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「八重!!」
弥太郎が少女の名を叫ぶ。
弥太郎の幼馴染である少女――八重は、柳村の子供達の投石によって頭を負傷し、声一つも上げずに気絶した。
弥太郎の目から見ても、重症なのが見て取れた。
「弥太郎の動きが止まったぞ! ――よし、あの女に投石を集中させよ!」
柳村のリーダー格の少年が、卑劣極まりない指示を出し、子供達がそれに従った。
弥太郎が血相を変えて八重に走り寄った。
その背中に幾つも小石がぶつけられるが、弥太郎は止まらない。
弥太郎は焦っていた。
八重は頭に石をぶつけられたにも関わらず、悲鳴の1つも上げなかったからだ。
これは尋常じゃない。
弥太郎は直感でそれを理解した。
「八重、しっかりしろ! 返事をしろ!」
同じ村で育った弥太郎にとっては、家族同然の少女は、目をつむったままピクリとも動かない。
「長次! 村の人を呼んできて!!」
「あ、うん。解った!」
流石に事態の重さを理解した長次は、2人の友人を引き連れ、霞村へ向かって行った。
残った子供達は、倒れた八重を河原から外へとゆっくりと運搬する。
そんな最中でも、柳村の子供達による投石は止まらないが、弥太郎が全力で庇いきった。
小川からは、弥太郎を残して霞村の子供達は1人もいなくなった。
「はっはっはっはっはっ、これでこの小川は俺達柳村の遊び場だぜ!!」
ここで勝利を確信したのか、リーダー格の少年は、そう叫んだ。
その言葉に、弥太郎はゆっくりとその場から立ち上がる。
弥太郎の肉体は震えていた。
怒り、悲しみ、痛み、それら全てが混ざり合い、弥太郎の体に熱を与える。
肉体に収まりきらなかったその熱が、陽炎となって弥太郎の体から解き放たれ、周囲の光景を歪ませる。
「許さない……!」
怒りの言葉を放ち、岩山の頂上を振り返り、リーダー格の少年を睨み付ける。
「弥太郎、霞村の奴らは逃げ出したぞ! お前も逃げたらどうだ?」
人を怒らせる事が何を意味するのか理解していないのか、リーダー格の少年は弥太郎をせせら笑った。
その言葉に対し、弥太郎は小川に転がっていた小石を拾い上げ、全力投球という形で返答する。
――ヒュン!
風切り音と共に、小石はリーダー格の少年の傍を通り抜け、小川を越え、対岸に存在する木へ向かう
そして、――
パーン!!
甲高い音が、小川に響き渡った。
弥太郎が投擲した小石が、木の幹に命中した音である。
しかも、尚も木の幹の中で小石は高速回転し、小さなクレーターを作っていた。
――あんなものが自分の体に命中したら……。
脳裏に不吉な想像が浮かんだ瞬間、柳村の少年達は浮足立った。
その隙を見逃す弥太郎ではない。
膝を曲げて脚に力を溜め、
「たあああああぁぁぁぁぁっ!!」
裂帛の気合いと共に、弥太郎は空中高くへ跳躍した。
「許さんぞ、お前らあああああぁぁぁぁぁっ!!」
怒涛の雄叫びを上げ、弥太郎は岩山に着地する。
あまりの光景に、柳村の子供達は腰を抜かして震えあがった。
弥太郎はそんな柳村の子供達に目もくれず、卑劣なリーダー各の少年の首根っこを掴み上げた。
「自分の足で帰るか、岩山から川に落とされて帰るか、どちらか選べ!」
無情な仕打ちをされた側からすれば、極めて慈悲深い勧告を弥太郎は行った。
彼の優しさが滲み出ているかのような行いである。
そんな弥太郎に対し、リーダー格の少年は、――
「ぺっ」
と、唾を吐いた。
弥太郎の頬に、べったりと唾液が付く。
その瞬間、――弥太郎は切れた。
弥太郎は少年の体を持ち上げると、風切り音をたてて少年を、『本気』で放り投げた。
ドボンっ、と派手な水音と白波が小川に広がった。