
男子は心底不快だというような声色でこちらを突き飛ばした。
私は壁に激突する。
「うわあ、きたねえ。触っちまったよ」
男子は最寄りにいた他の男子に私を突き飛ばした手を擦り付けた。
「うわ、やめろよ!」
「きゃっ!なにすんのよっ」
その後も、次々に擦り付け合う生徒たち。
小学生かよ。
私は洩れそうな溜息をこらえつつ教室を出た。
廊下へ出ても、私への視線は変わらない。
不快感を隠さない視線が周りから飛んでくる。
私は申し訳なくもあった。
私のせいで不快な思いをさせてしまったことを、申し訳なく思った。
なんというか、よくあることだと思う。
仕事の上司とか学校の先生に怒られて、一時は理不尽に怒りを感じるけれど。
しばらく時間が経てばやっぱり自分が悪かったと認めて、申し訳なく感じるような。
そんな感じ。
二つ隣、文系のクラスへと入る。
・・・・また口説かれてる。
彼女はいつものように自分の席に座っていた。
男付きで。
「ねえねえいいじゃん今日くらいさー。マユリちゃんいっつも付き合い悪いよねー」
「で、ですから・・・・今日も予定が」
「今日くらい大丈夫だって。ね、いいでしょ絶対楽しいからさー」
やけに軟派な格好の男子生徒が一人の女子にしつこく話しかけていた。
なんていうか、この光景も慣れた。
「ユリ。遅くなってごめん」
私は男を押しのけるように彼女―――下野 マユリに話しかけた。
「あ、アゲハちゃん」
「帰ろっか」
が、しかし会話に割り込まれたことが不快だったのか男子がこちらをにらみつける。
「は、何お前。マユリちゃんは今から俺と二人で遊びに行くんですけど」
「ごめんなさい。ユリは私と先約があって・・・」
「ああ。関係ねーよ!黙れブス」
おいおい。あんたから話ふってきたんだろーが。
「マユリちゃん。こんなブスより俺と一緒の方がいいって」
「あの、だから先約」
「うっせーよマジで黙れよ」
「うるさいのも、黙るのもお前だろが」
「あ?」
あ、つい本音が。
「お前今なんつった、なんつったブス!」
「黙れってんだよ、ガキ」
まあいっか。私もそろそろ我慢の限界だし。
「な・・・・」
「毎日毎日、下品な声出しやがって。いいかげんこっちも不快なんだよ。分かったらさっさとモザイク処理しなきゃいけないレベルのきたねー口閉じろ」
「きたねーのはテメエの顔面だろーが!」
「だから言ってんだよ。あんた、正直私の顔以下なんだよね」
私の言葉に一瞬周りがしん・・・・と静まる。
そして周りに残っていた生徒がぷっと噴き出すのを皮切りに男子の顔が羞恥と怒りで真っ赤になり。
逆にユリはあわわわ・・・と真っ青になる。
「ぐっ」
男子は怒りに任せ、私の胸ぐらをつかみあげるとそのまま教室の黒板に叩きつけた。
「だあぁごらあぁっ!なめた口きいてんじゃねえぞブスが」
「あのさっきから気易くブスブス言わないでくれますかね?」
「黙れや!見たまんまだろーが。毎日毎日きたねーツラ見せんじゃねえよ。不快なんだよ」
「だとしても、人の悪口は自分の品位を下げますよ」
「何意味わかんねーこと・・・・」
「仮にあなたが女の子だとして、自分の友達をブスブスけなすような男と遊びたいって思います?」
「・・・・な」
「毎日毎日私がユリを連れ出す際、あなたはさっきの様に軽い気持ちで私を罵倒していましたが。その時ユリが嫌そうな顔をしていたことに気づいてますか」
「う」
「だから言ってるでしょう。あなた、私以下だって。分かったか?ガキ」
ダメ押しに見下すような笑みを浮かべると、男子は思った通り激情してくれた。
なんというか思った通りに動いてもらって申し訳ないなー。
振りかぶった拳を見ながらのんきに思う。
女子を殴ったとなれば、お咎めなしとはいかないよな。
最低でも停学。
その原因が執拗に女に絡んでたから、となれば学校側も何らかの対策をしてくれるだろう。
男子に殴られるのは流石にきついが、多分一発殴れば自分がしでかしたことに気づいて青ざめるだろうし。
こいつ小物っぽいし。それ以上の追撃はないだろう。
一発くらいなら何とか耐えられる。
私は歯を食いしばり、衝撃に備えるが。
予定した痛みは来ない。
男子の腕は、別の男子の手で止められていた。
「そこまでにした方がいいんじゃないか?」
そいつは甘いマスクとでも表現されるような整った容姿をしている。
「な、なんだよっ。テメエに関係ねえだろーが」
「そんなことはない。女性に手をあげるものじゃないよ」
「あ?こんなやつ女のうちに入らないだろ」
「君がどう思おうと、男子が女子を殴るなんて問題だよ」
「う、うるせえな!」
軟派な男は語尾を荒げる。
「それに、それ以外でも君には言いたいことがある。君は最近バスケ部の練習を無断欠席しているそうじゃないか。かといって、練習に出たとしても身が入っていないことが丸わかりだってキャプテンが言っていたよ。そういう行動は全体の志気にかかわる。もうすぐ大会だから控えた方がいいと思うけど」
「それこそお前に関係ねえだろうが!」
「ないわけじゃあない。バスケ部には時々助っ人に行くからね。キャプテンにも君を注意するように頼まれてたんだ」
「あのクズが・・・・」
男がぼそりと呟いた言葉を私は聞く。
ていうかこいつバスケ部だったんだ。なのにあんな短絡的な行動とろうとしたのか?周りへの迷惑とか考えてないのかよ・・・。
「助っ人だろうが籍を置いてないもんは部外者だろうが。テメエに俺の行動を指図される覚えはねえよ」
「例え僕が部外者だとして。試合でチームに貢献している僕と、不真面目な補欠の君。正当性はどちらにあるかな?」
「ぐ・・・・・テッメ!」
「こんな衆人観衆の中で暴力を振るえば君が一方的に停学になってしまうよ」
今すぐにでもイケメンにつかみかかろうとするバスケ部に、ピシャリと言い切る。
「う・・・・」
その言葉にバスケ部男子はようやく周りから向けられる軽蔑の視線に気が付いたらしい。
クラスにいる人間は先ほどのやり取りから、正当性がどちらにあるのかを判断し(女子の中にはイケメンへのひいきが大分入ってるけど)、視線で非難していた。
分が悪いと察したのか。舌打ちを残して去っていく。
その背中に、今日は部活に出るようにと。おそらくバスケ部キャプテンの伝言をイケメンが投げかけていた。
「大丈夫だったかい?」
さわやかな笑顔を向けられる。
「・・・・・・・・・・・ども」
余計なことしやがって・・・・。とは思いつつ、そんなこと言えば非難の視線が今度はこっちに向くことは火を見るより明らかなので当たり障りのない言葉を返す。
「ごめんね。大丈夫だった?」
「いえ。慣れてるので。手間をかけさせて申し訳ない」
実は先ほどまでのやり取りはここ数週間毎日繰り広げられていたのだった。
暴力沙汰にまで発展しかけたのは今回が初めてだったが、これまでもこのイケメンの男子は何度かしゃしゃり出てきた(私だけでも事態は解決できたのでこの表現で正しい)。おかげで、いまではすっかり顔なじみである。
と、イケメンはユリの方に顔を向ける。
「下野さんもごめん。あいつ、悪い奴じゃあないんだけど。どうも言い方が悪いっていうか。不快にさせちゃったでしょ」
「は・・・・・はい。助けてくれて、ありがとうございました・・・・」
そのユリは私の後ろに隠れておどおどと返事を返した。
ユリはちょっと・・・・男性不信というか、男を苦手としているため誰であってもこんな反応を返す。
「そっか。ごめんね」
それを察した様で、イケメンはさっと離れる。
「二人とも、何かあったら僕に言ってよ。力になるから」
なんでお前に言わなきゃならん。
とは思ったが、さすがにそんなこと言える空気でもなく。
「あー、うん。気持ちは受け取っとくよ」
「あ、ありがとう・・・・ございます」
私たちは社交辞令のような言葉を返したのだった。
「・・・・・・・!」
「・・・・・・・・」
と、私は教室内の雰囲気の変化に気が付いた。
おそらく私たち・・・・いや、ユリとイケメンの関係をいぶかしむような。
まずい。
「あー。いろいろあんがと。私たちは帰るから」
私は矢継ぎ早に言い残し、ユリの手を取って教室を出た。
「・・・・・勘弁してくれよ」
仕方のない話だとは思う。でも勘弁はしてほしい。
私たちを手助けしてくれた男子生徒(名前覚えてない)は校内ではかなりの有名人だ。
成績優秀、スポーツ万能。おまけに下手なアイドルよりも優れた容姿に、人当たりしない性格。優等生を絵にかいたような存在だ。
必然、人気が高く。告白した女子は数知れず。噂ではファンクラブまであるとか・・・・。本人も言っていた通り色々な部活の助っ人もしているらしく、女子だけじゃなく男子や教員からも好意的。
が、それは本人に限った話だ。
男子(面倒だから、以下イケメンで統一)がいくら品行方正でもその周りはその限りでない。
実際、一部の女子がイケメンに色目を使う相手などに手ひどい嫌がらせをしているらしい。
まあ、抜け駆けは許さない。て感覚なんだろうが。・・・・それをこちらに持ってこないでくれ。
私はあのイケメンに見向きもしていないし。
それはユリもそうだろう。
あれはイケメンのお節介というか、勝手な善意であって。私たちに何も意図したことではない。
それどころかこういう事態を招くうえでは、完全な有難迷惑だ。
男を巡ったどろどろの色恋沙汰は他でやってくれ、他で。
それに・・・・。
私は、先ほどのイケメンの視線を思い出す。
「杞憂ならいいんだけれど」
「え、何?」
「ああ、なんでもない。こっちの話こっちの」
昇降口にたどり着き、クラスが違うためユリと一旦別れる。
ちらりと、自分の下駄箱に目をやり。
手を伸ばし・・・・・すぐに引いた。
下駄箱の取っ手にセロテープで画鋲が張り付けてあったのだ。
(あのバスケ部男子だな)
何故わかるのか。
それは手口が短絡的でろくに考えてもいないものだったから。そして簡単な話。私がこの手の嫌がらせを受け始めたのが、あのバスケ部がユリを口説き始めた・・・・つまり因縁が出来たその日からだったからだ。
これじゃあ、私が犯人ですと公言してるようなもんだろう。
私は画鋲をはがし、それをハンカチでくるんでポケットに突っ込んだ。
証拠を残すのも頭が悪い。
こういう嫌がらせは形として残しづらいものが最適なのに。
下駄箱を開け、いつも通り空っぽなことを確認した後バックパックから靴を取り出して履き替えた。
「ユリー。さっさと帰・・・・ろ・・・」
ユリは自分の下駄箱の前で立ち尽くしていた。
この手のいたずらは、形を残しづらいものが最適・・・・。
例えば、ゴミとか。
ユリの下駄箱には、ゴミが溢れていた。
「・・・・・アゲハちゃん」
「・・・手伝うよ。掃除」
悲痛なつぶやきに私はそう返した。
* * *
「さて、今日はどこいこっか?」
先ほどの暗い雰囲気を吹き飛ばすように、努めて明るくユリに尋ねた。
放課後はいつも決まって寄り道をする。
私もユリも金『だけ』は持っているので遊ぶ場所に事欠かない。
どこか適当な場所で時間をつぶし、日付が変わってから帰りたくない家に帰る。
それが、私たちの放課後だった。
「うーん、今日は・・・・」
「決まってないなら今日もこれにしない?」
私は投げる動作をする。
「またダーツ?今週三回目だよ」
「いいじゃん。ユリは隣で漫画でも読んでればいいからさ。もう少しでレーディングが13に届きそうなんだよ」
暇つぶしの方法は基本買い物(冷やかし)、時々観光。
あとはその日の気分で決めている。ゲーセン行ったり、食べ歩きしたり。
その中でも結構な頻度でネットカフェを利用する。ドリンクは飲み放題、軽食も注文できるし雑誌や漫画も充実してる。もちろんネットもやり放題だから時間をつぶすにはもってこいの施設だった。
そして今年の4月ぐらいに新しい店舗を開拓したところ、そこは以前の店とは違い内装も小綺麗で分煙はしっかりされて前よりも格段に過ごしやすい環境。特に私たちが気に入ったのは女性専用のスペースがあったことだった。すぐにひいきの店を変えることにし、何度か利用するうちその店のダーツコーナーに挑戦することにした。
で、端的に言えばそのままダーツにハマってしまったわけである。
そんな私に対して、特に上達もしなかったユリは2度目で飽きてしまった。
今では私がやっている隣で明らかにつまらなそーにしてる。
なんていうか、絵面が彼氏の趣味に付き合わされて退屈してる彼女だった。
一応そのことも考えて週3・4回に抑えておこうとはしてるのだが・・・・。
うん、今日はやめておいた方がよさそう。私は趣味に没頭する男とは違い、自制はするのだ。
街中を歩きながら、あーだこーだと向かう場所を話し合う。
決まらなかったら決まらなかったで、ブティックでも回ればいい。
と、ここでユリがナンパに捕まってしまった。
きっぱりと断ればいいのに、おどおどしてるから相手も調子に乗って強引に誘ってきてるし。
「お兄さんたち!この子誘うならもれなく私が付きますけどどうしますか?」
男たちは私に目を向け、顔をゆがめて去っていった。
ああいうのが後を絶たないな。
私はちらりと隣の彼女を見る。
ふわふわした可愛らしいセミロングの髪。
くりっとした大きな瞳にピンクの唇。はっきり言ってアイドルよりも可愛い顔つき。
小柄な身体はすらりと細いが程よい肉付きを維持し健康的な魅力を醸し出す。
そしてなんといっても、大きく突き出した胸!
身体とはアンバランスな大きさの乳房は男の視線を引き付けて離さないであろう。現に今私の視線を離さない。
まさに男の夢・・・・というより浅ましい願望が形になったような少女だ。
男なら何としてもモノにしたいと思うだろう・・・・。
オレがめちゃくちゃにしてやるぜ、げっへっへっへ。
「どしたの?アゲハちゃん」
「いや、なんでも」
おっと、じろじろ見すぎた。
オヤジ思考は抑えなければ。
「・・・・・・なんであんな顔するんだろうね」
「あ?」
「さっきの男性。アゲハちゃんを見て、うげえって顔してた。あんなのひどいよ」
「そら仕方ないって。世の中顔が9.9割なんだから」
「それでもあんな顔したり、ひどいこと言ったり。アゲハちゃんとっても優しいのに・・・・」
「そういうのは初見のやつらじゃ分かんないからな。人間性なんて長く付き合ってようやく一端がつかめるもんだし。そんなこといったらユリだってそうじゃん」
なんとなく分かるかもしれないが、ユリは男子たちからの人気は高い半面女子からは嫌われている。
よくある話、女子に嫌われる女子ってやつだ。
可愛い容姿でおどおどとする様子は男子からの受けはいいが女子には不快に映る。
女子が気に入らないと文句を言えば、いいかっこがしたい男子がすぐさま助け。かえって不満が増す。
悪循環。
先のような嫌がらせは日常茶飯事だが、これでもマシになったほうなのだ。
中学の時、それは完全ないじめだった。それも悪質な。
詳細は他人の私も思い出したくないほどのことだったので省くが。
周りの人間は生徒も教師もクズな傍観者しかいなかった。
私が地道に集めたいじめの証拠を、シャレにならないレベルに達したときにネットや警察に流しようやく解決した。
いや、あれは解決なんて言えるほどスマートな結果じゃなかった。
かなりの大ごとになって、いじめの主犯たちはまとめて転校していった。
もっとうまくやれたはずだ。
今でもそんなことを考えてしまうくらい。
「あ、そうだよね・・・・私も人の事言えないか、アハハ・・・・」
がっ。しまった。
明るくしようとしてたのに自分から暗い話題に戻ってどうすんだ。
ええい。
「大丈夫だって。何があっても私が守ってやるから」
「え」
「お姫様には何人たりとも指一本触れさせません。この騎士が身を挺してお守りいたします」
まるでおとぎ話の姫と騎士の様に手を取り、口づけをする真似をする。
「わっ。も、もうアゲハちゃんたら。恥ずかしいよ・・・・!」
「なーんてね。宝塚の役者がやれば様になるんだろうけど。こーんな顔の女がやったってねえ」
私は両手を使い、ただでさえひどい顔を変形させる。
「ぷっ。あははははははっ。やめ、やめてアゲハちゃん!わた、私その顔に弱いんだって、あっははははははは!」
うん、やっぱりこの変顔は鉄板だな。
やるたびに自分の中の大切な何かが抜け落ちるような気がするが・・・・。
ま、この笑顔が見れただけで良しとするか。
ユリといると楽しい。
ユリはころころと表情が変わって、見ていて飽きない。
そしてユリは私の外見を気にしないで付き合ってくれる少ない・・・・いや、唯一といっていい存在だ。
・・・・・もしかしたら、ユリは内心。
私のことを厄介ごとを払いのけてくれる便利な奴、とか。
うっとおしい男に最適な虫よけになる、とか思ってるのかもしれないけれど。
もしそうだとして、私にどうこうする気はない。
ただ、
持論を見た目が9.9割から、
見た目が10割に変えるだけのこと。
* * *
「あれ?財布がない」
学校の最寄り駅に着いたあたりで、ユリがそんなことを言う。
「え、ホント?どっかに落とした?」
「分かんない。お昼にジュース買った時にはあったのに・・・・あ!机の中に入れっぱなし」
「うっそー・・・・。しゃーない取りに戻るか」
「え、いいよ。アゲハちゃんは先に行ってて」
「いいから。行こう」
「うん、ありがと」
私たちは今来た道を速足で引き返した。
学校へ着くと、グラウンドで準備を終えた生徒が部活動をいそしんでいた。
そんな生徒を傍目に、下校する生徒の流れに逆らって私たちは学校へ向かう。
二人で歩くとき、ユリは後ろからついてくるので私が前になることが多かった。
だからその時も私が先に学校に入る。
昇降口をくぐった瞬間だった。
ガタン。
と、地面・・・いや空間自体がピストン運動したような揺れが起こった。
「?!」
ふらつきながら後ろのユリを確認すると、なにか私とユリの間を半透明な壁のようなものが隔てていた。
それは内と外。昇降口を境に出現していた。
「なんだこれ?!」
すりガラスのような壁はテレビの砂嵐の様にどんどん色の濃度が上がって向こう側が見えなくなっていく。
「!ユリ、手を‼」
「う、うん!」
私は無意識に手を伸ばし壁の向こうにいるユリを引き寄せた。
やがて壁の向こうは完全に見えなくなり、次の瞬間、学校中に眩い閃光があふれ・・・・・・。
その場には誰一人残っていなかった。
続きます