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ヴァルプルギスの夜明け  作者: 六条
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8.Eclipse 月蝕

親愛なるユートへ


あなたがこの手紙を読んでいるということは、わたくしは既に望郷へと旅立ったのでしょう。

わたくしの、あなたと共に逝きたいという願いも、儚く散ったのでしょう。……いいえ、この話は後回しにしましょうか。


まず、あなたの呪いについて、わたくしの分かっていることを伝えておきます。

……と言っても、ほぼほぼ、まだ魔道師オルスカがこの郷にいたころに言っていたことの受け売りなのですが。あなたも一度視てもらったことがあるはずです、老婆の外見をした魔道師に。

彼女は西方にある魔女の里でも指折りの魔道一族・マスカレイド家の出だそうで、古今東西あらゆる魔術に熟練した魔道師だったのですよ。決して怪しいオババではありません。いえ、そう思ったのはわたくしですが……。


あなたの呪いは、「永遠の孤独」。あなたを孤独に追いやろうとその呪いははたらきます。

ヴァルプルギス家、そして郷での死の連鎖の時、亡くなったのはあなたに近しい、あなたの愛した者からではありませんでしたか? そして実際に、あなたはあの塔で孤独の身となってしまっていた。

呪いはあなたから、あなたの愛した人たちを奪い、あなたを孤独にするものです。

人為的な、誰かに故意にかけられたものではないと、オルスカは言っていました。前世の因縁、あるいは……「何の意味も理由もない」可能性。

ええ、わたくしも、なんて酷いことを言うのこの腐れ婆! と思いましたし言いました。けれど、本当にそういうことがあるのだそうです。神の因果で、無差別に、地上に不幸が降り注ぐことが。

雷や、大嵐などがその例だそうです。本来のそれは誰にでも平等に降りかかる可能性のあるものですが、それが何かの因果で凝縮し、一人に宿ってしまった。それが、あなたなのだと。


わたくしは、魔術の心得ならちょっぴりありますが、呪術はさっぱりです。陰でこそこそやるより、正面から剣を振りまわす方が得意です。あなたはよく知っているでしょうが、わたくしは頭使うの大嫌いですからね。

そんなわたくしですから適当なことを言ってはいけないのでしょうけれど、一つだけ、あなたにお願いがあります。


どうか、何かを愛することをやめないで。

……とても酷なことを言っているのは分かっています。

愛しては喪い、愛しては喪いの、言葉にできないほど壮絶な苦痛を繰り返すことになるでしょう。きっと、独り塔に閉じこもっていた方が幸せだと、いつかあなたは思うかもしれない。


それでも、愛することは、とても尊いことです。それが世界のすべてと言っても良いくらいに。

いつかきっと、あなたにもそれを分かってほしい。……いいえ、きっと分かるわ。そしてその頃にはきっと、あなたの傍らには運命の女性がいる。

というのが、わたくしからのお願い、そして予言です。


さて、では次にわたくしのことを話します。あなたの知らなかったことです。

まずわたくしは、冒頭で書いた通り、死ぬときにはあなたを連れて逝こう―――そう思っていました。

だからわたしは、かつて幾たびも、あなたを殺そうとしたのです。

そう聞けば、あなたにもいくつか思い当たる点があるのではないでしょうか。食事の際、あなたの皿にだけ毒が盛られていたことや、起きたら心臓に杭が刺さっていたこと、……えっと、あと何をしたっけかしらねぇ。

ともかく、それらは全て、あなたを殺すためにわたくしが謀ったことです。


わたくしのみならず、ヴァンパイアというのはすべからく、安楽の死を待ち望みます。生きているのが嫌なわけではないのでしょうけれど、望郷への憧れがやまないのでしょうね。

だからわたくしは、あなたの望みも同様だと思っていました。不死の呪いを持つあなたは、ことさら、その望みも強いだろうと。

けれどあなたは、一度だって、死を願ったことはなかった。ただひたすらに、わたくしと共に生き続けることだけを望んでいました。

わたくしは、嬉しかったの。安楽の死を待ち焦がれることに変わりはなかったけれど、あなたのその思いが、わたくしにそんなことを願ってくる相手がいることが、とても、嬉しかったのです。


でも、ごめんなさい。


あなたの願いを叶えられなかった。

わたくしの願いは叶わなかった。


わたくしは、先に逝きます。けれど、ちゃんと空の上の綺麗な場所で、あなたが来るのを待っています。わたくしはとても気が長いので、来るのは……そうね、千年後くらいで構いません。

その時は、素敵な恋人を一緒に連れて来てください。わたくしとどちらがより美しいか、ぜひ比べましょうね。


あなたと生きた、この……ええと、何十年だったかしら。脳の機能も、もうだいぶ落ちてしまっているようね。元々考えるより動く性分ではあるのだけれど。

あなたがいた、あなたと生きた、長いような短いような時間。わたくしは、とても幸せでした。

生まれ落ちた瞬間から、わたくしは孤独でした。女王になってからは、それに孤高が加わった。それを、他ならぬあなたが埋めてくれたのです。

あなたも、もしかしたら少しは聞いていたかもしれませんね。わたくしは、皆から、冷酷非道の漆黒の女王と恐れられていました。それに値するだけの行いをしました。

でも、不思議とあなたと出会ってからというもの、わたくしはずっと笑いっぱなしだったような気がします。

「笑うと幸せが来る」そう極東の国では言うらしいです。昔、どこかで聞きました。

あなたもよく笑っていたから、きっと幸せが訪れたに違いないですね。もし違うとしても、わたくしはそう思い込んだまま逝きますから、あしからず。

本当のところどうだったのかは、いつか望郷で再会した時に教えてください。


最後に、ありがとう。


それから、ごめんなさい。


そして……さようなら。


―――あなたの未来に、幸多からんことを。


プリムラ=オブ=コニカ

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